親愛なる者より

古川ゆう

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一章

3話

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「えいこ、ごめん。」

目の前にいる少女の目を真っ直ぐに見つめることはなく1人の少年は下をうつむき謝った。

「どうして。」

「わたしの…じゃないの。」

「ねえ…して。」

「…行かないって言ったよね。」

「私と…て…そう約束してくれたじゃん。」

「ずっと…思ってたのに。」

2人の上空を重く灰色がかった雨雲が覆い隠し土砂降りの雨を浴びさせていた。

少女の胸の奥から訴えかけた悲痛な叫び声は少年の耳には届かず無惨にも雨音に掻き消される。

雨は2人の衣服を冷たく濡らし畦道の泥を激しく飛び散らせた。

少年は少女の前で立ち尽くし、少女は少年の前で泣き崩れ地面に座り込んでいた。

「どうしておいていくの…。」

彼女が放った最後の問い掛けを聞こうとはせずそんな素振りはさえも見せなかった。

目の前でずぶ濡れになり泣き喚く少女を気遣うことなど決してしなかった。

少年は雨泥で汚れ重くなったその足で少女をその場に取り残しこちらを振り返る事なく去って行った。

去り際、少年の目を見たが目の奥には一切の光は無く暗闇しか感じとれず後悔しか残らない。

少年の眼から溢れ落ちていた水液を見て「涙であってほしい。」「嘘って言って。」そう願いながら栄子は濡れたアスファルトに突っ伏しその場所から動けずにいた。


——早朝——


「はあ。またあの夢。」

「もう忘れたはずなのに。」

昨夜、寝る前に掛けていたアラームが未だ鳴り響きベッド上で頭を抱えながら溜め息を漏らす栄子であった。

「最近目覚め悪いんだよね。」

アラームを止めスマートフォンで現在時刻を確認する。

「やばい。もうこんな時間じゃん。」

ベッドから飛び起きた栄子は仕事に行く準備を早急にし「行ってきます。」と誰も居ない筈の部屋へと言い残し玄関の扉を閉め家を後にした。

会社までの道のりは徒歩で行ける距離でありおおよそ15分程の場所にあった。

日々、様々な人間が目的地へと向かっている。

学校へ向かう者、栄子と同じく会社へと向かう者、何かを目的としてどこかへと向かっている者、そういった者達と今日も明日も何度もすれ違い歩いていく。

途中、歩みを進めていると何処からか珈琲の香ばしい香りが鼻へと入ってくる。

「ん、この匂いは。」

「だめだめ、仕事終わってから行くの。」

そう自分に言い聞かせ体を匂いがした方とは真逆に反転させ会社へと向かった。

無事会社へと到着した栄子はエレベーターに乗り込み2階フロアへと着いた。

タイムカードを差し上司同僚に軽く挨拶を済ませた後、自分のデスクへと腰をかけた。


——正午過ぎ——

午前の業務をひと段落終え昼食を摂る事にした栄子は白い布地に黄色い花が描かれた巾着に包まれている小さめの弁当箱をデスク上に取り出した。

「お腹空いた~。」そう言って弁当箱を開けるとその中身は、半分白いご飯が入れられておりもう半分は唐揚げ、冷凍ハンバーグなど茶色で敷き詰められていた。

中身を見た栄子は「明日はちゃんと早起きしよう。」そう心に決め呟いた。

食事を取っていると「栄子~。」近くで自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

声がする方へと首を向けるとその主は同僚の小川美波おがわみなみだった。

美波は「お疲れ。」そう言って職場の自販機で買ったペットボトルのお茶を差し出してきた。

3年前の春、中途採用で栄子がこの会社へ入社した際、新入社員として同時期に小川美波も入社したのであった。

現在、柳栄子26歳
現在、小川美波23歳

栄子は美波よりも3つ年上だが大らかで優しい性格の栄子に心を惹かれた美波は声をかけた。

同時期に入社した事もあってか親しくなるのには時間もかからず着々と距離を縮め今では大の仲良しと言う訳だ。

「またそんなあまり物詰め込んだみたいな弁当食べてるの?」

美波は栄子の弁当の中身を見て言った。

「うるさいなあ。」

栄子は箸を置き面倒臭そうな表情で言葉を返す。

「体に悪いよ。」

「今日は時間なかったの。」

「いつもじゃん。」

「明日は早起きするもん。」

「ところで、どうしたの?」

栄子は痛いところを突かれたと思い美波の言葉を遮る様に話しを切り替えた。

「いや、別に大した話しじゃないんだけどさ。この前の。大した話しでもあるけど。」

「どっちよ。この前?」

栄子は首を傾げ何の話しだろうかと思い返していた。

「もう、忘れてるでしょ。今の彼氏の話しだよ。」

隼人はやと君の話し。」

美波に言われ頭の片隅に置かれていた記憶を思い出し「ああ。あれね。」と薄い反応で言葉を返す。

「彼氏がどうしたの?何かあった?」

急に美波の表情は険しくなり

「それがさ、昨日ぐらいから彼氏の様子がおかしいんだよね。」

「おかしいって?」

「昨日お昼頃から普通にデート楽しんで夜にはバイバイして別れたんだけどね。」

「それで?」

「その後、連絡送ったんだよ。」

「今日はありがとう。楽しかったよ。また行こうねって。」

「そしたらさ…。」

その先を言い辛そうに、美波は言葉を詰まらせながらも辛く悲しい表情を浮かべボソっと口にした。

「もう別れよう。」ってひとことだけ。

「え。何で?」

「その何時か前には仲良くデートしてたんだよね?」

「うん。」

「その後は?」

「私が何で?どうして?って連絡送ったけど既読も付かないし心配になっちゃって。」

「私、どうしたらいいんだろ。」

「隼人君のこと好きだし…。」

美波は瞳をうるうるとさせ今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた為「美波、ちょっと外出ようか。」と食べかけの弁当箱を巾着に包み急いで鞄へとしまい込んだ。

2人は会社外にあるベンチへと腰をかけた。

栄子は「美波、大丈夫?」と啜り泣く美波の背中を優しく摩りながら言った。

美波は「うん…。」と弱々しい返事を返した。

「でも、どうしてだろうね。いきなり。」

「美波、心当たりとかないんでしょ?」

「…………。」

「うーん。」

「そう言えば、昨日デート中に関係ないかもしれないけど隼人君が珈琲の美味しい喫茶店があったんだって。」

「喫茶店?」

「うん。そこのマスター凄い良い人だったって。」

「確かお店の名前は…。」

その瞬間美波の声を遮るかの様に美波の携帯から着信音が鳴り響く。

美波が携帯に出ると電話の主は会社の上司だった。

「はい、はい、はい。わかりました。今戻ります。」

電話を切ると「ごめん、栄子。ちょっとは楽になったよ。また今夜にでも話し聞いて。ありがとうね。」手をこちらへと振りながら美波は会社へと戻っていく。

栄子も美波に手を振り返し「わかった。また夜ね。」そう言った。

栄子はベンチに1人座り、空を見上げながら美波との会話を思い返していた。

「喫茶店、まさかね…。」

先程まで快晴だったはずの青青とした空は栄子の胸の騒ぎと重ねるかのように徐々に曇りがかり灰色へと染め上げる。




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