転生女神は最愛の竜と甘い日々を過ごしたい

紅乃璃雨-こうの りう-

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第八話 エルフの少女

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 春の陽気が暖かさを増してきた今日この頃。私のお店―暁の調合屋はそれなりの賑わいを見せていた。

「はい、ミーフェちゃんの調合薬とおつりだよー。またよろしくねー」
「ま、また来るよヴィアちゃん!」

 白銀の髪と同色の獣の耳を揺らし、ヴィアと呼ばれた女性はにこにこと愛想を振り撒いている。私はそんな彼女の様子を横目で見つつ、調合薬の補充や別のお客さんの対応をした。
 客の波が引いたのを確認し、私は息を吐き出して奥に置いてある椅子へ腰掛ける。

「ねえヴィア。あなたが来てからお客さんが少し増えたけど、まさか誘惑や魅了を使ってないでしょうね?」
「ええー!!心外だなぁ、あんな人間相手にそんなもの使わないよ。あの人間たちは冒険者って呼ばれるやつららしいし、ボクの完璧な女体目当てじゃない?ま、ボク人間の相手はしないけど!」
「それならいい…のかな?いや、その気にさせるような事はしちゃだめだよ?」
「分かってるって」

 本当に分かっているのかどうか分からない笑みを見せるヴィアは、破滅と堕落の大邪神ヴィアデストア本神だ。私を攫ったその翌日からやって来て、私の店の手伝いをしている。その理由を問えば、ただの気紛れ、らしい。
 最初の数日ほどグランも警戒して店にいたけれど、本当にただ手伝いをするだけだったから、物凄く釘を刺してから依頼を受けに行くようになったし。
 まあ悪さをしないのならいいかなぁ、とそんな事を考えていると、からんとベルが鳴り、扉が開く。

「いらっしゃい、ませ…?」
「ミーフェちゃん、下、下」

 ヴィアの言葉通りに視線を下げると、深い緑色の髪を二つに結んだ少女を見つける。髪から覗く長く尖った耳は、森の民と呼ばれるエルフ種の証だ。
 ミルスマギナ近郊の広大な森に多くのエルフ種の里があり、ある程度の年齢まで育つと里を出て町で人間社会を学びに行く掟があるらしい。その掟の期間や達成条件は決まっておらず、一年で里に戻るものも居ればそのまま街に居つくものもいるとの事。
 目の前にいるエルフ種の子供は、後者の街に居ついたエルフの子だろう。

「こんにちは、いらっしゃいませ。今日はどうされましたか?」
「…っ、ぁの、あの…っ、調合師さん、ママを助けて欲しいの…!」

 エルフの少女はそう言って、私に握り締めていた紙を渡してくれる。破らないように開いてみれば、紙に書かれているのはなにかしらの調合薬の材料だと推測できた。
 ふむ、しかしこれは…ミルスマギナで手に入らないことはないが、難しいものばかりが書かれている。

「こ、これ、ママを助けるために必要な薬なの…!セラお姉ちゃんが、これがあればよくなるかもしれないって」
「へー、これがあればねぇ?ところでエルフのお嬢ちゃんは、お金はあるのかなー?調合師に調合を依頼するのなら、相応のお金が必要なんだよー?」
「わたしが貯めたお小遣い、全部持ってきたの!これで……」

 エルフの少女が取り出したのは小さな布袋だ。それを私に差し出して、不安そうな目で見つめている。
 私はそれを受け取り、中身を確認せずにとりあえずポケットへ入れると、隣に居たヴィアが実に不満そうな顔をして、そのまま声を掛けてきた。

「えー、確認しないの?というか、受け取ったって事は調合するの?あんなはした金で??」
「調合するかどうかはまだ決めてないよ。まずはこの子のお母さんの様子を見てからかなって」
「……引き受けてくれるの…?」

 疑うように、けれども少しの希望を持って問いかける彼女に、私はにっこりと笑みを見せる。
 材料を集めるために必要な費用と少女が払う依頼料を天秤に掛ければ、当然 費用のほうに傾くだろう。そして、自らに不利益を被るような依頼は、調合師でなくとも受けないのが普通である。
 彼らも慈善事業をしているわけではないため、そこは仕方のないことだ。が、私は愛しい彼と慎ましくでも暮らしていければいいので、多少の不利益があろうともこういう依頼を受けるつもりでいる。
 なにより、困っている人を見捨てたくはない。

「引き受けるよ。ただ、君のお母さんの様子を見てから、調合するかどうかを決めることになる。君が持って来た紙通りに調合してもいいのかどうか、確かめる必要があるから」
「ほんと、に…?」
「私がどうにか出来そうなら、だけどね。とりあえず、君の家に案内してくれるかな?お母さんの様子を見せてもらいたいんだ」
「……うん!!」

 少女の沈んでいた表情がぱっと明るくなる。早く早く、というように私の手を引く少女に少し待ってもらって、私は調合部屋から紙に書いてあった材料を鞄へ入れる。
 それ以外のものも適当に鞄(大きな木箱程度の広さに拡張済み)へ入れていると、ヴィアが面白そうに私の背へ寄りかかってきた。

「ねえねえ、ミーフェちゃんってば自分がどうにか出来るならーって言ってたけどさ、ミーフェちゃんがどうにか出来ないなら、地上世界の誰にもどうにも出来ないよねー?」
「そうかもしれないね。でも、ここには私の巫女であるシャローテがいるから」

 くすくすと笑うヴィアに私はそう返す。
 少女の母親がどういう状況かは分からないが、シャローテは歴代巫女の中で随一というほどの力の持ち主だ。彼女の起こす奇跡の力で身体的な障りは回復できるだろうし、呪いの類も強いものでなければ解呪も可能だろう。
 私の巫女はとても凄いぞ、とヴィアに説明したが、彼女の態度はふーん、程度だ。まあ、元々、彼女は人間にあまり興味を持たないし、予想の範囲内だ。
 さっきまで面白そうにしていたのに、もう興味をなくしたらしいヴィアのちょっかいを避けながら準備を終え、玄関口で待ってくれていた少女に声を掛ける。

「よし。それじゃあ、君の…と、名前を聞いてなかったね」
「あ、えと、セーナだよ」
「セーナちゃんだね。じゃあ、案内してもらってもいい?」
「うんっ」

 調合屋の看板を裏にし、グランにだけ見えるように書置きを残す。本当はヴィアに留守番を頼みたかったけど、一人で待つのは退屈だしグランに誤解されそうだから、と付いて来る事になった。まあ、私の姿が見えなかったらそうなるかもしれないので、ここは仕方ない。
 そうして、エルフの少女セーナちゃんの案内で彼女の家へと向かった。

 *

 平屋が幾つも建ち並ぶ住宅街を歩き、セーナちゃんの家へと辿り着く。

「ここだよ。ちょっと待ってて、セラお姉ちゃんが戻ってきてるみたいだから」

 そう言って家に入るセーナちゃんを見送り、待っている間が手持ち無沙汰なので少し玄関先を見てみることにした。
 玄関先には花を植えた鉢が幾つも置いてあり、どの花も瑞々しく咲き誇っている。また、ここの居心地がいいのか、意思を持たない低位の精霊たちが集まっているようだ。

「エルフは精霊に好かれやすい種だけど、こんな街中でも集まってるってことは心根が綺麗なんだろうね」
「そーかもねぇ。ボクはそういう子が堕ちて行くのを見るの、好きだよ?」
「……やっぱりヴィアをつれてくるべきじゃなかったかも」
「えー!冗談だよ、じょーだん!そんな事しないからさー、悲しくなるようなこと言わないでー」

 身を寄せてきたヴィアがぐすぐすと泣き始める。顔は見えないが、ふわふわの耳がぺたりと倒れ、尻尾も垂れているのを見て、泣いているのが嘘だとわかっていてもちょっとだけ罪悪感が湧いてくる。
 仕方なく彼女の機嫌を取るために頭を撫でると、一瞬で耳と尻尾が元気になった。現金な子だ。
 そうしてヴィアと戯れていると、セーナちゃんが出てきて、玄関扉を開ける。

「―お待たせ、調合師さん!セラお姉ちゃんが入って良いって」
「うん、じゃあお邪魔するね」
「おじゃましまーす」

 セーナちゃんの家に入った瞬間に飛び込んできたのは、とても美しい女性だった。
 頭の後ろで結んでいる金色の髪は星の光を束ねたようで、紫色の瞳もまるで輝く宝石のようだ。

「…君が、セーナの連れて来た調合師か。この街では見ない顔だな」

 綺麗な人だ、と見つめていると、彼女が声を掛けてくる。疑っているような冷たい声だが、これは仕方のないことだろう。

「はじめまして。私は『暁の調合屋』の調合師、ミーフェと言います。まだこの街に来てひと月ほどですから、見ない顔なのも仕方ないと思います」
「…そうか。私はセラフィーヌ、ここに居候をさせてもらっている者だ。ひとまず、こっちへ来て貰えるか」

 第一印象が肝心、と丁寧に挨拶をした私に綺麗な人―セラフィーヌさんは、疑いを薄めてくれたようで少しだけ声が柔らかくなる。
 彼女に付いて部屋の奥へ行けば、エルフの女性が寝台で眠っている。良く見ればセーナと顔立ちが似ているので、彼女がセーナの母親なのだろう。

「彼女はセシリア、セーナの母親だ。昨日、私と共に迷宮へ行って戻ってきたんだが、それからずっと眠っている。何かの毒を受けたか、あるいは呪いを受けたと考えているんだが…」
「…ふむ。だからほとんどの毒に効果があるあの調合薬の材料を書いていたんですね。効かなければ呪い、或いはもっと強力な毒に絞り込める。…うーん、少し彼女に触れても構いませんか?」
「セーナ」
「あ、うん。調合師さんなら、いいよ」

 セーナに礼を言って、セシリアさんに手を伸ばす。顔に触れ、手に触れ、私はほんの少しだけ力を走らせて彼女の異常を探す。
 毒の影響はないが、一日眠っていただけにしては体の衰弱が激しい。これは……。

「セラフィーヌさん。迷宮ってどこのに行きましたか?」
「ヴェドナンド迷宮だ。少し魔物が増えてきたから減らして欲しい、という依頼を受けて行ったんだ」

 セラフィーヌさんの答えに、私は確信した。
 ヴェドナンド迷宮は祭壇迷宮だ。魔物が増えてきたということは、迷宮を作った主―邪神の力が増していて、迷宮内に干渉が出来るようになったのだろう。そして、入ってきた者たちに目をつけた。

「ふうん…ボク分かっちゃった。迷宮作った邪神に魅入られちゃったんだねー。だからずーっと眠ってるんだ」
「邪神に魅入られた…?それは、セシリアは」
「大丈夫、助けます。まだ初期段階だから、私でもなんとか出来ます」
「なっ、無理に決まっている!邪神に魅入られたものを救えるのは、フェリスニーア教やはじまりの女神教の神官だけだ、普通の人間がどうこう出来るものじゃない!」

 セラフィーヌさんは声を荒げ、私の肩を掴んでセシリアさんから引き離そうとするが、それをヴィアが止めた。セラフィーヌさんの手を取り、宥めるように私と彼女の間に入る。

「まあまあまあ、ちょっと見てなよ。ボクのミーフェちゃんはすごいんだから」
「あなたのものじゃないんだけど…」

 ひとまずヴィアの言葉を否定し、セラフィーヌさんとセーナちゃんを押し留めてくれている彼女に礼を言う。いつもこんな感じなら、グランもヴィアを目の敵にしないのになぁ、と思いながらセシリアさんの手を握る。

「……ん、まだ深いところまで届いてない。大丈夫…」

 少しずつ女神の力をセシリアさんの体に走らせ、内側に広がりつつある邪神の力を浄化して行く。身体、精神共に綺麗に浄化をし終え、彼女に生命力を分け与える。

「…ふう…これで、大丈夫かな。明日の朝には目が覚めると思う」
「ほんとうに?ママ、明日には起きる?」

 私が浄化を終えたのを確認したヴィアが二人の邪魔を止めると、すぐに近寄ってきた。セーナちゃんは心配そうに、セラフィーヌさんは警戒心をむき出しにして。
 無理もない。信用に足る説明も無しに強引に進めたのだから。

「うん、きっと。もし、目が覚めなければまた私の所に来て」
「……セシリアから感じていた嫌な気配は消えているが、明日、目が覚めなければただではおかないぞ」
「はい。…さて、セーナちゃんにはこれを返しておくね」

 ポケットに入れたままだった彼女のお小遣いを、その小さな手へ返す。セーナちゃんは目を見開いて、じっと私を見上げている。

「え、だって、これ…調合師さんへの…」
「調合依頼のお金だからね。調合もしていないのに、このお金は受け取れないよ」
「でも…」
「セーナ、そのまま持っているといい」

 セーナちゃんはお金をどうすればいいのか戸惑って視線を彷徨わせ、セラフィーヌさんから持っているようにと言われ、戸惑いつつも持っておくことにしたようだ。うん、それでいい。
 困ったようなセーナちゃんと冷たい視線を向けてくるセラフィーヌさんに、これ以上の長居は禁物と判断し、私とヴィアは退出することにした。

「では、私たちは帰りますね。また、明日」
「ばいばーい。明日はボクのミーフェちゃんに泣いて感謝するんだね!」
「だからあなたのものじゃないってば」

 セラフィーヌさんに向かってべーっと舌を出すヴィアを引っ張り、私はセーナちゃんの家を後にする。
 思いのほか時間が掛かっていたようで、もう日が沈み始めていた。夕焼け色が街を染める中、ヴィアはくるっと回って私から距離を開けた。うん?

「ボク、今日は帰るね!色々とやらなきゃいけない事、思い出しちゃったから」
「悪いことはしちゃだめだよ?」
「あはは、ボクにそんな事言うのはミーフェちゃんくらいだよ。じゃあね!」

 本当に何かを思い出したのか、ただ帰りたくなっただけなのかは分からないが、ぶんぶんと手を振るヴィアに手を振り返し、気配がなくなったのを確認してから、家路へと急ぐ。
 久しぶりに女神の力を使った反動か眠気が凄まじく、ふらふらと自宅へ帰り着く。

「ああ、おかえりミーフェ。……ミーフェ?」

 愛しい彼の居る家に辿り着いた安心で、私の意識は急速に眠りへ引っ張られていく。もう耐えられるほどの眠気ではなく、私の意識はそこでぷつりと切れ、眠りにへと落ちていってしまう。
 彼の酷く焦ったような声が聞こえたような気がした。
 起きたら物凄く怒られるだろうなぁ…。

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