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【外伝】Episode-α 氷華の女王 第7章 最期の孤独
7-8.永遠の沈降
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ロープが解けた時、コナミの指先が、最後に一度だけ、サラの頬に触れた。
それは、暗殺者としてではなく、1人の女として送る惜別の情だった。
コナミを乗せた潜水艦は、容赦なく深淵の更なる底へと落ちていく。
水深130メートル。
もはやそこは光の届かぬ墓標の領域だった。
サラの広背筋が、重圧を撥ね退けるように猛然と波打つ。
彼女は右手に握りしめていたエパングルを迷わず放した。
今の彼女にとって、それは髪を束ねる宝飾品ではなく、一刻を争う浮上の妨げとなる「重り」でしかなかったからだ。
指先を離れた銀のエパングルは、螺旋を描きながら、ゆっくりと深淵の底へと堕ちていく。
コナミは、自ら縛り直したロープの軋みを腰に感じながら、その光景を見上げていた。
彼女の眼差しが捉えたのは、2つの異なる「光」の離別だった。
1つは、強靭な大腿四頭筋を爆発させ、黒崎を抱えて上方へと突き進むサラの姿。
抑えを失ったサラの長い金髪は、水中で爆発するように広がり、彼女の激しい動きに合わせて黄金の炎のようにゆらめいている。
その黄金の残像は、一蹴りごとに遠ざかり、上空の月のように小さくなっていく。
そしてもう1つは、サラの指先から零れ落ち、自分の方へと舞い降りてくる銀のエパングルだ。
エパングルは、コナミの目の前で鈍い銀色の火花を散らしながら、重力に従って沈んでいく。
それはサラが過去を、そしてコナミという存在を「置いていった」証そのものだった。
サラの放つ黄金の光は生(せい)の方角へ、そして手放された銀の輝きは死(し)の方角へ。
「……それでいいの、サラ」
コナミの肺はすでに限界を迎え、口端から小さな気泡が漏れ出す。
サラの背筋と三角筋が織りなす躍動的なシルエットが、黄金の髪の揺らめきの中に溶け込み、ついに漆黒のヴェールに消えた。
コナミの視界に残ったのは、自分と共に沈みゆく銀のエパングルの、最後のひび割れたような煌めきだけだった。
やがてその小さな銀の光も、潜水艦の巨大な影に飲み込まれていく。
コナミは、冷たい鉄の感触を全身に感じながら、二度と戻ることのない光の領域に別れを告げ、永遠の静寂へとその身を委ねた。
水深150メートル、200メートル……。
意識が深い紺碧へと溶けていく。
コナミは満足げに微笑んだまま、巨大な鉄の棺とともに、光の届かない永遠の眠りへと、ゆっくりと沈降していった。
水深は依然として生存の境界線を越えていた。
黒崎を抱くサラの腕は、水圧による窒素の麻痺で感覚を失いかけている。
鍛え上げられた上腕二頭筋は疲労物質に焼かれ、一蹴りごとに大腿筋が痙攣(けいれん)に近い悲鳴を上げていた。
視界が急速に狭まっていく。
「窒素の昏睡」が、甘い誘惑のように彼女の意識を闇へと引き摺り込もうとしていた。
(ああ……もう、動かない……)
だが、腕の中で力なく揺れる黒崎の体温を感じた瞬間、凍りついていた彼女の魂が、熱い火花を散らした。
(ダメ……まだ、死ねない。エドワードと……彼と一緒に、光の下を歩きたい……!)
初めて抱いた「生」への執着。
それは、どの筋肉の躍動よりも強く彼女の心臓を突き動かした。
肺が圧壊しそうな激痛の中、サラの瞳に涙に似た気泡が浮かぶ。
その時、絶望の静寂を切り裂き、重厚な機械音が鼓膜に響いた。
それは、暗殺者としてではなく、1人の女として送る惜別の情だった。
コナミを乗せた潜水艦は、容赦なく深淵の更なる底へと落ちていく。
水深130メートル。
もはやそこは光の届かぬ墓標の領域だった。
サラの広背筋が、重圧を撥ね退けるように猛然と波打つ。
彼女は右手に握りしめていたエパングルを迷わず放した。
今の彼女にとって、それは髪を束ねる宝飾品ではなく、一刻を争う浮上の妨げとなる「重り」でしかなかったからだ。
指先を離れた銀のエパングルは、螺旋を描きながら、ゆっくりと深淵の底へと堕ちていく。
コナミは、自ら縛り直したロープの軋みを腰に感じながら、その光景を見上げていた。
彼女の眼差しが捉えたのは、2つの異なる「光」の離別だった。
1つは、強靭な大腿四頭筋を爆発させ、黒崎を抱えて上方へと突き進むサラの姿。
抑えを失ったサラの長い金髪は、水中で爆発するように広がり、彼女の激しい動きに合わせて黄金の炎のようにゆらめいている。
その黄金の残像は、一蹴りごとに遠ざかり、上空の月のように小さくなっていく。
そしてもう1つは、サラの指先から零れ落ち、自分の方へと舞い降りてくる銀のエパングルだ。
エパングルは、コナミの目の前で鈍い銀色の火花を散らしながら、重力に従って沈んでいく。
それはサラが過去を、そしてコナミという存在を「置いていった」証そのものだった。
サラの放つ黄金の光は生(せい)の方角へ、そして手放された銀の輝きは死(し)の方角へ。
「……それでいいの、サラ」
コナミの肺はすでに限界を迎え、口端から小さな気泡が漏れ出す。
サラの背筋と三角筋が織りなす躍動的なシルエットが、黄金の髪の揺らめきの中に溶け込み、ついに漆黒のヴェールに消えた。
コナミの視界に残ったのは、自分と共に沈みゆく銀のエパングルの、最後のひび割れたような煌めきだけだった。
やがてその小さな銀の光も、潜水艦の巨大な影に飲み込まれていく。
コナミは、冷たい鉄の感触を全身に感じながら、二度と戻ることのない光の領域に別れを告げ、永遠の静寂へとその身を委ねた。
水深150メートル、200メートル……。
意識が深い紺碧へと溶けていく。
コナミは満足げに微笑んだまま、巨大な鉄の棺とともに、光の届かない永遠の眠りへと、ゆっくりと沈降していった。
水深は依然として生存の境界線を越えていた。
黒崎を抱くサラの腕は、水圧による窒素の麻痺で感覚を失いかけている。
鍛え上げられた上腕二頭筋は疲労物質に焼かれ、一蹴りごとに大腿筋が痙攣(けいれん)に近い悲鳴を上げていた。
視界が急速に狭まっていく。
「窒素の昏睡」が、甘い誘惑のように彼女の意識を闇へと引き摺り込もうとしていた。
(ああ……もう、動かない……)
だが、腕の中で力なく揺れる黒崎の体温を感じた瞬間、凍りついていた彼女の魂が、熱い火花を散らした。
(ダメ……まだ、死ねない。エドワードと……彼と一緒に、光の下を歩きたい……!)
初めて抱いた「生」への執着。
それは、どの筋肉の躍動よりも強く彼女の心臓を突き動かした。
肺が圧壊しそうな激痛の中、サラの瞳に涙に似た気泡が浮かぶ。
その時、絶望の静寂を切り裂き、重厚な機械音が鼓膜に響いた。
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