運命だと飾りたい 〜遠い愛と私〜

MAKKURO

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〜寂しいでしょ 捕らえる瞳、捕らわれる私〜

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「すぐ、帰ってよね。」
ズカズカと部屋に入り込み、どかっと床にあぐらをかく蓮。
お酒を呑む私を時々見つめる。「何?」そう聞く前に、シカトするように顔ごとそらされる。
空っぽの時間は、違和感しかない。自然と考えてしまうのは、やはり男のことだ。
彼とはもう終わりなんだ。 今日で分かってしまった。
深い関わりのない会話も、おかしいほど合わない瞳も、彼なりのお別れなんだ。
それもこれも、私のせい。出そうになるため息を、お酒で蓋をする。
今日からは、こうなるんだ。また、独りで処理しないといけないんだ。
生ビールだけでは酔えなくなった私の体、煙草の匂いがほしい鼻、
言いそうになる口、温かさが欲しい肌、全てが彼を欲している。
黒くて汚い感情を必死に飲み込もうと、また酒を呑んだ。

ー ー
「何しに来たの?」「早く帰れ」を含ませて乱暴に言うと、
「別にいいじゃん」と私以上に不機嫌になる。

この男はなんなんだよ。唇を尖らせ、耳たぶをいじっている蓮。
このモードになってしまうと扱いづらい。
言うことを聞かない小2で、ガキなんだよなぁ。
つまみ出そうか。はぁ、ゼッッタイ無理じゃん。180cmだよ。
20cmほど差があるんだよ。こんなにイケメンなのに、
高学歴なのに、しっかりしてるのに。ホントに残念なイケメンじゃねぇか。

はぁ、早く帰ってよ。独りにさせてくれないの?
悲しみの深さを味わう権利はあるでしょ。こんな気持ち、彼が居たらないのに。
抱きしめてくれないから、話を聞いてくれないから、触れてくれないから。
こんなになっちゃう。

「ねぇ、…タバコ、吸えば?」どんな声を出すのかと思えば、乾いた声。
呆れたような口調と瞳は、一気に蓮を私から遠くさせた。
私の思考を遮るように、見慣れた銘柄とライターが置かれる。
「独りで吸うから、着いてこないでね。 できれば、帰って。」
蓮の行動に先手を打ち、ベランダに出てカーテンを閉める。
布切れ1枚だけど、これが必要だと思った。
ー ーー ーーー ー
あの男と同じ匂い。キスをされたときも、
抱きしめられたときも、いつもこの匂いが微かにした。
『ふかさなくなったんですね。肺が悪くなりますよ。』いつか、男が言っていた。
否定も肯定もしない声で、私の頭をそっと撫で、また前を見つめる。
でも、もう居ないのだ。思いっきり吸って、吐いて、全てを煙にして消せばいい。
失敗だ。匂いで彼が恋しくなって、
『我慢したらいけません。俺がいるから全部見せてください。…大丈夫‥』
震えながら、全てを明かした夜を脳内が映し出す。あの時の彼は、もう居ないのに。
私がつくりあげた彼だったのに。その彼が欲しい。私がつくらせた彼が欲しい。
白い煙は9月下旬のだるい風を余計に重い風に変えてしまう。
彼と見たベランダからの夜景はあんなにも綺麗だったのに、はっきりと見えたのに。
あの風のせいで涙は私の膝に落ちる。持っている煙草が涙が落ちてふやけそうだ。
投げるように煙草の先端を灰皿の上に押し付ける。 もう少しだけ、こうしていよう。

なのに、どうして蓮はタイミングが悪いのだろうか。
「有紀、何本吸ってんだよ。」ペタペタと蓮の足音が聞こえて、喉に少し力を入れる。
「来ないでって言ったでしょ。すぐ戻るからっ。」出てきたのは涙声で、
無視しとけば良かったなんて後悔する。

カーテンがシャッと開いて、蓮のゴツゴツした指が私の手首を掴んで引っ張る。
すっかり部屋の中。
片方の手で、ベランダの窓とカーテンを閉める蓮の姿が私の瞳に一瞬映り込む。
「何があった?」
小さい子供を問いただすように両手を握られ、目線を合わせられる。
いっそ言ってしまいたい。 
私をこんなにも苦しめる秘密も約束も関係も。
『どれか1つでも破れば、俺は完全にあなたの前から居なくなります。 そして、あなたも生きられなくなる。』
懐かしい声と現実の厳しさから離れるように、目を瞑る。
私の心から溢れたものにしては、熱すぎる粒が頬を伝った。
「人と別れただけ、ただそれだけ。 馬鹿らしいことだから。」
これ以上何も溢れさせないように、そっけない声を出してみせた。
そう、それだけのこと。何度も心の中で復唱する。 
蓮は言った。確かに言った。
「寂しいでしょ。」私はその声にぎょっとする。
優しく抱きしめるのに、声だけはからかうような冷ややかな視線が刺さったような感じがして蓮を見る。
蓮の瞳を見た途端、ゆっくりと床に押し倒される。
いつもより蓮の体が大きく見えて、綺麗な瞳は逸らしたくなるほど痛く刺さる。

「全部、見せてみる? あったかくなるんじゃない?‥大丈夫だから。」
蔑むような声と表情が私の体を冷やす。
「なに‥言ってんの? れん?」説明を求めるが、鼻と鼻がつきそうな距離まできて顔をそむける。
抵抗は無駄だと言うように、ほっぺをつままれて蓮と見つめ合うことになる。
「愛そうか?…有紀。」
蓮の鋭い瞳と無駄に綺麗な顔がぼやける。

このぼやけの正体は、涙なのか、疲れなのか、
はっきりとわからないまま瞳を閉じる。

最後の感覚は、心の重さと冷たい何かが頬を一気に伝ったことだった。
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