ミニチュアレンカ

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文学デート計画

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「え、お出掛け?」
 駅前のビルに入っている、二階建てのハンバーガーショップ。空いていた二階の隅っこの席について、コーラをひとくち飲んだ美雪は、司の切り出したことに目を丸くしてしまった。
 お出掛け。そんなことを提案されようとは。
「ああ。ちょっと行きたいところがあってさ」
 テーブルの上にはそれぞれ、飲み物、ハンバーガー、それからポテトが乗ったトレイがある。学生のデートの定番ともいえる夕食だった。
 コーラがしゅわしゅわする感覚を心地良く感じていたのにその感覚から、切り出されたことに一瞬で意識はシフトしてしまう。
 お出掛けなど。
 まるで昨日、自分が考えてしまったことを当てられたようではないか。
 そしてそれは示していた。
 司もいくらかは自分と、もっとデート……遊びに行くデートをしたいと思ってくれていたのだろう、と。
 とても嬉しいことだった。胸が熱くなってしまうような。
「うん! いいね。どこなの?」
「埼玉の奥のほうなんだけど……」
 美雪が乗り気な返事をしたことに、ほっとしたのだろう。司はポテトを摘まみながら、詳しく話をしてくれた。
 埼玉とひとくちに言っても広い。都内との境目から、深いところだと山のほうまで広がっているのだ。
 それのどこへ行くのだろうかと美雪は疑問を覚えたのだけど、司の「行きたいところ」を聞いて、理解した。
「埼玉文学館、ってところがあってさ。そこで今度、太宰治の展示をやるんだよ」
 ああ、なるほど。本繋がりなわけね。
 美雪はすぐに納得した。
 そしてちょっとおかしくなってしまう。
 デートで行きたいと言うところも本に関係するところであるのが、司らしいことだ。
 それはひとによっては『自分の希望ばかり、勝手だ』と言われるようなチョイスかもしれないけれど、美雪はそうは思わなかった。
 美雪も、確かに司の影響からかもしれないが、本に興味を覚えるようになっていたのだ。そしてことあるごとに司とその話題で盛り上がるようになっていた。
 だから興味がなくはない、どころか、自発的にも行ってみたい、と思う。
 文学館というのは今まであまり行ったことがないし、きちんと見るという目的で行くのは初めてだし。
 むしろ心は踊ったし前のめりになった。
 司も、美雪が多少の興味を覚えてくれるだろうとは半ば予想していただろうけど、完全には確信していなかっただろうから、ほっとしたような顔になる。
「芥川龍之介を読んで、新思潮に手を出して……そこから芥川を尊敬していた太宰に行くっていうのは短絡的かもしれないけど」
 司はまた、頭に手をやって、はにかむように笑うのだった。
 この笑みが好きだ、と美雪の思う笑顔である。
 こういう優しい笑みを浮かべるひとが隣に居てくれて、自分の特別な人になってくれたこと。
 とても幸せなことである。
「でもそれだと、その、……」
 しかしそこでちょっと言葉は切られた。言い淀んで、というものになる。
 なんだろう、と美雪は思ったけれど、それは数秒のことだった。
「デート、らしくはないかもだろ。だからもうひとつ行きたいなって思ってるところがあってさ」
 デート。
 司の口から出たことに、一瞬、美雪はぽかんとしてしまった。
 デート。
 司からもそういう、遊びに行くデートをしたいと思ってくれているのだろうな、とほんのり感じていたとしても、実際にそう言ってもらえるのは別である。
 かっと胸が熱くなった。嬉しさに焼けそうだ。
「そ、そう、かな。文学館も、いいと思うけど……楽しそうだし」
 言う言葉はもじもじとしてしまったし、ポテトを摘まむ手も止まってしまった。
 司にもそれが移ったように、どこかくすぐったい空気がその場に流れる。
 それはまだ交際してから日が経っていないから……あゆの言葉を借りれば『フレッシュな時期』だからだろう。
 でもそれは司によって違うものに変わった。
「文学館も楽しんでもらえたら嬉しいよ。でも図書館以外で……っていうのは初めてだし、せっかくちょっと遠出になるし」
 司はまだ照れた様子ではあったけれど、言ってくれた。
 美雪も、ちょっと努力はしたけれど微笑む。「そうだね」と言った。
 そこからのことは、計画になった。
 文学館のある駅から更に少し電車に乗って、埼玉の更に奥へ行ったほうへ、『川越』という場所がある。
 あまり派手ではないが、『小江戸川越』と呼ばれているように、江戸時代のような雰囲気が味わえるのだと。
 「雰囲気としては、お寺とかに向かう参道みたいな感じ。色々面白いお店があるんだって」と司はスマホでいくつか紹介のサイトを見せてくれた。
 話を聞き、サイトで写真などを見るうちに、美雪の心はどんどん明るくなっていった。
 これは完全にデート、である。
 とても素敵だ、と思う。
 どちらかというと、しっとりとした和風のデートになるのかもしれない。
 それは高校生のデートには地味、といえてしまうものかもしれなかったのに、美雪はむしろ、しっくりくる、と思った。
 司と自分を繋げてくれたものが、過去、明治などに活躍した文豪の本であることも手伝っていたからだろう。
「楽しそう! 観光……みたいな感じかな」
「感覚としては、それが近いと思う」
 話はとんとん拍子にまとまった。
 それで、お盆明け頃に出掛けようということになった。お盆は暑さが一番厳しい頃だし、文学館も川越とやらも混むだろう。平日を選べば、社会人が仕事であるぶん、少しでも空いているだろう、と踏んだのだ。
 そのあとは具体的な計画になった。時間とか、用意するものとか。
 用意するもの、は主に文学館で使うものだった。
 ノートと鉛筆があるといいのだという。
 場所にはよるが、資料のメモを取れたりするところもあるそうだ。そこで使うにはペンはご法度で、鉛筆を使うように指示されるところが多いから、と。
 「せっかく見に行くんだから、見るだけじゃなくてメモを取ってあとから見返せたらいいなと思って」と司は前向きのようだった。
 夕食と計画は短時間で終わった。一時間ほどだっただろう。
 しかし図書館で勉強会をしたあとだったので、勿論、すっかり夜になっている。外は暗かった。夏の夜なのでまだひとも多くてざわざわしていたけれど。
 図書館のある駅の駅前だったので、別れるのはやはり、駅の改札。
 司はホームにのぼるエスカレーター前まで送ってくれた。
「じゃ、気を付けて」
「うん。ありがとう。じゃ、またね」
 恒例になりつつあったやりとりで、今日はさよなら。
 いつもなら別れるのが寂しいと思うのに、今日は聞かされた計画によって、楽しい気持ちがたくさん生まれていた。
 これはある意味、初めてのデートなのだ。
 図書館デートも素敵なものだけど、また違った意味のデート。
 お洒落をしていかないと、と思う。
 そこから一気に美雪の意識は準備へ振れてしまった。
 確かにノートと鉛筆は要るだろう。
 でもデートなのだから、かわいい服を、今着ているものよりかわいい服を選ぶべきだし、カバンや靴だって。
 ……手持ちので、いいのあるかなぁ。
 電車を待っている間も、電車が来て乗り込んでも、美雪の頭はそれでいっぱいだった。
 最終的には「あゆに相談してみよう」ということにして、ちょうど着いた最寄り駅。降りたって家への道のりを歩きながら、楽しい気持ちで胸が膨れていっぱいだった。


 デートの日は幸い、晴れた。そのぶん暑いけれど、この夏の気候の中では仕方がない。
 美雪はしっかり帽子をかぶって出掛けた。外を歩くのだ。文学館は建物の中だけど、『小江戸』は外の散策がメインになるだろうから。
 かぶっていったのは麦わら帽子。キナリで、小さな花が添えられたかわいらしいものだ。
 あれからあゆに「デート、することになったんだけど……」と相談して、一緒に選んでもらった。
 夏のはじめに『今年の夏服はこれだけ!』と決めたのを破ることになるけれど、これはイレギュラーな事態、ということにしておくことにした。まさか恋人ができてしまうなんて、あのときは思わなかったのだし。
 でもやはりそのとき散財してしまったのでたくさんは買えなくて。新しい服は、帽子のほかにはスカートだけにしておいた。
 夏らしい、チュールのついたスカート。上は手持ちのものを合わせた。それでもじゅうぶんオシャレに見えるだろう。
 服を選ぶのも得意なあゆにアドバイスしてもらったのだ。間違いはないはず。
 そのような姿で、バッグにはメモ帳とペンケース。中身はしっかり鉛筆を。
 今日は勉強とデート、両方ができるのだ。両方楽しみでならなかった。
「おはよう」
「おはよう! 司くん、早いね」
 待ち合わせをするとき、司は大抵、美雪より先に来ている。几帳面な性質がそこにも表れているようだった。
 文学館のオープンと同時に入りたかったので、まだ朝も早い時間であった。
 埼玉文学館までは少し距離がある。電車に一時間半ほどは乗らなくてはならない。
 そのために司は「ちょっと遠いんだけど……」と、事前に少し申し訳なさそうだったけれど、美雪は勿論「かまわないよ」と言った。
 むしろそのほうが特別なデートに出掛けるのだ、という気持ちが高まって良いと思う。
 電車は幸い、それほど混んでいなかった。お盆も明けて、平日。朝、職場へ向かう社会人は、埼玉方面から東京方面へ向かうひとのほうが多いのだろう。数駅立っていただけで、あっさりと席を確保することができた。
 おまけに司と隣同士に座ることができて。早速嬉しくなってしまう。
「前に『斜陽』がなかなか出なかった、って言っただろ。そのせいかな、なんかレアみたいに感じちゃって。あまりつけなかったんだけど、今日はつけてきたんだ」
 見せてくれたスマホには、確かに『斜陽』がぶら下がっていた。
 今日は美雪と電車で過ごすから本は読まないだろうに。
 太宰の展示を見るから、という目的に合わせて『本』を変えてきたのだ。やはりそういうところはこだわり屋だ。
「私も新しいの、買ってみようかな」
 美雪はまだ、自分で引いた『幾山河』と、司にもらった『一握の砂』しか持っていなかったのだ。
 ほかのものを買ってみたい気持ちもあるし、そこから新しい作者や本に触れて、世界を広げてみたい気持ちもある。
 でも司は美雪のスマホを見て、微笑んでくれた。
「それもいいけど、今、つけてくれてるのも嬉しいな」
 流石に日常で使うものなのだ、スマホに『一握の砂』をくっつけていることは、司にはとっくに知られていた。
 それを知られて「つけてくれてるんだ」と言われたときは流石に恥ずかしかった。
 けれど気付いてもらえたことが嬉しくもあった。
 気付いてくれたらな、と期待する気持ちもあったのだから。
 司の気持ちが込められた『本』なのだ。自分もそれを大切にしているのだと知ってほしい。
 今となっては『二人にとって』大切な本なのだから。
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