146 / 155
【外伝】Episode-α 氷華の女王 第7章 最期の孤独
7-3.執行の時
しおりを挟む
……頬を叩く冷たい飛沫と、重苦しい波の音で意識が戻った。
黒崎が薄く目を開けると、すぐ目の前にコナミの顔があった。
「エドワード……起きて、エドワード!」
2人は、海面で互いに抱きしめ合うような格好で浮いていた。
だがそれは愛の抱擁ではない。
コナミの足首を縛るロープが、そのまま黒崎の足首にも複雑に絡みつき、2人を一つの「重り」として潜水艦カムチャッカに繋ぎ止めていたのだ。
「目が覚めたか、エロ監督。……ブツ(デバイス)は頂いたよ」
艦橋の上で、ヴォルコフが黒崎のデバイスを弄びながら見下ろしていた。
その傍らには、黒崎のボートから奪い取られたばかりのシャンパングラスがあり、赤いワインが注がれている。
「安心しろ、2人の両手は自由にしておいてやった。その方が、死の間際に必死にもがき、互いを沈め合いながら苦しむ様がより美しく見えるからな。……フフフ、最高の余興だ」
サディストの極みにあるヴォルコフは、人間が水中で酸素を渇望し、愛する者さえも踏み台にして生きようとする醜い末路を、ワイン片手に見守るのが趣味だった。
ヴォルコフは続ける
「それが済んだら、あとはウラジオストックまでの長い航海、ゆっくり動画を拝見させてもらうさ」
声高らかに笑うイワン。
「ではお2人さん、あの世でお幸せに」
ヴォルコフは冷酷に言い残すと、部下たちを引き連れてハッチの中へと消えた。
重厚な金属音が響き、潜水艦は完全に密閉される。
艦内のコントロール・センター。
ヴォルコフはモニターに映し出される、海面で身を寄せ合う2人の姿を凝視しながら、冷徹な声で命じた。
「これより潜行を開始する。ベント開け。両舷潜行、潜航角10度、速度8ノット!」
ゴォォォ……という不気味な注水音が海面に響き渡る。巨大な鉄の塊が、ゆっくりと、しかし確実にその背中を沈め始めた。
「エドワード、来るわ……!」
コナミが黒崎の目を見つめた。
「ああ。……吸え、限界まで!」
2人は、足首にかかるロープがピンと張るまでの数秒間、南太平洋の湿った空気を肺の奥深くまで吸い込んだ。
そして、互いの腕を強く回し、視線を交わしたまま、酸素を止めた。
コナミの瞳には、かつてハワイの海で見せたあの野性的な光が宿っていた。
しかし、今の黒崎に10年前のような動揺はない。
この半年間、アール島北端でサラの過酷な指導に耐え、血を吐くような思いで心肺能力を鍛え上げてきたのだ。
黒崎は落ち着き払った動作で、横隔膜を押し下げるように深く、長く、南太平洋の湿気を孕んだ空気を肺胞の隅々まで送り込んだ。
サラやコナミのような「天性」の潜水能力には及ばずとも、今の彼は、一分一秒の酸素をどう管理すべきかを熟知している。
直後、荒れ狂う水流が押し寄せ、2人の体は一気に海面下へと叩き落とされた。
潜航角10度。時速8ノット。
垂直方向への降下速度は秒速約0.7メートル。
一般人ならパニックで酸素を無駄に消費する深度変化だが、サラとの特訓を積み重ねてきた黒崎にとって、この程度の気圧変化はすでに計算の内だった。
水深10メートル、15メートル……。
周囲は急速に光を失い、紺碧から深い藍色へと色彩を変えていく。
潜水艦の鋼鉄の肌を滑る水流が、2人の肢体を激しく叩く。
黒崎は、自身の心拍が跳ね上がるのを意志の力で抑え込んだ。
艦内のモニターを凝視するヴォルコフは、ワイングラスの縁を指でなぞりイワン、怪訝そうに眉をひそめた。
「……ほう。思っていたより余裕があるようだな」
画面の中、2人は海中で静かに抱き合っている。
コナミは水中でパッチリと目を開け、艦橋のカメラを睨みつけていた。
彼女の腕の中にある黒崎の体は、かつての弱々しさはなく、岩のように安定している。
黒崎は、彼女の柔らかな肌から伝わる冷徹な闘志を感じながら、自身の意識を研ぎ澄ませていた。
(エドワード……信じられない。あなた、サラさんのおかげでこれほど……)
水中で視線を交わしたコナミの瞳に、驚きが走る。
黒崎が薄く目を開けると、すぐ目の前にコナミの顔があった。
「エドワード……起きて、エドワード!」
2人は、海面で互いに抱きしめ合うような格好で浮いていた。
だがそれは愛の抱擁ではない。
コナミの足首を縛るロープが、そのまま黒崎の足首にも複雑に絡みつき、2人を一つの「重り」として潜水艦カムチャッカに繋ぎ止めていたのだ。
「目が覚めたか、エロ監督。……ブツ(デバイス)は頂いたよ」
艦橋の上で、ヴォルコフが黒崎のデバイスを弄びながら見下ろしていた。
その傍らには、黒崎のボートから奪い取られたばかりのシャンパングラスがあり、赤いワインが注がれている。
「安心しろ、2人の両手は自由にしておいてやった。その方が、死の間際に必死にもがき、互いを沈め合いながら苦しむ様がより美しく見えるからな。……フフフ、最高の余興だ」
サディストの極みにあるヴォルコフは、人間が水中で酸素を渇望し、愛する者さえも踏み台にして生きようとする醜い末路を、ワイン片手に見守るのが趣味だった。
ヴォルコフは続ける
「それが済んだら、あとはウラジオストックまでの長い航海、ゆっくり動画を拝見させてもらうさ」
声高らかに笑うイワン。
「ではお2人さん、あの世でお幸せに」
ヴォルコフは冷酷に言い残すと、部下たちを引き連れてハッチの中へと消えた。
重厚な金属音が響き、潜水艦は完全に密閉される。
艦内のコントロール・センター。
ヴォルコフはモニターに映し出される、海面で身を寄せ合う2人の姿を凝視しながら、冷徹な声で命じた。
「これより潜行を開始する。ベント開け。両舷潜行、潜航角10度、速度8ノット!」
ゴォォォ……という不気味な注水音が海面に響き渡る。巨大な鉄の塊が、ゆっくりと、しかし確実にその背中を沈め始めた。
「エドワード、来るわ……!」
コナミが黒崎の目を見つめた。
「ああ。……吸え、限界まで!」
2人は、足首にかかるロープがピンと張るまでの数秒間、南太平洋の湿った空気を肺の奥深くまで吸い込んだ。
そして、互いの腕を強く回し、視線を交わしたまま、酸素を止めた。
コナミの瞳には、かつてハワイの海で見せたあの野性的な光が宿っていた。
しかし、今の黒崎に10年前のような動揺はない。
この半年間、アール島北端でサラの過酷な指導に耐え、血を吐くような思いで心肺能力を鍛え上げてきたのだ。
黒崎は落ち着き払った動作で、横隔膜を押し下げるように深く、長く、南太平洋の湿気を孕んだ空気を肺胞の隅々まで送り込んだ。
サラやコナミのような「天性」の潜水能力には及ばずとも、今の彼は、一分一秒の酸素をどう管理すべきかを熟知している。
直後、荒れ狂う水流が押し寄せ、2人の体は一気に海面下へと叩き落とされた。
潜航角10度。時速8ノット。
垂直方向への降下速度は秒速約0.7メートル。
一般人ならパニックで酸素を無駄に消費する深度変化だが、サラとの特訓を積み重ねてきた黒崎にとって、この程度の気圧変化はすでに計算の内だった。
水深10メートル、15メートル……。
周囲は急速に光を失い、紺碧から深い藍色へと色彩を変えていく。
潜水艦の鋼鉄の肌を滑る水流が、2人の肢体を激しく叩く。
黒崎は、自身の心拍が跳ね上がるのを意志の力で抑え込んだ。
艦内のモニターを凝視するヴォルコフは、ワイングラスの縁を指でなぞりイワン、怪訝そうに眉をひそめた。
「……ほう。思っていたより余裕があるようだな」
画面の中、2人は海中で静かに抱き合っている。
コナミは水中でパッチリと目を開け、艦橋のカメラを睨みつけていた。
彼女の腕の中にある黒崎の体は、かつての弱々しさはなく、岩のように安定している。
黒崎は、彼女の柔らかな肌から伝わる冷徹な闘志を感じながら、自身の意識を研ぎ澄ませていた。
(エドワード……信じられない。あなた、サラさんのおかげでこれほど……)
水中で視線を交わしたコナミの瞳に、驚きが走る。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる