遅咲き鬱金香(チューリップ)の花咲く日

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!

文字の大きさ
122 / 125

春間近③

しおりを挟む
「とてもかわいらしいわ」
「ありがとうございます」
 金香の前で珠子は手を合わせて喜んでくれて、金香もお礼を言う。鏡の前でくるりと回ると、すかーとがふわりと広がった。
 すっかり春になったので、珠子が新しい洋服を仕立ててくれる、という話になったのだ。
 今度のすかーとは黄緑色だった。若草のような、春を表している色。
 冬のものとは違って膝くらいの丈が良いと、はじめ珠子に提案されたときは躊躇った。
 脚を出すのは慣れていない。膝より上はもってのほかだが、膝が見えるのもちょっと恥ずかしい。
 が、珠子は譲らなかった。
「短い丈のスカートは若いうちが一番似合うのよ。今のうちにたくさん着ておかないと」
 そしてまんまと押し切られてしまった。
 けれど実際に着てみれば、珠子の言う通り、そう悪いものでもなかった。
 靴下という、和装でいう足袋のようなものを履くことで、脚も思ったより晒されない。
 鏡に映った新しい服の自分を金香は気に入った。
 上は冬と同じぶらうすだが、冬着たものよりかわいらしかった。丸い襟にレェスとりぼんがついている。
 冬に何度か桃色のすかーとの洋装を着たおかげで、着るのに困ることは無かった。
 「これからは洋装の世になるのよ」と珠子はいつも自信ありげに言っていたし、実際に町中でもちらほらと見られるようになっている。浮くことなどない。
「今度のディトで先生にお見せするのよね」
「はい」
 もう珠子にそう言われても恥じらうことは無かった。むしろ嬉しくて金香は笑って頷く。
 麓乎にこの姿を早く見せたかった。きっと褒めてくれるだろう。それが極上の評価である。
「そういえば、珠子さん。来週はもう、雑誌の発売ですね」
 思いついて金香は言った。
 秋の新人賞の雑誌だ。奨励賞を取った珠子は雑誌に作品の掲載が決まっていた。
 下の賞であったので、大賞から順繰りに載っていく以上、掲載が遅くなり春になってしまったのだ。それでもおめでたいことに変わりはない。
「そうね。とても楽しみで、今から眠れなさそうよ」
 珠子はすぐに顔を輝かせた。当たり前だ、賞を取ったとき以上に嬉しいだろう。
「なにを書いたかなんてわかっているのに、まるで初めて読むような気持ちになると思うわ」
「きっとそうなると思います。私も拝読するのが楽しみです」
 金香の言葉に珠子は嬉しそうに「ありがとう」と言った。
「金香さんも着実に成果をあげているじゃない。きっとすぐに賞も取れるわ」
 それは冬季賞でも選評をいただけたことを示していた。実際に受賞している珠子にそう言われればきっとそう出来る気がして、金香は「頑張ります」と答える。
「むしろ私より先に賞を取られたら、やっかんでしまったかも」
 からかうように言われて二人でくすくすと笑い合った。
 そのあと、ふと珠子が言った。
「このお洋服には、先生から贈られた紅いりぼんをつけるのよね」
「はい。……似合いませんか?」
 質問の意味がよくわからずに、金香は首をかしげた。
 似合わないだろうか。自分では違和感がないので、せっかく麓乎に貰ったものなのだからそのままつけようと思っていたのだが。
 珠子もそのとおりのことを言う。先程、確認するように訊いてきたというのに。
「いえ、むしろぴったりだと思うわ。絶対につけていってね。忘れては駄目よ」
 珠子の言葉がなにを意味しているのかは聞けないまま。
 「では金香さんのディトのあと、また逢いましょう」と珠子の屋敷でお別れとなってしまったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...