ミニチュアレンカ

白妙スイ@1/9新刊発売

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落とし物

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 夏休みの近付いたときのことであった。
 学校は違おうが、夏休みに入るタイミングなんてそう違いのあるものではない。
 美雪の学校は先週末に学期末テストがあって、ひと段落したところで。夏休みも間近だ。
 よって現在は夏休みのことで頭はいっぱいであったし、学校でも交わされるのはそんな話題ばかりであった。
 夏休みはテーマパークに行こうとか、花火大会に行こうとか。
 なにしろ夏。楽しいことなんてありすぎて、一ヵ月以上休みがあってもとても足りない。
 なのでスマホでの調べ物もたくさんあった。イベント情報、夏服のセール。チェックしておきたいことばかり。
 最近はそれに気を取られていて、しばらく気にしていた、犬のような印象の彼の『本』について。それについても、あまり考えなくなっていた。
 彼が乗ってきて居場所に落ちついて、スマホで読書アプリを開いて、だろう。落ちついて読みはじめた頃に「今日の『本』は青い表紙」と確認して、ちょっとだけ、見覚えがないかどうか考えるだけにとどまっていた。
 そしてその日も特に変わりはなかった。美雪はスマホを見つめて、花火大会のスケジュールをカレンダーアプリに移しているところであったし、犬の彼は相変わらず読書に集中していた。
 ただ、美雪が偶然、あるタイミングで、ちょっと視線を上げた。それがすべての変化だった。
「次は……────駅……」
 アナウンスが入る。彼の降りる駅である。
 ああ、じゃあもう少しで私も着くなぁ。
 その程度に思った。しかしながらそれだけで済まなかったのである。
 電車の速度が落とされ、駅に滑り込み、あと数秒でドアが開く。
 彼はアプリを閉じて、いつもそうしているように、スマホをポケットに突っ込んだ。くっついていた『本』が、ぴょこっとポケットから飛び出る。
 そしてそのもう少し上。彼が肩から掛けていた、ごくプレーンなスクールバッグ。そこから、ぽろっとなにかがこぼれた。
 美雪が、あっと思ったときには、そのなにかはバッグを完全に抜け出して、電車の床へ向かって落ちていった。
 落としたわ。気付くかな。
 一瞬、思った。すぐ気付くだろうとも思ったのだけど。
 落ちたそれは、タオル地のハンカチ、のようなものに見えた。ぱさっと落ちたそれに、どうやら彼は気付かなかったらしい。そのまますたすたと行ってしまう。
 いけない、と美雪はどきりとした。
「あ、あのっ!」
 美雪は声を出した。呼び止めるつもりであった。
 けれど彼は自分が呼ばれたとは思わなかったようだ。そのままドアから出ていってしまった。電車の床に、ハンカチを残したまま。
 ためらった。まだ途中の駅だ。こんなところで降りている場合ではない。下手をしたら学校が遅刻になってしまう。
 けれどそこへ、ジリリ、とベルが鳴った。
 発車してしまう。美雪の心臓が冷える。だが、ためらいは消えなかった。床のハンカチとドアを交互に見たけれど、無情にも、プシュッと音がしてドアは閉まってしまった。
 その瞬間、後悔した。
 遅刻なんて、つまらないことだろう。あのひとが大切なものをなくしてしまうことに比べたら。
 でも自分はそれを瞬時に判断できなかった。美雪は悔しさにくちびるを噛んでいた。
 が、すぐにそれを振り切る。ぱっと席を立った。
 それなりに混んでいるのだ。一瞬空けただけでも席は取られてしまいかねない。よって、自分のサブバッグをそこへ置いて、それから落ちたハンカチのもとに向かった。
 拾うのは簡単だった。周りのひとたちも、ちらっと見ただけで自分のことに戻ってしまう。スマホを見たり、車内広告に視線を向けたり。
 彼がこれを落としたのは見ていただろうに、冷たいことだ。
 そう思った美雪であったが、自分とて、「あの」と呼ぶことしかできなかった。
 同じだ。まるっきり。
 後悔をまた感じながらも、美雪はすぐそこの自分の席へ戻った。サブバッグを退かして、元どおり膝の上に乗せて、ここまでと同じ、電車の座席に落ちついた。
 ふぅ、と小さく息をついた。大したこともしていないのに、ちょっとどきどきしていたので。
 電車で声をあげてしまったこととか、それでほかのひとに見られてしまったこととか、それでもこの落とし物の保護をやり遂げたこととか、そういうことに。
 そして次は、拾ってきたものが気になった。
 拾ったのは勿論、返してあげるつもりだったのだ。
 毎日のように電車で見かけるのだから、返す、というか、渡す機会がある可能性は高かった。それは美雪の後悔を慰めてくれるような事実であった。
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