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【外伝】Episode-α 氷華の女王 第1章 沈黙の海
1-9.汚されるマーメイド
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バレンツ海での仕事を終えたその夜、コナミの自宅に重厚な封筒が届けられた。
金文字で刻まれた送り主の名は、アレクセイ・フェドロフ。
ロシアの海運と資源を牛耳る新興財閥の若き総帥であり、同時にその歪んだ耽美主義で裏社会に名を馳せる男だった。
彼は父が遺した「人魚の館」を引き継いだ男だ。
かつて、そこは黒の紐ビキニを纏ったシンクロの引退選手たちが優雅に舞う、ビジネスの円滑油としての「観賞用」水槽だった。
しかし、アレクセイの代になってからは、その青い空間は恐怖と絶頂が混濁する私的な「解体場」へと変貌した。
アレクセイはまず、女たちが唯一纏っていた薄い布――水着を脱ぎ捨てるよう命じることから始めた。
全裸になった「人魚」たちが、己の白皙の肢体をアクリル越しに晒す。
アレクセイは氷のように冷えたウォッカを喉に流し込み、スイッチ一つで水槽の天面を厚い鋼鉄の蓋で閉ざした。
「逃げ場のない死」が水槽を支配する。
酸素を求めて蓋を叩く指先が血に染まり、気泡が狂ったように踊る。
また、ある時は、あえてスキューバ機材を背負った屈強な男優を水底へ投入させた。
酸素を持たぬ女と、酸素を独占する男。
意識を失う寸前の肺の痛みと、強制的な肉体の結合。
苦しみと絶頂を同時に迎える彼女たち。
酸欠で朦朧とした女たちが白目を剥き、肺から最後の一粒の空気が漏れ出した瞬間、その絶望的な美しさにアレクセイはレンズを向け、狂ったようにシャッターを切った。
蘇生が叶わず、物言わぬ肉塊へと変わった女たちは、部下の手によって重りをつけられ、秘密裏に凍てつく北の海へと投棄された。
だが、アレクセイの心は満たされていなかった。
硝子越しの「死」は、彼にとって退屈なコレクションに過ぎなかった。
そんな折、南半球から現れた男、エドワード・黒崎が放った「爆弾」――動画プラットフォーム**「VANTABLACK(ヴァンタブラック)」**の映像が、彼の歪んだプライドを根底から粉砕した。
アレクセイは暗い書斎で、狂ったようにその映像を凝視していた。画面の中で、水深200メートルの深淵へと自ら滑り落ちていくサラ。
そして、今、バレンツ海の氷塊の間から現れたコナミ。
映像の中のコナミは、一切の装備を拒み、生まれたままの姿で極寒の海に溶け込んでいた。
シロイルカの冷たい肌に自らの白い胸を密着させ、無酸素の極限状態にありながら、その瞳には恐怖ではなく、絶対的な自由が宿っている。
アクリル越しの女たちの「敗北の死」とは違う。彼女は、死を飼い慣らし、深淵そのものを従えている。
「……これだ。私が欲していたのは、この呼吸だ」
アレクセイは震える指先で、静止画となったコナミの瞳をなぞった。
氷の海で全裸のまま、シロイルカと魂を共鳴させるその姿。
蹂躙され、溺れ死ぬだけの「モノ」としての人魚をいくら並べても、この本物の「魂」の輝きには届かない。
かつての冷酷な支配者は、今や1人の跪く信者へと変わっていた。
コナミ。
彼女こそが、彼が自らの「人魚の館」の王座へ据えるべき、唯一無二の、真の「女王」だった。
1週間後、迎えの黒塗りの防弾リムジンが彼女をモスクワ郊外の要塞のような邸宅へと運んだ。
豪奢な広間に足を踏み入れると、アレクセイが満面の笑みで彼女を待っていた。
彼は父の代の横暴な富豪のイメージとは異なり、自分よりも7歳若く、鍛え上げられた彫刻のような肉体を持つ知的な美男子だった。
「ようこそ、氷の女王」
アレクセイは早々に取り巻きを下がらせ、2人きりになると、彼女を地下の「深淵」へと誘った。
そこには、かつて多くの引退選手たちが屈辱に塗れた巨大な水槽があったが、今のコナミにとってそれはただの舞台に過ぎない。
自分を熱い眼差しで見つめる若き支配者に、コナミは断る理由を感じなかった。
その晩、2人はアクリル越しに月光が差し込む水槽の中で、重力から解放されたまま何度も激しく愛し合った。
それからの日々は、まるで蜜月だった。
アレクセイは富豪でありながら飾らず、海洋学にも造詣が深く、コナミの知性を刺激した。
しかし、彼の愛は常に「水」を介していた。
「室内プールはもう飽きたよ。
たまには本物の海で君を感じたい。アイスダイビングのチャンピオンの実力を、僕にだけ見せてくれないか?」
その提案は、コナミの中に眠る野生を呼び覚ました。
金文字で刻まれた送り主の名は、アレクセイ・フェドロフ。
ロシアの海運と資源を牛耳る新興財閥の若き総帥であり、同時にその歪んだ耽美主義で裏社会に名を馳せる男だった。
彼は父が遺した「人魚の館」を引き継いだ男だ。
かつて、そこは黒の紐ビキニを纏ったシンクロの引退選手たちが優雅に舞う、ビジネスの円滑油としての「観賞用」水槽だった。
しかし、アレクセイの代になってからは、その青い空間は恐怖と絶頂が混濁する私的な「解体場」へと変貌した。
アレクセイはまず、女たちが唯一纏っていた薄い布――水着を脱ぎ捨てるよう命じることから始めた。
全裸になった「人魚」たちが、己の白皙の肢体をアクリル越しに晒す。
アレクセイは氷のように冷えたウォッカを喉に流し込み、スイッチ一つで水槽の天面を厚い鋼鉄の蓋で閉ざした。
「逃げ場のない死」が水槽を支配する。
酸素を求めて蓋を叩く指先が血に染まり、気泡が狂ったように踊る。
また、ある時は、あえてスキューバ機材を背負った屈強な男優を水底へ投入させた。
酸素を持たぬ女と、酸素を独占する男。
意識を失う寸前の肺の痛みと、強制的な肉体の結合。
苦しみと絶頂を同時に迎える彼女たち。
酸欠で朦朧とした女たちが白目を剥き、肺から最後の一粒の空気が漏れ出した瞬間、その絶望的な美しさにアレクセイはレンズを向け、狂ったようにシャッターを切った。
蘇生が叶わず、物言わぬ肉塊へと変わった女たちは、部下の手によって重りをつけられ、秘密裏に凍てつく北の海へと投棄された。
だが、アレクセイの心は満たされていなかった。
硝子越しの「死」は、彼にとって退屈なコレクションに過ぎなかった。
そんな折、南半球から現れた男、エドワード・黒崎が放った「爆弾」――動画プラットフォーム**「VANTABLACK(ヴァンタブラック)」**の映像が、彼の歪んだプライドを根底から粉砕した。
アレクセイは暗い書斎で、狂ったようにその映像を凝視していた。画面の中で、水深200メートルの深淵へと自ら滑り落ちていくサラ。
そして、今、バレンツ海の氷塊の間から現れたコナミ。
映像の中のコナミは、一切の装備を拒み、生まれたままの姿で極寒の海に溶け込んでいた。
シロイルカの冷たい肌に自らの白い胸を密着させ、無酸素の極限状態にありながら、その瞳には恐怖ではなく、絶対的な自由が宿っている。
アクリル越しの女たちの「敗北の死」とは違う。彼女は、死を飼い慣らし、深淵そのものを従えている。
「……これだ。私が欲していたのは、この呼吸だ」
アレクセイは震える指先で、静止画となったコナミの瞳をなぞった。
氷の海で全裸のまま、シロイルカと魂を共鳴させるその姿。
蹂躙され、溺れ死ぬだけの「モノ」としての人魚をいくら並べても、この本物の「魂」の輝きには届かない。
かつての冷酷な支配者は、今や1人の跪く信者へと変わっていた。
コナミ。
彼女こそが、彼が自らの「人魚の館」の王座へ据えるべき、唯一無二の、真の「女王」だった。
1週間後、迎えの黒塗りの防弾リムジンが彼女をモスクワ郊外の要塞のような邸宅へと運んだ。
豪奢な広間に足を踏み入れると、アレクセイが満面の笑みで彼女を待っていた。
彼は父の代の横暴な富豪のイメージとは異なり、自分よりも7歳若く、鍛え上げられた彫刻のような肉体を持つ知的な美男子だった。
「ようこそ、氷の女王」
アレクセイは早々に取り巻きを下がらせ、2人きりになると、彼女を地下の「深淵」へと誘った。
そこには、かつて多くの引退選手たちが屈辱に塗れた巨大な水槽があったが、今のコナミにとってそれはただの舞台に過ぎない。
自分を熱い眼差しで見つめる若き支配者に、コナミは断る理由を感じなかった。
その晩、2人はアクリル越しに月光が差し込む水槽の中で、重力から解放されたまま何度も激しく愛し合った。
それからの日々は、まるで蜜月だった。
アレクセイは富豪でありながら飾らず、海洋学にも造詣が深く、コナミの知性を刺激した。
しかし、彼の愛は常に「水」を介していた。
「室内プールはもう飽きたよ。
たまには本物の海で君を感じたい。アイスダイビングのチャンピオンの実力を、僕にだけ見せてくれないか?」
その提案は、コナミの中に眠る野生を呼び覚ました。
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