​断罪の場に遅刻しただけなのに皇帝陛下に溺愛されています

恋守あい

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帝都が白銀の装飾で包まれ、いよいよ明日に迫った世紀の結婚式。
レティシアは離宮のバルコニーで、夜風に当たりながら冷えたアップルパイを楽しんでいた。


サクサクとしたパイ生地の音と、甘酸っぱい林檎の香りが、高鳴る胸を落ち着かせてくれる。
そこへ、大きな影が彼女を包み込むようにして寄り添った。


「……寒くないか、レティシア。明日は早い、もう休むべきだ」


アラルの低い声が、耳元で心地よく響く。
彼はレティシアの肩に、自らのマントを優しく掛けた。


「アラル様。……ふふ、最後の一口だけ、どうしても食べておきたくて」


「君は本当に、食べることに関しては妥協がないな。……だが、そんな君だからこそ、私はこの国を、世界を最高の食卓に変えたいと思えるんだ」


アラルが彼女の横顔を見つめる。
その眼差しには、もはや「死神」と呼ばれた冷徹さは微塵もない。
そこにあるのは、ただ一人の女性を愛し抜こうとする、不器用な男の熱量だけだ。


「アラル様。私、気づきましたの。……今までお菓子が一番だと思っていましたけれど、アラル様と一緒に食べるお菓子が、一番美味しいのだと」


レティシアが少し照れながら告げると、アラルは言葉を失ったように目を見開いた。
彼はゆっくりと彼女の顎を上げ、その唇を奪った。
パイの甘さと、夜風の冷たさと、そしてお互いの熱が混ざり合う。


「……。愛している、レティシア。明日から君は、名実ともに私の半身だ」


幸せな空気が流れる中、一人の近衛騎士が血相を変えてバルコニーに現れた。


「陛下! 申し訳ございません、夜分に失礼いたします! ……エストニア王国の残党が、国境を越えて秘密裏に接触を図ってまいりました!」


「……何だと? 鼠どもが、まだ生きていたのか」


アラルの瞳が、一瞬で氷点下の鋭さを取り戻す。
騎士が震える手で差し出したのは、泥と返り血で汚れた一通の書状だった。


「内容は……『レティシア・ヴァン・ベルクを返せ。さもなくば、婚礼の最中に呪いの魔導具を起動させ、帝都を灰にする』と……」


「呪い? 馬鹿げたことを。そんな力、あの無能どもに残っているはずがない」


アラルが書状を握りつぶそうとした時、レティシアがひょいとその書状を横から覗き込んだ。


「……あら。この魔導具の署名、見覚えがありますわ。エストニア王宮の宝物庫の奥に眠っていた、古代の『自動調理釜』の基盤ではありませんか?」


「……調理釜?」


「ええ。一定の熱量を加えると、周囲の空気を加熱して爆発……いえ、超高温で食材を蒸し上げるためのものですわね。整備が不十分だと、確かに制御不能な熱線を放つかもしれませんわ」


レティシアは人差し指を顎に当て、冷静に分析を始めた。


「カイル様たちは、それを武器に転用しようとしているようですけれど……。設定を少し変えれば、明日の披露宴で出す『特大のスフレケーキ』を、一瞬で完璧に膨らませるための魔導具として使えますわよ」


「……。つまり、奴らはテロの道具のつもりで、最高級のオーブンを持ってきたということか?」


「ええ。アラル様、騎士団の方々には『食材の運搬』として対応させてくださいませ。明日、焼き立てのスフレを皆様に召し上がっていただきたいのです」


レティシアのマイペースな提案に、騎士は呆然とし、アラルは腹を抱えて笑い出した。


「ははは! 素晴らしい! 敵の最後の一撃を、結婚式のデザートに変えてしまうとはな! ……よし、その『オーブン』を今すぐ回収しろ! 抵抗する奴は、ジャガイモのように皮を剥いて地下牢へ放り込め!」


「は、ははっ! ただちに!」


夜空に、アラルの愉しげな笑い声が響く。
滅びゆく王国の、最後の「呪い」さえも。
レティシアの食欲の前では、ただの調理器具に成り下がるのだった。
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