『悪役令嬢は迷い犬を拾う』

恋守あい

文字の大きさ
28 / 30

28

「……見苦しいわね、レオンハルト。その震える膝で、よくもまあ玉座に座り続けられたものだわ」


玉座の間。重厚な扉を蹴破るようにして現れたロザリエに、レオンハルトは悲鳴に近い声を上げた。


かつての威光は見る影もない。整えられていたはずの金髪は乱れ、瞳は恐怖に濁っている。


「こ、来い! 近衛兵! この女を切り刻め! 王への反逆だぞ!」


レオンハルトの叫びに、数人の騎士が剣を抜こうとした。だが、ロザリエの背後から現れた父・アトラス公爵の一喝が、それを止めた。


「……剣を引け。お前たちが守ろうとしているのは、王ではない。禁忌を犯した大罪人だ」


「お、お父様……!? なぜあなたがここに……!」


「当たり前でしょう。わたくしが根回ししておいたのよ。わたくしが下町で泥を啜っている間、お父様には王宮内の『掃除』をお願いしていたの」


ロザリエは冷笑を浮かべ、一歩ずつレオンハルトへと歩み寄った。


「殿下……、私をお守りください! ロザリエ様が、私を……私を殺そうとしていますわ!」


カトリーヌが震える声でレオンハルトに縋り付く。だが、ロザリエはその腕を掴み、強引に引き剥がした。


「離しなさい。あんたのその汚い手で、これ以上この男を堕落させるのは見ていて反吐が出るわ。……カトリーヌ、あんたが聖女のフリをして、ダルメシアンに呪いの薬を盛った証拠も、すべて上がっているのよ」


「な、何を……、証拠なんてあるはずが……!」


「あるわよ。あんたが『奇跡の薬』と称して配っていたものの成分……。下町の薬師たちが、すべて解析してくれたわ。それは人を狂わせ、魂を損なう禁忌の毒よ」


ロザリエが突きつけた鑑定書を前に、カトリーヌは顔を真っ青にしてその場にへたり込んだ。


「……そんな……。私はただ、殿下の愛を……王妃の座が欲しかっただけなのに……」


「愛、ですって? 笑わせないで。あんたが愛したのは、玉座という名の椅子だけでしょう。……レオンハルト、あんたもよ。自分の無能を隠すために、わたくしを追い出し、ダルメシアンを呪った。その代償は、あんたの首一つじゃ足りないわ」


ロザリエは玉座の階段を登り、レオンハルトの目の前に立った。


「……どきなさい。そこは、あんたのような卑怯者が座っていい場所じゃない」


「う、うああ……! 嫌だ、私は王だ! 私が法だ!」


「いいえ。法は民のためにある。……そして、今のあんたを裁くのは、あんたが蔑んできたその民たちよ」


ロザリエが窓の外を指差すと、地鳴りのような民衆の怒号が王宮を震わせた。


「……レオンハルト・ヴァン・クリストバル。王太子位の剥奪、および禁忌呪術使用の罪により、終身監禁を言い渡すわ。……地獄へ行くにはまだ早すぎるけれど、その腐った魂が枯れ果てるまで、暗い牢獄で後悔なさい」


騎士たちの手によって、レオンハルトとカトリーヌは引き立てられていった。


「離せ! 私は王だ! ロザリエ、貴様……呪ってやる! 末代まで呪ってやるぞ!」


レオンハルトの叫びが遠ざかり、玉座の間には静寂が戻った。


「……終わりましたわね、お嬢様」


カミーユが涙を拭いながら歩み寄る。アトラス公爵も、娘の成長に圧倒されたように立ち尽くしていた。


だか、ロザリエの表情は晴れなかった。


彼女は、空っぽになった玉座を見つめ、それから自分の手のひらに残る「銀の首輪」を握りしめた。


「……いいえ。まだ終わっていないわ。わたくしの本当の戦いは、ここからよ」


「……ロザリエ。どこへ行くつもりだ。これからはお前がこの国を支えていかねばならないというのに」


父の問いに、ロザリエは振り返らずに応えた。


「……そんなこと、勝手にやってちょうだい。わたくしには、もっと大事な『所有物』がいるのよ。……あの大馬鹿に、まだ借りを返してもらっていないわ」


ロザリエはドレスの裾を翻し、王宮を飛び出した。


権力も、名誉も、今の彼女にはどうでもよかった。


ただ、あの潮風が吹く墓地で、自分を待っているはずの「一匹の犬」に会いたかった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

「やはり鍛えることは、大切だな」

イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」  その日、一つのお見合いがあった。  ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。  クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。  そして互いに挨拶を交わすその場にて。  ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。  けれども……――。 「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」

4人の女

猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。 うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。 このご婦人方には共通点がある。 かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。 『氷の貴公子』の異名を持つ男。 ジルベール・タレーラン公爵令息。 絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。 しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。 この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。 こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?