「深淵のサラ」 〜極限の潜水パフォーマンスに挑む金髪の美姫。独占欲に溺れるCEOと、立ちはだかる女帝たち〜

Mina_Underwater

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第6章 緋色の龍宮(龍墜)

6-13.調査前夜

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「メタンガスだと……?!」

夜の帳が下りたリビングに、黒崎の地を這うような怒号が轟いた。
手にしたスマートフォンの向こう側で、取り乱したリーの震える声が響いている。

黒崎は忌々しげに舌打ちをし、浮き出たこめかみの血管を指先で強く押さえた。

傍らでその様子を見守っていたサラが、影のように音もなく寄り添う。
彼女のしなやかな肢体は、月光を浴びて淡い真珠色の光沢を放っていた。

「……やっぱり、予感は当たっていたのね。ガスが漏れ出していたんだわ」
「ああ、最悪のタイミングだ。明日の午後、国が強制的な立ち入り検査を敢行する。その調査結果次第では、プロジェクトの即時凍結どころか、龍宮そのものの解体すら免れないだろう」

黒崎の声は苦渋に満ちていた。
サラは痛ましそうに睫毛を震わせ、静かに瞳を伏せた。

アール島の大自然の中で育ち、幼くして両親という絶対的な庇護者を失ったサラ。
その後も親戚との縁は途絶え、18歳の春から彼女はただ独り、寄る辺ない孤独の淵を歩み続けてきた。

友と呼べる存在も作らず、言葉の通じない海だけを唯一の対話相手としてきた、峻烈な人生。

だが、今は違う。
自分と同等、あるいはそれを凌駕するほどの超人的な潜水能力を備えたエリザベス。

そして、奔放で野心的だが、どこか憎めない熱量を持ったリー。
生まれて初めて手にした「親友」という名の絆が、彼女の閉ざされていた心を動かしていた。

2人の苦境を、サラは自らの痛みとして感じていたのだ。

「明日、午前のうちに龍宮の海底を見に行きたいの。私はまだ、あの聖域の全容をこの目で確かめていないから」
「正気か?」

黒崎が顔を険しく歪める。

「明日の海は安藤の飼い犬ども、水中ドローンがうようよしている。君は昨日、あそこで殺されかけたばかりなんだぞ」

しかし、サラの決意は揺るがなかった。
彼女は一歩踏み出し、黒崎の瞳を真っ向から射抜く。

その時、彼女の全身の筋肉が微かに波打った。
1ヶ月の極限訓練を経て、彼女の肉体は精密な時計仕掛けの装置へと進化を遂げている。

深く静かな呼吸によって横隔膜がゆっくりと上下し、心肺機能はすでに明日の深海潜行に備えてアイドリングを始めていた。
1度の換気で取り込まれる酸素は、血液中のヘモグロビンと瞬時に結合し、末端の筋繊維一本一本まで鋭敏に研ぎ澄ませていく。

その静かな、しかし鋼のように強固な意志。
言葉以上の説得力を持つ彼女の熱量に、さしもの黒崎も折れるしかなかった。

「……わかった。立ち入り検査は午後だ。午前中の早い時間なら、活路は見出せるだろう」

黒崎は諦めたように溜息をつき、端末を取り出した。

「ヘンリーに即座に連絡を入れさせる。林のような三流の覗き魔が手出しできないよう、上空の衛星を一時的にハッキングさせ、蒼溟重工のドローンの挙動を完全に封じ込める。海域のすべてをヘンリーの監視下に置こう」
「ありがとう。……大好きよ、エドワード」

サラの顔に、聖母のような、あるいは無邪気な少女のような微笑みが浮かんだ。
彼女は黒崎の首に細くしなやかな腕を回し、その引き締まった肉体を彼に預ける。

サラが肺に溜めた清涼な空気が、黒崎の肺へと移されるような、あまりにも濃密で情熱的なキス。

その抱擁の中で、サラの心臓は力強く、かつ落ち着いたリズムを刻んでいた。

それは嵐の前の静けさであり、同時に愛する者たちを守り抜くという、戦士の鼓動でもあった。
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