5 / 9
五日目
しおりを挟む
「まだ口の中が甘い……」
「甘いものが苦手な人ってホントにいるんだねぇ」
口に残る強い甘さに悶える側で、ナデシコは黙々と私が残したソフトクリームを食べていく。私にはどうして平気でいられるのか分からない。
見ているだけで胃がもたれそうだ。
「そういえば、ナデシコの方はどう?上手くいってる?」
「可もなく不可もなくだね。幼稚園の頃からの付き合いだから苦労も特にないし」
「いいね。次はいつ会えるの?」
「来週帰ってくるって言ってたかなぁ。ドタキャンも有り得るけどね」
ナデシコは絶賛遠距離恋愛中だ。月に一、二度会えるかどうかくらいの頻度らしい。それでも電話や連絡は頻繁にとっているし、当の本人もあまり寂しさは感じていないそうだ。
私には、無理だな。そう素直に思う。
「彼ならきっとどんな事があっても時間を作りそうだね」
「だろうね。厄介な男だよ」
などとぼやきはするものの、横顔は笑っていた。
きっと何も言わずとも、二人は繋がっているんだろう。
「私とナギサとでは恋愛の仕方も価値観も違うからね~。私はナギサみたいにずっと傍に居られないかな。気疲れしちゃう」
「えぇ……私が過剰なのかな」
「ナギサはまぁ……」
「沈黙は怖いなぁ」
「気にしなさんな。それよりずっと気になってたんだけどさぁ……ナギサ、タバコ吸った?」
突然だったということもあって、反応がワンテンポ遅れる。吸う時には必ず換気扇をつけていたし、家から出るのにもつけなれない香水まで使って誤魔化したつもりだったのだ。
「珍しく香水なんてつけてるとは思ってたけど。やめたんじゃなかった~?」
「……どうしても耐えられなくなっちゃって。さすがに一本が限界だったよ」
「なにしれっと一本吸ってるのかなこの子は。だいたいねぇナギサは溜め込みすぎなんだよね~。この前だってさ、……」
どこかで糸が切れたように、ナデシコから文句が雪崩てくる。まぁ私もまともに聞きはせずに、時折相槌を打ちながら一方向に受け流している。
大学を出てから大通りまで歩いて、ちょうど音楽店の前を通り過ぎた辺りだったろうか。私は嗅ぎ慣れた香水の匂いに振り返った。
「……カナタ?」
「え、あ、ナギサさん!……と、ナデシコさん?」
「やっほー。久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「……」
思いがけない再会に戸惑いが隠せず、私は黙り込む。今までの恋ではこんな緊張も、不安もなかったな。強ばって固く握られた手には汗が滲む。
「ナギサさん。今日この後時間ありますか?」
「今日は、これからバイトだから。遅くなるし、明日なら……」
「どうしても今日はダメですか?」
「ッ……ごめんね」
「そうですか。わかりました」
もの寂しげに人波に消えていくその背中を見つめながら、内心安堵する。ダメだ、やっぱりまだ怖い。
「良かったの、行かせちゃって」
「良くは、ないね。私のわがままであの子を振り回してるわけだから」
これを逃せばあるいはもう話し合う機会はないだろう。でもどうしても、この綱を引くことが出来ない。
ついに見えなくなって、ぽっかりと胸に穴が残る。
何も残っていないはずなのに、苦しい。
「はあぁ……ごめん、今度飲みに付き合って欲しい」
「いくらでも付き合ったげるよ。なんなら今日行ってもいいよ~」
「うん、お願い」
「りょーかい。終わったら連絡ちょーだい」
バイトの後に約束を取り付けて、駅前でナデシコと別れる。店の裏口に回って無機質な扉を開くと、微かに深い香りが漂う。
「お疲れ様です」
「ナギサ、いらっしゃい。この間よりは顔色もマシそうだね」
「おかげさまで。まだ気持ちの整理はついてませんけどね」
「あまり焦るものでもないよ。テンプレじゃないけど、そういったことはきっと時間が解決してくれる」
物腰柔らかなこのハンサムな男性はここの店長のゲンジさん。印象こそ優しいが、その体格と顎髭、短く切りそろえられた茶髪が相まって初めて見る人からすれば少し威圧感を覚えるかもしれない。
「店長に言われると説得力ありますね」
「伊達に四十年生きてないからね。さ、今日はホールを頼むよ」
「わかりました」
いつもは厨房を担当する私も、今日は人手不足でホールに出る。一人は体調不良で、もう一人は自転車で事故ったらしい。
「今日は応援が来てくれるまでの間でいいからね。六時には上がれるはずだよ」
「え、でもそれじゃ……」
「従業員の健康管理も俺の仕事のうちだよ。甘えられるときに素直に甘えなさい」
「……ありがとう、ございます」
触れ慣れない優しさに心がむず痒くなる。思えばこうやって大人に甘えさせてもらえた事は少なかったな。
ここに来てよかった。
「バッシング、行ってきます」
ホールへ出ると来客のピークも過ぎていて、残っているのはしかめっ面で液晶と睨み合うサラリーマンや、終わらない課題に四苦八苦する大学生。かなり煮詰まっているようで注文の気配もない。
その日私が取った注文も数える程で、初めて接客に回った私は内心ほっとしたものの、本当にこれだけでいいんだろうかと不安になる。
「うん、そろそろ時間だ。応援も来てくれたことだし、ナギサはここで上がっていいよ」
「わかりました。でも大丈夫ですか?今からが一番忙しいはずですよね」
「あの二人がいれば回せるはずだ。ここで一番歴が長いからね」
「頼もしいですね」
「全くだ。さぁ、今日は任せて帰るといい」
店長の厚意に甘えて今日は早く上がらせてもらおう。来週、また埋め合わせをしないとな。
更衣室に入って、ロッカーを開く。かけておいた私服と取り変えるようにして、着替え終わった制服をハンガーにかけてロッカーへしまう。
店長に挨拶をして、裏口から店を出る。
まだ六時とはいえもう十月、日は落ちきって空には星さえ浮かんでいた。
「そういえば最近は上を見ることもなかったな」
気づけばまた、またカナタのことを考えてる。早くナデシコと合流しよう。そして吐くまで飲んでしまおう。
「もしもし、ナデシコ。バイト終わったから今から向かうね……」
バッシング・・・飲食店などで皿やコップをテーブルから下げる作業。
「甘いものが苦手な人ってホントにいるんだねぇ」
口に残る強い甘さに悶える側で、ナデシコは黙々と私が残したソフトクリームを食べていく。私にはどうして平気でいられるのか分からない。
見ているだけで胃がもたれそうだ。
「そういえば、ナデシコの方はどう?上手くいってる?」
「可もなく不可もなくだね。幼稚園の頃からの付き合いだから苦労も特にないし」
「いいね。次はいつ会えるの?」
「来週帰ってくるって言ってたかなぁ。ドタキャンも有り得るけどね」
ナデシコは絶賛遠距離恋愛中だ。月に一、二度会えるかどうかくらいの頻度らしい。それでも電話や連絡は頻繁にとっているし、当の本人もあまり寂しさは感じていないそうだ。
私には、無理だな。そう素直に思う。
「彼ならきっとどんな事があっても時間を作りそうだね」
「だろうね。厄介な男だよ」
などとぼやきはするものの、横顔は笑っていた。
きっと何も言わずとも、二人は繋がっているんだろう。
「私とナギサとでは恋愛の仕方も価値観も違うからね~。私はナギサみたいにずっと傍に居られないかな。気疲れしちゃう」
「えぇ……私が過剰なのかな」
「ナギサはまぁ……」
「沈黙は怖いなぁ」
「気にしなさんな。それよりずっと気になってたんだけどさぁ……ナギサ、タバコ吸った?」
突然だったということもあって、反応がワンテンポ遅れる。吸う時には必ず換気扇をつけていたし、家から出るのにもつけなれない香水まで使って誤魔化したつもりだったのだ。
「珍しく香水なんてつけてるとは思ってたけど。やめたんじゃなかった~?」
「……どうしても耐えられなくなっちゃって。さすがに一本が限界だったよ」
「なにしれっと一本吸ってるのかなこの子は。だいたいねぇナギサは溜め込みすぎなんだよね~。この前だってさ、……」
どこかで糸が切れたように、ナデシコから文句が雪崩てくる。まぁ私もまともに聞きはせずに、時折相槌を打ちながら一方向に受け流している。
大学を出てから大通りまで歩いて、ちょうど音楽店の前を通り過ぎた辺りだったろうか。私は嗅ぎ慣れた香水の匂いに振り返った。
「……カナタ?」
「え、あ、ナギサさん!……と、ナデシコさん?」
「やっほー。久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「……」
思いがけない再会に戸惑いが隠せず、私は黙り込む。今までの恋ではこんな緊張も、不安もなかったな。強ばって固く握られた手には汗が滲む。
「ナギサさん。今日この後時間ありますか?」
「今日は、これからバイトだから。遅くなるし、明日なら……」
「どうしても今日はダメですか?」
「ッ……ごめんね」
「そうですか。わかりました」
もの寂しげに人波に消えていくその背中を見つめながら、内心安堵する。ダメだ、やっぱりまだ怖い。
「良かったの、行かせちゃって」
「良くは、ないね。私のわがままであの子を振り回してるわけだから」
これを逃せばあるいはもう話し合う機会はないだろう。でもどうしても、この綱を引くことが出来ない。
ついに見えなくなって、ぽっかりと胸に穴が残る。
何も残っていないはずなのに、苦しい。
「はあぁ……ごめん、今度飲みに付き合って欲しい」
「いくらでも付き合ったげるよ。なんなら今日行ってもいいよ~」
「うん、お願い」
「りょーかい。終わったら連絡ちょーだい」
バイトの後に約束を取り付けて、駅前でナデシコと別れる。店の裏口に回って無機質な扉を開くと、微かに深い香りが漂う。
「お疲れ様です」
「ナギサ、いらっしゃい。この間よりは顔色もマシそうだね」
「おかげさまで。まだ気持ちの整理はついてませんけどね」
「あまり焦るものでもないよ。テンプレじゃないけど、そういったことはきっと時間が解決してくれる」
物腰柔らかなこのハンサムな男性はここの店長のゲンジさん。印象こそ優しいが、その体格と顎髭、短く切りそろえられた茶髪が相まって初めて見る人からすれば少し威圧感を覚えるかもしれない。
「店長に言われると説得力ありますね」
「伊達に四十年生きてないからね。さ、今日はホールを頼むよ」
「わかりました」
いつもは厨房を担当する私も、今日は人手不足でホールに出る。一人は体調不良で、もう一人は自転車で事故ったらしい。
「今日は応援が来てくれるまでの間でいいからね。六時には上がれるはずだよ」
「え、でもそれじゃ……」
「従業員の健康管理も俺の仕事のうちだよ。甘えられるときに素直に甘えなさい」
「……ありがとう、ございます」
触れ慣れない優しさに心がむず痒くなる。思えばこうやって大人に甘えさせてもらえた事は少なかったな。
ここに来てよかった。
「バッシング、行ってきます」
ホールへ出ると来客のピークも過ぎていて、残っているのはしかめっ面で液晶と睨み合うサラリーマンや、終わらない課題に四苦八苦する大学生。かなり煮詰まっているようで注文の気配もない。
その日私が取った注文も数える程で、初めて接客に回った私は内心ほっとしたものの、本当にこれだけでいいんだろうかと不安になる。
「うん、そろそろ時間だ。応援も来てくれたことだし、ナギサはここで上がっていいよ」
「わかりました。でも大丈夫ですか?今からが一番忙しいはずですよね」
「あの二人がいれば回せるはずだ。ここで一番歴が長いからね」
「頼もしいですね」
「全くだ。さぁ、今日は任せて帰るといい」
店長の厚意に甘えて今日は早く上がらせてもらおう。来週、また埋め合わせをしないとな。
更衣室に入って、ロッカーを開く。かけておいた私服と取り変えるようにして、着替え終わった制服をハンガーにかけてロッカーへしまう。
店長に挨拶をして、裏口から店を出る。
まだ六時とはいえもう十月、日は落ちきって空には星さえ浮かんでいた。
「そういえば最近は上を見ることもなかったな」
気づけばまた、またカナタのことを考えてる。早くナデシコと合流しよう。そして吐くまで飲んでしまおう。
「もしもし、ナデシコ。バイト終わったから今から向かうね……」
バッシング・・・飲食店などで皿やコップをテーブルから下げる作業。
0
あなたにおすすめの小説
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[完結]
(支え合う2人)
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる