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浅葱の浴衣
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川越に着いて、はじめに連れて行かれたのは意外な場所だった。
「レンタル……着物!?」
それは参道、という様相の街並みの端っこにあるお店だった。この手のお店はいくつかあるらしいのだが、そのひとつということだろう。
小さな建物、二階建てのようだ。流れるような字で書かれた看板が出ていた。
『着物や浴衣で、川越散策はいかがですか?』
『すぐ着付けできます!』
魅力的な謳い文句。横ではトルソーがかわいらしい浴衣を身に着けていた。夏のひまわりのような、明るい黄色の浴衣だ。
「ああ。せっかくの散策だから、浴衣、どうかなと思って……嫌いじゃなければ」
「嫌いじゃないよ! えっ、着てみたい……今年、まだ浴衣着てなかったから……」
美雪の目が輝いたのを見て、司は、ほっとしたような表情を浮かべた。
浴衣は苦手だとか、興味がないというひともいるからだろう。
そういう、まだ知り合いきれていない、不透明な部分を気遣って心配してくれるようなひとなのだ、司は。
優しいだけでなく、とても相手を大事にしているひとだと思う。
「じゃ、入ってみようか。ここでいい?」
「うん!」
建物の端にあった階段をのぼって中に入る。お店は二階らしい。
「お願いできますか?」と声をかけた司に「いらっしゃい! 二名様ですか?」と、お店のおばさんが明るい笑みで答えてくれた。
「はい。……えーと。このチケット、使えますか?」
「おや、ありがとうございます。使えますよ」
司の取り出したのは、言葉の通り、なにかのチケット。
もしかして、割引券かなにかなのかもしれない。
どこかで手に入れたのかもしれなくて、さらにそこから推察するなら、それを手に入れたからレンタル着物で散策を思いついたのかもしれなかった。
こういう計画、立ててくれてたんだ。
美雪の胸が熱くなる。
司も本当に『デート』としてこのお出掛けに来てくれたのだと強く感じた。
「じゃ、中へどうぞ。浴衣は一緒に選びますか?」
靴を脱いで中へあがって、おばさんに訊かれたことに美雪と司はちょっと顔を見合わせた。
どうしよう、と一瞬思ったけれど、一緒に見たいかな、と思った。
どんなものがあるかわからないし、一人だけで選んでしまうのも勿体ないかなと思ったのだ。
これが花火大会などで、浴衣で待ち合わせ……なら、サプライズのようにしてどんなものか教えずに着ていくのが定番なのだろうけれど、せっかく二人でお店を訪ねているのだから。
美雪の視線でそれを察してくれたらしい。司は、ふっと笑った。
「一緒に見てもいいですか」
視線と表情だけで察してもらえたことが、また嬉しい。
その事実だけではなく、表情の機微がなんとなくわかるくらいには、一緒に過ごしてきているのだと思えてきて。
「ええ、勿論。ではお嬢さんの女性物から……こちらです」
というわけで、たくさん吊るされた浴衣を一枚ずつ見て行った。
美雪は明るい色が好きだった。なので、黒や紺よりは、赤やピンクかなぁ、と思う。
でも今日、着ているスカートはピンクで、全体的に暖色系の色合いなのだった。
それなら違う色……水色とか黄緑とかもいいかも……外でトルソーが着てた、黄色もかわいかったし……早速目移りしてきてしまう。
「どれがいいかな、……あ」
つい振り返って聞いてしまって、あ、と思った。
うっかり、友達……あゆと買い物に来ているときのように、気軽に聞いてしまった。恥ずかしくなってしまう。男の子相手に。
でも司はなにも気になどしなかったらしい。
「美雪さんは、ピンクとか好きなのかな」
そのまま返事をしてくれた。
それはくすぐったいやら、ありがたいやら。
「う、うん……明るい色が好きかな」
言う声はぼそぼそとしてしまった。
今度は違う意味で恥ずかしくなってしまったのだ。
その言葉は、今日の服から、だけではないはず。すなわち、会った日に着ていたときのことも指しているだろう。
司が自分の身に着けていた服や、その色を気にして、知ってくれていたこと。
いや、もう何回も勉強会で顔を合わせて、半日くらいを一緒に過ごしているのだから当然かもしれないけれど、覚えてくれないひとだっているだろう。
司はそうではない。
一緒に過ごすうちに、美雪のことをちゃんと見てくれていたのだ。
「確かに黒とか着てるのあまり見ないしな。あっても差し色とかくらいで……」
いくつかのやりとりのあと、司が指差したのは、水色と緑色の中間の色のような浴衣だった。水の波紋のような模様が入っている。
「これ、どうかな。明るい色だし、模様が涼し気で夏にぴったりかなって」
「素敵! これ……なんて色だったっけ……」
着たことのない色だったが、それもかえって美雪の興味を惹いた。
買うわけではないし、今日一日だけの特別だ。普段選ばないようなものを選ぶのもいいだろう。
たまに見かける色合いであるが、色の名前がすぐに出てこない。言葉が濁ってしまったけれど、司は、さらりと答えた。
「新選組が隊服に選んだ色に近いと思うよ。浅葱色、かな」
言われればすぐ思い出すことができた。漫画やドラマなんかで見た、新選組の姿がはっきり思い浮かぶ。
「そうそう! だんだら羽織、っていう」
「そう、それだ」
今度は新選組関連の本も……なんて思ってしまって、美雪はおかしくなった。またそちらへ思考が振れてしまった。ひとつ新しいことに触れるたびに、またひとつ。世界は広がるのだった。
「じゃあ、これにしてみようかな」
美雪は提案通りのものに決めて、次は司のもの。
男性物は女性物より随分少なかった。それに地味な色が多かった。そういうものだ。
「俺が選んじゃったみたいなものだから、美雪さんが見てくれよ」
そう言われてしまって、美雪は恥ずかしくなってしまったが、確かに嬉しくもあった。
服を、しかもこんな特別な浴衣などを見立てあうなんて。
「え、えと……そう、だね……」
吊るされている浴衣をかき分ける。
司の髪はシンプルな茶色なので、なんでも似合うだろう。どちらかと色白なので、キナリなどの明るい色よりはダークトーン……考えながら選んでいく。それがまたくすぐったくなってしまう。
「これ、どうかなぁ」
美雪が示したのは、濃い緑色のものだった。深い緑色は、まるで抹茶のよう。格子状の模様が入っているだけのシンプルなもの。
「お! いいなぁ。抹茶みたいだ」
司も同じことを言うので、ほっとしたと同時におかしくなってしまう。
手に取って「手触りもいいし」と言ってくれる。
そのような経緯で二人ぶんの浴衣が決まり、着付けてもらうことになった。
「お嬢さんは奥のお部屋へどうぞ」
受付をしてくれたおばさんが着せてくれるらしい。美雪はおばさんについていって、大きな姿見のある部屋へ入った。
「お洋服やお荷物はお店でお預かりできますからね。帰りに寄ってらしてください」
「はい!」
確かに服などを持ち歩くのは大荷物になってしまう。遊ぶのに少し邪魔になってしまうだろう。サービスのいいことである。
美雪にさっきの浅葱色の浴衣を着せかけて、ぱっぱっと手際よく着つけていきながら、おばさんはなんだか楽しそうだった。
「彼氏さん、見立てが的確ですね。お嬢さんのお肌の色によく似合います」
彼氏さん!?
どくんと心臓が跳ねた。顔に熱が一気にのぼってくる。
た、確かにそうではあるけど!
美雪は心の中で叫んでしまったくらいだ。
確かに、学生らしき男女が二人きりで訪れれば関係は『恋人』か、ほかには……『きょうだい』『いとこ』……そのくらいだろう。
しかしここは観光地なわけで。遊ぶ場所であるわけで。
『恋人』である可能性が高いと思われたわけだ。
「そ、そう、ですか……?」
美雪の返事はしどろもどろになった。
見立てが的確。それも嬉しいけれど、『彼氏さん』の衝撃が強すぎたのだ。
美雪の様子をかわいいと思われたのかなんなのか。おばさんはにこにこ楽しそう。
「ええ。大人っぽくも見える色ですから」
大人っぽい、確かに。
まだ着せられている途中だけど、姿見に映る自分は普段より大人びて見えるような気がした。
明るい色だけど、トーンが落ち着いていて、模様も水紋という派手ではないものだからだろう。
かわいいのもいいけど、大人っぽい、っていえるのにして良かったかも。
デート……なんだし。
「デートにはちょうどいいですね」
美雪の思ったことを、直後おばさんも言ったのでまだ恥ずかしくなってしまったけれど。
そうだ、もう『彼氏さん』なんだ。
それで今日は『デート』……。
今更であるのに、他人からもそう思われて、あまつさえそう言われてしまったことに、改めて照れてきてしまう。
浅葱色の浴衣に、キナリ色の帯を締めてもらった。
黒や紺で引き締めるのもいいと言われたけれど、多分おばさんはさっき司が「あまり黒は着ない」と言っていたのを覚えていたのだろう。
「こっちのほうがいいでしょうかね」と差し出されたのはキナリ色の明るめのものだったのだ。
美雪の好みでもあったので、「はい!」と、そのままそれを締めてもらう。
かわいらしい結び方にしてもらって、これで完成。
「わ、かわいい……」
姿見の前で、袖を持ってくるっと回って、美雪は感嘆してしまった。
自分の印象ががらりと変わっていた。
さっきまでピンクのスカートを着ていた自分もかわいくなくはなかった、と思う。
けれど今のものは、和服なこともあって、しっとりと落ちついて見えて……確かに『大人っぽい』のであった。
「とってもかわいいですよ」
着付けてくれたおばさんもにこにこしている。
「髪飾りなんかもお貸しできますけど……でも今日は日差しが強いですからね。お帽子はそのままかぶっていかれますか?」
言われて、美雪は思い当たった。
確かに、この日差しの中で帽子なしは少々つらいかもしれない。
アップヘアなどにしてかわいい髪飾りをつけて……というのに憧れはあるけれど、今日は麦わら帽子をそのままかぶっていったほうがよさそうだった。
「そうですね、暑いですし」
言って、脱いだ服のかたわらに置いておいた麦わら帽子をかぶってみたのだけど。
その姿を鏡で見て、美雪は目をまたたいてしまった。
ふたつのことに。
麦わら帽子の色。淡いキナリ色。
帯と同じ色合いで、しっくり当てはまっていた。
そしてもうひとつ。
麦わら帽子についていた、花。みっつほど小さい花がついていたのだけど、そのひとつは……今着ている浴衣に色がそっくりだったのだ。
帯を選んでくれたのはおばさんで、それも確かに美雪の麦わら帽子を見て「似合うだろう」と選んでくれたのだろう。
でも、浴衣本体に関しては。
『これ、どうかな。明るい色だし……』
司のチョイスであったのであった。おまけに『明るい色』。
それがこの麦わら帽子の花のひとつと同じような色合いであったことを、きっとわかったうえで。
今度こそ、はっきり顔が熱くなった。顔を覆いたいくらいだ。
美雪が顔を赤くしたことも、そしてその理由もおばさんには察されてしまったのだろう。くすくすと笑われて、「やっぱり素敵な彼氏さんですね」と言われてしまったのだった。
「わ、すごい、綺麗だな」
顔の熱がやっと引いた頃、奥の部屋からおずおずと出てきた美雪を見て、司の顔は、ぱっと輝いた。
司なら褒めてくれるとわかっていたけれど、実際にそう言われれば心は歓喜に沸いてしまう。
選んでもらったことにも、褒めてもらったことにもくすぐったいことなどたくさんありすぎるけれど、今一番大きいのはよろこび、だった。
「あ、ありがとう」
すこしもじもじとはしてしまったけれど、言った。
「いつもと違う印象だけど、すごくしっくりきてる。綺麗だ」
もう一度そう言われるので恥ずかしさは復活してしまったけれど。
嬉しい、けれどあまり綺麗だ綺麗だ言われてしまうのは心臓が持たない。
よって、美雪は司の格好に視線をやった。
「司くんも、……すごく、似合ってるよ」
「そう? ありがとう」
褒められたことにもじもじとしてしまった美雪とは真逆。司は、堂々と微笑んだ。そのしっかりとした様子が格好良く見えるので困ってしまう。
実際、司の格好はきりっとしていた。
抹茶色の濃い色の着物は司の長身を引き立てるようで、帯は浴衣に入っている模様に近いトーンの明るい色。とても似合っていた。
普段の私服だって司はオシャレなのだけど、こういうものにも反映されてしまうんだなぁ、と美雪は感心した。
「ええ、素敵なカップルさんで」
直後、また恥ずかしさへ心臓は振れてしまい、今度こそしっかり司に赤くなったところを見られてしまっただろうけど。
「レンタル……着物!?」
それは参道、という様相の街並みの端っこにあるお店だった。この手のお店はいくつかあるらしいのだが、そのひとつということだろう。
小さな建物、二階建てのようだ。流れるような字で書かれた看板が出ていた。
『着物や浴衣で、川越散策はいかがですか?』
『すぐ着付けできます!』
魅力的な謳い文句。横ではトルソーがかわいらしい浴衣を身に着けていた。夏のひまわりのような、明るい黄色の浴衣だ。
「ああ。せっかくの散策だから、浴衣、どうかなと思って……嫌いじゃなければ」
「嫌いじゃないよ! えっ、着てみたい……今年、まだ浴衣着てなかったから……」
美雪の目が輝いたのを見て、司は、ほっとしたような表情を浮かべた。
浴衣は苦手だとか、興味がないというひともいるからだろう。
そういう、まだ知り合いきれていない、不透明な部分を気遣って心配してくれるようなひとなのだ、司は。
優しいだけでなく、とても相手を大事にしているひとだと思う。
「じゃ、入ってみようか。ここでいい?」
「うん!」
建物の端にあった階段をのぼって中に入る。お店は二階らしい。
「お願いできますか?」と声をかけた司に「いらっしゃい! 二名様ですか?」と、お店のおばさんが明るい笑みで答えてくれた。
「はい。……えーと。このチケット、使えますか?」
「おや、ありがとうございます。使えますよ」
司の取り出したのは、言葉の通り、なにかのチケット。
もしかして、割引券かなにかなのかもしれない。
どこかで手に入れたのかもしれなくて、さらにそこから推察するなら、それを手に入れたからレンタル着物で散策を思いついたのかもしれなかった。
こういう計画、立ててくれてたんだ。
美雪の胸が熱くなる。
司も本当に『デート』としてこのお出掛けに来てくれたのだと強く感じた。
「じゃ、中へどうぞ。浴衣は一緒に選びますか?」
靴を脱いで中へあがって、おばさんに訊かれたことに美雪と司はちょっと顔を見合わせた。
どうしよう、と一瞬思ったけれど、一緒に見たいかな、と思った。
どんなものがあるかわからないし、一人だけで選んでしまうのも勿体ないかなと思ったのだ。
これが花火大会などで、浴衣で待ち合わせ……なら、サプライズのようにしてどんなものか教えずに着ていくのが定番なのだろうけれど、せっかく二人でお店を訪ねているのだから。
美雪の視線でそれを察してくれたらしい。司は、ふっと笑った。
「一緒に見てもいいですか」
視線と表情だけで察してもらえたことが、また嬉しい。
その事実だけではなく、表情の機微がなんとなくわかるくらいには、一緒に過ごしてきているのだと思えてきて。
「ええ、勿論。ではお嬢さんの女性物から……こちらです」
というわけで、たくさん吊るされた浴衣を一枚ずつ見て行った。
美雪は明るい色が好きだった。なので、黒や紺よりは、赤やピンクかなぁ、と思う。
でも今日、着ているスカートはピンクで、全体的に暖色系の色合いなのだった。
それなら違う色……水色とか黄緑とかもいいかも……外でトルソーが着てた、黄色もかわいかったし……早速目移りしてきてしまう。
「どれがいいかな、……あ」
つい振り返って聞いてしまって、あ、と思った。
うっかり、友達……あゆと買い物に来ているときのように、気軽に聞いてしまった。恥ずかしくなってしまう。男の子相手に。
でも司はなにも気になどしなかったらしい。
「美雪さんは、ピンクとか好きなのかな」
そのまま返事をしてくれた。
それはくすぐったいやら、ありがたいやら。
「う、うん……明るい色が好きかな」
言う声はぼそぼそとしてしまった。
今度は違う意味で恥ずかしくなってしまったのだ。
その言葉は、今日の服から、だけではないはず。すなわち、会った日に着ていたときのことも指しているだろう。
司が自分の身に着けていた服や、その色を気にして、知ってくれていたこと。
いや、もう何回も勉強会で顔を合わせて、半日くらいを一緒に過ごしているのだから当然かもしれないけれど、覚えてくれないひとだっているだろう。
司はそうではない。
一緒に過ごすうちに、美雪のことをちゃんと見てくれていたのだ。
「確かに黒とか着てるのあまり見ないしな。あっても差し色とかくらいで……」
いくつかのやりとりのあと、司が指差したのは、水色と緑色の中間の色のような浴衣だった。水の波紋のような模様が入っている。
「これ、どうかな。明るい色だし、模様が涼し気で夏にぴったりかなって」
「素敵! これ……なんて色だったっけ……」
着たことのない色だったが、それもかえって美雪の興味を惹いた。
買うわけではないし、今日一日だけの特別だ。普段選ばないようなものを選ぶのもいいだろう。
たまに見かける色合いであるが、色の名前がすぐに出てこない。言葉が濁ってしまったけれど、司は、さらりと答えた。
「新選組が隊服に選んだ色に近いと思うよ。浅葱色、かな」
言われればすぐ思い出すことができた。漫画やドラマなんかで見た、新選組の姿がはっきり思い浮かぶ。
「そうそう! だんだら羽織、っていう」
「そう、それだ」
今度は新選組関連の本も……なんて思ってしまって、美雪はおかしくなった。またそちらへ思考が振れてしまった。ひとつ新しいことに触れるたびに、またひとつ。世界は広がるのだった。
「じゃあ、これにしてみようかな」
美雪は提案通りのものに決めて、次は司のもの。
男性物は女性物より随分少なかった。それに地味な色が多かった。そういうものだ。
「俺が選んじゃったみたいなものだから、美雪さんが見てくれよ」
そう言われてしまって、美雪は恥ずかしくなってしまったが、確かに嬉しくもあった。
服を、しかもこんな特別な浴衣などを見立てあうなんて。
「え、えと……そう、だね……」
吊るされている浴衣をかき分ける。
司の髪はシンプルな茶色なので、なんでも似合うだろう。どちらかと色白なので、キナリなどの明るい色よりはダークトーン……考えながら選んでいく。それがまたくすぐったくなってしまう。
「これ、どうかなぁ」
美雪が示したのは、濃い緑色のものだった。深い緑色は、まるで抹茶のよう。格子状の模様が入っているだけのシンプルなもの。
「お! いいなぁ。抹茶みたいだ」
司も同じことを言うので、ほっとしたと同時におかしくなってしまう。
手に取って「手触りもいいし」と言ってくれる。
そのような経緯で二人ぶんの浴衣が決まり、着付けてもらうことになった。
「お嬢さんは奥のお部屋へどうぞ」
受付をしてくれたおばさんが着せてくれるらしい。美雪はおばさんについていって、大きな姿見のある部屋へ入った。
「お洋服やお荷物はお店でお預かりできますからね。帰りに寄ってらしてください」
「はい!」
確かに服などを持ち歩くのは大荷物になってしまう。遊ぶのに少し邪魔になってしまうだろう。サービスのいいことである。
美雪にさっきの浅葱色の浴衣を着せかけて、ぱっぱっと手際よく着つけていきながら、おばさんはなんだか楽しそうだった。
「彼氏さん、見立てが的確ですね。お嬢さんのお肌の色によく似合います」
彼氏さん!?
どくんと心臓が跳ねた。顔に熱が一気にのぼってくる。
た、確かにそうではあるけど!
美雪は心の中で叫んでしまったくらいだ。
確かに、学生らしき男女が二人きりで訪れれば関係は『恋人』か、ほかには……『きょうだい』『いとこ』……そのくらいだろう。
しかしここは観光地なわけで。遊ぶ場所であるわけで。
『恋人』である可能性が高いと思われたわけだ。
「そ、そう、ですか……?」
美雪の返事はしどろもどろになった。
見立てが的確。それも嬉しいけれど、『彼氏さん』の衝撃が強すぎたのだ。
美雪の様子をかわいいと思われたのかなんなのか。おばさんはにこにこ楽しそう。
「ええ。大人っぽくも見える色ですから」
大人っぽい、確かに。
まだ着せられている途中だけど、姿見に映る自分は普段より大人びて見えるような気がした。
明るい色だけど、トーンが落ち着いていて、模様も水紋という派手ではないものだからだろう。
かわいいのもいいけど、大人っぽい、っていえるのにして良かったかも。
デート……なんだし。
「デートにはちょうどいいですね」
美雪の思ったことを、直後おばさんも言ったのでまだ恥ずかしくなってしまったけれど。
そうだ、もう『彼氏さん』なんだ。
それで今日は『デート』……。
今更であるのに、他人からもそう思われて、あまつさえそう言われてしまったことに、改めて照れてきてしまう。
浅葱色の浴衣に、キナリ色の帯を締めてもらった。
黒や紺で引き締めるのもいいと言われたけれど、多分おばさんはさっき司が「あまり黒は着ない」と言っていたのを覚えていたのだろう。
「こっちのほうがいいでしょうかね」と差し出されたのはキナリ色の明るめのものだったのだ。
美雪の好みでもあったので、「はい!」と、そのままそれを締めてもらう。
かわいらしい結び方にしてもらって、これで完成。
「わ、かわいい……」
姿見の前で、袖を持ってくるっと回って、美雪は感嘆してしまった。
自分の印象ががらりと変わっていた。
さっきまでピンクのスカートを着ていた自分もかわいくなくはなかった、と思う。
けれど今のものは、和服なこともあって、しっとりと落ちついて見えて……確かに『大人っぽい』のであった。
「とってもかわいいですよ」
着付けてくれたおばさんもにこにこしている。
「髪飾りなんかもお貸しできますけど……でも今日は日差しが強いですからね。お帽子はそのままかぶっていかれますか?」
言われて、美雪は思い当たった。
確かに、この日差しの中で帽子なしは少々つらいかもしれない。
アップヘアなどにしてかわいい髪飾りをつけて……というのに憧れはあるけれど、今日は麦わら帽子をそのままかぶっていったほうがよさそうだった。
「そうですね、暑いですし」
言って、脱いだ服のかたわらに置いておいた麦わら帽子をかぶってみたのだけど。
その姿を鏡で見て、美雪は目をまたたいてしまった。
ふたつのことに。
麦わら帽子の色。淡いキナリ色。
帯と同じ色合いで、しっくり当てはまっていた。
そしてもうひとつ。
麦わら帽子についていた、花。みっつほど小さい花がついていたのだけど、そのひとつは……今着ている浴衣に色がそっくりだったのだ。
帯を選んでくれたのはおばさんで、それも確かに美雪の麦わら帽子を見て「似合うだろう」と選んでくれたのだろう。
でも、浴衣本体に関しては。
『これ、どうかな。明るい色だし……』
司のチョイスであったのであった。おまけに『明るい色』。
それがこの麦わら帽子の花のひとつと同じような色合いであったことを、きっとわかったうえで。
今度こそ、はっきり顔が熱くなった。顔を覆いたいくらいだ。
美雪が顔を赤くしたことも、そしてその理由もおばさんには察されてしまったのだろう。くすくすと笑われて、「やっぱり素敵な彼氏さんですね」と言われてしまったのだった。
「わ、すごい、綺麗だな」
顔の熱がやっと引いた頃、奥の部屋からおずおずと出てきた美雪を見て、司の顔は、ぱっと輝いた。
司なら褒めてくれるとわかっていたけれど、実際にそう言われれば心は歓喜に沸いてしまう。
選んでもらったことにも、褒めてもらったことにもくすぐったいことなどたくさんありすぎるけれど、今一番大きいのはよろこび、だった。
「あ、ありがとう」
すこしもじもじとはしてしまったけれど、言った。
「いつもと違う印象だけど、すごくしっくりきてる。綺麗だ」
もう一度そう言われるので恥ずかしさは復活してしまったけれど。
嬉しい、けれどあまり綺麗だ綺麗だ言われてしまうのは心臓が持たない。
よって、美雪は司の格好に視線をやった。
「司くんも、……すごく、似合ってるよ」
「そう? ありがとう」
褒められたことにもじもじとしてしまった美雪とは真逆。司は、堂々と微笑んだ。そのしっかりとした様子が格好良く見えるので困ってしまう。
実際、司の格好はきりっとしていた。
抹茶色の濃い色の着物は司の長身を引き立てるようで、帯は浴衣に入っている模様に近いトーンの明るい色。とても似合っていた。
普段の私服だって司はオシャレなのだけど、こういうものにも反映されてしまうんだなぁ、と美雪は感心した。
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