『「嘘つき令嬢」と婚約破棄された私、真実しか言えない「呪いの首輪」のせいで聖女だとバレて冷徹公爵に執着されています』

恋守あい

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翌朝、私は天蓋付きの豪華なベッドの中で、枕に顔を埋めてのた打ち回っていました。


(あああああ! 昨日の私、なんてことを言ってしまいましたの!? 『好きにしてください』!? あれじゃあ、まるで私がアッシュ様に身も心も捧げたみたいじゃない!)


顔が火が出るほど熱い。
あの首輪のせいで、私の「悪女としての防衛線」はズタズタです。


(落ち着くのよ、クロエル。昨日は夜の魔力に当てられただけ。今日からまた気を引き締めて、嫌われ令嬢としての責務を全うするのよ!)


私は鏡の前でキリリと眉を吊り上げ、気合を入れました。
そこへ、ノックの音と共にセバスさんが現れました。


「クロエルお嬢様、おはようございます。旦那様から、本日の『罰』についてお伝えするようにと」


「罰……! ついに来ましたわね!」


私はガタリと椅子を蹴って立ち上がりました。
これです、これを待っていたのです。
きっと重労働か、冷たい石畳の掃除に違いありません。


「……それで、その恐ろしい罰の内容とは何かしら? 言っておきますけれど、私はひ弱な令嬢ですの。過酷な労働をさせられたら、すぐにでも根を上げて泣き叫びますわよ!」


(さあ、早く『豚小屋の掃除をしろ』とか『屋敷中の窓を一人で磨け』と言いなさいな!)


「はあ……。旦那様からの伝言では、『昨日の約束通り、山のような画材と布地が届いた。今日一日、それを使って誰にも邪魔されず、好きなだけ作業に没頭すること。それが君への監禁刑だ』とのことです」


「…………はい?」


私は拍子抜けして、開いた口が塞がりませんでした。
好きなだけ……趣味に没頭するのが、罰?


「旦那様は、お嬢様が作業中に倒れないよう、専属の栄養士が考案したおやつを二時間おきに運ぶようにも命じておられます。これは実質、過酷な『軟禁』でございますな」


「……それのどこが罰なんですの!? ただのご褒美……いえ、最高に甘い待遇じゃない!」


私はセバスさんに詰め寄りました。


「分かっていますわ。アッシュ様は、私が作業に熱中して、腰を痛めたり眼精疲労になったりするのを狙っているのですわね!? なんて陰険な……っ」


(なんて陰険な……!)


「……なんて陰険なほどに、私の体調を気遣ってくださる素晴らしいお方なのかしら……! 私のために栄養士まで手配して、好きなことに打ち込める環境を与えてくださるなんて。ああ、私、アッシュ様への感謝で胸が張り裂けそうですわ……!」


「旦那様も、そうおっしゃっていただけるとお喜びになるでしょう」


セバスさんは満足げに頷くと、私を特設の作業室へと案内しました。


そこは、日当たりの良い南向きの広い部屋でした。
棚には見たこともないほど高級な絵具や、滑らかなシルクの布、色とりどりの刺繍糸が整然と並べられています。


「……っ。こんなに、たくさん……」


私は思わず、その美しさに息を呑みました。
これだけの資材があれば、孤児院の子供たち全員に新しい服を縫い、何冊もの絵本を描いてあげられます。


私は無意識に、一番柔らかい布を手に取っていました。


「……ふん。こんなもの、全部使い切って公爵家の財産を食いつぶしてやりますわ。見ていなさい、アッシュ様。私はこの世で一番贅沢なボランティアをしてみせますから!」


私はさっそく、型紙を広げて裁断を始めました。
元々、マリエル様のドレスの修繕などを内緒で手伝っていたので、針仕事には自信があります。


(まずは、あの子たちに似合う明るい色のワンピースを……。それから、男の子たちには丈夫なズボンね。ああ、楽しい……。誰かのために何かを作っている時間は、どうしてこんなに心が躍るのかしら)


数時間が経過した頃、集中していた私の背後に気配がありました。


「……まだ続けているのか。少しは休めと言っただろう」


アッシュ様が、呆れたような、それでいてどこか優しい声で入ってきました。


「ア、アッシュ様! 勝手に入らないでくださいまし!」


「君が熱中しすぎて、昼食の合図にも気づかないと報告があったのでな。ほら、一度手を止めろ」


アッシュ様は私の手から針を奪い、無理やり休憩用のソファへと誘導しました。
そこには、色とりどりのフルーツサンドと、温かいミルクティーが用意されていました。


「……嫌ですわ。私はまだやりたいことがたくさんありますの。こんな……っ」


(こんな……っ、美味しそうなフルーツサンドなんて、一口で平らげてしまいますわ!)


「……こんな……っ、私の大好物を完璧なタイミングで用意してくださるなんて……。アッシュ様、あなたは私の心を読む魔法でも使っているのかしら!? ああ、一切れのサンドイッチに込められたあなたの愛が、私の胃袋を直撃して、もうあなたなしでは生きていけない体にされそうですわ……!」


「…………。君の本音は、相変わらず極端だな」


アッシュ様は私の隣に座り、少し気まずそうに視線を逸らしました。
ですが、その指先は私の手に触れそうな距離に置かれています。


「……クロエル。君が描いている、その絵本……。少し見せてもらったが、あれは君が考えた話か?」


「ええ。森の小さなウサギが、迷子になった狼を助ける話ですわ。……どうせ、私のような悪女が描く話なんて、偽善に満ちていて反吐が出るとおっしゃるんでしょう?」


「いや。……心温まる、良い話だと思った」


アッシュ様が、ポツリと零しました。


「君は、誰かを助ける話が好きだな。……狼を助けたウサギが、その後どうなるか、続きが気になる」


私は、目を見開きました。
アッシュ様に褒められるなんて、これっぽっちも思っていなかったからです。


「……続き、ですか? ウサギと狼は、最後には種族を超えた親友になって、一緒に森を守るんですの。……なんて、馬鹿げたおとぎ話ですわね」


「馬鹿げてなどいない。……現に、嘘つきの令嬢と冷血な公爵が、こうして一緒に茶を飲んでいるのだからな」


アッシュ様の瞳が、ふっと柔らかく細められました。
その穏やかな表情に、私の胸がドクンと大きく波打ちました。


(ダメよ、クロエル! 絆されてはダメ! あなたは追放されるべき身なのよ!)


「……何を勘違いしていらっしゃるの? 私はただ、このお屋敷の居心地が良いから、調子を合わせているだけですわ。あなたのことなんて、……ええ、あなたのことなんて……っ」


――ググッ。


「……あなたのことなんて、……今すぐ押し倒して、その綺麗な唇を塞いでやりたいくらい、……狂おしいほど愛おしいと思っていますわ! ああ、もう、何を見てそんなに優しく笑っているんですの!? 私の理性をこれ以上試さないでくださいまし!」


「…………」


部屋の中に、沈黙が流れました。
アッシュ様の顔が、耳元まで真っ赤に染まっていくのが分かります。


「……押し、倒す……だと?」


「違います! 今のは首輪の暴走です! 私の本意ではありません!」


「いや、首輪は本音しか通さない。……つまり、君は私を押し倒したいほど……その、慕ってくれているということだな?」


アッシュ様が、ゆっくりと私の方へ体を向けました。
その瞳には、今まで見たことのない、獲物を逃さないと決めた狩人のような輝きが宿っています。


「……ま、待ってください! 私は……っ」


「待たない。君がそこまで言うのなら、私も相応の覚悟を決めなければならないな。……監禁の罰は、まだ始まったばかりだぞ、クロエル」


アッシュ様の大きな手が、私の腰に回されました。


(ひぃいいい! 私の本音が、アッシュ様の『冷徹公爵』という名のダムを決壊させてしまいましたわーーー!?)


私の「優しい嘘」の計画は、もはや跡形もなく消え去り、代わりに「溺愛」という名の濁流に飲み込まれようとしていたのでした。
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