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「……陛下。もう一度だけお聞きしますわ。ここは、私の『執務室』ということでよろしいのですよね?」
私は、用意された新しい部屋の入り口で立ち尽くしていました。
広さは公爵家のダンスホールほど。床には踏むのを躊躇(ためら)うほどふかふかの虎(の魔物)の毛皮が敷かれ、デスクは希少な黒真珠が埋め込まれた特注品。
何より、壁一面がガラス張りになっており、帝都の全景が見渡せる絶景スポットです。
「そうだ。君が快適に、かつ効率的に仕事ができるよう、最高級の風水と人間工学を詰め込んだ。どうだ、やる気が出ただろう?」
背後からゼクス陛下が、満足げに私の肩を抱き寄せました。
「やる気というか、落ち着きが家出しましたわ。事務作業に必要なのは『集中できる静寂』であって、『成金趣味の極致』ではありません」
「成金とは心外だな。これでも帝国の国庫のわずか0.1%しか使っていないぞ」
「その0.1%で、地方の橋が三つは架け直せますわ! この贅沢魔王!」
私は彼の手を払い除け、重厚なデスクの椅子に座りました。座り心地が良すぎて、そのまま眠ってしまいそうになるのが最大の敵です。
「さて、文句を言うのはこれくらいにして。陛下、早速ですが帝国の『使途不明金』についてお話ししたいのですが」
私が一通の書類を差し出すと、ゼクス陛下の眉がピクリと跳ねました。
「……ほう。もう見つけたのか。隠蔽(いんぺい)工作にはそれなりに自信があったのだが」
「私の目は節穴ではありませんわ。この第百四十二項、通称『帝国の平和維持費』という名目で流れている年間一億ルク。これ、実態は陛下の『趣味』に使われていますわね?」
「……。趣味、ではない。国家の存亡に関わる投資だ」
「投資? 内訳を見せていただきましたが、『エルトス様捜索隊の運営費』および『エルトス様がいつか住むための離宮の管理費』とありますが?」
部屋の空気が一瞬で凍りつきました。
陛下は、さすがにバツが悪そうに視線を泳がせました。
「……十年も探していれば、それなりにコストがかかる。離宮も、いつ君が来てもいいように二十四時間体制で加温(パネルヒーター)を稼働させていた」
「ストーカーの維持費を国庫から出さないでください! これは即刻、陛下のプライベートな資産から補填(ほてん)していただきますわよ」
「厳しいな。……だが、そんな風に叱られるのも悪くない」
「Mですか? 陛下はドMなんですの!? 『氷の皇帝』という二つ名が泣いていますわよ!」
私は頭を抱えましたが、ペンを止めることはしませんでした。
「この不正な支出を削れば、新しく建設予定の魔導研究所の予算を二倍にできます。そうすれば、帝国の魔糸の生産効率はさらに上がり、輸出益も増えるでしょう」
「……。君が来てから、帝国の将来が明るくなりすぎて眩しいな」
ゼクス陛下はデスクに手をつき、じっと私を見つめました。
「エルトス。私は君をただの飾りとして迎えたわけではない。君のその、冷徹なまでに正確な計算能力と、私にすら物怖じしない胆力……。それを愛しているんだ」
「……。突然のデレは心臓に悪いですわ」
私は顔が赤くなるのを隠すように、書類を顔の前に掲げました。
「いいですか。私がこの国を立て直す……いえ、さらに強化するのは、私がここで平穏に暮らすための『基盤作り』ですからね。勘違いしないでくださいませ」
「ああ。君の言う通りの『基盤(愛の巣)』を、共に作り上げよう」
「語彙の変換が極端ですわよ、この陛下!」
私がツッコミを入れ続けている間にも、帝国は着実に、そして恐ろしいスピードで「エルトス仕様」へと改造され始めていました。
一方、海の向こうのラングレー王国では。
カイル殿下が、私が書き残したはずの『予備の予算書』すら読み解けず、「なぜだ! なぜ魔法薬の仕入れ代が去年の五倍になっているんだ!」と、初歩的な計算ミスにすら気づかずに発狂しているとは……まだ誰も知らないことでした。
私は、用意された新しい部屋の入り口で立ち尽くしていました。
広さは公爵家のダンスホールほど。床には踏むのを躊躇(ためら)うほどふかふかの虎(の魔物)の毛皮が敷かれ、デスクは希少な黒真珠が埋め込まれた特注品。
何より、壁一面がガラス張りになっており、帝都の全景が見渡せる絶景スポットです。
「そうだ。君が快適に、かつ効率的に仕事ができるよう、最高級の風水と人間工学を詰め込んだ。どうだ、やる気が出ただろう?」
背後からゼクス陛下が、満足げに私の肩を抱き寄せました。
「やる気というか、落ち着きが家出しましたわ。事務作業に必要なのは『集中できる静寂』であって、『成金趣味の極致』ではありません」
「成金とは心外だな。これでも帝国の国庫のわずか0.1%しか使っていないぞ」
「その0.1%で、地方の橋が三つは架け直せますわ! この贅沢魔王!」
私は彼の手を払い除け、重厚なデスクの椅子に座りました。座り心地が良すぎて、そのまま眠ってしまいそうになるのが最大の敵です。
「さて、文句を言うのはこれくらいにして。陛下、早速ですが帝国の『使途不明金』についてお話ししたいのですが」
私が一通の書類を差し出すと、ゼクス陛下の眉がピクリと跳ねました。
「……ほう。もう見つけたのか。隠蔽(いんぺい)工作にはそれなりに自信があったのだが」
「私の目は節穴ではありませんわ。この第百四十二項、通称『帝国の平和維持費』という名目で流れている年間一億ルク。これ、実態は陛下の『趣味』に使われていますわね?」
「……。趣味、ではない。国家の存亡に関わる投資だ」
「投資? 内訳を見せていただきましたが、『エルトス様捜索隊の運営費』および『エルトス様がいつか住むための離宮の管理費』とありますが?」
部屋の空気が一瞬で凍りつきました。
陛下は、さすがにバツが悪そうに視線を泳がせました。
「……十年も探していれば、それなりにコストがかかる。離宮も、いつ君が来てもいいように二十四時間体制で加温(パネルヒーター)を稼働させていた」
「ストーカーの維持費を国庫から出さないでください! これは即刻、陛下のプライベートな資産から補填(ほてん)していただきますわよ」
「厳しいな。……だが、そんな風に叱られるのも悪くない」
「Mですか? 陛下はドMなんですの!? 『氷の皇帝』という二つ名が泣いていますわよ!」
私は頭を抱えましたが、ペンを止めることはしませんでした。
「この不正な支出を削れば、新しく建設予定の魔導研究所の予算を二倍にできます。そうすれば、帝国の魔糸の生産効率はさらに上がり、輸出益も増えるでしょう」
「……。君が来てから、帝国の将来が明るくなりすぎて眩しいな」
ゼクス陛下はデスクに手をつき、じっと私を見つめました。
「エルトス。私は君をただの飾りとして迎えたわけではない。君のその、冷徹なまでに正確な計算能力と、私にすら物怖じしない胆力……。それを愛しているんだ」
「……。突然のデレは心臓に悪いですわ」
私は顔が赤くなるのを隠すように、書類を顔の前に掲げました。
「いいですか。私がこの国を立て直す……いえ、さらに強化するのは、私がここで平穏に暮らすための『基盤作り』ですからね。勘違いしないでくださいませ」
「ああ。君の言う通りの『基盤(愛の巣)』を、共に作り上げよう」
「語彙の変換が極端ですわよ、この陛下!」
私がツッコミを入れ続けている間にも、帝国は着実に、そして恐ろしいスピードで「エルトス仕様」へと改造され始めていました。
一方、海の向こうのラングレー王国では。
カイル殿下が、私が書き残したはずの『予備の予算書』すら読み解けず、「なぜだ! なぜ魔法薬の仕入れ代が去年の五倍になっているんだ!」と、初歩的な計算ミスにすら気づかずに発狂しているとは……まだ誰も知らないことでした。
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