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第七話 大邪神現る
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窓から差し込んでくる朝日に、私は目を開ける。もう少し眠っていたいけれど、庭の植物に水を遣らなければ。
ぎゅっと私を抱きしめているグランの腕をそーっと退かし、すやすやと眠っている彼の顔に手を伸ばす。
「…ふふ、寝顔も格好良い」
頬に触れて撫で、私は自分の回復している力を彼に受け渡す。その分、少し身体が疲れやすくなってしまうけど、このくらいは許容範囲だ。
目が覚めた時から続けている『これ』を、彼に気付かれたことはない。万全の状態である彼ならば、私の力が流れ込んでいる事に気づけばすぐに目を覚ます。つまり、それだけ彼が消耗しているということだ。
「ん、今日はこのくらいでいいかな。水遣りに行かないと」
適当な時間で切り上げ、私は寝巻きから白のワンピースへ着替え、彼を起こさないようにそっと部屋を出る。そのまま一階へ行き、裏口から庭へと向かう。
変わらず元気な植物や花を採取し、瓶と籠へ入れてから水を撒く。魔法を使うほど広くはないので、私はいつもじょうろでしている。
「…うーん、しかし成長速度が速い。大量に作って消費しても売れないし、かといって無償で配れば他のお店から良い顔はされないだろうし…どうしようかなぁ」
今後のことを呟きながら、植物を植えた三列の水遣りを終える。じょうろを定位置へと戻し、小脇に抱えた籠とその中へ放り込んだ瓶を持って家へと入った。
籠に入れてあるものは束にして紐で結んで壁へと吊るし、瓶を倉庫に仕舞おうとしたところで、気配を感じた。
「…いま、」
「―あはっ、ざーんねん。もう遅いよ」
愉しそうな女の声が耳元で聞こえた。私は即座に攻撃しようと手に神としての力を溜めたが、彼女に手を掴まれたことによって霧散していく。
今の私では彼女に敵わないようだ。黒い何かが視界を覆い、体中に巻きつく感触がする。
「ボクとタノシイコトしよう?」
甘く纏わり付くような、愉しそうな声が聞こえたと同時に私の意識は黒く染まる。
持っていた瓶が手から滑り落ち、床と衝突して割れる音が小さく聞こえたような気がした。
*
固く冷たい石の感触と、頬をつつく感触で私の意識は浮上する。少しかび臭いような臭いに眉を顰めながら、私はゆっくりと目を開けた。
「あ、起きた?おっはよう、ミーフェリアスちゃん」
まず目に入ったのは銀色に輝く髪。その輝きが汚れてくすんでも構わないというように、薄汚れた石に広がっている。
顔を上げれば金色の瞳がこちらを見つめている。私と視線が合えば、好意的な笑みを向けてきた。
更に視線を上げれば、銀髪と同じ毛色の狐のような猫のような獣の耳が生えている。
「……声から察していたけど、やっぱりあなただったのね。ヴィアデストア」
「まーまー、そんな怖い顔しないでよミーフェリアスちゃん。ボクはただ君とおしゃべりがしたかっただけなんだよ?」
満面の笑みを浮かべてふわふわの耳を揺らす彼女に、私は疑いの目を向ける。
―ヴィアデストア。邪神の中でも五指に入る力を持ち、破滅と堕落を司っている大邪神だ。ときに神界を治めているフェリスニーアを退けるほどの力を発揮することもあり、油断してはいけない相手である。
「話をするだけなら、こんな攫うような真似はしなくてもいいと思うけど」
「いやあ、そこはほらボクって邪神だし。普通に会いに行ったらグランヴァイルスくんにぶん殴られちゃうし」
「ただ会いに来るだけなら、グランだってそんな事はしないよ。それ以上の事をするからでしょ」
私の言葉に彼女は明後日のほうを向いて、まるで聞いていない振りをしている。とりあえず、ずっと石の床に転がっているのも嫌だったので、私は体を起こそうとして手が後ろで縛られていることに気付いた。
起き上がれないことはないが、と考えている私を見て彼女は軽々と抱き上げて座らせてくれる。
そして、彼女も目の前に座り、にこにことした笑みを見せている。
「…ありがとうヴィアデストア。で、この縛っている手を解放して欲しいんだけど」
「や・だ。こうでもしないと、ミーフェリアスちゃんは大人しくしてくれないもんねぇ?」
にこにこと笑うヴィアデストアに、私の頭の中は警鐘を鳴らしている。どうにかしなくてはいけないが、今の私の力では抵抗したところで大した効果はないだろう。
思考を巡らせる私に彼女が手を伸ばす。細くしなやかな指は、私の胸を服の上から突いた。
「ミーフェリアスちゃんはさー、良い身体してるよねぇ。顔立ちは可愛いし乳房も大きいし、手足は適度に肉がついてすべすべで柔らかいし……」
彼女の指が私の体をなぞるように動く。胸から下へ指を滑らせ、今度は私の頬に触れる。壊れ物を扱うように優しく頬を撫でる彼女は、うっとりするような声で私へ語りかけてきた。
「ねえミーフェリアスちゃん。ボクは君の事、大好きなんだ。その身体も心も魂も、とっても綺麗で輝いている君が大好きなんだよ。君があんなに永い眠りについてしまって、ボクはとても悲しかった。ああ、君がいないだけで世界はこんなにも汚いんだって思ったよ。だから、ああ、だから、君が目覚めたらボクの中に取り込んでしまおうと考えたんだ。ずっとずっとボクと一緒に存在するようにすればいいんだって。
―ミーフェリアスちゃん、ボクと一つになろう?ずぅっと一緒にいようよ」
甘く優しく、彼女に全てを委ねてしまいたくなりそうな声。従ってしまいたくなる声だが、残念ながら私に大邪神の誘惑の声は効かない。なぜなら、私と彼女の間には隔絶された神格の壁があるからだ。
こういった精神に異常をきたす類のものは、神格に差があればあるほど効かなくなる。
もちろん、彼女は分かってやっているのだろうけど。
「…一つになることは出来ないよ」
「ま、君ならそう言うよね。でも今のミーフェリアスちゃんは、とーっても弱くなってるもんね?無理矢理一つになる事だって、出来るもんね?」
「う、ひゃっ」
手を縛っていた何かがもぞもぞとうごめき、離れたと思ったら強引に手を引っ張りあげられ、頭の上あたりで再び拘束される。そのまま後ろに引き倒され、背中を強かに打ち付けた。
「いったたた…」
「あは、なんか新鮮だなぁ。ミーフェリアスちゃんを見下ろせるなんて」
私の下腹部の辺りに乗ったヴィアデストアは楽しそうに金色の瞳を輝かせる。赤い舌が唇を舐め、すらりとした手が私の首元へと伸びてきた。
「グランヴァイルスくんもこの程度なら、ボクでも簡単に殺せちゃえそうだなー」
「ねえ、ヴィアデストア」
「んー?なあに、ミーフェリアスちゃん」
私の呼びかけに彼女は律儀に答えてくれる。首元に伸ばされた手は私の頬を撫で、まだ私を取り込む気はないようだというのが分かる。
そんな彼女へ私は、恐怖に値する言葉を投げた。
「グランの事はちゃんと見なかったの?」
「え?」
「グランヴァイルスがどれほど力を回復しているのか、見なかったの?」
言葉の意味を考えていた彼女は、それを理解した瞬間に青褪めて行く。私の頬に触れる手がかたかたと小刻みに揺れ、恐怖を感じていることが分かる。
「ま、まま、まさか…っ、いや、だって、目覚めた時は同じでしょ?それなら、ミーフェリアスちゃんと一緒のはず…」
「私のわがままに付き合せた彼に、私が何もしないとでも?」
「い、いや!もうこのまま君を取り込んじゃえば、グランヴァイルスくんもボクを攻撃できないはず!!」
そんなことがあるはずない、と彼女は私の胸に手を滑らせる。私の存在の核を取り込むべく、私の中へ手を入れようとしたところで、彼女は左へと吹き飛んだ。
攻撃を受けた苦悶の声すら聞こえず、彼女は頭から壁にめり込み、下半身だけが見える状態になっている。
「ミーフェ…!無事か、怪我はないか?!」
「うん、大丈夫だよ」
ヴィアデストアを壁にめり込ませた主、グランが私の手を拘束していた何かを引きちぎり、無事を確かめるようにぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。安心させるように背に手を回すと、いつもはない感触が。
「…あれ、翼?んん、よく見たら尻尾もある…」
「君が攫われて、一刻も早く見つけなければと思って…元の姿の力を引き出しているんだ。それに、君を攫った不届きな邪神を徹底的に潰すためにも、この方が都合が良い」
これはとても怒っている。珍しいくらいにとても。
怒りに揺らめく青い瞳はじっとヴィアデストアを見つめ、寸分も警戒を解いていない。あれだけで彼女が諦めるとは思っていないからだ。
「―ぶっはぁ!びっくりしたしすっごい痛いんだけど!」
壁を壊して上半身を抜き、土ぼこりを払いながらヴィアデストアはこちらに歩いてくる。少し頬が赤いように見えるが、それ以外の傷はなさそうだ。
「ボクはミーフェリアスちゃんと楽しくおしゃべりしてただけだよ?」
「彼女の核に触れようとしていたのが、貴様の言う『楽しくおしゃべり』か?」
「あはっ、あんなの冗談だよじょーだん!本当に触ろうと思ってなんかないよー」
少しずつ少しずつ、グランが力を解放して行く。それにつれてヴィアデストアの表情が引きつり、顔色が悪くなっていく。
私の力はおよそ二割程度しか回復していないが、グランは違う。全快とは言えないが、五割以上の力を取り戻している。そして、彼の五割はヴィアデストアやフェリスニーアの全力に値する。
「…ふむ、そうか。街の近くに自身の迷宮を新たに作っておいて、最深部でミーフェを捕らえておいて、冗談だと口にするか。そんな嘘が、通用するとでも?」
「………うん、ボク帰るね!!」
「帰すわけがないだろう」
ヴィアデストアの足に、グランの力で作り出した白い光の縄が巻きつき、その動きを止める。逃げられないと確信した彼女は、自棄になった。
「こうなったらボク頑張っちゃうからね!!グランヴァイルスくんを倒して、ミーフェリアスちゃんを魔界に連れて行ってやる!!」
ふんすと鼻息を荒くして力を高めるヴィアデストアに、グランは私を離していつも持っている長剣を渡してきた。これを持って離れていろ、ということらしい。
私は頷いて、その長剣を持って彼から離れれば、すぐに安全対策として結界が張られた。
そして、竜と大邪神の戦いが始まった。
*
「うっうっ、ごめんなさいぃぃ!もうしないから!もうミーフェリアスちゃんに手ぇ出さないからぁぁ!悪いことも控えるからぁああ」
身体を吹き飛ばされては再生し、吹き飛ばされては再生し、を繰り返した末に、ヴィアデストアは号泣しながら何度も謝罪を繰り返す。
意気込んでいたのは最初だけで、彼女は徐々にグランの規格外の強さに恐れを見せ、ついには決壊してしまったのだろう。
「…グラン。もう反省してるみたいだから、いいんじゃないかな」
「はぁ…そうだな。このときばかりはいつも反省しているが、今回はこの位でいいだろう」
「びえぇん、ありがとうミーフェリアスちゃん!もうボク、ミーフェリアスちゃんを食べようだとか取り込もうだとか考えないししないよおお!」
「はいはい。もうこんなことしないようにね」
もう危険はないと判断した私がグランの傍に行ってそう言えば、彼は溜息を吐き出しつつもこれ以上の攻撃はしないというように、出していた翼と尻尾を自身の身体に還元させた。
戦闘の意思が無くなったのを感じ取ったヴィアデストアは、私に抱きついてきてびゃあびゃあと泣きながら感謝の言葉を口にする。
「うぇ、えぐ…っ、ボク、もう帰るけど…また会いに行ってもいい?」
「こんな風に攫ったりしないで、普通に会いに来るならいいよ。でも、人の身まで落として来てね?」
「うん、ぐす…ミーフェリアスちゃん、またね…ぐす…」
ヴィアデストアはぐすぐすとまだ少し泣きながら、自身の居住がある魔界へと帰って行った。
なんとも言えない疲労を含んだ息を吐き出すと、グランがぎゅっと私を抱き寄せる。
「…本当に、君が無事で良かった。目が覚めたとき、君の姿が無くてどれだけ私の心が荒れたことか…」
「ごめんなさい。それと、助けに来てくれてありがとう」
「礼は不要だが、どういたしまして。さあ、帰ろう。こんな陰気な場所にいても、楽しい事などないからな」
グランと共に彼女が作ったという迷宮を出て、自宅へと戻る。
正午を過ぎた頃くらいに戻ったので、調合屋はおやすみにして彼といちゃいちゃして過ごすことにした。さすがに明るいうちから致すのは恥ずかしかったので拒否したら、彼が満足するまで口付けをされた。
街の外れに新しい迷宮が出来たという話は瞬く間に広がった。あの破滅と堕落を司るヴィアデストアの迷宮だということが神官たちの調査で分かり、ギルドが人員を割いて調査に向かうことになった。
その調査において、迷宮の最奥にある宝箱には大量の金貨が入っているということ、それが毎日のように出現することが判明した。
邪神の迷宮に置いてあるものだから偽物ではないか、という声は、多方面から呼び寄せられた専門家が調査・鑑定の末に本物であると断定したことにより、その声は一攫千金を夢見る者たちの喜びの声へと変わる。
なぜ急にかの大邪神の迷宮が出来たのか、どうして大量の金貨を褒賞の如く置いているのか、それを人間たちが知ることはない。
ぎゅっと私を抱きしめているグランの腕をそーっと退かし、すやすやと眠っている彼の顔に手を伸ばす。
「…ふふ、寝顔も格好良い」
頬に触れて撫で、私は自分の回復している力を彼に受け渡す。その分、少し身体が疲れやすくなってしまうけど、このくらいは許容範囲だ。
目が覚めた時から続けている『これ』を、彼に気付かれたことはない。万全の状態である彼ならば、私の力が流れ込んでいる事に気づけばすぐに目を覚ます。つまり、それだけ彼が消耗しているということだ。
「ん、今日はこのくらいでいいかな。水遣りに行かないと」
適当な時間で切り上げ、私は寝巻きから白のワンピースへ着替え、彼を起こさないようにそっと部屋を出る。そのまま一階へ行き、裏口から庭へと向かう。
変わらず元気な植物や花を採取し、瓶と籠へ入れてから水を撒く。魔法を使うほど広くはないので、私はいつもじょうろでしている。
「…うーん、しかし成長速度が速い。大量に作って消費しても売れないし、かといって無償で配れば他のお店から良い顔はされないだろうし…どうしようかなぁ」
今後のことを呟きながら、植物を植えた三列の水遣りを終える。じょうろを定位置へと戻し、小脇に抱えた籠とその中へ放り込んだ瓶を持って家へと入った。
籠に入れてあるものは束にして紐で結んで壁へと吊るし、瓶を倉庫に仕舞おうとしたところで、気配を感じた。
「…いま、」
「―あはっ、ざーんねん。もう遅いよ」
愉しそうな女の声が耳元で聞こえた。私は即座に攻撃しようと手に神としての力を溜めたが、彼女に手を掴まれたことによって霧散していく。
今の私では彼女に敵わないようだ。黒い何かが視界を覆い、体中に巻きつく感触がする。
「ボクとタノシイコトしよう?」
甘く纏わり付くような、愉しそうな声が聞こえたと同時に私の意識は黒く染まる。
持っていた瓶が手から滑り落ち、床と衝突して割れる音が小さく聞こえたような気がした。
*
固く冷たい石の感触と、頬をつつく感触で私の意識は浮上する。少しかび臭いような臭いに眉を顰めながら、私はゆっくりと目を開けた。
「あ、起きた?おっはよう、ミーフェリアスちゃん」
まず目に入ったのは銀色に輝く髪。その輝きが汚れてくすんでも構わないというように、薄汚れた石に広がっている。
顔を上げれば金色の瞳がこちらを見つめている。私と視線が合えば、好意的な笑みを向けてきた。
更に視線を上げれば、銀髪と同じ毛色の狐のような猫のような獣の耳が生えている。
「……声から察していたけど、やっぱりあなただったのね。ヴィアデストア」
「まーまー、そんな怖い顔しないでよミーフェリアスちゃん。ボクはただ君とおしゃべりがしたかっただけなんだよ?」
満面の笑みを浮かべてふわふわの耳を揺らす彼女に、私は疑いの目を向ける。
―ヴィアデストア。邪神の中でも五指に入る力を持ち、破滅と堕落を司っている大邪神だ。ときに神界を治めているフェリスニーアを退けるほどの力を発揮することもあり、油断してはいけない相手である。
「話をするだけなら、こんな攫うような真似はしなくてもいいと思うけど」
「いやあ、そこはほらボクって邪神だし。普通に会いに行ったらグランヴァイルスくんにぶん殴られちゃうし」
「ただ会いに来るだけなら、グランだってそんな事はしないよ。それ以上の事をするからでしょ」
私の言葉に彼女は明後日のほうを向いて、まるで聞いていない振りをしている。とりあえず、ずっと石の床に転がっているのも嫌だったので、私は体を起こそうとして手が後ろで縛られていることに気付いた。
起き上がれないことはないが、と考えている私を見て彼女は軽々と抱き上げて座らせてくれる。
そして、彼女も目の前に座り、にこにことした笑みを見せている。
「…ありがとうヴィアデストア。で、この縛っている手を解放して欲しいんだけど」
「や・だ。こうでもしないと、ミーフェリアスちゃんは大人しくしてくれないもんねぇ?」
にこにこと笑うヴィアデストアに、私の頭の中は警鐘を鳴らしている。どうにかしなくてはいけないが、今の私の力では抵抗したところで大した効果はないだろう。
思考を巡らせる私に彼女が手を伸ばす。細くしなやかな指は、私の胸を服の上から突いた。
「ミーフェリアスちゃんはさー、良い身体してるよねぇ。顔立ちは可愛いし乳房も大きいし、手足は適度に肉がついてすべすべで柔らかいし……」
彼女の指が私の体をなぞるように動く。胸から下へ指を滑らせ、今度は私の頬に触れる。壊れ物を扱うように優しく頬を撫でる彼女は、うっとりするような声で私へ語りかけてきた。
「ねえミーフェリアスちゃん。ボクは君の事、大好きなんだ。その身体も心も魂も、とっても綺麗で輝いている君が大好きなんだよ。君があんなに永い眠りについてしまって、ボクはとても悲しかった。ああ、君がいないだけで世界はこんなにも汚いんだって思ったよ。だから、ああ、だから、君が目覚めたらボクの中に取り込んでしまおうと考えたんだ。ずっとずっとボクと一緒に存在するようにすればいいんだって。
―ミーフェリアスちゃん、ボクと一つになろう?ずぅっと一緒にいようよ」
甘く優しく、彼女に全てを委ねてしまいたくなりそうな声。従ってしまいたくなる声だが、残念ながら私に大邪神の誘惑の声は効かない。なぜなら、私と彼女の間には隔絶された神格の壁があるからだ。
こういった精神に異常をきたす類のものは、神格に差があればあるほど効かなくなる。
もちろん、彼女は分かってやっているのだろうけど。
「…一つになることは出来ないよ」
「ま、君ならそう言うよね。でも今のミーフェリアスちゃんは、とーっても弱くなってるもんね?無理矢理一つになる事だって、出来るもんね?」
「う、ひゃっ」
手を縛っていた何かがもぞもぞとうごめき、離れたと思ったら強引に手を引っ張りあげられ、頭の上あたりで再び拘束される。そのまま後ろに引き倒され、背中を強かに打ち付けた。
「いったたた…」
「あは、なんか新鮮だなぁ。ミーフェリアスちゃんを見下ろせるなんて」
私の下腹部の辺りに乗ったヴィアデストアは楽しそうに金色の瞳を輝かせる。赤い舌が唇を舐め、すらりとした手が私の首元へと伸びてきた。
「グランヴァイルスくんもこの程度なら、ボクでも簡単に殺せちゃえそうだなー」
「ねえ、ヴィアデストア」
「んー?なあに、ミーフェリアスちゃん」
私の呼びかけに彼女は律儀に答えてくれる。首元に伸ばされた手は私の頬を撫で、まだ私を取り込む気はないようだというのが分かる。
そんな彼女へ私は、恐怖に値する言葉を投げた。
「グランの事はちゃんと見なかったの?」
「え?」
「グランヴァイルスがどれほど力を回復しているのか、見なかったの?」
言葉の意味を考えていた彼女は、それを理解した瞬間に青褪めて行く。私の頬に触れる手がかたかたと小刻みに揺れ、恐怖を感じていることが分かる。
「ま、まま、まさか…っ、いや、だって、目覚めた時は同じでしょ?それなら、ミーフェリアスちゃんと一緒のはず…」
「私のわがままに付き合せた彼に、私が何もしないとでも?」
「い、いや!もうこのまま君を取り込んじゃえば、グランヴァイルスくんもボクを攻撃できないはず!!」
そんなことがあるはずない、と彼女は私の胸に手を滑らせる。私の存在の核を取り込むべく、私の中へ手を入れようとしたところで、彼女は左へと吹き飛んだ。
攻撃を受けた苦悶の声すら聞こえず、彼女は頭から壁にめり込み、下半身だけが見える状態になっている。
「ミーフェ…!無事か、怪我はないか?!」
「うん、大丈夫だよ」
ヴィアデストアを壁にめり込ませた主、グランが私の手を拘束していた何かを引きちぎり、無事を確かめるようにぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。安心させるように背に手を回すと、いつもはない感触が。
「…あれ、翼?んん、よく見たら尻尾もある…」
「君が攫われて、一刻も早く見つけなければと思って…元の姿の力を引き出しているんだ。それに、君を攫った不届きな邪神を徹底的に潰すためにも、この方が都合が良い」
これはとても怒っている。珍しいくらいにとても。
怒りに揺らめく青い瞳はじっとヴィアデストアを見つめ、寸分も警戒を解いていない。あれだけで彼女が諦めるとは思っていないからだ。
「―ぶっはぁ!びっくりしたしすっごい痛いんだけど!」
壁を壊して上半身を抜き、土ぼこりを払いながらヴィアデストアはこちらに歩いてくる。少し頬が赤いように見えるが、それ以外の傷はなさそうだ。
「ボクはミーフェリアスちゃんと楽しくおしゃべりしてただけだよ?」
「彼女の核に触れようとしていたのが、貴様の言う『楽しくおしゃべり』か?」
「あはっ、あんなの冗談だよじょーだん!本当に触ろうと思ってなんかないよー」
少しずつ少しずつ、グランが力を解放して行く。それにつれてヴィアデストアの表情が引きつり、顔色が悪くなっていく。
私の力はおよそ二割程度しか回復していないが、グランは違う。全快とは言えないが、五割以上の力を取り戻している。そして、彼の五割はヴィアデストアやフェリスニーアの全力に値する。
「…ふむ、そうか。街の近くに自身の迷宮を新たに作っておいて、最深部でミーフェを捕らえておいて、冗談だと口にするか。そんな嘘が、通用するとでも?」
「………うん、ボク帰るね!!」
「帰すわけがないだろう」
ヴィアデストアの足に、グランの力で作り出した白い光の縄が巻きつき、その動きを止める。逃げられないと確信した彼女は、自棄になった。
「こうなったらボク頑張っちゃうからね!!グランヴァイルスくんを倒して、ミーフェリアスちゃんを魔界に連れて行ってやる!!」
ふんすと鼻息を荒くして力を高めるヴィアデストアに、グランは私を離していつも持っている長剣を渡してきた。これを持って離れていろ、ということらしい。
私は頷いて、その長剣を持って彼から離れれば、すぐに安全対策として結界が張られた。
そして、竜と大邪神の戦いが始まった。
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「うっうっ、ごめんなさいぃぃ!もうしないから!もうミーフェリアスちゃんに手ぇ出さないからぁぁ!悪いことも控えるからぁああ」
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意気込んでいたのは最初だけで、彼女は徐々にグランの規格外の強さに恐れを見せ、ついには決壊してしまったのだろう。
「…グラン。もう反省してるみたいだから、いいんじゃないかな」
「はぁ…そうだな。このときばかりはいつも反省しているが、今回はこの位でいいだろう」
「びえぇん、ありがとうミーフェリアスちゃん!もうボク、ミーフェリアスちゃんを食べようだとか取り込もうだとか考えないししないよおお!」
「はいはい。もうこんなことしないようにね」
もう危険はないと判断した私がグランの傍に行ってそう言えば、彼は溜息を吐き出しつつもこれ以上の攻撃はしないというように、出していた翼と尻尾を自身の身体に還元させた。
戦闘の意思が無くなったのを感じ取ったヴィアデストアは、私に抱きついてきてびゃあびゃあと泣きながら感謝の言葉を口にする。
「うぇ、えぐ…っ、ボク、もう帰るけど…また会いに行ってもいい?」
「こんな風に攫ったりしないで、普通に会いに来るならいいよ。でも、人の身まで落として来てね?」
「うん、ぐす…ミーフェリアスちゃん、またね…ぐす…」
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「ごめんなさい。それと、助けに来てくれてありがとう」
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「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
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