渦の中

古川ゆう

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第一章

1.5 救いの手を差し伸べて

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年月が経ち、外壁等は所々剥げ落ち廃れている古いアパートに取り付けてある階段を奇妙なリズムを刻みながらその足音の主は上がってきた。

遠くから足音が聞こえると認識した瞬間からその足音の主が階段を上がり家の扉までに到達した時間は僅か数十秒の出来事であったかもしれない。

だが結衣にしてみればその数十秒の出来事でさえも、とても濃厚で遅々と感じてしまい、時間がピタりと静止していたのかとでも思える程に長い時間を体験していた。

何故、まだ目で認識していない人間の足音を聞いただけで結衣の身体は動けないのか。

それは結衣の心が動こうと秋の脳に働きかけても秋の心がまだあった時に経験した秋の両親が植え付けた異常なまでの大人に対しての恐怖の記憶が体に染み付き蝕んでいる為、身体は動けないのであった。

段々と、秋の身体は小刻みに震え、気づいた時には既に遅く秋の瞳からは自然と涙が溢れていた。

結衣はその理由さえも未だ知る由は無かった。


ピンポーン

インターホンが鳴った。

扉の前に立っている足音の主が押したのであろう。

家には聴き慣れた機械音が響き渡る。

すると次に、ドンドンドンドンと扉を叩く。

結衣は自然と身構えていた。

「すいませ~ん。」

「荷物をお届けに参りました。」

結衣はその声を聞き深く胸を撫で下ろした。

「はあ、良かった。宅配便か。」

「誰かいませんかー。」

結衣はその時ふと頭によぎった。

「大人に助けを求めるチャンスではないかと。」

結衣は今しかないと思い、怯え小刻みに震えている秋の身体に力を入れ立ち上がり玄関の扉を開いた。

扉を開くとそこに立って居たのは男で20代半ばだろうか、爽やかな笑顔で黒髪に短髪、配達業者の帽子を深く被り背は高くガッチリとしている。 

男の制服の名札には畠中はたなかと刻まれている。

その男はこちらを見て軽く会釈をしてきた。

「こんにちは。」

「いらしたんですね。良かったです。」

「お父さんかお母さんはいませんか?」

「もし、居ないのであれば、こちらの荷物にサインお願いします。」

結衣もその男性に対して軽く頭を下げた。

男性が両手で持っている茶色い段ボール箱の貼り紙には上代仁かみしろじん様と書かれている。

結衣はここで、秋の名前が上代秋かみしろあきだと気づいた。

結衣は男の要求に対して何も言えずにただ男を見て戸惑っていた。

思った通りに声を出せないのである。

「助けて。」ただその一言が言いたいだけだった。

だが、声を出そうとすると喉奥に石の様な何かを詰められているのかと錯覚するくらいに声が発せなかった。

すると、秋の戸惑った表情を見て不自然に思った畠中は急に口を開いた。

「あ、すいません。」

「えっと…あの…。」

「お嬢ちゃん?でいいのかな呼び方。」

「間違ってたらすいません。」

畠中はこちらに向かって頭を下げてくる。

「ここにひらがなでもいいから名前書いてくれるかな。」

「分かりにくかったら僕が書くけど大丈夫かな?」

結衣は秋の身体を使い必死に首を横に振った。

「お兄さん違うの。助けてほしいの。」

そうは思っているが声には出せない。 

畠中は首を横に振る秋の様子を見て

「うーん、困ったな。喋ってくれない。」

少し間を空け思いついたように「ちょっと待ってね。」と自らの作業着のポケットに片手を入れゴソゴソと何やら探している様子だった。

「あった。」

畠中は手を開いて見せた。

そこにはイチゴ味、レモン味、メロン味と書かれた三種類の飴玉の小袋が畠中の手の平に転がっている。

「これ、食べる?内緒ね。」

「どれがいい?」

結衣はイチゴ味の飴玉を指差した。

「わかった。はい。」

そう言うと畠中は秋に飴玉を渡した。

結衣は「そうじゃないんだよ。」と思いつつも飴玉を受け取りコクりと軽く頭を下げた。

「どうしよう。」

「もう無理かもしれない。」

結衣はそう思っていた。

飴玉の小袋を握ったまま動かない秋の手を見て畠中は何かに気付いた様子だった。

秋の握った手が何故か震えている事に。

不自然に思った畠中は「ねえ、大丈夫?」と声をかけた。

先程見せていた顔からは想像できない程に、幼い少女の天使の様な顔は崩れ落ち自然と眼からは涙がぼろぼろと溢れている。

少女は咽び泣き震えた声で

「たすけて。」と言った。






















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