「深淵のサラ」 〜極限の潜水パフォーマンスに挑む金髪の美姫。独占欲に溺れるCEOと、立ちはだかる女帝たち〜

Mina_Underwater

文字の大きさ
151 / 155
【外伝】Episode-α 氷華の女王 第7章 最期の孤独

7-8.永遠の沈降

しおりを挟む
ロープが解けた時、コナミの指先が、最後に一度だけ、サラの頬に触れた。
それは、暗殺者としてではなく、1人の女として送る惜別の情だった。

コナミを乗せた潜水艦は、容赦なく深淵の更なる底へと落ちていく。
水深130メートル。
もはやそこは光の届かぬ墓標の領域だった。

サラの広背筋が、重圧を撥ね退けるように猛然と波打つ。
彼女は右手に握りしめていたエパングルを迷わず放した。

今の彼女にとって、それは髪を束ねる宝飾品ではなく、一刻を争う浮上の妨げとなる「重り」でしかなかったからだ。
指先を離れた銀のエパングルは、螺旋を描きながら、ゆっくりと深淵の底へと堕ちていく。

コナミは、自ら縛り直したロープの軋みを腰に感じながら、その光景を見上げていた。
彼女の眼差しが捉えたのは、2つの異なる「光」の離別だった。

1つは、強靭な大腿四頭筋を爆発させ、黒崎を抱えて上方へと突き進むサラの姿。
抑えを失ったサラの長い金髪は、水中で爆発するように広がり、彼女の激しい動きに合わせて黄金の炎のようにゆらめいている。

その黄金の残像は、一蹴りごとに遠ざかり、上空の月のように小さくなっていく。
そしてもう1つは、サラの指先から零れ落ち、自分の方へと舞い降りてくる銀のエパングルだ。

エパングルは、コナミの目の前で鈍い銀色の火花を散らしながら、重力に従って沈んでいく。
それはサラが過去を、そしてコナミという存在を「置いていった」証そのものだった。

サラの放つ黄金の光は生(せい)の方角へ、そして手放された銀の輝きは死(し)の方角へ。

「……それでいいの、サラ」

コナミの肺はすでに限界を迎え、口端から小さな気泡が漏れ出す。
サラの背筋と三角筋が織りなす躍動的なシルエットが、黄金の髪の揺らめきの中に溶け込み、ついに漆黒のヴェールに消えた。

コナミの視界に残ったのは、自分と共に沈みゆく銀のエパングルの、最後のひび割れたような煌めきだけだった。
やがてその小さな銀の光も、潜水艦の巨大な影に飲み込まれていく。

コナミは、冷たい鉄の感触を全身に感じながら、二度と戻ることのない光の領域に別れを告げ、永遠の静寂へとその身を委ねた。
水深150メートル、200メートル……。

意識が深い紺碧へと溶けていく。
コナミは満足げに微笑んだまま、巨大な鉄の棺とともに、光の届かない永遠の眠りへと、ゆっくりと沈降していった。

水深は依然として生存の境界線を越えていた。
黒崎を抱くサラの腕は、水圧による窒素の麻痺で感覚を失いかけている。

鍛え上げられた上腕二頭筋は疲労物質に焼かれ、一蹴りごとに大腿筋が痙攣(けいれん)に近い悲鳴を上げていた。
視界が急速に狭まっていく。

「窒素の昏睡」が、甘い誘惑のように彼女の意識を闇へと引き摺り込もうとしていた。

(ああ……もう、動かない……)

だが、腕の中で力なく揺れる黒崎の体温を感じた瞬間、凍りついていた彼女の魂が、熱い火花を散らした。

(ダメ……まだ、死ねない。エドワードと……彼と一緒に、光の下を歩きたい……!)

初めて抱いた「生」への執着。
それは、どの筋肉の躍動よりも強く彼女の心臓を突き動かした。

肺が圧壊しそうな激痛の中、サラの瞳に涙に似た気泡が浮かぶ。
その時、絶望の静寂を切り裂き、重厚な機械音が鼓膜に響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

処理中です...