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六日目
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バイト先の喫茶店の最寄り駅、そこから線路沿いに歩いて五分もすると、目的地はすぐそこに見えてくる。表に出された目を引く赤提灯、歓迎会もここでした。
「皮肉なものだね。ここが別れの場になるなんて」
暖簾をくぐると、賑わいを肌で感じる。ここはいつ来ても変わらない。
「なぎさぁ。こっちこっち~」
「おまたせ。今日は何を飲んでるの?」
「なっちゃんだね。タコからも頼んだんだ~」
「美味しそうだね。私もひとつ頼もうかな」
ナデシコはまだ未成年なのでお酒は飲めない。ただ食べるのは好きなのでよく飲みに付き合ってくれるのだ。私は店員さんを呼んで唐揚げと生ビールをジョッキ二杯頼む。ナデシコと飲むのは半年ぶりだ。
「張り切ってるね~。半年ぶりだっけ」
「そうだね。酒でヘマしてからは家で飲むようにしてたから」
「宅飲みに誘ってよぉ。食べ物出してくれても良かったのに」
「そっちが本音でしょ。まぁ色々あったからね、誘えなかったんだ」
ナデシコもあまり気にしていないようだったのでそれ以上は聞かれなかったが、実はほぼ毎日シていたなんて口が裂けても言えない。
ベッドに入るとほぼ毎日カナタに襲われていたな。
「お待たせしましたー!」
「ありがとうございます。あ、梅水晶も追加でお願いします」
「かしこまりました!」
「よし、それじゃ」
「かんぱーい!」
届いたタコからを口に運ぶ。噛む度にジュワリと旨みが溢れる。その余韻のままビールを流し込む。最高だ。
「あ"ぁ~……このために生きてるなぁ」
「分かる~。一口目って最高なんだよね」
「つい先週も飲んだなぁ。カナタと宅飲みしたんだけどね……」
気の抜けた隙に禁句にも近い話題が湧き出す。たった半年でも、名残を残すには十分過ぎた。
「はぁ……本気でする恋って、苦しいね」
「ハヤトくんと別れた時でも聞かなかったのに」
「まぁ、ね……あのときはきっと、ハヤトの気持ちを受け入れてただけだったんだろうね」
元々私はハヤトが好きだというわけではなかった。むしろ私からすれば良き理解者で、親友だった。だから恋愛感情云々ではなくて、ただ居心地の良さに身を任せていた。そうすれば幸せだったから。
「ハヤトと付き合うまでは告白されるがままに付き合ってたんだ。心を埋めてくれるなら誰でも良くて、でも誰も埋めてはくれなかった」
「じゃあハヤトくんは違ったんだね?」
「そうだね。四年近く続いたから」
そのまま順風満帆に進むと思っていたのに、結局は他の男たちと何も変わらなかったし。振る言葉も、見せる表情もまるきり同じ。
「聞き飽きた言葉だけどね……あいつから言われるとそれなりに凹んだ」
「それってナギサなりに好きだったってことなんじゃない?」
「そうなのかな。まぁ今になってはどうでもいいか」
「だね。今日はパーッと飲んじゃおう。きっとまたいい出会いがあるよ」
雑にあしらわれた気もするが、立ち直るにはいい気付けになった。
湿っぽい話もそこそこにお互いの話に花が咲いて、あっという間に終電が間近になった。
「もうかなり冷えるね。コート持ってくればよかった」
「見た感じポカポカそうだけどね~」
「見た目だけね。軽く火照ってはいるけど」
もう既に息は白いし、セーター一枚は無謀が過ぎた。風邪を引かないうちに家に帰らないと。
「じゃあまた来週。今日は楽しかったよ」
「自然に頭を撫でるとは、魔性の女だねぇ」
「そんなに策士じゃないよ。冷えるから早く帰ろう、送っていこうか?」
「やっぱり魔性だね。間違いない」
「だから違うってば」
この子といると飽きないな。名残惜しくも別れを告げて駅に入る。電車の中も装いは冬一色だ。なんだか浮いてるな。
不思議と居心地も悪くない。アルコールが入って気が大きくなっているのかもしれない。
「……帰りたくない」
車内にはたくさんの広告が所狭しと飾られている。ICカード、美術展、化粧品。やり場を失った今の私の目にはどれも鮮やかに映った。
吸い込まれるように広告の波を眺めているうちに、電車は最寄り駅に着く。
夜の匂いに包まれて、私はホームへ出る。息が白い。
改札を抜けると憎たらしい程に変わらない風景がお出迎えしてくれる。
「そういえば広告にあった美術展のチケット、カナタのプレゼントに買ってたっけな」
プレゼントと言うのは、カナタが渋々教えてくれた誕生日のためのものだ。祝われるのは好きではないらしく、教えてもらうのに三ヶ月かかった。まぁ、もとよりもう渡せはしないんだけど。
思い出すと涙がこみ上げてくる。耐え切れなくなる前に早く帰ろう。
人の波、とは言ってもあってないようなものだけど、それに逆らって私は進む。
一通りも希薄になって、ついには私一人、路地を歩く。アナウンサーがよく言うような典型的な閑静な住宅街。その一角にある異様な存在感を放つアパートの二階最奥に私の部屋がある。
「いつ見ても不気味だな……」
まぁ家賃の安さと駅までのアクセスのしやすさで選んだから妥当かもしれない。インターホンないし。
踏み出す度に軋む錆びた鉄階段を登る。私はいつか引っ越す相談をしていたことを思い出す。
「来週には内見に行く予定だったんだけど……」
狭いのも温もりを近くに感じられて嫌いじゃない。けれどやっぱり二人暮しには何かと不向きだ。この前はカナタが三ヶ月記念のペアリングを無くしたと慌てていた。確かあれで五回目くらいだ。
「カナタの分の荷物はまとめておこう」
階段を上がって丁度目が足場より高くなったところで、奥にうずくまる何かに気がつく。
「あのコート……もしかして」
驚きと焦りを体現するように部屋の前まで走る。近づくほどにぼやけていた認識は明瞭になる。
「カナタッ……!」
昼間見たものと同じベージュのロングコート。冷え込むことを見越してマフラーを巻いているのだろうが、満足だとは思えない。
「ナギサさん、おかえりなさい」
カナタは顔を上げて、柔和な笑みを浮かべる。
「ただいまなんだけど、どうして家の前にいるの?」
「えへへ、恋しくなっちゃいました。ただ鍵を忘れて」
「……いつからここに?」
「二時間前からずっとです」
思わずため息をつく。とりあえずカバンにしまっていた手袋を真っ赤になったカナタの手にはめてあげる。その時に握った手はそれはもう冷え切っていて、余裕がなかったせいか憤りを感じたのを覚えている。
「次からは絶対にこんなことしないで。いい?」
「ナギサさんもしかして怒ってますか……?」
「いいから返事は?」
「わ、分かりました。でも次からってことは……」
「話は入ってからにしよう。カナタもうキンキンに冷えちゃってるよ」
何がおかしかったのか吹き出すカナに手を貸して、家に入った。
「皮肉なものだね。ここが別れの場になるなんて」
暖簾をくぐると、賑わいを肌で感じる。ここはいつ来ても変わらない。
「なぎさぁ。こっちこっち~」
「おまたせ。今日は何を飲んでるの?」
「なっちゃんだね。タコからも頼んだんだ~」
「美味しそうだね。私もひとつ頼もうかな」
ナデシコはまだ未成年なのでお酒は飲めない。ただ食べるのは好きなのでよく飲みに付き合ってくれるのだ。私は店員さんを呼んで唐揚げと生ビールをジョッキ二杯頼む。ナデシコと飲むのは半年ぶりだ。
「張り切ってるね~。半年ぶりだっけ」
「そうだね。酒でヘマしてからは家で飲むようにしてたから」
「宅飲みに誘ってよぉ。食べ物出してくれても良かったのに」
「そっちが本音でしょ。まぁ色々あったからね、誘えなかったんだ」
ナデシコもあまり気にしていないようだったのでそれ以上は聞かれなかったが、実はほぼ毎日シていたなんて口が裂けても言えない。
ベッドに入るとほぼ毎日カナタに襲われていたな。
「お待たせしましたー!」
「ありがとうございます。あ、梅水晶も追加でお願いします」
「かしこまりました!」
「よし、それじゃ」
「かんぱーい!」
届いたタコからを口に運ぶ。噛む度にジュワリと旨みが溢れる。その余韻のままビールを流し込む。最高だ。
「あ"ぁ~……このために生きてるなぁ」
「分かる~。一口目って最高なんだよね」
「つい先週も飲んだなぁ。カナタと宅飲みしたんだけどね……」
気の抜けた隙に禁句にも近い話題が湧き出す。たった半年でも、名残を残すには十分過ぎた。
「はぁ……本気でする恋って、苦しいね」
「ハヤトくんと別れた時でも聞かなかったのに」
「まぁ、ね……あのときはきっと、ハヤトの気持ちを受け入れてただけだったんだろうね」
元々私はハヤトが好きだというわけではなかった。むしろ私からすれば良き理解者で、親友だった。だから恋愛感情云々ではなくて、ただ居心地の良さに身を任せていた。そうすれば幸せだったから。
「ハヤトと付き合うまでは告白されるがままに付き合ってたんだ。心を埋めてくれるなら誰でも良くて、でも誰も埋めてはくれなかった」
「じゃあハヤトくんは違ったんだね?」
「そうだね。四年近く続いたから」
そのまま順風満帆に進むと思っていたのに、結局は他の男たちと何も変わらなかったし。振る言葉も、見せる表情もまるきり同じ。
「聞き飽きた言葉だけどね……あいつから言われるとそれなりに凹んだ」
「それってナギサなりに好きだったってことなんじゃない?」
「そうなのかな。まぁ今になってはどうでもいいか」
「だね。今日はパーッと飲んじゃおう。きっとまたいい出会いがあるよ」
雑にあしらわれた気もするが、立ち直るにはいい気付けになった。
湿っぽい話もそこそこにお互いの話に花が咲いて、あっという間に終電が間近になった。
「もうかなり冷えるね。コート持ってくればよかった」
「見た感じポカポカそうだけどね~」
「見た目だけね。軽く火照ってはいるけど」
もう既に息は白いし、セーター一枚は無謀が過ぎた。風邪を引かないうちに家に帰らないと。
「じゃあまた来週。今日は楽しかったよ」
「自然に頭を撫でるとは、魔性の女だねぇ」
「そんなに策士じゃないよ。冷えるから早く帰ろう、送っていこうか?」
「やっぱり魔性だね。間違いない」
「だから違うってば」
この子といると飽きないな。名残惜しくも別れを告げて駅に入る。電車の中も装いは冬一色だ。なんだか浮いてるな。
不思議と居心地も悪くない。アルコールが入って気が大きくなっているのかもしれない。
「……帰りたくない」
車内にはたくさんの広告が所狭しと飾られている。ICカード、美術展、化粧品。やり場を失った今の私の目にはどれも鮮やかに映った。
吸い込まれるように広告の波を眺めているうちに、電車は最寄り駅に着く。
夜の匂いに包まれて、私はホームへ出る。息が白い。
改札を抜けると憎たらしい程に変わらない風景がお出迎えしてくれる。
「そういえば広告にあった美術展のチケット、カナタのプレゼントに買ってたっけな」
プレゼントと言うのは、カナタが渋々教えてくれた誕生日のためのものだ。祝われるのは好きではないらしく、教えてもらうのに三ヶ月かかった。まぁ、もとよりもう渡せはしないんだけど。
思い出すと涙がこみ上げてくる。耐え切れなくなる前に早く帰ろう。
人の波、とは言ってもあってないようなものだけど、それに逆らって私は進む。
一通りも希薄になって、ついには私一人、路地を歩く。アナウンサーがよく言うような典型的な閑静な住宅街。その一角にある異様な存在感を放つアパートの二階最奥に私の部屋がある。
「いつ見ても不気味だな……」
まぁ家賃の安さと駅までのアクセスのしやすさで選んだから妥当かもしれない。インターホンないし。
踏み出す度に軋む錆びた鉄階段を登る。私はいつか引っ越す相談をしていたことを思い出す。
「来週には内見に行く予定だったんだけど……」
狭いのも温もりを近くに感じられて嫌いじゃない。けれどやっぱり二人暮しには何かと不向きだ。この前はカナタが三ヶ月記念のペアリングを無くしたと慌てていた。確かあれで五回目くらいだ。
「カナタの分の荷物はまとめておこう」
階段を上がって丁度目が足場より高くなったところで、奥にうずくまる何かに気がつく。
「あのコート……もしかして」
驚きと焦りを体現するように部屋の前まで走る。近づくほどにぼやけていた認識は明瞭になる。
「カナタッ……!」
昼間見たものと同じベージュのロングコート。冷え込むことを見越してマフラーを巻いているのだろうが、満足だとは思えない。
「ナギサさん、おかえりなさい」
カナタは顔を上げて、柔和な笑みを浮かべる。
「ただいまなんだけど、どうして家の前にいるの?」
「えへへ、恋しくなっちゃいました。ただ鍵を忘れて」
「……いつからここに?」
「二時間前からずっとです」
思わずため息をつく。とりあえずカバンにしまっていた手袋を真っ赤になったカナタの手にはめてあげる。その時に握った手はそれはもう冷え切っていて、余裕がなかったせいか憤りを感じたのを覚えている。
「次からは絶対にこんなことしないで。いい?」
「ナギサさんもしかして怒ってますか……?」
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