「深淵のサラ」 〜極限の潜水パフォーマンスに挑む金髪の美姫。独占欲に溺れるCEOと、立ちはだかる女帝たち〜

Mina_Underwater

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【外伝】Episode-α 氷華の女王 第2章 紺碧の呼吸

2-7.冷徹な対価

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エレーナをリビングに招き入れてからの1時間は、一切の無駄を排した実務的な対話に費やされた。

彼女はバッグから細い銀縁のメガネを取り出し、それを知的な鼻梁に載せた。
その瞬間、エレーナ・カミンスキーという女の輪郭はさらに鋭利さを増し、ロシア国営資源企業の冷徹な執行者としての顔へと完全に切り替わる。

一介の個人投資家となった黒崎が、ロシアの資源開発にいかにして私財を投じ、莫大なリターンを得るか。 提示されたのは、極めて複雑かつ精緻なスキームだった。

「……オフショアを経由する隠密な送金ルート、および資産の透明性を担保するデューデリジェンスの範囲は、こちらに記載した通りです」

彼女の口から淀みなく溢れる専門用語の羅列。
氷の粒が盤上を転がるように、その声は正確で、感情の入り込む余地を一切許さない。

「保険に関しては、ロイズの再保険を組み込んでいます。万が一の地政学的リスクが生じたとしても、あなたの私有財産を傷つけることはありません。ミスター・黒崎、これは『投資』ではなく、確定した『未来』の買収なのです」

黒崎は深くソファーに背を預け、彼女の饒舌なロジックを静かに受け止めていた。
だが、エレーナの網膜は、説明の合間にふと窓の外へと吸い寄せられる。

桟橋の先。
そこには先ほどまで海の一部となっていたサラが、一糸纏わぬ姿で跪いていた。 
彼女はこちらに背を向け、無心に魚へ餌を投げている。

あるいは波に寄せられた流木を拾い集めるその肢体は、陽光を浴びて真珠のような光沢を放ち、一切の隠し立てなくその局部までもが白日の下に晒されていた。

野生の獣を思わせる、飾り気のない生命力の奔流。
洗練された都会のロジックとは対極にあるその「剥き出しの美」を捉えるたび、エレーナの胸の奥で、言語化できない奇妙な戦慄が疼いた。

エレーナの視線が外のサラに注がれていることに気づき、黒崎が小さく声を漏らして苦笑した。

「ああ、申し訳ない。……客人が来た時くらい、せめて何か羽織りなさいといつも言っているんだが、彼女はどうにも、皮膚に布が触れるのを嫌ってね」

黒崎の謝罪に近い言葉を、エレーナは視線を外さぬまま遮った。

「いいえ。サラさんの体は、それ自体が完成された一つの芸術品ですわ。あの『VANTABLACK』の過酷な演目を、死の淵で平然とこなせるのは、あの驚異的な肉体があってこそでしょう? 私は気にしませんわ」

その言葉に、黒崎の表情から僅かに余裕が消えた。彼は眉をひそめ、探るような視線をエレーナへ向ける。

「……え、どうしてそれを。あれは会員制のプラットフォームで、ごく一部の特権層にしか公開されていないはずだが」

エレーナはゆっくりと視線を窓から戻し、メガネの奥で冷ややかに微笑んだ。

「さっきも言ったはずですよ、ミスター・黒崎。ロスネフチの調査能力を、どうぞ侮らないでください。私たちは、あなたが隠そうとしている『深淵』の底まで、すでに覗き込んでいるのです」

タブレットをスリープモードに切り替え、エレーナはメガネを外して小さく息をついた。その仕草に、ようやく僅かな人間味が滲む。

「今すぐ結論を、とは言いません。個人としてのポートフォリオをご検討いただき、2週間以内にお返事いただければ」
「わかった。前向きに検討しよう。かつてケアンズで培った資金が、この平穏な島でただ眠り続けているのも、確かに勿体ない話だからね」

黒崎はそう言って、微かな微笑を浮かべた。
その眼差しは、海千山千のビジネスパートナーに向けるような鋭い敬意と、それでいてどこか年若い客人を迎えるような、穏やかな温かさを湛えていた。

エレーナはその一瞬の「温もり」に、説明のつかない居心地の悪さを感じ、視線を落とす。

「……賢明な判断を期待していますわ、ミスター・黒崎」

真昼の光が部屋の隅々までを剥き出しにする中、2人の間に横たわるテーブルの上には、冷めきったココアのカップと、世界を動かすほど重い沈黙だけが残されていた。

「では、今日はこれで……」 

エレーナが立ち上がり、黒のハンドバッグを手に取ったその時だった。

「ミス・カミンスキー。明日、またここに来ないか。引退してからできた仲間内でBBQをするんだ。もし時間があるなら、ぜひ参加してほしい」

一瞬、部屋の空気が止まった。

「明日は、黄色いビキニがよく似合う快晴になるはずだ。君のような人には、きっとそれが一番似合うと思う」
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