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「……ああ、死にたい。今度こそ、本当の意味で社会的に抹殺されたいですわ……」
翌朝、私は天蓋付きのベッドの中で、毛布を頭から被って丸まっていました。
昨日の自分の発言を思い出すたび、全身の毛穴から変な汗が出てきます。
「押し倒したい」? 「唇を塞ぎたい」?
いくら本音しか言えない呪いだからって、私の本能は野性的すぎやしませんこと!?
(アッシュ様、絶対に私のことを『欲求不満な変態令嬢』だと思っておられるわ……。ああ、もうお顔を合わせられない……!)
「……お嬢様、いつまで寝ておいでですか。旦那様がお呼びですよ」
リタがクスクスと笑いながら、強引に毛布を剥ぎ取ります。
彼女、最近あきらかに私を敬うというより、可愛いペットを見るような目で見ていますわね。
「嫌ですわ。私は今日一日、このベッドという名の監獄で静かに余生を過ごすつもりですの。アッシュ様には『彼女は羞恥心で爆発して四散しました』とお伝えしてちょうだい」
「そんな嘘、おっしゃっても無駄ですよ。ほら、今日は大切なお客様がいらっしゃるんですから」
「お客様……?」
嫌な予感しかいたしません。
渋々着替えを済ませ、重い足取りで広間へ向かうと、そこにはアッシュ様と……見覚えのある、金髪のチャラ……いえ、華やかな男性が立っていました。
「やあ、君が噂の『真実しか言えない悪女』さんかな? アッシュが屋敷に女を連れ込むなんて、天地がひっくり返るかと思ったよ!」
「……殿下の側近、フェリクス卿」
私は顔を引き攣らせました。
彼は王太子の親友であり、社交界の情報通。
つまり、ここで失態を演じれば、私の「悪女」としての評判は地の底……いえ、私の望む通りに「救いようのない女」として広まるはずです!
(よし、絶好のチャンスだわ!)
「お初にお目にかかりますわ、フェリクス様。フン、あなたのような軽薄そうな殿方にお会いするなんて、時間の無駄ですわ。さっさと帰ってくださらない?」
――ググッ。
喉の奥に、あの懐かしくも忌々しい熱が走りました。
「……お初にお目にかかりますわ、フェリクス様。……なんて爽やかで、向日葵のような輝きを放つお方なのかしら! あなたのような方がお友達なら、きっとアッシュ様の冷え切った日常も、春のような温かさに包まれているのでしょうね。お会いできて光栄すぎて、涙がこぼれそうですわ……!」
「…………えっ」
フェリクス様が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしました。
「ア、アッシュ……。君、彼女に何を教え込んだんだい? 僕、あんなにストレートに褒められたの、生まれて初めてなんだけど……」
「……教えてなどいない。それがこいつの本音だ。……不愉快だがな」
アッシュ様が、なぜかフェリクス様を鋭い目付きで睨みつけています。
……なぜあなたが不機嫌なんですの?
「アッシュ様、今の言葉は……っ」
「……今の言葉は……っ、私の魂からの叫びですわ! ああ、アッシュ様の嫉妬に狂ったようなそのお顔も、独占欲が滲み出ていて最高にセクシーですわ……! もっと私を縛り付けてもよろしくてよ!」
「…………っ!!」
アッシュ様がガバッと口元を押さえて、窓の方を向いてしまいました。
フェリクス様は、今度は爆笑し始めました。
「ははは! 傑作だ! アッシュ、君の負けだよ。こんなに真っ直ぐな愛をぶつけられて、正気でいられるはずがない!」
「……うるさい。それより、フェリクス。本題を話せ」
アッシュ様が、無理やり話題を変えました。
フェリクス様は涙を拭いながら、一枚の招待状をテーブルに置きました。
「ああ、これだよ。来週、王宮で『婚約成立記念パーティー』が開かれる。主役はジュリアン殿下と、マリエル様だ」
私は、心臓が跳ね上がるのを感じました。
マリエル様……。彼女の晴れ姿を、この目で見られるのかしら。
「……私は行きませんわ。私が現れたら、せっかくの祝宴が台無しになってしまいますもの。私は、影から彼女の幸せを呪っているのがお似合いですわ」
(そうよ。私は彼らを裏切った『悪女』。どの面下げてお祝いに行けるっていうの?)
――ググッ。
「……私は行きませんわ。……なんて、本当はマリエル様のドレス姿を見たら、嬉しすぎてその場で号泣して、周囲の迷惑も考えずに彼女を抱きしめてしまう自信があるから、我慢しているだけですの! ああ、私の親友が、世界で一番幸せになる瞬間を特等席で拝みたい……! 神様、私のこの溢れんばかりの祝福の気持ちを、どうにかして彼女に届けてくださいまし……!」
私は、ついに膝から崩れ落ちました。
……もう嫌だ。私の心が綺麗すぎて、自分が一番疲れますわ。
「……だそうだ、フェリクス。この聖女……もとい、クロエルを連れて出席すると、殿下に伝えておけ」
「了解。いやあ、当日が楽しみだね。社交界がひっくり返るぞ」
フェリクス様は楽しげに去っていきました。
一人残された私は、アッシュ様に詰め寄りました。
「アッシュ様! 正気ですの!? 私をあの場に連れて行ったら、私の『優しい嘘』が全部バレてしまいますわ! 私がただの『お人好しすぎる馬鹿』だってことがバレたら、私の悪女としてのプライドはどうなるんですの!」
「……そんなものは、とうの昔に粉々に砕けているだろう」
アッシュ様が、私の腰を抱き寄せ、耳元で囁きました。
「いい機会だ、クロエル。君がどれだけ自分を貶めようとしても、無駄だということを教えてやろう。当日は、私が最高に美しく君を飾り立ててやる。……誰にも文句を言わせない、私の大切な『真実の妻』としてな」
「つ、妻……!? まだ結婚なんて……っ」
「……まだ結婚なんて……っ、されてもいないのに、そんなふうに呼ばれたら、私、今すぐ婚姻届にサインして、あなたの苗字を名乗りたくなってしまいますわ……! ああ、アッシュ・ヴァルハイト公爵夫人……なんて素敵な響きかしら……!」
私は、自分の口を必死に手で押さえました。
ですが、アッシュ様の口角は、これまでで一番深く、愉悦に満ちた形で吊り上がっていました。
「……決まりだな。当日は、覚悟しておけ」
(あああああ! 私の悪女計画が、どんどん『シンデレラストーリー』に書き換えられていきますわーーー!?)
こうして、私は最悪(最高)のコンディションで、王宮のパーティーに乗り込むことになったのでした。
翌朝、私は天蓋付きのベッドの中で、毛布を頭から被って丸まっていました。
昨日の自分の発言を思い出すたび、全身の毛穴から変な汗が出てきます。
「押し倒したい」? 「唇を塞ぎたい」?
いくら本音しか言えない呪いだからって、私の本能は野性的すぎやしませんこと!?
(アッシュ様、絶対に私のことを『欲求不満な変態令嬢』だと思っておられるわ……。ああ、もうお顔を合わせられない……!)
「……お嬢様、いつまで寝ておいでですか。旦那様がお呼びですよ」
リタがクスクスと笑いながら、強引に毛布を剥ぎ取ります。
彼女、最近あきらかに私を敬うというより、可愛いペットを見るような目で見ていますわね。
「嫌ですわ。私は今日一日、このベッドという名の監獄で静かに余生を過ごすつもりですの。アッシュ様には『彼女は羞恥心で爆発して四散しました』とお伝えしてちょうだい」
「そんな嘘、おっしゃっても無駄ですよ。ほら、今日は大切なお客様がいらっしゃるんですから」
「お客様……?」
嫌な予感しかいたしません。
渋々着替えを済ませ、重い足取りで広間へ向かうと、そこにはアッシュ様と……見覚えのある、金髪のチャラ……いえ、華やかな男性が立っていました。
「やあ、君が噂の『真実しか言えない悪女』さんかな? アッシュが屋敷に女を連れ込むなんて、天地がひっくり返るかと思ったよ!」
「……殿下の側近、フェリクス卿」
私は顔を引き攣らせました。
彼は王太子の親友であり、社交界の情報通。
つまり、ここで失態を演じれば、私の「悪女」としての評判は地の底……いえ、私の望む通りに「救いようのない女」として広まるはずです!
(よし、絶好のチャンスだわ!)
「お初にお目にかかりますわ、フェリクス様。フン、あなたのような軽薄そうな殿方にお会いするなんて、時間の無駄ですわ。さっさと帰ってくださらない?」
――ググッ。
喉の奥に、あの懐かしくも忌々しい熱が走りました。
「……お初にお目にかかりますわ、フェリクス様。……なんて爽やかで、向日葵のような輝きを放つお方なのかしら! あなたのような方がお友達なら、きっとアッシュ様の冷え切った日常も、春のような温かさに包まれているのでしょうね。お会いできて光栄すぎて、涙がこぼれそうですわ……!」
「…………えっ」
フェリクス様が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしました。
「ア、アッシュ……。君、彼女に何を教え込んだんだい? 僕、あんなにストレートに褒められたの、生まれて初めてなんだけど……」
「……教えてなどいない。それがこいつの本音だ。……不愉快だがな」
アッシュ様が、なぜかフェリクス様を鋭い目付きで睨みつけています。
……なぜあなたが不機嫌なんですの?
「アッシュ様、今の言葉は……っ」
「……今の言葉は……っ、私の魂からの叫びですわ! ああ、アッシュ様の嫉妬に狂ったようなそのお顔も、独占欲が滲み出ていて最高にセクシーですわ……! もっと私を縛り付けてもよろしくてよ!」
「…………っ!!」
アッシュ様がガバッと口元を押さえて、窓の方を向いてしまいました。
フェリクス様は、今度は爆笑し始めました。
「ははは! 傑作だ! アッシュ、君の負けだよ。こんなに真っ直ぐな愛をぶつけられて、正気でいられるはずがない!」
「……うるさい。それより、フェリクス。本題を話せ」
アッシュ様が、無理やり話題を変えました。
フェリクス様は涙を拭いながら、一枚の招待状をテーブルに置きました。
「ああ、これだよ。来週、王宮で『婚約成立記念パーティー』が開かれる。主役はジュリアン殿下と、マリエル様だ」
私は、心臓が跳ね上がるのを感じました。
マリエル様……。彼女の晴れ姿を、この目で見られるのかしら。
「……私は行きませんわ。私が現れたら、せっかくの祝宴が台無しになってしまいますもの。私は、影から彼女の幸せを呪っているのがお似合いですわ」
(そうよ。私は彼らを裏切った『悪女』。どの面下げてお祝いに行けるっていうの?)
――ググッ。
「……私は行きませんわ。……なんて、本当はマリエル様のドレス姿を見たら、嬉しすぎてその場で号泣して、周囲の迷惑も考えずに彼女を抱きしめてしまう自信があるから、我慢しているだけですの! ああ、私の親友が、世界で一番幸せになる瞬間を特等席で拝みたい……! 神様、私のこの溢れんばかりの祝福の気持ちを、どうにかして彼女に届けてくださいまし……!」
私は、ついに膝から崩れ落ちました。
……もう嫌だ。私の心が綺麗すぎて、自分が一番疲れますわ。
「……だそうだ、フェリクス。この聖女……もとい、クロエルを連れて出席すると、殿下に伝えておけ」
「了解。いやあ、当日が楽しみだね。社交界がひっくり返るぞ」
フェリクス様は楽しげに去っていきました。
一人残された私は、アッシュ様に詰め寄りました。
「アッシュ様! 正気ですの!? 私をあの場に連れて行ったら、私の『優しい嘘』が全部バレてしまいますわ! 私がただの『お人好しすぎる馬鹿』だってことがバレたら、私の悪女としてのプライドはどうなるんですの!」
「……そんなものは、とうの昔に粉々に砕けているだろう」
アッシュ様が、私の腰を抱き寄せ、耳元で囁きました。
「いい機会だ、クロエル。君がどれだけ自分を貶めようとしても、無駄だということを教えてやろう。当日は、私が最高に美しく君を飾り立ててやる。……誰にも文句を言わせない、私の大切な『真実の妻』としてな」
「つ、妻……!? まだ結婚なんて……っ」
「……まだ結婚なんて……っ、されてもいないのに、そんなふうに呼ばれたら、私、今すぐ婚姻届にサインして、あなたの苗字を名乗りたくなってしまいますわ……! ああ、アッシュ・ヴァルハイト公爵夫人……なんて素敵な響きかしら……!」
私は、自分の口を必死に手で押さえました。
ですが、アッシュ様の口角は、これまでで一番深く、愉悦に満ちた形で吊り上がっていました。
「……決まりだな。当日は、覚悟しておけ」
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