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「……はぁ。もういっそのこと、このまま窓から飛び降りて、隣国まで転がっていきたいですわ」
昨日の今日で、私はすっかり魂が抜け落ちた状態でティーカップを見つめていました。
王太子殿下から「聖女」認定を受け、公爵家の中はまるでお祭り騒ぎ。
昨日まで「監禁」されていたはずの私は、今や屋敷の者たちから「慈愛の女神様」として、歩くたびに拝まれる始末です。
「お嬢様、またそんな景気の悪いことを。さあ、今日は『自称』アッシュ様の婚約者候補だった令嬢が、お嬢様に文句を言いにいらしてますよ」
リタが、これまた楽しそうに報告にやってきました。
「……なんですって!? 文句!? 素晴らしいわ、リタ! そういうのを待っていましたのよ!」
私はガタッと椅子を立ち上がり、瞳を輝かせました。
ついに来ました。
ドロドロとした令嬢同士の派閥争い!
ここで私が彼女を完膚なきまでに罵倒し、冷酷非道な本性を見せつければ、世間の「聖女」という評価も一気に覆るに違いありません。
「さあ、通してちょうだい。私の『悪女』としての洗礼を、たっぷりとお見舞いして差し上げますわ!」
客間に現れたのは、これでもかというほど着飾った、気の強そうな令嬢――イザベラ様でした。
彼女は私を見るなり、扇をパチンと閉じ、ツンと鼻を鳴らしました。
「……あなたが、あの『嘘つき』のクロエル・ラ・ピエリスね。アッシュ様の屋敷に居座り、あろうことか王太子殿下まで懐柔したという……。なんて浅ましい女かしら!」
「あら、よくぞおっしゃいましたわ、イザベラ様。ええ、そうですわ。私はあなたの想像を絶するほど、浅ましくて強欲な女ですの」
(よしっ、掴みはオッケー! ここで彼女に『アッシュ様は私のものよ、あなたのようなブスは帰りなさい!』と言ってやるのよ!)
「……さっさと帰りなさい、イザベラ様。あなたのような……っ」
喉が、ボッと燃えるような熱を発しました。
私の喉元で、呪いのチョーカーが「いい加減にしろ」と言わんばかりの光を放ちます。
「……さっさと帰りなさい、イザベラ様。……なんて、本当は、あなたのように自分の気持ちに真っ直ぐで、一生懸命に着飾って戦いに来る、情熱的な女性が大好きなんですの! ああ、その縦ロール、一体何時間かけて巻いたのかしら? あなたの美学が詰まったそのお姿、尊敬の念を抱かずにはいられませんわ……!」
「…………は?」
イザベラ様の、勝ち誇ったような笑みが凍りつきました。
(ち、違うの! 私は今、彼女の気合の入った髪型をバカにしたかったのに! なんで絶賛しているのよ!)
「な、何を言っているの!? 私を煽っているのかしら!? いいこと、アッシュ様は冷徹で無慈悲な方。あなたのような、他人のために自分を犠牲にするような『甘い女』は、すぐにお飽きになられるわ!」
「ええ、そうですわね。アッシュ様は冷たいお方。私なんて……っ」
(私なんて、ただの遊び相手に決まってますわ! あなたはもっと相応しい相手を探すべきよ!)
「……私なんて……っ、……私なんて、アッシュ様のあまりの甘やかしぶりに、毎日骨抜きにされているただの幸福な女ですわ! イザベラ様、あなた、アッシュ様が冷たいと思っているなんて、彼を全然分かっていませんのね。本当のあの方は、夜になると驚くほど独占欲が強くて、私を一瞬も離してくれない、とっても熱い男性なんですのよ……!」
「…………な、な、なっ……!!」
イザベラ様が、耳まで真っ赤にして絶句しました。
(あああああ! 誰か私の口を縫って! なんで初対面の令嬢に、公爵様との夜のノロケ話を暴露しているのよ!!)
「……っ! 不潔よ! なんて恥知らずなことを……! 私、そんな話を聞きに来たんじゃないわ! 私は、あなたにアッシュ様の隣に立つ資格がないと言いに……!」
「資格なんてありませんわ。私は、……私は……っ」
(私は、不実な嘘つきですもの。……でも、あなたは違うわね!)
「……私は、……自分よりもずっと、こうして正面から堂々と宣戦布告しに来るあなたの方が、高潔な魂を持っていると思いますわ! イザベラ様、あなたは本当に美しい。あなたのその誇り高い精神、私、心からお友達になりたいくらい惚れ込んでしまいましたわ……!」
私は、感極まってイザベラ様の手をギュッと握りしめてしまいました。
本当は、アッシュ様を狙うライバルなんて怖いはずなのに。
こうして一人で乗り込んでくる彼女の勇気が、今の私にはとても眩しく、愛おしく感じてしまったのです。
「……っ、……え、あ、お友達……?」
イザベラ様の毒気が、見る見るうちに抜けていきました。
彼女の大きな瞳が、少しだけ潤んだように揺れています。
「……あ、あなた、……本当に、噂通りの変な人ね。……私、あなたのこと、もっと嫌な女だと思っていたのに……」
「嫌な女ですわ! 私ほど性格の歪んだ女はいませんわ!」
――ググッ。
「……私ほど、……他人の幸せを自分のことのように喜んでしまう、お人好しの極みのような女はいませんわ! イザベラ様、そんな私に呆れて、どうぞこれからも私の相談相手になってくださいまし……!」
「…………もう、分かったわよ。そこまで言うなら、考えてあげなくもないわ」
イザベラ様は、ぷいっと顔を逸らしました。
ですが、その口元は微かに緩み、握りしめた私の手を、そっと握り返してくれたのです。
「……でも、アッシュ様を泣かせたら、私が黙っていないんだからね!」
「ええ、望むところですわ!」
(よし……。これで彼女とは『親友』になってしまったわね……。また一人、私を蔑むはずの人間が、私の味方になってしまったわ……)
そこへ、いつの間にか入り口で腕を組んで見ていたアッシュ様が、低い笑い声を漏らしました。
「……クロエル。君は、敵を攻略するのも全自動なのか」
「ア、アッシュ様! いつからそこに!」
「『夜になると独占欲が強い』あたりからだ。……自覚があったとは驚きだな。期待に応えて、今夜はさらに『熱く』してやろうか?」
「ひぃい……っ! いえ、結構です! 私はもう寝ますわ!」
(あああああ! もう一刻も早く、この首輪を外して、思いっきり『大嫌い!』って叫びたいですわーーー!!)
私の悪女への再挑戦は、またしても華麗な「攻略完了」という結果に終わったのでした。
昨日の今日で、私はすっかり魂が抜け落ちた状態でティーカップを見つめていました。
王太子殿下から「聖女」認定を受け、公爵家の中はまるでお祭り騒ぎ。
昨日まで「監禁」されていたはずの私は、今や屋敷の者たちから「慈愛の女神様」として、歩くたびに拝まれる始末です。
「お嬢様、またそんな景気の悪いことを。さあ、今日は『自称』アッシュ様の婚約者候補だった令嬢が、お嬢様に文句を言いにいらしてますよ」
リタが、これまた楽しそうに報告にやってきました。
「……なんですって!? 文句!? 素晴らしいわ、リタ! そういうのを待っていましたのよ!」
私はガタッと椅子を立ち上がり、瞳を輝かせました。
ついに来ました。
ドロドロとした令嬢同士の派閥争い!
ここで私が彼女を完膚なきまでに罵倒し、冷酷非道な本性を見せつければ、世間の「聖女」という評価も一気に覆るに違いありません。
「さあ、通してちょうだい。私の『悪女』としての洗礼を、たっぷりとお見舞いして差し上げますわ!」
客間に現れたのは、これでもかというほど着飾った、気の強そうな令嬢――イザベラ様でした。
彼女は私を見るなり、扇をパチンと閉じ、ツンと鼻を鳴らしました。
「……あなたが、あの『嘘つき』のクロエル・ラ・ピエリスね。アッシュ様の屋敷に居座り、あろうことか王太子殿下まで懐柔したという……。なんて浅ましい女かしら!」
「あら、よくぞおっしゃいましたわ、イザベラ様。ええ、そうですわ。私はあなたの想像を絶するほど、浅ましくて強欲な女ですの」
(よしっ、掴みはオッケー! ここで彼女に『アッシュ様は私のものよ、あなたのようなブスは帰りなさい!』と言ってやるのよ!)
「……さっさと帰りなさい、イザベラ様。あなたのような……っ」
喉が、ボッと燃えるような熱を発しました。
私の喉元で、呪いのチョーカーが「いい加減にしろ」と言わんばかりの光を放ちます。
「……さっさと帰りなさい、イザベラ様。……なんて、本当は、あなたのように自分の気持ちに真っ直ぐで、一生懸命に着飾って戦いに来る、情熱的な女性が大好きなんですの! ああ、その縦ロール、一体何時間かけて巻いたのかしら? あなたの美学が詰まったそのお姿、尊敬の念を抱かずにはいられませんわ……!」
「…………は?」
イザベラ様の、勝ち誇ったような笑みが凍りつきました。
(ち、違うの! 私は今、彼女の気合の入った髪型をバカにしたかったのに! なんで絶賛しているのよ!)
「な、何を言っているの!? 私を煽っているのかしら!? いいこと、アッシュ様は冷徹で無慈悲な方。あなたのような、他人のために自分を犠牲にするような『甘い女』は、すぐにお飽きになられるわ!」
「ええ、そうですわね。アッシュ様は冷たいお方。私なんて……っ」
(私なんて、ただの遊び相手に決まってますわ! あなたはもっと相応しい相手を探すべきよ!)
「……私なんて……っ、……私なんて、アッシュ様のあまりの甘やかしぶりに、毎日骨抜きにされているただの幸福な女ですわ! イザベラ様、あなた、アッシュ様が冷たいと思っているなんて、彼を全然分かっていませんのね。本当のあの方は、夜になると驚くほど独占欲が強くて、私を一瞬も離してくれない、とっても熱い男性なんですのよ……!」
「…………な、な、なっ……!!」
イザベラ様が、耳まで真っ赤にして絶句しました。
(あああああ! 誰か私の口を縫って! なんで初対面の令嬢に、公爵様との夜のノロケ話を暴露しているのよ!!)
「……っ! 不潔よ! なんて恥知らずなことを……! 私、そんな話を聞きに来たんじゃないわ! 私は、あなたにアッシュ様の隣に立つ資格がないと言いに……!」
「資格なんてありませんわ。私は、……私は……っ」
(私は、不実な嘘つきですもの。……でも、あなたは違うわね!)
「……私は、……自分よりもずっと、こうして正面から堂々と宣戦布告しに来るあなたの方が、高潔な魂を持っていると思いますわ! イザベラ様、あなたは本当に美しい。あなたのその誇り高い精神、私、心からお友達になりたいくらい惚れ込んでしまいましたわ……!」
私は、感極まってイザベラ様の手をギュッと握りしめてしまいました。
本当は、アッシュ様を狙うライバルなんて怖いはずなのに。
こうして一人で乗り込んでくる彼女の勇気が、今の私にはとても眩しく、愛おしく感じてしまったのです。
「……っ、……え、あ、お友達……?」
イザベラ様の毒気が、見る見るうちに抜けていきました。
彼女の大きな瞳が、少しだけ潤んだように揺れています。
「……あ、あなた、……本当に、噂通りの変な人ね。……私、あなたのこと、もっと嫌な女だと思っていたのに……」
「嫌な女ですわ! 私ほど性格の歪んだ女はいませんわ!」
――ググッ。
「……私ほど、……他人の幸せを自分のことのように喜んでしまう、お人好しの極みのような女はいませんわ! イザベラ様、そんな私に呆れて、どうぞこれからも私の相談相手になってくださいまし……!」
「…………もう、分かったわよ。そこまで言うなら、考えてあげなくもないわ」
イザベラ様は、ぷいっと顔を逸らしました。
ですが、その口元は微かに緩み、握りしめた私の手を、そっと握り返してくれたのです。
「……でも、アッシュ様を泣かせたら、私が黙っていないんだからね!」
「ええ、望むところですわ!」
(よし……。これで彼女とは『親友』になってしまったわね……。また一人、私を蔑むはずの人間が、私の味方になってしまったわ……)
そこへ、いつの間にか入り口で腕を組んで見ていたアッシュ様が、低い笑い声を漏らしました。
「……クロエル。君は、敵を攻略するのも全自動なのか」
「ア、アッシュ様! いつからそこに!」
「『夜になると独占欲が強い』あたりからだ。……自覚があったとは驚きだな。期待に応えて、今夜はさらに『熱く』してやろうか?」
「ひぃい……っ! いえ、結構です! 私はもう寝ますわ!」
(あああああ! もう一刻も早く、この首輪を外して、思いっきり『大嫌い!』って叫びたいですわーーー!!)
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