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1章 異界の地
第五話 それぞれ
しおりを挟む体感で二時間程歩いた所で、目に見えてアネリア嬢の歩みに変化が現れた。
(少し早いか…)
特に自分が歩くペースを作ってた訳では無いが、アネリア嬢の疲労を見れば無理をしている事は明白だ。
「アネリアさん少し休憩しましょう」
俺は街道脇の木の根元に、背嚢から取り出した布を広げる。
「ごめんなさい。体力が無くて…」
申し訳無さそうな顔で広げた布の上に坐り靴を脱ぐ。
「有り難う御座います」
背嚢から取り出した水袋を受け取ったアネリアが水を口に含む。
木の根元に直接腰を下ろしていた俺を見てアネリアが一緒に座りましょうと隣を空けた。
「いや、布小さいし、俺のボロ着なら汚れても気にしませんから」
その言葉を聞いたアネリアが、ビックリした表情をして慌てる。
「だ、だめですよ。そんな高価な装備品を雑にあつかったら…いえ、別に自分の物をどうしようと勝手なのですが…多分記憶が無いので、その装備品の価値がわからないんだと思いまして…」
アネリアの勢いに、まじまじと自分の着けている服を見直すが、どう見てもボロとは言わないが質素な服としか見えない。
「…これ、そんなに良い服なんですか?」
アネリアが頷く。
「ユウジ様の上着はハウズドラゴンの皮を鞣した物です。ズボンはアウルスパイダーの糸とエルダートレントの繊維を撚り合わせた布で出来ています」
何やらドラゴンとか恐ろしげな言葉がアネリアの口から飛び出した。
「……それは…高いものなのか?」
「はい。高いと言うよりは貴重なのです。貴族でも手に入れる事が出来るのは財力的な意味を含めれば侯爵辺りからですが…材料自体が貴重過ぎて私が知る限り、英雄サルモン辺境伯の白麗の衣と、王家所蔵の竜星衣くらいです」
「……そんな貴重な物なのかこれ…」
自分の身形をまじまじと見直しては見たがそれ程貴重な物にはやはり見えなかった。
(これもアクシデントがあった俺へのお詫びなのかな…)
日も傾き、小一時間程すれば辺りに夜の帳が下りるだろう。
俺はアネリア嬢の様子を伺うと歩き慣れて無いせいか、靴擦れを起こしていた。
これ以上歩かせるのは無理だろうが、もう少し距離は稼いでおきたかった。
「アネリアさん」
「はい」
「見たところその足では歩くのは無理でしょう」
アネリアは申し訳無さそうに"ごめんなさい"と呟く。
「いやいや、別に責めてるわけでは無いですが、暗くなる前にもう少し進みたいので…そこで提案なんですが…」
「あの…」
俺の提案に一度は了承したアネリアだったのだが、いざ抱き抱えられる断になり羞恥心が再び湧き上がったようだ。
(まぁ…そりゃそうだよな…)
中世ヨーロッパを地で行くこの世界の女の子なら、倫理観がさぞ厳しい事は想像するに難くない。
背嚢を背負う為、所謂"おんぶ"は不可能なので、残る手段が抱き抱える一択なのだ。
グズグズしてればより羞恥心が増すのは想像できたので、アネリアの横に移動して一気に抱き上げる。
あ っと小さな声を洩らし、アネリアが顔を真っ赤にして体を強張らせる。
「あ、怖かったらしがみついてて下さい」
何事も無いように声をかけると、何度も頷き、アネリアは意を決したように、俺の首に腕を回す。
(軽いな…)
アネリアと大差ないだろう自分の身体がどの程度の体力があるか不明だったが、抱き上げた感触で"いける"と確信する。
様子見で暫く歩き、次第に早足にして行くと、アネリア嬢が心配そうな顔をしていたので"大丈夫"と声を掛け、更に速度を上げていく。
(全く疲れを感じないぞ…)
今の今迄何も疑問を持たなかったが、自称神なる者が神力で作り上げたと言う、俺の身体に何か不安が湧き上がってくる。
(…本当に人間の身体なのか?…)
不安を抱えながら俺は走り続けた。
「…ユージ様…貴方は一体何者何でしょうか?」
「…わからないな…」
実際は何者であるかは分かっている。
だが、この世界において自分が何者なのかがわからなかった。
転生やら神が作った身体とかを話して良いものかも、わからない状況なのだ。
ペラペラ話して、その結果"頭がおかしい"位ならまだ良いが…何かしら命が危うくなる事態も無いとも限らない。
「私もそれなりの教育を受け色々自身の目で見てきました…それでもユウジ様は異質です」
装備品や話し方、アネリアを抱き抱えて走る俺を見たアネリアの正直な疑念らしい。
「ユウジ様の話し方、立ち振舞は農民や流民では到底身に付く物では無いのですが、貴族のそれとも違います…」
「………………………」
「貴重な装備品を纏い…そして信じられない身体能力…英雄サルモン辺境伯でもユウジ様の真似は出来ません…」
どうやらアネリアを抱き抱え走り続けた事がまずかったようだ。
迂闊にも…そう、調子に乗って俺はやり過ぎた。
アネリアを抱き抱え早歩きから少しづつスピードを上げていく。
気付いた時には知識にある人間の走るスピードを軽く超えていた。
「…なんと言うか御伽噺の魔王を倒す勇者位しか思い浮かばない程です」
「え!魔王とかいるんですか?」
アネリアが首を横に振る。
「御伽噺です。歴史上魔王等現れた記実は有りません」
「ドラゴンがいるのに魔王が居ないのか…」
アネリアが俺の顔を見つめる。
「……本当にユウジ様はわかりません」
辺りは深い闇に包まれ、焚き火に踊る炎がアネリアの白磁の様な顔をゆらゆらと照らす。
どうやら基本的な世界の構造を知らない俺の言葉にアネリアは困惑しているようだ。
魚は泳ぐ物、鳥は飛ぶ物と言う常識の様な欠落があるようだ。
(…基礎的な事をアネリアから教えてもらうか…)
辺りは既に闇に包まれ、生ある者の音に満ち溢れる。
生まれも育ちも都会だった俺には、夜の闇の中、動物や昆虫の出す音に包まれた経験等無い。
飼い犬の鳴き声や、蚊や蠅、ゴキブリ等が出す音が精々だったので、今経験している騒々しい程の音の濁流は恐怖に近い不安を湧き上がらせる。
今、自分がどの様な場所に居るのか…安全なのか、危険なのかもさえ判断出来ない不安、それを何としても解消しなければならなかった。
俺はアネリアの顔を正面に捉え生きる為の質問をするのだった。
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