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四日目
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ミカさんからアドバイスを貰った日も眠ることは叶わなくて、翌日は最悪のコンディションで大学の講義に出た。寝ようとしても眠ることは出来ないのに、何気ない瞬間に意識が飛んでいたりする。そんな時も悪夢で目が覚める。
大学の講義は元々つまらないと思っていたせいもあって眠気は倍増だ。
「ナギサぁ、その調子で今日のバイト行けるの?」
サークル仲間のナデシコが、講義の終わりに一人学食を食べていた私の前に座る。目立つ栗毛にいつも眠たげな目。相変わらずこの子が来るとなぜだか気が抜けるな。
「それがさぁ、今日はバイトの子が二人休んじゃって人手が足りなくてね。今日行けば明日はシフト入ってないから」
「無理しすぎちゃダメだよ。辛い時はお姉さんが胸を貸してあげるからね」
「同じ年だしなんなら誕生日だって私の方がずっと早いけどね。でもありがとう」
私の調子の悪い理由は聞かないで、ナデシコはいつものようにおどけてくれる。私も良い友人を持ったものだ。
「うむ、くるしゅうない。後で私がソフトクリームを買ってあげよう」
「あれっ、この前甘いのは苦手って言ったはずなんだけどな」
「食べるかどうかは自由ってことで」
「断るのわかってて言ったでしょ」
バレた?と茶目っ気たっぷりにナデシコは言う。あまりのブレなさに面食らう。
「ナデシコは変わんないね。ちょっと羨ましいや」
「もーせっかく触れないようにしてたのに~。辛気臭い空気出すと流れができちゃうでしょ」
「優しいね。こんな時くらいしか会わないからさ、いられる時は楽しくいきたかったんだけどね……大学の友達はナデシコしかいないし」
サークルには顔を出しても話す相手はいないし、同じ趣味の仲間がいる空間にいるだけで私は満足だ。だから友人は最低限で問題ない。でもこういう時は、数が多いに越したことはないかな。
「まぁどんな事情があるのかは知らないし、聞いても言えることはないだろうけどね。そういった悩みは、どこかで区切りつけなきゃダメだよ」
「区切り、か……あ」
「ん?どしたの」
その時のミカさんに昨日言われたことを思い出して、確かな道筋が見えたような気がした。
「いや、解決の糸口が見えた気がするよ」
「え、今?」
「そうだね、ナデシコのアドバイス…の……」
「ナギサ?」
まただ、あの懐かしい香水の匂い。さっきまでの和やかな雰囲気が、ピリッと張り詰める。
「ハヤト……」
「ごめん、連絡入れるって言ったのにな」
「そこじゃない。なに、笑いにでも来たの?」
「ハヤトってあのハヤトかぁ。じゃあ私はお邪魔だね」
「ううん、そばにいて欲しい。一人にされると何をしでかすか分からない」
我ながら酷なことを言う。他人のトラブルに巻き込まれることほど不快なものは無いだろうに。
「そっか。じゃあ遠慮なく」
ナデシコは調子を戻して私の横に座り直す。そばに人がいるだけで、かなり安心できる。おかげでいくらか緊張もほぐれて、落ち着いて話をすることが出来た。
「今日はどうしたの?」
「実は、今日カナタさんに会ったんだ。それで四日前の事を話してきた」
「……何を話したの?」
「ナギサは何も悪くないから、非は全部俺にあるから、ナギサを責めないで欲しいって、言ってきた」
変に構えていたせいで、とんだ肩透かしを食らう。四日前言っていた事とはまるで違っていたからだ。先程まであんなに気を張っていたのに、今心は困惑で埋まっている。
「ヨリを戻したいんじゃなかったの?」
「そこは今だってもちろん変わってない。でも、あんなに焦るナギサは見たことがなかった。それくらい大事なんだろ?」
ハヤトは勘が鋭い。その鋭さを活かして高校の頃はいつもクラスの中心にいるようなやつだった。だからそばにいるのは私も居心地が良かった。
「相変わらず敏感だね……まぁ、仲介ありがと。正直助かった」
「早く戻ってきて貰えるといいんだけどな……」
「ハヤトが心配することじゃないでしょ。未練タラタラのくせに」
そう毒を吐いてやると苦笑いを浮かべた。
「とりあえず話は終わったってことでいいかなぁ?ソフトクリーム買いに行きたいんだけど」
「ごめんね引き止めて、買ってきてもらって大丈夫だよ」
言い終わるより先にデザートコーナーに駆け出していく。このマイペースさがナデシコらしくていいな。
ナデシコが人の波に消えていくのを眺めながら、淡々と私は話し始める。
「……あの日、久々にハヤトに会えて、少し嬉しかったんだ」
「…そうか」
こちらは見ずに俯いたまま、ハヤトは短く返す。
「うん。でもね、私はもう人生の唯一を見つけちゃった。だからハヤトも、早く次の恋を見つけてね」
「色々引きずるだろうな。まぁ俺も頑張ってみるよ」
「応援してる。じゃあね、私はナデシコのところに行くよ」
席を立つ。ハヤトもそれに合わせるように、どこかへ歩いていく。ただ、とても未練のあるような背中ではなくて、その姿に寂しさとともに安堵する。
「ナギサー、ハヤトくん行っちゃったね」
「そうだね。私もこれでやっと先に進めそうだよ……ところで、どうしてソフトクリームを差し出してきてるのかな」
「これナギサの分」
「えっと……待たせたこと怒ってる?」
「食べ物の恨みは、怖いぜよ……」
「ごめんごめん。今度なにか奢るから許して」
怒らせたナデシコは心底怖い。基本的におっとりとしているので怒ることは無いけど、食べ物が絡むと豹変する。ちなみに私は経験済みだ。
「私の前でソフトクリームを完食したまえ。それでチャラだよ」
「了解。何とか食べきってみるよ」
とまぁ格好つけた結果一口目から甘さにやられて、最終的に二つともナデシコの胃の中に入ることになった。
大学の講義は元々つまらないと思っていたせいもあって眠気は倍増だ。
「ナギサぁ、その調子で今日のバイト行けるの?」
サークル仲間のナデシコが、講義の終わりに一人学食を食べていた私の前に座る。目立つ栗毛にいつも眠たげな目。相変わらずこの子が来るとなぜだか気が抜けるな。
「それがさぁ、今日はバイトの子が二人休んじゃって人手が足りなくてね。今日行けば明日はシフト入ってないから」
「無理しすぎちゃダメだよ。辛い時はお姉さんが胸を貸してあげるからね」
「同じ年だしなんなら誕生日だって私の方がずっと早いけどね。でもありがとう」
私の調子の悪い理由は聞かないで、ナデシコはいつものようにおどけてくれる。私も良い友人を持ったものだ。
「うむ、くるしゅうない。後で私がソフトクリームを買ってあげよう」
「あれっ、この前甘いのは苦手って言ったはずなんだけどな」
「食べるかどうかは自由ってことで」
「断るのわかってて言ったでしょ」
バレた?と茶目っ気たっぷりにナデシコは言う。あまりのブレなさに面食らう。
「ナデシコは変わんないね。ちょっと羨ましいや」
「もーせっかく触れないようにしてたのに~。辛気臭い空気出すと流れができちゃうでしょ」
「優しいね。こんな時くらいしか会わないからさ、いられる時は楽しくいきたかったんだけどね……大学の友達はナデシコしかいないし」
サークルには顔を出しても話す相手はいないし、同じ趣味の仲間がいる空間にいるだけで私は満足だ。だから友人は最低限で問題ない。でもこういう時は、数が多いに越したことはないかな。
「まぁどんな事情があるのかは知らないし、聞いても言えることはないだろうけどね。そういった悩みは、どこかで区切りつけなきゃダメだよ」
「区切り、か……あ」
「ん?どしたの」
その時のミカさんに昨日言われたことを思い出して、確かな道筋が見えたような気がした。
「いや、解決の糸口が見えた気がするよ」
「え、今?」
「そうだね、ナデシコのアドバイス…の……」
「ナギサ?」
まただ、あの懐かしい香水の匂い。さっきまでの和やかな雰囲気が、ピリッと張り詰める。
「ハヤト……」
「ごめん、連絡入れるって言ったのにな」
「そこじゃない。なに、笑いにでも来たの?」
「ハヤトってあのハヤトかぁ。じゃあ私はお邪魔だね」
「ううん、そばにいて欲しい。一人にされると何をしでかすか分からない」
我ながら酷なことを言う。他人のトラブルに巻き込まれることほど不快なものは無いだろうに。
「そっか。じゃあ遠慮なく」
ナデシコは調子を戻して私の横に座り直す。そばに人がいるだけで、かなり安心できる。おかげでいくらか緊張もほぐれて、落ち着いて話をすることが出来た。
「今日はどうしたの?」
「実は、今日カナタさんに会ったんだ。それで四日前の事を話してきた」
「……何を話したの?」
「ナギサは何も悪くないから、非は全部俺にあるから、ナギサを責めないで欲しいって、言ってきた」
変に構えていたせいで、とんだ肩透かしを食らう。四日前言っていた事とはまるで違っていたからだ。先程まであんなに気を張っていたのに、今心は困惑で埋まっている。
「ヨリを戻したいんじゃなかったの?」
「そこは今だってもちろん変わってない。でも、あんなに焦るナギサは見たことがなかった。それくらい大事なんだろ?」
ハヤトは勘が鋭い。その鋭さを活かして高校の頃はいつもクラスの中心にいるようなやつだった。だからそばにいるのは私も居心地が良かった。
「相変わらず敏感だね……まぁ、仲介ありがと。正直助かった」
「早く戻ってきて貰えるといいんだけどな……」
「ハヤトが心配することじゃないでしょ。未練タラタラのくせに」
そう毒を吐いてやると苦笑いを浮かべた。
「とりあえず話は終わったってことでいいかなぁ?ソフトクリーム買いに行きたいんだけど」
「ごめんね引き止めて、買ってきてもらって大丈夫だよ」
言い終わるより先にデザートコーナーに駆け出していく。このマイペースさがナデシコらしくていいな。
ナデシコが人の波に消えていくのを眺めながら、淡々と私は話し始める。
「……あの日、久々にハヤトに会えて、少し嬉しかったんだ」
「…そうか」
こちらは見ずに俯いたまま、ハヤトは短く返す。
「うん。でもね、私はもう人生の唯一を見つけちゃった。だからハヤトも、早く次の恋を見つけてね」
「色々引きずるだろうな。まぁ俺も頑張ってみるよ」
「応援してる。じゃあね、私はナデシコのところに行くよ」
席を立つ。ハヤトもそれに合わせるように、どこかへ歩いていく。ただ、とても未練のあるような背中ではなくて、その姿に寂しさとともに安堵する。
「ナギサー、ハヤトくん行っちゃったね」
「そうだね。私もこれでやっと先に進めそうだよ……ところで、どうしてソフトクリームを差し出してきてるのかな」
「これナギサの分」
「えっと……待たせたこと怒ってる?」
「食べ物の恨みは、怖いぜよ……」
「ごめんごめん。今度なにか奢るから許して」
怒らせたナデシコは心底怖い。基本的におっとりとしているので怒ることは無いけど、食べ物が絡むと豹変する。ちなみに私は経験済みだ。
「私の前でソフトクリームを完食したまえ。それでチャラだよ」
「了解。何とか食べきってみるよ」
とまぁ格好つけた結果一口目から甘さにやられて、最終的に二つともナデシコの胃の中に入ることになった。
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