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〜見えない私と見つめる私 「俺、分からないから」〜

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「まだ、話してんの?(笑) 蓮、有紀、今日も呑まね?  で、何の話してんの?
 なんか、雰囲気変なんだけど。」と薄っすらと笑みを含ませる優。

私が迷うふりをする前に、
「別に、普通の会話。 俺は今日も、優と呑む。 有紀は?」
友達としての山の声と表情で、先程の雰囲気はどこかにいく。
「私は、今日はパス。昨日も呑んだし、片付けも大変だし。」
ゆっくりと息を吐くことを意識する。
「え~ そうなの? 今日は、俺の彼女へのプレゼント、
 考えてもらおうと思ったのに。蓮が提案するの、いっつも変なんだよね。 
 まじ、センスない(笑)」
相変わらずの毒の吐きっぷりだが、残念と言わんばかりの瞳で訴える優。
「俺の彼女」か、心の中で悪態をつくのをこらえ、
もっともらしい理由をつけて独りで納得を試みる。
今日からは、独りで背負うものが多くなるんだと悟った。

ー ーーー  ーーー  ーー
ぴったりの23時。1年前から2人で時々通うバー。
男と初めて会ったあのバー。
1年前もこんな気持ちだった。 抜け出せない闇に心がすっぽり入ったような、
憂鬱で、物悲しい、そんな気持ち。

店に入ると、男は1年前と変わらない雰囲気を持ち合わせていた。
彼の瞳を見ることなく、隣に座って生ビールを頼む。
『仕事終わりですか? お疲れさまです。』
そんなことを言ってくれる彼は、もう居ない。
ドラマだったら、周りがぼかされて、横から撮った2人の映像が流れそう。
そんなバカなことを思いつく。
生ビールを1口飲むと、場違いな舌の感覚が私の意識をはっきりさせる。

「心配はしないでください。 秘密ぐらい守れますから。」
突然話し始める彼はきっと、私の瞳を見ていない。
お酒の瓶が綺麗に置いてある棚を見ているんだろう。
私はコップの中で動いている泡を見つめる。
お酒の瓶もこの泡も、私より断然綺麗に見える。
「情報はいつもどおりお願いします。 …信じてます。俺は。
 ただ会わなくなるだけです。」

「会わなくなるだけ」彼は分かってる。
どれだけのことか分かっている。
彼は私を分かっている。
これは、彼からの罰なのか、神様からの罰なのか。

「分かってます。」
私はできるだけ早く男に伝えた。
ビールは9割残っているが、飲み干す気にはならなかった。
泡は勢いがなくなり、コップに付いていた無数の水滴はコースターを濡らした。

ー ーーーーー  ーー ー ー
独りで通る店から家までの道のり。
弱さを見せることのない私、
彼の瞳に映らない私、
彼に触れられない私。

よく2人でお酒を買った店に初めて独りで入る。
昨日の集まりでなくなった、缶ビールを調達する。
24時に近づきそうな時間に独りで、両手にビニールを下げて帰る。
街灯の光でつくられる薄黒い私の影、私はその影にも目をそらした。
そのまま歩いていると一瞬、体が浮いたような感覚に襲われた。
両手が急に軽くなり、反射的に隣を見る。
あ、なんだ、蓮か。

センター分けの髪は崩れかかっていて、ネクタイも緩まっている。
優と呑んだ後らしく、少し耳が赤い。
「よ、有紀ちゃん。」リーダーとは思えない、ゆるゆるとした笑顔。
子供を見ているようだと思ったら、
「何、買ってるんだよ。 昨日、あんなになったのに、
 今日も呑むんだ。 酒豪にでもなるつもり?」
眉が動いて、真顔に近い表情になるのだ。
無視していると、
「ひどっ、いいよ。 どうせみんな無視するし。優も、さっき俺のこと無視した。
 せっかく、考えてあげたのに。 優の彼女へのプレゼント。」
「何を提案したのさ?」
「物じゃなくて、優自身がプレゼントになればって言っただけなのに。」
「どうせ、またいらないこと言ったんでしょ。」
「俺が、一生大切にするから。大好き。チューもギューもいっぱい、しようね。
 って言えって、実践してあげたのに。」
「ふっ、優はそんなに甘えられないよ。 それに蓮が実践したんでしょ。 
 気持ち悪かったんだよ。」
ケラケラと笑ってあげれば、
「こんなにイケメンな俺が実践したんだぞ。気持ち悪いわけ無いだろ!」
ムスッとした蓮がバカなことを言う。
確かにイケメンなのだが、こういところが付き合うという所までいかないのだ。
アスファルトをボーっと見つめると、所々2人の影ができる。
蓮はあの男と同じぐらいの背なんだと分かった。

ー ーー    ー ー
いつの間にか、私のマンションの部屋の玄関前。
「あ、蓮。荷物ありがとう。」蓮からビールが入っているビニール袋を受け取る。
鍵を開けて、玄関の中に入って、
「おやすみ~ 蓮」とドアノブを持つ。
ドアノブの自由が利かなくて、咄嗟に蓮を見る。
「おやすみじゃなくて、俺も入れてよ。 どうせ、明日仕事ないんだからさ。」
外のドアノブを握って、半端に開いているドアの隙間から、袋から透けるビールを見つめている。
蓮を悟らせるように見つめると、
「俺、分からないから。」と瞬きすることなく私を見つめるだけだった。
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