ミニチュアレンカ

白妙スイ@1/9新刊発売

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消えた本

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 はじめに感じたのは、すかすかするような感覚だった。
 図書館の駅で司と別れて、その日見つけた本は特に興味深かったので、電車でぱらぱらと広げてしまった。
 それは現代作家の詩集だったのだけど、なかなか好みの内容で、最寄り駅に着くまでにざっと見ただけでも『ほしい』と思ってしまったくらいだ。
 これ、電子書籍で出てるのかな。
 出ている可能性は高そうだった。最近は本の発売と同時に電子配信を行うところも多いから。
 出ているなら電子書籍でいいから欲しいと思って、とりあえず売っているかどうかを確認するつもりだったのだけど。
 取り出したスマホ。
 すっと、取り出せてしまった。
 それ自体は別におかしなことでもなんでもない。スマホなんて薄くて軽くて、そうかさばるものではないのだから。
 でもなんだかすかすかする。物足りない、よう、な。
 手に取って、握って、目の前に出して。
 美雪は驚愕した。
 ない。
 いつもスマホの横で、ふらっと揺れる『本』が。
 しばし呆然としてしまった。どうしてないのかすぐに理解できなかったくらいだ。
 数秒して実感した。
 落としてしまったのだ。
 どうして、どこで、いつのまに。
 この感覚、朝はしなかったから、外で落としたという可能性は高かった。
 図書館だろうか。
 それとも行き帰りの道……。
 考えられるところはいくつもあった。
 美雪は戸惑った。このまま帰って良いのだろうか。今すぐ図書館に引き返せば、誰かに拾ってもらえて、届けてもらえているかもしれない。
 数秒迷ったけれど、なくしものを見つけるなら早いほうがいい、と思って、美雪はぱっと席を立った。次の駅で降りて、逆方向の電車に乗る。
 数駅乗っている間、心臓は嫌な感じにどくどくと騒いでいた。
 どうしよう、見つからなかったら。
 不安に騒いでたまらない。
 ううん、大丈夫。きっと図書館だから。半日近くいたんだし、きっと拾ってもらえてる。
 自分に言い聞かせた。
 図書館のある駅に着いて。
 図書館まで歩く道すがら、美雪はゆっくり、ゆっくりと歩いて向かった。
 道にもしや落ちていないか、と思ったのだ。その可能性だってある。
 なにかの拍子に、ぽろっと落っこちてバッグからも落ちてしまったかもしれないのだ。
 でも図書館が見えるところまで来ても、見当たらなかった。
 それならきっと図書館の中だ。
 思って、美雪は中へ入り、まずカウンターへ向かった。
「あの、落としものをしてしまったんですけど……」
 声をかけると、おそらく司書であろうお姉さんが対応してくれた。
「あら、そうなんですね。どんなものですか?」
 優しく対応してもらえそうで、ほっとしながら美雪はスマホを差し出した。
「これにつけてたストラップなんですけど……本の形をしていて、こういうものです」
 スマホの画面に写真を呼び出していた。前に写真に撮っていたのだ。今、こういう形で役立つとは思わなかった、と思いつつも、単に『ストラップ』というよりは格段にわかりやすいと思うので撮っておいて良かったと思う。
「ストラップ……ちょっと確認してきますね。少々お待ちください」
 しげしげと画面を見て、お姉さんは奥へ入っていった。
 奥は仕切りがあって、利用者からは見えないところだ。
 美雪はそわそわしつつ待った。
 「届いていましたよ」とあっさり見つかることを祈りながら。
 でも事態はそううまくいかなかった。
「すみません、あいにく届けはないようで……」
 確認してきて戻ってきてくれたお姉さんも、困ったような顔をしていた。
 美雪はがっかりしてしまう。ひとつ、見つかる可能性と難易度が上がってしまったのだから。
 いや、でも。
 拾われていないだけかもしれない。まだ図書館のどこかに落っこちているかもしれない。
 なので美雪は「そうですか」と言い、そのあと「ではちょっと図書館のありそうな場所を見てみますね」と続けてカウンターを離れた。
 向かったのはまず、司と勉強したり本を見たりしていたブースだ。
 机の上から椅子の上、下……机の周りもぐるりと。
 そこにはなかった。
 となると、書架かな。
 思って、本の棚を隅から隅まですっかり見た。
 けれどそこにも落ちていない。
 徐々に心の騒ぎが戻ってきてしまった。
 もしや見つからなかったらどうしよう。不安にじりじりと追い詰められていく。
 ほかにロビーやお手洗いまで見たけれど、そこにもなくて。
 結局、一時間ほど探索していただろうか。
 美雪は諦めた。
 多分、ここでは見つからない。
 ここで落としたのではないか、もしくは拾ったひとに持ち去られてしまったか……あまり考えたくないことではあるが、ないことはないだろう。
 もうじゅうぶんに探した。それなら別のところを探すべきだ。
 諦めて、カウンターへ向かって、さっきのお姉さんに会う。
 「どうでしたか?」と聞いてくれたお姉さん。
 美雪は首を振った。
「なかったです……あの、もしあとから見つかったら……」
「はい。預かっておきますよ。また寄ってらしてください」
 お姉さんの言ってくれたことに美雪はちょっとだけ安心した。
 夜にきっと、図書館の清掃なんかするのだろう。そのときに、美雪が見られなかったところまで見てくれるかもしれない。
 それで出てきてくれたなら。
 とりあえず今日のところは図書館の探索は諦めることにして、美雪は「お願いします」とカウンターを去り、そして図書館もあとにした。


 駅までの道のり。またゆっくり歩いて、落ちていないかじっくり見た。
 やはり見つからないまま駅に着いてしまったけれど。
 一応、駅でも聞いてみた。駅員さんには「届いていないですね」と言われてしまったけれど。
 美雪はため息をつきたい気持ちで再び電車に乗った。
 そろそろ帰宅しないと怒られてしまう。いくら落とし物をしたからと言っても、それが言い訳になれるくらいの時間には帰り着かなければ。
 電車は少し混んでいた。席がないくらいには。
 社会人のひとたちが仕事を終えて帰るような時間になってしまったのだから。
 よって、美雪はドアの前で手すりを掴んで立ちながら、ぼうっと外を見ていた。
 まさかこんなことになってしまおうなど、思わなかった。
 自分が不注意だったのが悪いのだけど。
 ……いや、自分が悪い、とも限らない。
 自分に言い聞かせる。あまり自分を責めてもしょうがない。
 事故だ。単なる不運だ。そういうことだってあるだろう。
 でも図書館で落とした可能性が高いのだから、また訪ねれば「ありましたよ」と言ってもらえるかもしれない。その望みにかけることにして、美雪は努めてあまり考えないように、と自分に言い聞かせた。
 でもひとつ、億劫なこと。
 それは明日の朝のこと。
 明日は月曜日、学校がある。
 つまり、電車に乗って登校する。そのとき司に会う。
 言わないわけにはいかないだろう。
 ストラップにしていた『本』を落としてしまった、と。
 スマホを取り出せば「あれ、ないね」とわかってしまうだろうし、それで気付かれるよりは、自分から話すべきだと思った。
 仕方のないことではあるけれど、情けなくはある。
 司からの初めてのプレゼント。こんな形で失ってしまった……かもしれない、なんて。


「……そうなのか」
 翌朝の電車、乗り込んできた司。美雪から事情を聞いて、沈痛な面持ちになった。
「ごめんなさい。どうして気付かなかったのかな……」
 美雪は俯いてしまう。
 そんな美雪を司は覗き込んだ。笑顔で、だ。
「そんな落ち込むなよ。なくしものくらい誰でもするさ」
 その言葉はとても優しくて。
 司なら、なくしたことを怒ったりしないと思っていたけれど、実際に言われて、ちょっとほっとした。
「俺だって、一回落としたろ。しかもケースごと。それを美雪に拾ってもらえたのは、単に運が良かったんだよ」
 それで思い出した。あのときのこと。
 まだ知り合う前。というか、知り合うきっかけになったこと。
 忘れられるなんて思っていない。でもこうして話題にしてもらえれば、覚えていてくれて、しかも大事なこととして覚えてくれているのだと実感できて嬉しいことだ。
「あのときは拾えて良かったよ。きっと大事なものだろうと思ったから」
 美雪の言葉に、司はそうだよ、と頷いた。
「本当に助かったよ。だから美雪のだって同じかもしれないだろ。いいひとに拾ってもらえて、届けてもらえているかもしれない」
 それは慰めかもしれなかったけれど、美雪の心を持ち上げてくれた。
 そうだ、まだ完全になくなったと決まったわけではないのだ。
「それに、万一なくなっちゃったって、まだ売ってるものだから大丈夫だよ」
 確かに限定品などではないし、まだお店に行けば手に入るものである。
 ブラインドボックス商品ではあるけれど、いくつか買えば手には入るのだ。
「でも、……」
 それでも美雪は言い淀んでしまった。
 確かに『もの』は同じかもしれない。
 でも、もう違うのだ。
 美雪の持っていた『本』は。
 もう特別な一冊になってしまっていたのだから。
「……司くんに、もらったものだったから……」
 つまり、これだ。初めて司からもらったもの、という、いわゆる付加価値があるのだ。
 だから、新しく買ったとしても、気持ち的には全然違うわけで。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどな」
 司もそれはわかってくれているのだろう。ちょっと困ったように笑った。
 それを見て、美雪は焦る。自分が落としたのが悪いのに、困らせてしまうとは。
「あ、う、ううん、ごめんね! きっと出てくるよね」
 努めて明るく言って、すぐに別の話題を探した。
 明日から社会科が文学史になるのだとか。そういう、明るい話題を。
 司はそれに乗ってくれて、話してくれたけれど。
 どこか、明るくなり切れない空気は残ったまま、電車の中でまた解散となってしまったのだった。
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