渦の中

古川ゆう

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第一章

1.9 それでも私は

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木漏れ日の差す窓から愉快な声を揃えた小鳥達の囀りが聞こえきて結衣は目を覚ました。

「いつの間にか眠っていたみたいだ。」

結衣は、ふと壁に掛けてある時計に目をやった。

午前 8時15分

「朝…学校は…。」

「今日秋ちゃん学校じゃないの。」

「学校へ行ければ誰かに、助けを求めれる筈…」

淡い期待を抱く結衣であった。

結衣は部屋のドアを開けた。

すると、リビングには父親の姿は見えず安堵したが不覚にも隣の部屋の扉は開かれた。

結衣は身を反射的に構えた。

だが、予想は外れ中から出てきたのら母親の幸子だった。

幸子は気怠そうな表情で秋の顔を見るな

「あんた、今日も学校に体調不良で休みって言っといたから。」

そう冷たく言い放った。

「行かなくていいからね。」

「外にも出るんじゃないよ。」

「学校で変なことあんたにチクられたらいけないからね。」

幸子は勘が鋭く結衣の期待は儚くも消え失せる。

「でも、あの男はいない。」

「抜け出すなら今日だ。」

「畠中さんも来てくれる。」

そう結衣は思った。

「それから、ご飯作るの面倒だからリビングに置いてあるもん食べな。」

「私はアイツみたいに言わないし好きにしな。」

何故だかは分からない、慣れと言うものなのか。

幸子が放ったその言葉を聞き少し優しいと錯覚していた結衣だった。

結衣はリビングに行き何か食べれそうな物をできるだけ口の中へと放り込み、おもむろにテーブルの上に置かれたテレビのリモコンを付けた。


「おはようございます。」

陽気な女性アナウンサーの挨拶と共にテレビの中からコチラに向かって会釈をしてくる。

「さて、皆さん2023年ももう少しで終わりを迎えますね。」

その言葉に結衣は耳を疑った。

「うん…?」

「2023年?」

「え、ちょっと待ってよ…。」

「私が死んだのは2019年だった筈…。」

「あれから4年後…完全にタイムリープしてる…。」

「私自身、あまり時間を気にしてなかったけど今更気づいた…。」

「けど、どうして…?」

女性は続けて話す。

「では、昨日あったニュースをまとめてお伝えします。」

「昨夜、車3台が玉突きを起こす事故がありました。」

「昨日、大雪によって起きたスリップが原因の事故だと情報が入っておりましたが、警察の調べによると3台の車のうち1番後ろを走行していた40代会社員男性が酒気帯び運転をしており前方を走行中だった20代会社員男性の車に追突したという事がわかりました。」

「過失運転致死に問われている加害者の会社員男性福田敏弘ふくだとしひろ氏は仕事を終えた後、飲食店で基準値を大幅に超えるアルコールを摂取し車で家まで帰ろうとしていたという事です」

「福田容疑者は一度病院に搬送され意識を取り戻した後、警察が事情聴取を行い「間違いありません。」と容疑を認めているという事です。」

「尚、福田容疑者が追突した車に乗られていた20代会社員男性の畠中翔はたなかしょう氏は意識不明の重体で病院に搬送され死亡が確認されました。」

結衣はその名前を聞いて嫌な胸騒ぎを感じた。

「畠中…。まさかね。」

「あはは…。違うよね。」

「ねえ…。ねぇ。」

心臓の鼓動が速くなる。

「だって、畠中って苗字はいっぱいあるから。」

「大丈夫だって。秋ちゃん。心配ないから。大丈夫だから。」

「安心して…大丈夫だから。」

徐々に速くなる鼓動を抑えつけようと何度も何度も秋に言い聞かせるように呟いた。

「また、畠中氏が追突した前方を走行した車に乗っていた30代会社員女性は軽傷で命に別状はないもようです。」

「大丈夫だよ秋ちゃん。きっと来てくれるから。」


テレビを消した結衣は部屋へと戻った。


結衣は胸騒ぎが止まらず苦しく不安な表情を浮かべていた。

「どうしよう。待つべきかな。」

「でも…もし…。」

「もしも…。」

嫌な考えが脳裏に浮かぶ。

「そうだ。」

結衣は何かを思いだしたかの様にズボンのポケットから一枚の小さな紙切れを取り出した。

「畠中さんが何かあったらいけないからって携帯の番号もらってたんだった。」

「でも、どうしよう。母親がいる。」

「見つかったら…。」

「とりあえず、あいつが出掛けるのを待とう。」

「それに昼には畠中さんも来る…よね。」


時間だけが過ぎ去り
午後12時30。

一向に人が来る気配は無く結衣は不安を募らせていた。

「ねぇ、やっぱりおかしいよね。」

「来ないもん。」

すると玄関の扉が開いた音が聞こえてくる。

「来た。来たんだ。」

結衣は体を起こし部屋の扉を開いた。

だが玄関には人の気配は無く
幸子が外へと出掛けただけだった。

「誰もいなくなった。」

「畠中さんに電話掛けてみよう。」

結衣は紙切れに書かれ薄く滲んだ数字を間違いなく押し固定電話から掛けた。

小さな手で受話器を持ち「早く出て。」とあせる気持ちを胸に畠中の声を待つ。

その、あせる気持ちをじらすかのように電子音が耳へと鳴り響く。


「はい、畠中です。」


電話の先から聞こえてきたその声は
結衣の心の余裕を微塵も残す事なく掻き消した。











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