107 / 155
【外伝】Episode-ゼロ 真珠の起源 第3章 王の奪還
3-4.王と女王の深淵契約
しおりを挟む
2021年1月、彼は再びアール島の白い砂浜に立っていた。
寄せては返す波の音だけが支配する夜の海岸。その静寂を切り裂くように、黒崎が手にしていた最新鋭のホログラム・プロジェクターを起動させる。
「サラ、君に捧げる城の図面だ」
彼の指先が宙を薙ぐと、虚空から青白いレーザー光が噴き出し、夜の海辺に巨大な光の建築群を構築していった。
それは、重力を無視して浮かび上がる2つの特異な構造体。
1つは海面に咲くクリスタルの花のような円形劇場。
そしてもう一つは、海溝の底へと真っ向から突き刺さる、沈黙のシリンダーだ。
サラは、幻影のように揺らめく光の柱を、慈しむように指先でなぞった。
「……これは?」
「海底200メートルにまで達する垂直の迷宮だ。この底にある『漆黒の闇』……そこが、君の新しいステージになる」
黒崎の声は、冷たく、そして狂おしいほどに熱を帯びていた。
水圧に押し潰され、光さえも届かない絶望的な深度。
その最果てにある「無」を説明する黒崎の言葉に、サラは毒を吸い込むような恍惚とした表情で聞き入っている。
「……面白いわ。エドワード、あなたは海を切り取って、私をその中に閉じ込めるつもりなのね。永遠に解けない氷の中に、標本を閉じ込めるみたいに」
「……だが、文字通りの死地だ。引き返すなら今だ。君を失うリスクを、私は完全にコントロールできているわけではない」
「……私、いつ死んでもいいの。誰も困らない。こんな退屈な世界でただ生きていても、仕方ないんだもん」
サラは無邪気に、しかし残酷なほど美しい笑みを浮かべ、黒崎の首に細い腕を絡ませた。
彼女にとって、その直径200メートルの垂直の筒は監獄ではない。
自分という存在が、世界の中心で最も鮮烈に輝くための、冷たくて残酷な「揺りかご」に見えた。
「本番までに、もっと深く、もっと長く……。死の淵を歩く練習をしておくわ。体も、心も……あなたの望むままに仕上げておく……」
彼女の囁きは、甘い呪文となって黒崎の鼓膜を震わせた。事故で損なわれ、再建されつつある彼の聴覚に、その声は直接脳を焼くような響きで届く。
「ところで……」
サラが不意に、いたずらっぽく小首をかしげた。
「お金は大丈夫なの? この施設作るの、島を1つ買うより高そうだけど」
(く…!まただ。時折、毒のように突き刺さる彼女の『常識人』としての発言……)
黒崎は苦笑を噛み殺した。
確かにこの狂気的なプロジェクトに、株主や社員の賛同など得られるはずもない。特に女性社員からは、サラを「死の淵に立たせて金にする」非人道的なビジネスだと猛反発を食らうだろう。
「あ、それと……」
黒崎が続ける。
「2021年1月1日付けで、サラはブラックドッグ社の特別社員ということにして、報酬と税金の両面からサポートをする」
つまり、もうすでに社員で、バイタルデータの提出や、日々の潜水トレーニングも「仕事のうち」ということになる。
黒崎の瞳には迷いはなかった。
己の保有株を叩き売り、私財のすべてを投げ打ってでも、この「漆黒の聖域」を完成させる。サラに見透かされているその覚悟を、彼は不敵な笑みで肯定した。
「お金のことは心配ない。それよりサラ、自分の身体の心配をしてくれ。演者は君ひとりだ。君に倒れられたら終わりなんだ」
「……そうね……でも、そうなったら、私と一緒に死ねばいいの」
「まあな、おれはあの海で1回死んでるんだ。何も思い残すことはない。サラが倒れたら、おれの運もそこまでってことだ」
サラは黒崎の膝にそっと手を置く。
寄せては返す波の音だけが支配する夜の海岸。その静寂を切り裂くように、黒崎が手にしていた最新鋭のホログラム・プロジェクターを起動させる。
「サラ、君に捧げる城の図面だ」
彼の指先が宙を薙ぐと、虚空から青白いレーザー光が噴き出し、夜の海辺に巨大な光の建築群を構築していった。
それは、重力を無視して浮かび上がる2つの特異な構造体。
1つは海面に咲くクリスタルの花のような円形劇場。
そしてもう一つは、海溝の底へと真っ向から突き刺さる、沈黙のシリンダーだ。
サラは、幻影のように揺らめく光の柱を、慈しむように指先でなぞった。
「……これは?」
「海底200メートルにまで達する垂直の迷宮だ。この底にある『漆黒の闇』……そこが、君の新しいステージになる」
黒崎の声は、冷たく、そして狂おしいほどに熱を帯びていた。
水圧に押し潰され、光さえも届かない絶望的な深度。
その最果てにある「無」を説明する黒崎の言葉に、サラは毒を吸い込むような恍惚とした表情で聞き入っている。
「……面白いわ。エドワード、あなたは海を切り取って、私をその中に閉じ込めるつもりなのね。永遠に解けない氷の中に、標本を閉じ込めるみたいに」
「……だが、文字通りの死地だ。引き返すなら今だ。君を失うリスクを、私は完全にコントロールできているわけではない」
「……私、いつ死んでもいいの。誰も困らない。こんな退屈な世界でただ生きていても、仕方ないんだもん」
サラは無邪気に、しかし残酷なほど美しい笑みを浮かべ、黒崎の首に細い腕を絡ませた。
彼女にとって、その直径200メートルの垂直の筒は監獄ではない。
自分という存在が、世界の中心で最も鮮烈に輝くための、冷たくて残酷な「揺りかご」に見えた。
「本番までに、もっと深く、もっと長く……。死の淵を歩く練習をしておくわ。体も、心も……あなたの望むままに仕上げておく……」
彼女の囁きは、甘い呪文となって黒崎の鼓膜を震わせた。事故で損なわれ、再建されつつある彼の聴覚に、その声は直接脳を焼くような響きで届く。
「ところで……」
サラが不意に、いたずらっぽく小首をかしげた。
「お金は大丈夫なの? この施設作るの、島を1つ買うより高そうだけど」
(く…!まただ。時折、毒のように突き刺さる彼女の『常識人』としての発言……)
黒崎は苦笑を噛み殺した。
確かにこの狂気的なプロジェクトに、株主や社員の賛同など得られるはずもない。特に女性社員からは、サラを「死の淵に立たせて金にする」非人道的なビジネスだと猛反発を食らうだろう。
「あ、それと……」
黒崎が続ける。
「2021年1月1日付けで、サラはブラックドッグ社の特別社員ということにして、報酬と税金の両面からサポートをする」
つまり、もうすでに社員で、バイタルデータの提出や、日々の潜水トレーニングも「仕事のうち」ということになる。
黒崎の瞳には迷いはなかった。
己の保有株を叩き売り、私財のすべてを投げ打ってでも、この「漆黒の聖域」を完成させる。サラに見透かされているその覚悟を、彼は不敵な笑みで肯定した。
「お金のことは心配ない。それよりサラ、自分の身体の心配をしてくれ。演者は君ひとりだ。君に倒れられたら終わりなんだ」
「……そうね……でも、そうなったら、私と一緒に死ねばいいの」
「まあな、おれはあの海で1回死んでるんだ。何も思い残すことはない。サラが倒れたら、おれの運もそこまでってことだ」
サラは黒崎の膝にそっと手を置く。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる