僕と神様の、黄昏時

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第4話 雨間

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 次の日は残念ながら雨で、はざま様に会いに行くことは叶わなかった。

 ミコトがキュンキュン鼻を鳴らして僕を見上げる。これは別に甘えているわけではなくて、うんちがしたいから散歩に連れて行けというアピールだ。ごめんな、今日はトイレですませてくれ。

 はざま様のぼろい祠で雨はしのげるのかなあと、それが少し気がかりだった。



   *****

 雨は数日降り続いた。
 やっとお日様に会えた日のこと、晴れてる間に納屋の虫干しするよとかり出された僕は、古いブルーシートを発掘した。これ、はざま様に持って行ってあげよう。


 はざま様は当然ながら風邪のひとつも引いた様子がなく、今日もひょうひょうと僕を迎え入れた。
 祠は相変わらずぼろだけど、雨で全壊するんじゃないかという悪い予想は当たらずに済んだ。

 ブルーシートで祠を覆う僕を、神様は興味深そうに見ていた。

「これでよし」
「実体なぞないのだから、雨避けは必要ないぞ」
「え、そうなんですか」

 触れるのに、と手を伸ばしたら、ちょうどお胸にぺたりと触ってしまった。

 おっぱいは平らだった。

 神様にセクハラなんて、なんてこったい、慌てて手を引っ込めようとしたが、何故かはざま様は僕の手を掴んで股間を触らせた。これは僕に対するセクハラだ、なんて思っていたが、そんな考えはすぐに吹き飛んだ。


 イチモツが、ない。

 なんなら穴もない。


 ……そっか、神様は小便や小作りなんかしないもんな。

「実体はない。この身体はな、おぬしの思い描く神様そのものが反映されとるだけじゃ」
「僕の思い描く神様」
「そうとも。
 おぬしの思う神とは、中性的で、見目麗しく、人の形を取りながら人ではないなにかなのじゃろう。
 おぬしが儂を認識しておるその間だけ、この身体はここにあると言えよう」

 言われてみれば、神様が人智を越えた存在であるならば、その神様が人の形をしているなんて思い上がりも甚だしい。
 なるほど確かに神とは人が産んだものらしいと、僕は顎に手を当てた。

「わかるか、武よ。儂は今まさに、お前によって生かされておるのじゃぞ。おぬしだけが、儂を神と認識してくれとるからな」

「僕だけの、神様」

「そう。おぬしだけの神」


 神が人の思念の集まりだというのだから、きっとはざま様は、細々と伝えられていたあの伝承によって、辛うじて「消えていなかった」だけの状態だったんだろう。
 僕が祠を見つけて、『はざま様はいる』と、そう思ったから、今の状態があるってことか。

 人知を超えた力を持ちながら、人に生かされる神様。

「なんかそれって、エモいね」
「えもい、とはなんぞ」
「はざま様が知らない現代の言葉だよ。僕だって学校では博識で通ってるんだから」

 根に持っておったか、とはざま様はコロコロと笑った。そんなにみみっちくはないけど、訂正は大事だよね?

 笑いあう僕らを見て、ミコトが混ぜろと言わんばかりに吠えた。
 はざま様は手近な枝を拾って気だるげに放り投げる。弾丸のように駆けていった犬っころは、さっきと違う小枝を得意そうに咥えて戻ってきた。
 本人(本犬?)が楽しそうだから、良しとするか。


 ふと見上げると、空はもうだいぶ藍に侵食されていた。東の空にはうっすらと一番星が輝いている。
 上着の厚みが増えるにつれて、僕らと神様が会える時間は、着々と短くなっていた。
 
「じゃ、そろそろ帰りますね」
「もう帰るのか、先ほど来たばかりであろう」
「こんなに暗くなっちゃってるから、急いで帰んないと。冬の夜は早いですね」

 はざま様は退屈そうに、そうかとだけ言った。
 ちょっと口をとがらせているようにも見える。神様もすねるんだ。

「また明日も来ますから、大丈夫ですよ。土曜日だから早めに来れるし」
「あいわかった、約束だぞ」
「雨が降らなければ、の話ですけど」


 わずかに残った夕焼けが、飛行機雲の影を落とす。明日の降水確率は、確か30%だっけ。
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