渦の中

古川ゆう

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第一章

1.8 人間ゆえに

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ドン、ドン、ドン、ドンとアパート中を響かせながら階段を踏み締め上がってくる足音の主を結衣はあの憎き父親と母親だと感じ取っていた。

「帰ってきた。」

秋の心臓の音が自然と速くなりバクバクと波打っているのが体中に伝わってくる。

「大丈夫、大丈夫」と結衣は落ち着かせても
鼓動は速まるばかりだった。


ガチャガチャガチャ
雑に扉の鍵を開ける音が聞こえてきた。

その音を聞いて怖くなり身を潜める為おもむろに扉の付いた部屋を選んだ。

「何この部屋…。」

結衣は自分の目を疑った。

薄暗い4畳程しかない部屋には薄い布団が敷かれてあるだけでテレビや小さな女の子が遊ぶ様な玩具は1つもなくただ寝るだけの部屋と化していた。

結衣はこの部屋が秋が寝ていた部屋だと直感で感じた。

部屋の隅に膝を抱え静かにうずくまっていた。

2人は両手に食料や日用品が入った重そうに白い手提げ袋を持ち家へと入ってきた。

「はあ。疲れた。幸子ゆきこ荷物ありがとな。にしてもよ、今日はあの店結構出てたよな。」

「あんたね。私が選んであげたから勝てたんじゃない。感謝しなさいよ。」

「そう言うなよ。またパチンコ行こうぜ。」

「今日は肉買ったんだから、焼肉食べようぜ。な。」

「たまにはいいわね。」

「腹減ったし飯にするか。」

「ちょっと待っててね。用意するから。」

お互いが笑顔で会話しているのが部屋まで聞こえてくる。

仁は顔を顰め溜息を吐き、秋の居る部屋へと足を運んだ。

部屋の扉が力強く開かれる。

「おい。てめえの飯だ。」

そう言うと秋めがけて投げ込まれた物がうずくまった秋の頭へとぶつかる。

「チッ。感謝しろよ。」

仁はそれ以上何も言わず舌打ちしただけで再び力強く扉を閉めた。

仁が近くに居ない事を確認した結衣は頭を起こした。

先程投げ込まれた物は何なのか、結衣の視線の先に見えた物体は袋に入った1つしかないあんぱんだった。

「これだけ。」

それを見た結衣は悔しくてたまらなかった。

「秋ちゃん。こんな毎日を過ごしてたの。」 

部屋の隅でパンを1人孤独に少しずつちぎりながら口の中へと入れ込んだ。

「くやしい。くやしい。」

「ぜったいゆるさない。」

悔しさで目の前が涙で滲んでいた。


その頃、部屋の外では2人の笑い声と共に肉の焼けた香ばしい臭いが秋の部屋の中へと充満していた。


1時間後、結衣はパンを食べたせいか喉が渇き部屋を出るか迷っていた。

「何か飲み物。」

「飲まないと死んでしまう。」

「でも部屋から出たらあの2人が。」

「ううん、悩んでる場合じゃない。」

結衣は立ち上がり歩き扉に手を掛けゆっくりとバレないように開いた。

リビングに視線を移すと2人は仲良さそうにソファに座っておりテレビを観ていた。

2人の姿を見て結衣は思った。

「秋ちゃんはこの家には居ないんだ。」

「あの2人にとって秋ちゃんは…。」

静かに忍足で歩き冷蔵庫を開いた。

ペットボトルに入った水を取りキッチンに置いてあった汚れたコップに水を注ぐ。

「おい。秋。何してんだ。」

後から野太い声で自分を呼ぶ声が聞こえた。

ビクッと身体は反射的に構えたが

「まあ、いいんじゃないの。水くらい。」

「飲まさないと死ぬよ。」

ソファの方から煩わしそうに言う幸子の声が聞こえてきた。

「チッ。勝手な事すんじゃねえよ。」

仁は結衣の背中に鋭い針を突き刺さす様にひしひしとした圧をかけながら言葉を吐き捨てた。

「ごめん…なさい…。」

結衣は恐ろしくなり後ろを振り向けず黙ったままその場に立ち尽くす。

結衣は水の入ったコップを手に取り
「早く水を飲んで部屋に戻ろう。」
そう思い水を口に流し込もうとした時だった。

仁はおもむろにテレビのチャンネルをニュース番組へと切り替えた。

「次のニュースです。」

結衣は水を飲む手を止めテレビに目を移した。

「19時頃、〇〇県〇〇市の市道で車3台が玉突きを起こしたという事故がありました。」

「警察によりますと、大雪による路面凍結によって起こったスリップが原因ではないかと調査を進めていると言う情報が入っています。」

「車に乗られていた3台の内2人は軽傷1人は会社員20代とみられる男性が頭から血を流しており意識不明の重体。病院に搬送されたのが確認されています。」

「なお、会社員の…」

そこで仁はチャンネルは切り替えた。

「不幸な世の中だよな。」

「まあ、私らには関係ないからね。」

冷たい口調で幸子は仁に言葉を返す。


水を口の中へと流し込み足早に部屋へと戻った結衣は今日の出来事を思い浮かべていた。

「明日、畠中さんが助けに来てくれるんだ。」

「やっとこの地獄から解放される。」

「秋ちゃん、やっとだよ。」

「もう少しの辛抱だよ。」

薄暗い部屋のカーテンの隙間から差し込んだ一筋の光を見て結衣は願う。






























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