『「嘘つき令嬢」と婚約破棄された私、真実しか言えない「呪いの首輪」のせいで聖女だとバレて冷徹公爵に執着されています』

恋守あい

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「クロエル・ラ・ピエリス! 貴様のような嘘つきで、不実な女との婚約など、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」


きらびやかなシャンデリアが輝く夜会の中心で、王太子ジュリアン様が私の鼻先に指を突きつけました。


周囲の貴族たちは、待ってましたと言わんばかりの冷ややかな視線を私に浴びせています。
その視線の先で、私はわざとらしく震える手で扇を握りしめ、顔を伏せました。


「……殿下、それは……あまりに突然のことにございますわ」


「しらばっそれると思うな! 貴様が夜な夜な、見知らぬ男と密会しているという証拠は上がっているのだ!」


殿下の隣では、男爵令嬢のマリエル様が、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめています。


彼女は私の親友であり、そして……殿下の真実の愛の相手。
二人は深く愛し合っているのに、身分差と私という「婚約者」の存在が、二人の仲を裂いていたのです。


「……ふふ、バレてしまっては仕方ありませんわね」


私はあえて、不敵な笑みを浮かべて顔を上げました。
周囲から「なんて図太い女だ」というひそひそ話が聞こえてきますが、それこそが私の狙い。


「ええ、認めますわ。私は殿下よりも、あの情熱的な夜をくれる殿方のほうが好きなのです。王妃教育なんて退屈なもの、もうこりごりですの」


(よしっ! 決まったわ! これで私は、王太子を裏切った最低最悪の悪女!)


心の中では、私は歓喜のガッツポーズを決めていました。
実際には、密会なんて一度もしていません。夜な夜なこっそり屋敷を抜け出して行っていたのは、孤児院への寄付と、マリエル様と殿下が密会するためのアリバイ工作です。


私が「浮気をしている」という嘘を吐き、悪女として身を引く。
そうすれば、傷つくのは私一人。
殿下は「被害者」として同情を集め、身分低きマリエル様との愛を貫くことができる。


誰も憎まず、誰も傷つかない。
私が「嘘つき」になれば、すべてが円満に解決する。これこそが、私の描いた理想の計画でした。


「貴様……反省の色すら見せないとは! マリエルの爪の垢を煎じて飲ませたいものだ!」


「殿下……もうそれくらいにしてくださいませ。クロエル様にも、きっと何か事情が……」


マリエル様が私のために庇うような言葉を口にします。
ああ、なんて優しい子。でも、ここで私を庇ってはいけません。


「事情なんてありませんわ、マリエル様。私はただ、自分の欲望に忠実なだけ。さあ、殿下。早くその『婚約破棄』という素晴らしいプレゼントを私にくださいな」


私はわざと意地悪く、彼女の手を振り払う仕草をしました。
これで完璧です。


「……わかった。そこまで言うのなら、望み通りにしてやる」


ジュリアン様が冷たく言い放ったその時、広間の入り口から、氷のように冷たい空気が流れ込んできました。


「――そこまでにしておけ。王太子殿下」


重厚な足音と共に現れたのは、銀髪を後ろに流した冷徹な美貌の男。
魔導具および呪物管理の責任者であり、若くして公爵の地位に就く、アッシュ・ヴァルハイト公爵でした。


彼は「嘘を病的に嫌う」ことで有名な、社交界で最も恐れられている男性です。


「アッシュ公爵? 貴公がなぜここに」


「陛下の名代として、悪質な『嘘つき』に裁きを下しに来た」


アッシュ公爵の鋭い視線が、私を貫きます。
私は背筋に冷たいものが走るのを感じました。
えっ、嘘つきへの裁き? まさか、私の小細工がバレたのかしら?


「クロエル・ラ・ピエリス。君は自ら、浮気をしたと認めたな?」


「え、ええ……。そうですわ。私は最低の浮気者ですの」


私は精一杯の悪女スマイルで答えました。
ところが、アッシュ公爵はフッと口角を歪めたのです。


「……面白い。ならば、その罪深き『嘘つきの口』に、相応の罰を与えよう」


彼は懐から、漆黒のベルベットで覆われた小さな箱を取り出しました。
中に入っていたのは、細身で美しい、紫色の宝石があしらわれた黒いチョーカーでした。


「これは『真実の喉輪(のどわ)』。若かりし過ち、すなわち『嘘』を吐く者に、生涯真実しか語らせないための呪具だ」


「呪具……!? そんなもの、私に嵌めるつもりですの!?」


「そうだ。君のような『稀代の嘘つき』には、これがよく似合う」


アッシュ公爵が私に歩み寄ります。
逃げようとしましたが、彼の放つ威圧感に足がすくんで動けません。


「待ってください! 私は……私はただの浮気者で、嘘なんて……!」


「嘘を吐こうとすればするほど、その首輪は君を締め上げる。そして、君の魂に刻まれた『真実』だけを強制的に吐き出させることになる」


カチャリ。


抗う間もなく、私の首元に冷たい金属の感触が走りました。
指一本入らないほどぴったりと、しかし苦しくはない絶妙なサイズで、それは私の首に固定されました。


「一度嵌めれば、私の許可なく外すことはできない。さあ、クロエル。今の気分はどうだ?」


アッシュ公爵が、獲物を追い詰めた肉食獣のような瞳で私を覗き込みます。


私はすぐにでも「最悪ですわ、この野蛮人!」と叫んでやろうと口を開きました。


(そうよ、私は悪女なんだから。ここで彼を罵倒して、牢屋にでも入れられれば、マリエル様たちの幸せはより確実になるわ!)


「……さ、最悪ですわ! あなたのような……」


言葉が、喉の奥でつっかえました。
喉がぎゅっと熱くなり、チョーカーが鈍く光ります。


私の意志とは無関係に、声が勝手に形を変えて溢れ出しました。


「……最悪ですわ! あなたのような、……なんて素敵な方に、こんなにも近くで見つめられるなんて……心臓が止まってしまいそうですわ!」


「…………は?」


アッシュ公爵が、眉をひそめて絶句しました。


え? 今、私は何を言ったの?
素敵な方? 心臓が止まる?


(ちょっと待って、今の私、何を言っちゃったの!? 違うの、私はこいつを罵倒したかったのよ!)


「ち、違いますわ! 今の言葉は取り消します! 本当は、あなたのことなんて……」


また喉が熱くなります。
チョーカーがさらに強く光り、私は自分の口が裏切るのを止められませんでした。


「本当は、あなたのことなんて……ずっと影から見守っていたいほど、その凛々しい立ち居振る舞いに、憧憬の念を抱いておりましたの……!」


「…………」


静まり返る会場。
王太子殿下は口をあんぐりと開け、マリエル様は顔を赤らめています。


そして、目の前のアッシュ公爵は……。
冷徹だったその顔を、見たこともないような困惑と、わずかな朱色に染めていました。


「……ほう。私に憧れていた、だと?」


「違っ、違います! 今の口から出たのは全部デタラメで……!」


『――ぐっ……!!』


首輪が、ギリリと音を立てて締まりました。
嘘を吐こうとした罰です。
喉が焼けるように熱くなり、私は涙目で、本当のことしか言えない呪いを呪いました。


「デタラメ……ではなく……、本心、です。あなたが怖すぎて、つい虚勢を張ってしまいましたが……、本当は……その……」


私は必死に口を閉じようとしましたが、言葉は止めどなく溢れます。


「……お顔があまりにも好みすぎて、直視すると、私の汚れきった心が浄化されてしまいそうで……、恥ずかしくて死にそうですわ……!」


私は両手で顔を覆いました。
死にたい。今すぐ地面に穴を掘って埋まりたい。


嘘つきで通してきた私が、あろうことか、初対面の冷徹公爵に対して、全方位から告白するような羽目になるなんて。


(どうしよう……。私の計画では、私は今頃「薄汚い嘘つき」として軽蔑されながら去るはずだったのに……!)


「……面白い女だ。クロエル・ラ・ピエリス」


アッシュ公爵が、私の手首を掴んで強引に引き寄せました。


「君のその『嘘』が、どこまで本音を隠しているのか。じっくりと暴いてやろう。今日から君を、私の屋敷で預かることにする」


「えええええええっ!?」


(そんなの困ります! 私にはまだ、マリエル様たちのために「悪女として没落する」っていう大事な任務が残っているんですから――!)


そう叫ぼうとした私の口から出たのは、またしても可愛らしい真実でした。


「……嬉しいですわ! あこがれの公爵様と一緒に暮らせるなんて、夢のようですわ……!」


私の「優しい嘘」の人生は、この不思議な首輪によって、とんでもない方向へと激変してしまったのでした。

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