ミニチュアレンカ

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!

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夏休みと図書館と

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 夏のはじめに実った恋は、夏休みの間に育っていった。
 恋が実るには最適な季節。美雪はそんなふうに感じてしまった。
 ぎらぎらと照る太陽も、白い入道雲も、いつも司との電車で見ていたものだから。思い出深い季節になることは決まっていたようなものだ。
 夏休みという、通学のしばらくない期間。
 あるとしても、夏期講習なんて、不定期な登校。
 おまけにそれだって学校が別なのだからかち合うことなんてめったにない。おこなわれる時間だって違うし。
 なので、夏休み前のように毎朝会って「おはよう」というわけにはいかなかった。それはちょっと寂しいことだ。
 その点に関しては、もう夏休みが終わってしまって、毎朝会って一緒に電車の時間を過ごせる時間が早く来ればいい、とも思うのだった。
 それでも夏休みは違う意味で楽しめることばかりだから。
 それにある日、司から提案してもらったこと。それはとても素敵なことだった。
「図書館で課題とかやらないか」
 付き合うことになって、数日後。夜、スマホのメッセージアプリで話す間に司に言われた。
 言われてしまえば、そういう方法があるのだとやっと気付いた。
 課題はたっぷりある。計画的に、夏休みの間に少しずつ進めなければいけないものが。
 それを一緒にやろうということなら、必然的に会う時間がたくさんできるということだ。
 おまけに課題だってしっかり進めることができる。一石二鳥どころではなかった。美雪が「それ、いいね!」と二つ返事をしたのは言うまでもない。
 それで、週に三日ほど図書館で待ち合わせることになった。
 一応、曜日は決めたものの夏休みなのだ。お盆もあるし遊ぶ予定も家の用事も、予定は前後する。だからその都度決めていこう。そう約束して。
 一緒に課題をする以外にも、美雪が魅力的に感じたこと。
 それは図書館という場所である。
 本が繋いでくれた縁なのだ。一緒に過ごすのにこれ以上、ふさわしい場所はあるだろうか。
 勉強は苦手ではないけれど、楽しんで行える。そんな予感を感じられたのだ。


「おはよう」
 利用することに決めた図書館は割合大きなところ。初日、訪ねると司はもうエントランスで待っていてくれた。暑いので中に入ったところで待ち合わせようと決めたのだ。
「ごめんね、待たせちゃったかな」
 美雪は課題の参考書やペンケースなどが入ったバッグを肩にかけて、小走りで近付いた。早めに来たと思ったのに、司は時間に几帳面なようだ。
「いや、まだ待ち合わせ時間じゃないだろ。ちょっと早く着きすぎたんだ」
 そう言って笑みを浮かべたそれは、照れ笑いにも近くて。美雪までくすぐったい気持ちになってしまう。
 楽しみにしていてくれたんだ。
 自分との待ち合わせを。
 というか、自分に会えることを。
 それは司も、電車で日常的に会える時間がほぼなくなることを寂しく思ってくれていたとか、そういう気持ちであることが伝わってきた。
 そう感じて嬉しくないはずがない。
「奥にブースがあるよな。割と空いてそうだったから大丈夫そうだ」
 ちらっと見に行ってくれたのかもしれない。奥を指差して言われた。
 確かに夏休みはまだ図書館で勉強するひとはそう多くないだろう。受験シーズンなどはまた別なのかもしれないが。
 連れ立って勉強や読書に使えるブースへ向かう。確かにひとはちらほらだった。
 七月、終わりの午後。学生はまだまだ遊びに行っているほうが多いだろう。いるのは勉強をしている若いひとが少し、そのほかは大人のひとが多かった。
 そのブースの片隅。長机について、隣同士に座った。
 隣同士に座るのは、実は初めて。
 電車で会っていたとはいえ、途中から乗ってくる司が席を取れることはなかなかなかったから。
 席が空いても美雪の隣が空くことは、とりあえず今までは無かったのだ。
 一緒に過ごしてきた時間は、一日一日は短くとも、同じ空間であるなら数ヵ月はあったのに、こうして隣に座るのが初めてなのは不思議な気がした。
 そしてそれ以上に、ちょっと緊張することでもあった。
 すぐそばに、司の気配がする。はっきりと、存在感が伝わってくるのだ。
 既にどきどきとしはじめてしまった美雪であった。
「どれからやろうかな……美雪さんはどの科目が得意?」
 参考書をいくつか出した司。学校が違うのだから、違うものだった。学年は同じだから、中身に大差はないだろうけど。
「どっちかというと文系かなぁ。理系はあんまり……数学は苦手」
「そっか。俺もやっぱり国語系とか社会が得意かな。本が好きなんだから当たり前かもだけど」
 確かに。
 美雪と司は顔を見合わせて、くすっと笑ってしまった。
 得意なことがかぶるというのは、共通点を感じられて嬉しくなってしまったのだ。
「じゃ、今日は初日だから文系からはじめてくのはどうだろう。英語とか」
「そうだね。とりあえずは」
 そんなわけで、今日は英語の参考書とワークを開くことにした。
 夏休みも十日ほどが経とうとしていたので、少しは進めていた。なので最初のページからというわけではない。
 でも並んでいるのは当たり前だがアルファベットばかり。あまり面白くはない。
 でも。
 隣にいて一緒に進めてくれるのは司なのだ。一人で悶々と悩んで参考書とワークの問題を行ったり来たりするよりずっと楽しめるし乗り気になれるだろう。
 この夏休みの勉強会が開催されることに、美雪は感謝した。
 けれど直後、違うことにも気付く。
 これは確かに課題を片付ける勉強会である。
 でも違う一面もあるのだ。
 すなわち、デート、である。
 もう付き合っているのだ。
 一緒に図書館で過ごすのだって立派なデートだろう。
 実感として染み込んできて、美雪の頬を熱くさせた。
 今日は既にいろんな意味で嬉しくなってきて仕方がない。
「じゃ、はじめるか」
 司の言葉でお互い、課題に向き合った。


 どきどきしてきたり、楽しくなったりしつつも、一応メインは勉強である。あれこれおしゃべりをしながら……というものではない。
 ワークの問題を解きながら、わからないところがあったら参考書を開いて調べて……という作業になる。
 美雪の学校は私立なのでそれなりに勉強にも力が入っている。夏期講習があるくらいには。
 だけど英語は文系授業の中ではあまり得意ではなかった。
 『アリス』が好きなくらいだから、馴染みが無いというわけではないけれど、やはり言語の差というのは大きい。首をひねりながら、参考書と行ったり来たりすることになる。
 美雪が取り組んでいたのは長文問題。単純に、長文の物語、論調のある文などを読んで訳していくものだ。
 難しい単語が入っているものではないが、長々と並んでいると混乱してきてしまうのだ。
 日本語だったらこの程度、すぐにわかるだろうに、ともどかしくなってしまう。
「……難しい?」
 不意に隣から声がかかって、美雪は、はっとした。難航しているのを見られてしまったらしい。ちょっと恥ずかしくなった。
「う、うん……単語はわかるんだけど、それが文章ってなると……」
 美雪の苦戦しているところは納得されたらしい。
「ああ……そうだよな。先生に聞いたんだけど、参考書、一年のやつもあるといいんだってさ」
「そうなの?」
 一年生の頃の参考書?
 一年生の頃に習ったことは、身についていないというわけではないと思う。学年末テストでもそこそこの点が取れたし。
 美雪が疑問に思ったのはわかっただろう。司はちょっと微笑んだ。自分の持ってきていたらしい、一年生向けの参考書をこちらへ向けてくれる。
「基本的な文法なんかが載ってるだろ。わからなくなったらこっちへ戻るんだ。もう一回、反復して読んで……そしたらわかりやすくなる」
「な、なるほど……」
 その発想はなかった。確かに長文とはいえ、構成は基本的な文法に決まっている。それをひとつずつ確認していけば、速度は落ちるだろうけれど、着実に進められるだろう。
「ありがとう」
「今、使ってないから貸してあげようか」
「え、いいの?」
 そんなやりとりは課題を片付ける一環ではあるのだけど、それだけではなかった。
 その証拠に、ページを開いて「ここが手引きになってるから、ここで知りたい基礎の項を探すというよ」なんて示してくれる指先はとても丁寧で優しかった。
 それは付き合う前……プラスチックの『本』を扱うときと同じようなもので。
 手にしたものを大切にするひとなんだなぁ。
 美雪はそう思い、つい司の指に数秒見入ってしまったのだった。


 一時間半ほど取り組んで、休憩となった。あまり長々続けても集中力は続かないし、効率が悪くなるからだ。
 お茶でも飲まないか、と誘われて、図書館のエントランスへ行った。自動販売機のお茶であったけれど、勉強に疲れた体に染み入るようだった。
「美雪さんは真面目なんだな」
 勉強模様を見られるのは当たり前のように初めてだったので、司の言ったことも当たり前のことだ。
「そ、そうかな。司くんのほうが集中してたと思うけど」
 学校が同じだったら。
 同じクラスということもありえただろうし、授業中に勉強模様だって見られただろう。
 それは少し寂しくある。
「そう? そう言われたら嬉しいけど」
 司は、にこっと笑って、ぐっとペットボトルのカフェオレを煽った。無糖のカフェオレ。暑いので勿論コールド。
 それでもわかっていた。
 どこかふわふわとした空気が、課題に取り組む間も漂っていたこと。勉強をおろそかにしていたわけではないが。
 それは恋人となってくれた人が隣にいるからに決まっている。
 司からも、なんとなく同じようなものを感じたので、くすぐったいやら嬉しいやらの美雪であった。
「せっかく本がたくさんあるところに来てるんだ。ちょっと本も見に行かないか」
 飲み物が無くなりかけた頃、司が提案してくれた。美雪は勿論顔を明るくしてしまう。
「そうだよね! 図書館に来て本を見ないなんてもったいないよね」
「ああ。実は見て回りたくて……ちょっとうずうずしてた」
 司ははにかむ様子を見せた。その様子はやはり人懐っこい犬のようなもので。かわいらしいとも感じてしまう。
 本が好きというなら、司のほうが上だと思う。美雪は彼の影響で意識して手に取るようになったのだから。
 そんなわけで、書架のコーナーへ向かった。
 「新思潮を見たいんだ」と言った司に、美雪はついていく。
 シンシチョウ? と疑問に思ったのだけど、それがなんなのかは司が教えてくれた。
「芥川龍之介を読んでただろ。芥川龍之介は『新思潮』って雑誌を出していたんだ。それを一緒に出していた仲間を、現代では通称『新思潮』って呼んでる」
 なるほど。派閥のようなものか。
 美雪は納得する。
 そしてまた世界が広がったような感覚を覚えた。
 自分はそういう……作家、芥川龍之介くらいの人物なら文豪、か。
 そういうひとたちの集まりというものは詳しくなかった。
 思えば若山牧水のときもそうだった。
 石川啄木と交流があったとか、そんな繋がりはあとから知ったのだ。そこから石川啄木の詩を手にして、今がある。
 世界が広がっていくのは司も同じなのかもしれないけれど。
 プラスチックの『本』のブラインドボックスから、偶然『羅生門』を引き当てた。
 電子書籍で芥川龍之介の著書を買った。
 きっとそこから調べて『新思潮』という派閥に行きあったのだろう。
 それはひとつの偶然から生まれたものだろうけれど、確かに世界に繋がっているのだ。
 きっとそれも、『本の持つ力』。
 この図書館もそうだ。どこか力が溢れているような気がした。これほど大量にあれば、そうだろう。
 ここを満たしているのは、世界なのだ。
「新思潮は今でこそ評価されているけれど、勿論、一筋縄ではいかなかったんだ。仲間内で色々あったらしい。ぶつかり合いとか、いさかいとか」
 確かに、一冊の雑誌を作ろうというのは大変なことだ。複数人で作るのならば、意見のぶつかり合いなどもあるだろう。
 それでもそれを乗り越えて、現代でも読まれ、生きていくようなものとして作り上げた。
 美雪はそれに感動してしまう。
「ああ、あった。このへんだな」
 司が見はじめたのは、特定の本ではなかった。
 すなわち、新思潮という派閥の作家の本ではない。
 どちらかというと、解説本だろう。現代、というか後世の学者による解析が載ったもの。
「こういうのは電子書籍で買うより、図書館で借りたほうがいいものかなって思ったから……資料みたいなものだから、一読でいいし。気になる部分があったらコピーとかしたらいいし」
 手に取って、ぱらぱらとめくりながら司は説明する。
 司は確かに本が好きだが、やたらめったらと手に取るタイプではないようだと美雪は感じていた。
 効率を重視する部分もある。
 電子書籍といえども安くはない。高校生の身ではお小遣いに限りもある。本当に欲しいと思ったものだけに使いたいと思って当然。
「いいのがあったらすぐ借りられていいよね」
 美雪も適当に抜き出して、ぱらぱらとしながら言った。その言葉にはこちらを見られて、少々気まずげな顔をされてしまった。
「勉強しようとか誘った割には、本を借りる目的もあるとかちょっとよこしまだったかな。悪い」
 だけど言われたことは誤解だったので美雪は驚いた。直後、慌ててしまう。そんなつもりではなかったのだ。
「えっ、ご、ごめん、そうじゃないよ。私もせっかくの図書館だから、新しいのを見られたらって思ってたし……」
 あわあわと説明したけれど、本当に言いたいのは。
「よこしまなんかじゃないよ。図書館って、そういうところだし、楽しみがたくさんあるのはいいことだと思う」
 美雪の言った言葉。それは司と同じ目的と気持ちで図書館での勉強会を受け入れたということだったのだから。
 司は、ほっとしたような顔になった。きっと伝わったのだろう。美雪が単に勉強をするだけのつもりではなかったことは。
 もうひとつ、勉強だけではなく『一緒に過ごしたい』という気持ちもあったのだけど……それは多分、明言することではない、と思う。とりあえず、今は。
「そう言ってもらえると嬉しいな。じゃ、……本を見る時間も取っていいかな」
 実は解散してから見てこうと思ったんだけど。
 付け加えられたことに、美雪は膨れてしまう。
 一人で見るなんて。
「そんなのずるいよ。私だって見たいのに」
「そ、そっか。そりゃ違う意味で悪かった」
 司は本を持っていないほうの手を頭にやって、決まり悪そうに言った。
 その仕草に美雪の気分はころりと変わってしまった。
 こういう顔がすぐ隣で見られる。そんな関係になれたことが嬉しくてならない。
 美雪が笑みになったのにつられるように、司も笑みを浮かべてくれた。
「私も本を選ぶ楽しさを知ったから……もっと、教えてもらえたら嬉しいの」
 美雪がぼうっと待っているだけでなく、自分もいくつか手に取ったことからそれは伝わってくれただろう。
 司が目を細めるのが見えた。
「そっか。こういうのはつまらないかなって心配だったんだけど、そう思わなくて、いいんだな」
「当たり前だよ」
 また笑い合って、そして書架に向き直った。
 司は本をめくっては棚に戻し、新しい本を手に取っては開いて中身を確認していく。
 その間は無言だった。
 それはそうだろう。中身を少しでも読むのだから、集中しなくては。
 ただ、隣の美雪は違っていた。
 今は課題に集中するのとは意味が違う。
 自分は司よりもう少しぼんやりとした選び方をしているのだから、司のほうが気になっていたと言える。そしてそういう過ごし方でもいい、のだろう。
 司が何冊かの本を手に取って「これ、借りていこうかな」とキリが良くなったと思われたところで、美雪は質問をした。
「芥川龍之介はちょっとだけ読んだことがあるけど、新思潮、っていうのだったら、どれがおすすめ?」
 連れ立って書架を離れつつ、司は解説してくれた。
「実は俺も全部なんて読んでないんだけど……『受験生の手記』なんてどうだろう。タイトル通り、大学受験をする主人公の話だから、俺たちに多少は身近に感じられるだろうし……」
 電子書籍で出ている以外にも、『青空文庫』という、著作権がフリーになった作品が読めるwebサイトがあるなど教えてくれる。それは美雪にとって知らないことだったので、またひとつ世界が広がってしまった。
「著作権が切れてたらそういうところに載ってもいいんだね」
「ああ。買わなくても済むってのはありがたいよな。試し読みにもいいし……気に入ったら買うこともできるし」
 本がタダで読めるというのは驚きだったが、そういう仕組みなのか。
 帰ったらすぐにアクセスしてみようと思う。
 その間に本を借りる手続きをして、そしてそのあとはブースへ戻った。課題の作業も再開。
 一日にやろうと決めた時間が終わる頃には、夕方になっていた。
 まだ夏なので暗くなるには早いけれど、空はオレンジ色になりかけている。
 夏の夕暮れにふさわしい、鮮やかなオレンジ色だった。


「今日は楽しかったよ、ありがとう」
 駅で司と別れた。帰る方向が逆なのだ。一緒に電車に乗って帰れないのはちょっと残念だけど、あまり残念がっていても仕方がない。美雪は今日の楽しかったことのほうを胸に置くことにして、「私こそ」とにこっと笑った。
「課題なんて億劫だったけど、楽しめたなんて不思議だよ」
 美雪の言葉には何故かはにかんだような笑みが返ってきた。
 あれ、と思った美雪だったけれど、そのあと言われたことにこちらまで恥ずかしくなってしまった。
「課題もそうだけど……美雪さんと初めてこうして過ごせて楽しかったな、って」
 ストレートに言われて、顔が熱くなった。赤くなったかもしれない、と思ってしまう。
 けれどここで黙ってしまうわけには。
 恥ずかしくなったけれど、美雪も口を開く。
「そ、そうだ、ね……私も、かな」
 思い切った言葉だったけれど、言って良かったらしい。司ははにかんだ笑みのままだったけれど、確かに嬉しそうな空気にもなったのだから。
「じゃ、次は明後日だよな。よろしくな」
「うん。……じゃあ、またね」
 それで手を振って、逆側のホームへそれぞれ向かった。
 ホームから見えるかな、と思ったけれど、場所が悪かったようで司は見えない。ちょっと残念になった。
 でも明後日、会えるのだから。
 自分に言い聞かせて美雪は帰宅モードに入った。
 ほぼ半日放置していたスマホを取り出して、連絡などがないかをチェックする。
 家から、お母さんなどから連絡も特に無かった。遅い帰宅ではないからだろう。
 お母さんにはまさか「彼氏と図書館で、デートを兼ねて勉強することになりました」なんて言えない。付き合ってまだほんの十日ほどでは。
 だから「友達と勉強会をすることにしたの」とちょっと濁して話していた。
 お母さんはなにも疑問に思わなかったらしい。元々、美雪が勉強にそこそこ真面目なのは評価してくれているのだ。
 「しっかり課題を進められるならそれはいいことね」と、遅くならないことを条件に受け入れてくれた。
 「来年は受験だしね。今のうちから勉強しておかないと」という言葉はくっついていたけれど。
 受験、かぁ。
 お母さんのやりとりから、思ってしまってちょっとテンションが落ちた。
 でも、と思う。
 ほんのり思ってしまったことがある。
 それは学校に関すること。
 受験はまだ一年半、先だ。だからまだ具体的なことを考えるには少し早いだろう。二年生の終わりごろでいいと言われているし。
 でも。
 もし、叶うなら。
 ……司と同じ大学を受けて、受かって、通えたら、なんて。
 まだ早すぎるかもしれないことをほんのり考えたのだった。
 そんなことはまだ夢でしかないし、そもそも付き合ったばかりだというのに気の早いことだと思う。
 でも願望として、それから目標として抱いているならいいだろう、とも思うのだった。
 その夢は一旦置いておくことにして、美雪はメッセージアプリを開いた。友達から連絡がきていると通知が出ていたのだ。
 その通り、いくつかメッセージが来ていた。そのひとつを開いて、美雪はちょっと戸惑ってしまった。
 それはあゆからのメッセージ。
『明後日、遊べない? 急に予定が空いちゃってさ、あとちょっと用があって……』
 そのようなもの。
 明後日。
 ピンポイントに司と約束した日である。
 困ったな、悪いけど先に司くんと約束してるし断るしかないかな。
 別の日にしてもらうとか。
 ごく普通の思考で返信を打とうとしたとき、電車が来るというアナウンスが流れた。
 ああ、電車に乗るときに打ってたら危ないから。
 思って、一旦スマホは置いておくことにした。あれから、ちょっと見た目の変わったスマホを。
 スマホ本体は変えていないけれど、カバーを数日前に替えていたのだ。
 薄緑色にちょっとだけかわいい模様の入ったシンプルなカバー。
 決めたのは色や模様もあるけれど、重視したのはひとつ。
 ストラップ穴があること、だ。
 美雪はそこにストラップをつけていた。
 プラスチックの本、を。
 地味な見た目の本。
 女子高生がスマホにくっつけているには不釣り合いかもしれない。
 でも美雪にとって、今、一番大切なものなのだ。
 二色の茶色で構成された、ミニチュアの本。
 司にもらったもの。
『一握の砂』
 もらったものをつけたい、という気持ちはもちろんあった。
 けれど、もうひとつ、理由がある。
 これは司と自分を繋いでくれたものだ。
 プレゼントである以外にも、違う意味で特別なもの。
 だから。
 司と同じようにスマホに本をくっつけることで、一緒に居ないときにも傍にいられるように感じられるように、と。
 ちょっとくすぐったい理由で、『一握の砂』は、美雪のスマホで揺れているのだった。
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