『「嘘つき令嬢」と婚約破棄された私、真実しか言えない「呪いの首輪」のせいで聖女だとバレて冷徹公爵に執着されています』

恋守あい

文字の大きさ
12 / 38

12

しおりを挟む
「……せいじょ? 叙勲? 陛下、お目目が腐ってしまわれたのかしら!?」


豪華な朝食が並ぶテーブルの前で、私は絶叫しました。


聖女。
それは清廉潔白で、神に愛され、民衆から崇め奉られる存在に与えられる称号。
私が目指していた「歴史に名を残す最低最悪の嘘つき悪女」とは、北極と南極くらい正反対の位置にある言葉です。


「言葉を慎め、クロエル。陛下は君の『嘘を吐いてまで友の幸せを優先した自己犠牲の精神』に深く感銘を受けられたのだ」


アッシュ様は涼しい顔で、優雅にナプキンで口元を拭いました。


「……感銘なんて受けなくてよろしいんですのよ! あのお方は、もっとこう、国を揺るがす悪女を厳しく罰することに情熱を注ぐべきですわ!」


(そうよ! 私を国外追放にして、財産を没収して、ついでに二度とこの美しいアッシュ様の顔を拝めないように遠ざけるべきなんですの!)


「……情熱を注ぐべきですわ! ……なんて、本当は、陛下にまで私の努力が認められたなんて、嬉しくて、誇らしくて、天にも昇る心地ですわ……! ああ、私の隠れた善行が、こんなにも早く白日の下に晒されるなんて。お父様とお母様が聞いたら、きっと泣いて喜んでくださるでしょうね……!!」


「……だろうな。君のご両親からは、すでに『娘を正しく導いてくれてありがとう』と、涙ながらの感謝状が届いている」


「お父様まで!? あの頑固一徹なパパ上が、そんな簡単に私を許すなんて信じられませんわ!」


私はガタリと椅子を蹴って立ち上がりました。


「いいですか、アッシュ様。私は認めませんわよ。叙勲式なんて絶対に出ませんわ。当日、私は謎の熱病に侵されて寝込んでいることに……っ」


(……寝込んでいることにして、式典をボイコットしてやるんだから!)


――ググッ。


「……当日、私は……っ、……最高にゴージャスなドレスで着飾って、世界で一番幸せそうな笑顔で、陛下の前に跪いて差し上げますわ! ああ、楽しみすぎて今から心臓がバクバク言っていますの。アッシュ様、私、あなたの隣でエスコートされるのを、夢にまで見ていたんですのよ……!!」


「…………。当日が楽しみだな」


アッシュ様の口角が、勝ち誇ったように吊り上がりました。


(あああああ! 私の『拒絶』が、いつも『熱烈なおねだり』に変換されてしまう! この首輪、そろそろ私の羞恥心の限界を学習してくれてもよくありませんこと!?)


絶望に打ちひしがれていると、セバスさんが慌てた様子で広間に入ってきました。


「旦那様、クロエルお嬢様。……ジュリアン王太子殿下が、護衛も連れずに裏門から強引に押し入ってこられました!」


「……あの馬鹿王子、懲りもせずにか」


アッシュ様の瞳が、一瞬で氷のように冷たくなりました。


「殿下が? どうしてここに……っ(本当は:あんなに恥をかかせたのに、まだ私に用があるのかしら?)」


「……殿下が? ……あの方は本当にお人好しで、放っておけないんですのね。きっと私に謝りたくて、居ても立ってもいられなくなったのでしょう。ああ、なんて可愛らしい、手のかかる弟のような殿下かしら……!」


「…………。セバス、やはり殿下を追い返せ。今すぐだ」


「待ってください、アッシュ様! せっかく来たのですから、お会いして差し上げないと……っ」


(お会いして、こっぴどく罵倒して、二度と私の前に現れないように追い払ってやるんですのよ!)


私たちは、客間に通されたジュリアン殿下と対面することになりました。
そこには、王太子の威厳もどこへやら、ひどく窶(やつ)れた様子のジュリアン様が、借りてきた猫のように小さくなって座っていました。


「……クロエル。……よく、来てくれた」


「殿下。相変わらず、情けないお顔をしていらっしゃいますわね。王宮での生活がそんなに辛いのかしら? マリエル様という最高の伴侶を得たというのに、贅沢な方ですわ」


(さあ、怒りなさい! そして私を『失礼な女だ』と罵って、また婚約破棄……あ、もう破棄されていましたわね!)


――ググッ。


「……殿下。……そのお顔、きっと私への罪悪感で一睡もできなかったのでしょう? あなたは本当に、嘘がつけない不器用な方。そんなあなたの真っ直ぐなところ、私は昔から嫌いじゃありませんでしたわ。……いいえ、むしろ、あなたのその危なっかしさを守ってあげたいと思っていたほどですのよ……!」


「…………クロエル……!!」


ジュリアン様が、ガバッと立ち上がり、私の手を取ろうとしました。
……が、その手はアッシュ様によって、恐ろしい速さで叩き落とされました。


「殿下。私の婚約者に気安く触れないでいただきたい」


「ア、アッシュ……。分かっている。分かっているが……、私は、私は……っ!」


ジュリアン様は、ボロボロと大粒の涙を流し始めました。


「クロエル! 私は君に何とお詫びしていいか分からない! 君が、私のためにあんなに酷い嘘を吐いて、自分の名誉を泥に塗ってまで道を拓いてくれたというのに……! 私は、君を罵倒し、首輪を嵌めて、追放までしてしまった……!!」


「あら、そんなこと気になさらないで。私はただ、自分の趣味でやったことですから。それに、この首輪だって……っ」


(この首輪だって、本当は迷惑千万で、外して壁に投げつけてやりたいくらいですわ!)


「……それに、この首輪だって、……アッシュ様との愛を深めるための、運命のプレゼントだと思っていますのよ! これがあったから、私は自分に正直になれたし、アッシュ様という真実の愛に出会えた。……殿下、あなたには感謝の言葉しかありませんわ!」


「おおお……! なんて、なんて心の広い……!! 君は、君は本物の聖女だ……!!」


ジュリアン様が、床に膝をついて慟哭(どうこく)し始めました。


(違います! そうじゃないんです! 感謝したくないのに口が勝手に!!)


「殿下。謝罪が済んだのなら、早くマリエル様のもとへお帰りなさい。あの方が心配なさるわ。……それとも、まだ私に何か言いたいことでも……っ?」


(さっさと帰ってちょうだい! あなたの顔を見ていると、私の『聖女度』がカンストしてしまって困るんですのよ!)


「……いや。……最後に、これだけは言わせてくれ。クロエル……」


ジュリアン様が、涙を拭って立ち上がりました。


「私は君を失って、初めて君の尊さを知った。……君を妻にできるアッシュを、心から嫉妬し……そして、心から祝福する。……幸せになってくれ、クロエル。君は、この国で一番幸せになるべき女性だ!」


「…………っ。……ええ、……言われるまでもありませんわ」


(……ええ、……言われるまでもありませんわ。私は今、世界で一番、最高に、…………とんでもなく、幸せなんですもの……!!)


私の本音が、またしても完璧な形でジュリアン様を救い、アッシュ様をニヤけさせ、私自身の退路を断ちました。


ジュリアン様は、すっきりとした顔で去っていきました。
後には、またしても「聖女伝説」に新たな一ページを刻んでしまった私と、私の肩を抱き寄せ、耳元で愛を囁こうとする「独占欲の塊」の公爵様が残されたのでした。


(あああああ! 私の悪女への道が、完全に閉ざされましたわーーー!!)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どんなあなたでも愛してる。

piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー 騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。 どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか? ※全四話+後日談一話。 ※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。 ※なろうにも投稿しています。

君が幸せになりたくなくても

あんど もあ
ファンタジー
来年には王立学園を卒業する伯爵家嫡男のライアンは、いい加減に婚約者を見つけないといけない。そんなライアンが新入生のクリスティナを好きになって婚約するのだが、実はクリスティナは過去の罪の贖罪のために生きていた。決して喜びや楽しさを求めず、後ろ向きに全力疾走しているクリスティナにライアンは……。

政略結婚が恋愛結婚に変わる時。

美桜羅
恋愛
きみのことなんてしらないよ 関係ないし、興味もないな。 ただ一つ言えるのは 君と僕は一生一緒にいなくちゃならない事だけだ。

好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……? ※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。

ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。 まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。 だが、彼女は言った。 「私は、死にたくないの。 ──悪いけど、付き合ってもらうわよ」 かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。 生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら 自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。 ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。 しかし、一年前。同じ場所での結婚式では―― 見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。 「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」 確かに愛のない政略結婚だったけれど。 ――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。 「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」 仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。 シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕! ――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界恋愛33位) ※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。

処理中です...