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夏が過ぎる
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図書館、お出掛け、そしてほぼ毎日のメッセージアプリのやりとり。
司との関係はゆっくりと進んでいった。
毎日電車で会うのはお休みになっていたけれど、ある意味もっと頻繁に、そして深く会うことのできる夏休みという時期に恋人同士になって良かったのかな、と美雪は思うようになった。
司との勉強会のおかげで、夏休みが終わる一週間ほど前には既に課題は終わっていた。これほど早く終わることは滅多にない。
課題を終わらせずに夏休みを終えてしまうことはないタイプの美雪だったが、それだって直前に少しは焦るような進捗の長期休み課題だったのに。
それに、取り組んで片付ける間も、億劫ということがあまりなかった。
なにしろ隣にいるのが司なのだ。それだけで楽しく思えてしまうのだし、わからないところがあれば教え合うこともできた。
司に教わるばかりではない。美雪の学校のほうが進んでいる箇所もあったので、そこは解説することができて、ちょっと誇らしくなったりもした。
恋人同士というのはどちらかが牽引する形になることもあるだろうけれど、なにしろ同学年で、同い年なのだ。対等でいられる、というのに良いことだ。どちらかが寄りかかるだけではない。
そして司は相手が女の子だからといって、下に見たりすることのない優しいひとだった。そこも嬉しくなってしまう。
でも関係は少し変わった。
司からの呼び方がもう少し近くなったのだ。
『美雪さん』から『美雪』になった。
身内以外から名前を呼び捨てで呼ばれるなんて初めてで、そのためにためらったのだけど、ある機会に美雪から提案したのだ。
「『さん』、なくてもいいよ」と。
司はちょっと驚いたようだった。
「いいの?」と言った声も戸惑っていた。
「うん。なんか……友達とかも、彼氏、……には呼び捨てで呼ばれてる、って言ってたし」
友達、というのは勿論あゆのこと。それだけでなく、たまに遊ぶ仲のいい子にも聞いたことがあった。
羨ましいのとは少し違うけれど、関係が近く感じられるように呼んでもらうのもいいと思ったのだ。
「じゃ、そう……しようかな」
そのあと、数秒言いよどんだ司だったけれど、照れた様子だったけれど、呼んでくれた。
「……美雪」と。
下の名前、だけで。
なんだかそう呼ばれると、司のことをより男のひとだと意識してしまうように感じられて、美雪も「……はい」と返事をしながらくすぐったくなってしまった。
ひとつずつ。
進んでいく。
一方通行のものだった恋が重なって、二人で築くようになってきて。
これもまた、世界が広がるということだ。
ひとつ知れるたびに、新しいものが見えてくる。
ときには楽しくないことが見えることもあった。
司にだって欠点はあるし、勿論、美雪にもあるだろう。司だって嫌な思いをまるでしないわけがないのだから。
でもそれだって、見えることで変えることができる。気付かないままではそこに留まったままだから。
夏休みの一ヵ月と少し。
美雪は自分が変わったことを自覚する。
それは大人に近付いた、ということともいえた変化だったかもしれなかった。
楽しかった夏休みも終わった。元通りの電車通学がはじまる。
ただ、過ごし方や過ごす時間は『元通り』ではなかった。
なにしろ司と恋人同士になったのだ。前よりずっと、ずっと楽しく感じられた。
初日、司がいつもの車両に乗ってきたときには、なんだかはにかみ合ってしまった。
おかしなことだ、夏休み中は頻繁に会っていて、おまけにその前だって、毎日のように電車で顔を合わせていたのに。
「美雪の制服姿、久しぶりに見るなぁ」
乗り込んできた司はそう言ってくれた。
勿論、美雪からだって同じだった。
チェックのパンツにネクタイをきっちり締めた、司の制服姿。
かっちりした格好だからか、私服姿より大人っぽく見えるような気がした。
「私だってそうだよ」
言い合って、くすくすと笑う。
司の乗る駅からはではなかなか席が空かないので、電車での過ごし方は前と同じだった。
美雪の座る前に司が立ち、吊り革につかまりながら美雪を覗き込んで、話をする。
話す内容は本のこともあったけれど、それに比べて学校のことの話が増えていった。
学校が違うのだ。学校で過ごす時間を知るすべはほとんどない。
今日はレクリエーション大会があるのだとか、もう少ししたらテストの採点のために午前中の短縮授業になるのだとか。
学校で一日一緒に過ごすことができないのは寂しいけれど、朝の電車で毎日のように会えるのだ。朝の通学をこんなに楽しみに思うことは、美雪は初めてだった。
ちなみに帰りの電車は別々だった。
司は部活(文芸部だ)があって少々遅くなることがあったし、美雪は部活に入っていなかったけれど、友達と放課後を過ごすことも多かった。帰りの電車で待ち合わせるのは効率が悪いのだ。
でも週末は毎週のように一緒に過ごした。
夏休みのように、図書館へ行くことが多かった。
本を見て、選んで、借りる。貸出期間は二週間なので、返しに行って、また借りるのに都合が良いことも手伝って。
必然的に、美雪は紙の本を手にする機会も増えた。
今では司のアドバイスなしに、自分の読みたいと思った本を手にすることのほうが多いくらいかもしれない。
それは司の教えてくれた『本の楽しみ方』から、『おすすめの本』、その次は『本を選ぶ楽しさ』。ひとつずつ進んできたからあることだ。
紙の本をめくって読む。詩集が多かった。
文豪の詩集を選ぶことが前は多かったけれど、最近では現代作家にも手を出すようになっている。
昔の世界観を読んで想像するのも楽しいけれど、現代の感覚がそのまま反映された作品は、身近に感じられて違う意味で想像が膨らむのだ。
そんなわけで、図書館はもっと楽しく、身近な場所になっていたのだけど。
あるとき、その図書館の帰り道で息を呑むような出来事が起こってしまったのだった。
司との関係はゆっくりと進んでいった。
毎日電車で会うのはお休みになっていたけれど、ある意味もっと頻繁に、そして深く会うことのできる夏休みという時期に恋人同士になって良かったのかな、と美雪は思うようになった。
司との勉強会のおかげで、夏休みが終わる一週間ほど前には既に課題は終わっていた。これほど早く終わることは滅多にない。
課題を終わらせずに夏休みを終えてしまうことはないタイプの美雪だったが、それだって直前に少しは焦るような進捗の長期休み課題だったのに。
それに、取り組んで片付ける間も、億劫ということがあまりなかった。
なにしろ隣にいるのが司なのだ。それだけで楽しく思えてしまうのだし、わからないところがあれば教え合うこともできた。
司に教わるばかりではない。美雪の学校のほうが進んでいる箇所もあったので、そこは解説することができて、ちょっと誇らしくなったりもした。
恋人同士というのはどちらかが牽引する形になることもあるだろうけれど、なにしろ同学年で、同い年なのだ。対等でいられる、というのに良いことだ。どちらかが寄りかかるだけではない。
そして司は相手が女の子だからといって、下に見たりすることのない優しいひとだった。そこも嬉しくなってしまう。
でも関係は少し変わった。
司からの呼び方がもう少し近くなったのだ。
『美雪さん』から『美雪』になった。
身内以外から名前を呼び捨てで呼ばれるなんて初めてで、そのためにためらったのだけど、ある機会に美雪から提案したのだ。
「『さん』、なくてもいいよ」と。
司はちょっと驚いたようだった。
「いいの?」と言った声も戸惑っていた。
「うん。なんか……友達とかも、彼氏、……には呼び捨てで呼ばれてる、って言ってたし」
友達、というのは勿論あゆのこと。それだけでなく、たまに遊ぶ仲のいい子にも聞いたことがあった。
羨ましいのとは少し違うけれど、関係が近く感じられるように呼んでもらうのもいいと思ったのだ。
「じゃ、そう……しようかな」
そのあと、数秒言いよどんだ司だったけれど、照れた様子だったけれど、呼んでくれた。
「……美雪」と。
下の名前、だけで。
なんだかそう呼ばれると、司のことをより男のひとだと意識してしまうように感じられて、美雪も「……はい」と返事をしながらくすぐったくなってしまった。
ひとつずつ。
進んでいく。
一方通行のものだった恋が重なって、二人で築くようになってきて。
これもまた、世界が広がるということだ。
ひとつ知れるたびに、新しいものが見えてくる。
ときには楽しくないことが見えることもあった。
司にだって欠点はあるし、勿論、美雪にもあるだろう。司だって嫌な思いをまるでしないわけがないのだから。
でもそれだって、見えることで変えることができる。気付かないままではそこに留まったままだから。
夏休みの一ヵ月と少し。
美雪は自分が変わったことを自覚する。
それは大人に近付いた、ということともいえた変化だったかもしれなかった。
楽しかった夏休みも終わった。元通りの電車通学がはじまる。
ただ、過ごし方や過ごす時間は『元通り』ではなかった。
なにしろ司と恋人同士になったのだ。前よりずっと、ずっと楽しく感じられた。
初日、司がいつもの車両に乗ってきたときには、なんだかはにかみ合ってしまった。
おかしなことだ、夏休み中は頻繁に会っていて、おまけにその前だって、毎日のように電車で顔を合わせていたのに。
「美雪の制服姿、久しぶりに見るなぁ」
乗り込んできた司はそう言ってくれた。
勿論、美雪からだって同じだった。
チェックのパンツにネクタイをきっちり締めた、司の制服姿。
かっちりした格好だからか、私服姿より大人っぽく見えるような気がした。
「私だってそうだよ」
言い合って、くすくすと笑う。
司の乗る駅からはではなかなか席が空かないので、電車での過ごし方は前と同じだった。
美雪の座る前に司が立ち、吊り革につかまりながら美雪を覗き込んで、話をする。
話す内容は本のこともあったけれど、それに比べて学校のことの話が増えていった。
学校が違うのだ。学校で過ごす時間を知るすべはほとんどない。
今日はレクリエーション大会があるのだとか、もう少ししたらテストの採点のために午前中の短縮授業になるのだとか。
学校で一日一緒に過ごすことができないのは寂しいけれど、朝の電車で毎日のように会えるのだ。朝の通学をこんなに楽しみに思うことは、美雪は初めてだった。
ちなみに帰りの電車は別々だった。
司は部活(文芸部だ)があって少々遅くなることがあったし、美雪は部活に入っていなかったけれど、友達と放課後を過ごすことも多かった。帰りの電車で待ち合わせるのは効率が悪いのだ。
でも週末は毎週のように一緒に過ごした。
夏休みのように、図書館へ行くことが多かった。
本を見て、選んで、借りる。貸出期間は二週間なので、返しに行って、また借りるのに都合が良いことも手伝って。
必然的に、美雪は紙の本を手にする機会も増えた。
今では司のアドバイスなしに、自分の読みたいと思った本を手にすることのほうが多いくらいかもしれない。
それは司の教えてくれた『本の楽しみ方』から、『おすすめの本』、その次は『本を選ぶ楽しさ』。ひとつずつ進んできたからあることだ。
紙の本をめくって読む。詩集が多かった。
文豪の詩集を選ぶことが前は多かったけれど、最近では現代作家にも手を出すようになっている。
昔の世界観を読んで想像するのも楽しいけれど、現代の感覚がそのまま反映された作品は、身近に感じられて違う意味で想像が膨らむのだ。
そんなわけで、図書館はもっと楽しく、身近な場所になっていたのだけど。
あるとき、その図書館の帰り道で息を呑むような出来事が起こってしまったのだった。
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