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第6章 緋色の龍宮(龍墜)
6-14.陽炎に揺れる赤い影
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翌朝。島の北西、沖合800メートル。
黒崎のモーターボートが静かに波に揺れていた。
視界のはるか先には、巨大な「龍宮」のシルエットが蜃気楼のように浮かんでいる。
「もっと近づけないんですか? こんな距離を泳がせたら、サラさんが疲れちゃいますよ」
甲板でモニターを睨んでいたヘンリーが、不満そうに口を尖らせた。
「大丈夫よ。いつもはもっと遠くまで泳いでいるもの」
黒崎の代わりにサラが答える。彼女はすでに全裸で、潜水の準備を整えていた。
「サラ。いつもは華麗なダイブを見せてくれるが、今日は船底のハッチから海へ出てくれ。念のためだ」
この特注のモーターボートには、海中へ直接エントリーできる船底ハッチが備わっている。
上空の監視を欺くための措置だ。
「わかってる。潜水で近づいて、なるべく顔は上げない。船の下を通過するときはできるだけ深く潜る……だよね? じゃあ、ちょっと行ってくるね」
サラは軽やかな足取りで船倉へ降りていく。
黒崎が短く手を挙げると、間もなく船底から一筋の泡が立ち上がった。
甲板から海面を見下ろすと、深い碧の中を滑るように進むサラの白い影が、陽光に透けて見えた。
800メートルの距離を、サラは魚のような滑らかさで進んでいく。
一度の潜水で稼ぐ距離は約150メートル。
鍛え抜かれた肺活量と、無駄のないフォームがそれを可能にしていた。
前方、龍宮の手前200メートルほどの位置に、一隻の調査船が停泊しているのが見えた。
船体に刻まれたロゴから、蒼溟重工の持ち船であることは間違いない。
(あの船の下を通るときは、もっと深く潜らないと……)
船まで残り50メートルの地点で、サラは波間に紛れて短く鋭い呼吸を整えると、一気に垂直に体を反転させた。
光の届きにくい水深40メートルの海底。
サラは砂を巻き上げぬよう、龍宮を目指して一直線に突き進む。
その頃、黒崎のモーターボートの上で蒼溟重工のデータベースに侵入していたヘンリーからは、
「午前中の水中ドローンの出動予定はない」
との報告が入っていた。午後の本番検査に備え、機体の最終調整でもしているのだろう。
(今がチャンスね……)
一度、海面に顔を出して位置を確認する。
龍宮はもう目の前だ。
水上に突き出た部分は、無機質なグレーのコンクリートの塊に過ぎない。
しかし、サラが知りたいのはその下、青い闇に隠された真の姿だ。
彼女は肺いっぱいに空気を吸い込み、再び深く、深く潜った。
龍宮の直下に到達したサラは、その異様な光景に目を見張った。
建物の真下には、巨大な円形の穴が口を開けていた。その穴の縁に沿うようにして、透明なアクリル製の構造物が深淵へと伸びている。
(……あそこが、海中ラウンジとかプレミアム・ダイブのプールになる場所なんだわ)
水中で気泡を漏らしながら、サラは驚きを禁じ得なかった。
本来の海底から、さらに50メートル以上も強引に掘削されたその穴は、吸い込まれるような暗黒を湛えており、底がどこにあるのかさえ判別できない。
そのときだった。
穴の奥底、光の届かない闇の中から、何かが急速に浮上してくるのが見えた。
(ヤバい、ドローン……!?)
咄嗟に身を隠そうとしたサラだったが、近づいてくる「それ」の正体に気づき、動きを止めた。
ゆらゆらと水流にたなびく、鮮烈な「赤」。
それがドローンのような金属の塊ではなく、水中マスクをして、小さな赤い布を纏ったしなやかな女体であると理解するのに、時間はかからなかった。
黒崎のモーターボートが静かに波に揺れていた。
視界のはるか先には、巨大な「龍宮」のシルエットが蜃気楼のように浮かんでいる。
「もっと近づけないんですか? こんな距離を泳がせたら、サラさんが疲れちゃいますよ」
甲板でモニターを睨んでいたヘンリーが、不満そうに口を尖らせた。
「大丈夫よ。いつもはもっと遠くまで泳いでいるもの」
黒崎の代わりにサラが答える。彼女はすでに全裸で、潜水の準備を整えていた。
「サラ。いつもは華麗なダイブを見せてくれるが、今日は船底のハッチから海へ出てくれ。念のためだ」
この特注のモーターボートには、海中へ直接エントリーできる船底ハッチが備わっている。
上空の監視を欺くための措置だ。
「わかってる。潜水で近づいて、なるべく顔は上げない。船の下を通過するときはできるだけ深く潜る……だよね? じゃあ、ちょっと行ってくるね」
サラは軽やかな足取りで船倉へ降りていく。
黒崎が短く手を挙げると、間もなく船底から一筋の泡が立ち上がった。
甲板から海面を見下ろすと、深い碧の中を滑るように進むサラの白い影が、陽光に透けて見えた。
800メートルの距離を、サラは魚のような滑らかさで進んでいく。
一度の潜水で稼ぐ距離は約150メートル。
鍛え抜かれた肺活量と、無駄のないフォームがそれを可能にしていた。
前方、龍宮の手前200メートルほどの位置に、一隻の調査船が停泊しているのが見えた。
船体に刻まれたロゴから、蒼溟重工の持ち船であることは間違いない。
(あの船の下を通るときは、もっと深く潜らないと……)
船まで残り50メートルの地点で、サラは波間に紛れて短く鋭い呼吸を整えると、一気に垂直に体を反転させた。
光の届きにくい水深40メートルの海底。
サラは砂を巻き上げぬよう、龍宮を目指して一直線に突き進む。
その頃、黒崎のモーターボートの上で蒼溟重工のデータベースに侵入していたヘンリーからは、
「午前中の水中ドローンの出動予定はない」
との報告が入っていた。午後の本番検査に備え、機体の最終調整でもしているのだろう。
(今がチャンスね……)
一度、海面に顔を出して位置を確認する。
龍宮はもう目の前だ。
水上に突き出た部分は、無機質なグレーのコンクリートの塊に過ぎない。
しかし、サラが知りたいのはその下、青い闇に隠された真の姿だ。
彼女は肺いっぱいに空気を吸い込み、再び深く、深く潜った。
龍宮の直下に到達したサラは、その異様な光景に目を見張った。
建物の真下には、巨大な円形の穴が口を開けていた。その穴の縁に沿うようにして、透明なアクリル製の構造物が深淵へと伸びている。
(……あそこが、海中ラウンジとかプレミアム・ダイブのプールになる場所なんだわ)
水中で気泡を漏らしながら、サラは驚きを禁じ得なかった。
本来の海底から、さらに50メートル以上も強引に掘削されたその穴は、吸い込まれるような暗黒を湛えており、底がどこにあるのかさえ判別できない。
そのときだった。
穴の奥底、光の届かない闇の中から、何かが急速に浮上してくるのが見えた。
(ヤバい、ドローン……!?)
咄嗟に身を隠そうとしたサラだったが、近づいてくる「それ」の正体に気づき、動きを止めた。
ゆらゆらと水流にたなびく、鮮烈な「赤」。
それがドローンのような金属の塊ではなく、水中マスクをして、小さな赤い布を纏ったしなやかな女体であると理解するのに、時間はかからなかった。
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