どうせ私を悪者にしたいんでしょ?

恋守あい

文字の大きさ
16 / 30

16話

「……朝ね。また、太陽が私の安眠を妨害しに来たわ」

アンテラは、最高級の羽毛布団に顔を埋めながら、恨みがましく窓の外を睨んだ。
隣には、すでに身支度を整え、一点の曇りもない笑顔を浮かべたゼノンが座っている。

「おはよう、アンテラ。昨夜はよく眠れたか? 君の寝顔があまりに愛らしくて、私は一睡もできなかったよ」

「……殿下。それは不眠症という病気ですわ。今すぐお医者様に診てもらってください。そして、私の部屋から退場してください」

「ふっ、朝から軽快な冗談だな。さあ、朝食の時間だ。今日は君のために、他国から取り寄せた『幻の青いジャム』を用意したぞ」

(……青いジャム? なんだか毒々しいわね。……あ。毒々しい?)

アンテラの脳内に、名案が閃いた。
このまま王子の溺愛に流されていれば、私は確実に「過労(精神的)」で死ぬ。
今の私に必要なのは、殿下に「この女、性格が悪すぎる!」と愛想を尽かされることだ。

(よし。ここでワガママな悪役令嬢を演じて、このジャムを床に叩きつけてやるわ! 『こんな色の悪いもの、食べられませんわ!』って叫ぶのよ。そうすれば、殿下も流石に怒るはず!)

アンテラは、震える手でトーストと青いジャムの小瓶を手に取った。
さあ、世紀のワガママタイムの始まりだ。

「……殿下。何ですか、このジャムは。色が不気味ですわ。私、こういう趣味の悪いものは受け付けませんの」

「ほう? 口に合わないか?」

「ええ、そうですわ! こんなもの、こうして……こうして……!」

アンテラは、ジャムの瓶を床に投げ捨てようとした。
しかし、ここで彼女の「優柔不断」が顔を出す。

(……待って。床に投げたら、後で掃除するマリアが大変よね。……あ、でも絨毯にシミができたら、張り替えなきゃいけないから、職人さんが王宮に出入りすることになって、私の昼寝が邪魔されるかも……。……それなら、殿下の靴の上に落とすべき? いや、でも殿下はきっと『君がつけた汚れなら宝物だ』とか言い出すに決まってるわ……。ああ、どこに投げれば一番効果的に『嫌われる』のかしら!)

アンテラは瓶を振り上げたまま、十秒、二十秒と静止した。

「……アンテラ? どうした、腕が固まっているぞ」

「……う、うるさいですわ! いま、投擲角度を計算しているところですの!」

「投擲角度……? ……そうか、君は私に『あーん』をしてくれようとしているのか! だが、照れくさくて手が止まってしまったんだな?」

「……はい?」

ゼノンは、期待に満ちた瞳で口を僅かに開けた。
アンテラは絶望した。なぜそうなる。

(ええい、もういいわ! とにかく、このジャムを無茶苦茶にしてやる!)

ヤケになったアンテラは、力任せに瓶をテーブルに叩きつけようとした。
ところが。

「あ」

本日一回目の、ドジである。
勢いよく腕を振り下ろした瞬間、指が瓶の蓋に引っかかった。
瓶はアンテラの手を離れ、変な回転をしながら空中に舞い上がった。

「きゃあああ!」

そして、重力に従って落下した先は——ゼノンの皿の上でも、床でもなく。
アンテラ自身の、真っ白なネグリジェの胸元だった。

ボトッ、パカッ。

「…………え?」

蓋が外れ、鮮やかな青いジャムが、アンテラの胸元に大きな円を描いて広がった。
まるで、青い大きな目玉が彼女を睨んでいるような、シュールな光景だ。

「…………あ。……お気に入りの、パジャマが……」

アンテラは、あまりのショックに呆然と立ち尽くした。
嫌がらせをするはずが、自分への嫌がらせになってしまった。

「アンテラ!!」

ゼノンが椅子を蹴って立ち上がり、彼女のもとへ駆け寄った。

「大丈夫か! 怪我はないか! ……ああ、なんということだ。君は、自分の体を犠牲にしてまで、私に何かを伝えようとしたのか……!」

「……いえ。単に、手が滑っただけです。……あと、これ、冷たいです……」

「わかっている、言わなくていい! ……君は、このジャムが私の口に合うかどうか不安で、まずは自分の肌で『毒性がないか』を確認してくれたんだな!? あるいは……この青い色が、私の瞳の色に似ているからと、肌身離さず身につけようとしたのか……!」

(……毒性確認!? ジャムで!? 瞳の色!? ……この王子の想像力、作家になれるレベルだわ……)

アンテラは反論する気力もなく、青い染みを眺めていた。

「アンテラ。君のその献身、そして私への歪なまでの愛情……。私は、今この瞬間、再び君に恋をしたよ」

ゼノンは、あろうことかジャムで汚れたアンテラの胸元に、顔を近づけた。

「……ちょ、殿下!? 何をして……!」

「拭ってあげよう。……舌でな」

「変態ぃぃぃ!! やめてください! マリア! マリアを呼んでぇぇ!!」

アンテラの悲鳴が、早朝の王宮に響き渡った。
結局、アンテラは新しい着替えを用意される間、ゼノンの「愛の拭き取り作業(※実際にはタオルで執拗にゴシゴシされただけだが、距離が近すぎて精神が削られた)」に耐える羽目になった。

「……ねぇ、マリア。私、もう悪役令嬢を辞めたいわ。……でも、辞めるのにも手続きが……うう、もういいわ。寝させて。青い夢を見させて……」

アンテラは、完全に魂が抜けた顔でベッドに沈んだ。
彼女の「嫌われ作戦」は、王子の「ポジティブ・フィルター」という難攻不落の城壁を前に、またしても無惨に散ったのである。
感想 0

あなたにおすすめの小説

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

姉の引き立て役の私は

ぴぴみ
恋愛
 アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。 「どうしたら、お姉様のようになれるの?」 「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」  姉は優しい。でもあるとき気づいて─

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

後妻の条件を出したら……

しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。 格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。 だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。 しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。