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第二十話 憂うものたち
しおりを挟む最近、私はよく夢を見る。こことは違う世界で、とても優しい目をした人と過ごす夢を。
「うんうん、大丈夫だよ。これからゆっくり覚えていけば」
初めて作った料理が黒焦げで、とても食べられないものでもその人は笑って食べようとしてくれていた。夢の中の私はそれを止めて、すぐにゴミ箱へ放り投げていたけど。
「そうそう。優しく土を被せて……うん、これでいいよ。あとは毎日、適切な量の水を与えればすぐに花が咲くよ」
庭先に埋めた花の種は一ヶ月もすれば満開に咲き誇っていた。その人はその花を摘んで綺麗に編み、夢の中の私の頭に乗せる。
夢の中の私はその行動の意味が分からなくて、ずっと思考をめぐらせていた。その様子を見て、その人はふは、とたまらず吹き出していた。
「そんなに考えなくたっていいよ。綺麗なものを与えたいと思う、親心さ。だから、こういうときは笑顔でありがとうと、言ってくれるほうが嬉しいな、――」
顔の分からないその人はそう言って、私には聞こえない言葉を口にする。きっと、それは夢の中の私の名前なのだろうと、なんとなく分かった。
そうして、その人が聞こえない名前を口にした時、私の夢は終わるのだ。
*
悪い夢ではないし、目が覚めたときになんだか優しい感じがするからいいのだけど、最近になってこの夢を見出したので、ちょっと気になってしまう。
そんなことを悶々と考えながら調合屋を開けていると、その答えをくれそうな人物がやってきた。
「よーっす、繁盛してるか?」
「ゼン!良かった、いいところに来てくれた!」
「お、おお?」
からん、と扉のベルを鳴らして入ってきたのはゼンだ。そう、私をこの世界の女神に転生させた張本人。
彼ならば私が見る夢を知っているのではないか、とそう瞬時に思い至り、驚いて戸惑っている様子の彼を調合部屋に置いてある椅子へと座らせる。
ちなみに調合部屋と言っているけれど、特に仕切りなどはないので部屋と呼ぶかは微妙なところだ。
「あのね、聞きたいことがあるの」
「うん?菓子を用意するのならいいぞ」
「えー……クッキーとかマドレーヌしかないけど…」
まさかお菓子を要求されるとは思ってなかったので、私がおやつにと用意していたものしかない。とりあえず、その二つを収納空間から出してゼンに差し出すと、彼はにっこり笑って頷く。どうやら話を聞いてくれるようだ。
「よし、いいぞ。お前の聞きたいことを聞いてやろう」
「ありがとう。えっとね、最近、夢を見るの。こことは違う世界で、顔が分からない優しいひとと暮らしている夢を」
「……夢か。その夢の中で、お前の立ち位置は何処だ?」
「よく分からない。その人との暮らしを遠くから見ているんだけど、一緒に暮らしているのは夢の中の私だっていう認識で…。なんか、視点が二つあるような夢だったの」
ふうむ、とゼンが唸る。何かを考えるように顎に手を当てて俯き、空いている手で私の用意したクッキーを摘んでは口に運んでいた。無意識の行動なのだろうか?それにしたってお菓子が好き過ぎるのでは…。
そうして、最後の一枚を食べ終えると、ゼンは考え込んでいた顔を上げる。
「夢というものが何か、お前は知っているか?」
「え…と、過去の思い出……とか?」
「そうだな。だいたいのものは過去の記憶によって作られるものだろう。だが、お前はそういう夢を見ない。見たとしてもこちらの世界で得た記憶だけだ」
「うん、だからゼンに聞きたかったの。どうして、あの夢を見るようになったのかを」
いままで一度も、私の前世を夢に見たことはなかった。かすかな引っかかりさえもなくて、何かを思い出すようなこともなかった。
なかったことがあるようになった、そんな特別なきっかけを考えれば……私を転生させたというゼンに行き着くのは当然のことだろう。だから、彼に問う。
「ゼン、」
「……お前の中に前世の記憶はほとんど存在しないはずだ。だが、その夢を見たということは何か意味があるということだろう。俺の方で、少し調べておく」
「調べる……うん、お願いするね」
「すぐに答えが出るものではないし、気長に待っているといい。まあ、お前が見ている夢は幸福であるようだから、そう心配は要らないと思うぞ」
わしゃわしゃ、と頭を撫でられる。元気を出せというような撫でかただが、私は別に落ち込んでいるわけでは……なんだか手が気持ちいいからこのままでも、いや髪がぼさぼさになってしまう…!
ぺし、と腕を軽く叩けば、ゼンは楽しそうな笑みで私を見つめていた。
「―あ!え、うそ!ミーフェさんの噂の彼氏さん?!」
再び髪をぼさぼさにされる撫で方に警戒して構えていると、入り口から声が聞こえた。はしゃぐような声に視線を向ければ、ソーニャちゃんとそのお友達が入ってくるところだった。
「わあ!すごい、カッコいいですね!!これが噂の彼氏さんですか~!」
「ちょっとソーニャ!失礼でしょう?!」
ばたばたと楽しそうに近付いてきたソーニャちゃんを、薄桃色の髪を二つに結んだ少女が引き離す。なんだか手馴れているような気がするけど、よくあるのかな?
「すみません、ソーニャがご迷惑をお掛けしました」
「申し訳ない」
薄桃色の髪の子がソーニャちゃんにお説教をはじめ、残った二人の少年が私とゼンに謝罪をしに来てくれた。謝ることなんて何もないので、私はゆるく首を横に振る。
「ううん、大丈夫。迷惑ではないから安心して。でも、ゼンは友人だから、そこだけ間違えないでくれるとありがたいかな」
「うんうん。俺がミーフェの彼氏だなんだといわれると、グランの怒りを買ってしまうからな」
「あはは…それはないと思う…けど…うん……」
はっきりと言いきれないところだ。そこまで心は狭くないだろうけど、グランはなんだかゼンをちょっと警戒し始めてるからなぁ……。
少年二人がなんだか沈んだような顔をしている中に、お説教が終わったらしいソーニャちゃんが突っ込んできた。
「じゃあじゃあ、ミーフェさんの噂の彼氏さんは、むぐぅ!」
「さっきお説教したことをもう忘れたのかしら?!それに、そんな無駄話をしてる暇なんてないのよ!」
「ああ、落ち着いてくださいステラ」
「そうだぞ。クロの容態もそう悪くないだろうし、苛々しても良いことはない」
「わ、分かってるわよ!でも…ずっと一緒にいるのに、こんなの初めてなんだもの…」
ソーニャちゃんの口から手を離し、ステラと呼ばれた子は俯いてしまう。
彼女たちの話を察するに、私に用事があるのだろう。クロという子の容態とも聞こえたし、なにか調子の悪い子に薬を調合して欲しいということだろうか?
「えと、話が良く見えないけど……私に用がある、で、いいんだよね?」
「あ、はい、そうなんです。用があるのは私じゃなくて、ステラなんですけど…」
「うん、とりあえず奥へどうぞ。落ち着いて話をするほうが良さそうだしね」
というわけで、私は彼女たちを奥へと招き入れる。ちょっと椅子とか机の大きさとかが足りなかったので、収納空間から予備を取り出して、彼女たちに座ってもらう。
気持ちが落ち着く紅茶を出し、お客様用のちょっとお高いお菓子を出す。
「えっと、まずは名前を聞いてもいいかな?」
「あ、私はステラリエ・アウスレーゼ、です。呼びにくいから皆はステラって呼んで、ます」
「ステラちゃんだね。ふふ、ソーニャちゃんたちと同じように話してくれていいよ。その方が私も話しやすいし」
「……じゃあそうするわ。で、ええと、ミーフェさんは竜種について詳しいってソーニャから聞いて…」
「え?」
「え?」
ステラちゃんの言葉に声を上げると、ソーニャちゃんも同じように声を上げた。
私が竜種に詳しいというのは、いったい何処から出た話だろうか。ソーニャちゃんにそんな事を言った覚えはないし、お店の中にも竜種に繋がるものはないと思うんだけど…。
疑問に思ってソーニャちゃんを見つめると、びっくりしたような顔をしている。
「あれ?!ミーフェさんの彼氏さん、人化してる竜だって聞いたんですけど……?」
「え…っ」
「あー、そうか。当事者だと中々わからないか。グランが人化した竜ってのは、もうギルドで知らない奴はいないくらい有名だぞ。最初はどっちつかずで答えてたんだが、フェイラスのやつがぽろっと零してしまってな」
どうやら、いつのまにか周知の事実として出回っているようだ。まあ積極的に隠している訳ではないし、知っていて困るようなことでもないけど、ちょっとびっくりしてしまった。
紅茶を飲んで、心を落ち着けてから話を進めよう。
「そっか。ええと、じゃあステラちゃんの用って竜種に関すること?」
「…ええ、そうよ。ずっと私と一緒にいる黒竜……クロの様子がおかしいの」
そう言ってステラちゃんは紙を取り出し、それに魔力を注ぎ込んでいく。彼女の魔力の色で魔法陣が描かれ、数秒もしないうちに、その紙上に手のひらに乗る大きさの黒鱗の竜が現れた。
「わ、さすが魔法学園の生徒だね。えーと、クロくんは成体?」
「ええ。体が小さいのは調整してるからって聞いてるわ」
「へぇ…ここまで体を小さく出来るのは能力が高い証拠だね。会話も問題なく行えるみたいだし、この子はかなり強い個体だと思う」
「自分のことをよく強いとは自称していたけど、っあ、ミーフェさん駄目!」
「え、っい、た…!」
ぐったりしているようだから、どこか体の調子が悪いのだろうと手を伸ばしたら、噛まれた。がぶっと少し強く噛まれてしまい、人差し指の先から血が雫となって落ちる。
「きゃあああ!ごめんなさいミーフェさん!ああ、血、血が…!」
「ステラちゃん、大丈夫。このくらいなら大したことないよ」
ステラちゃんの声に驚いてしまったけど、私は取り乱す彼女を落ち着かせるように優しい声で言い聞かせ、指の傷には布を巻いておく。
「ご、ごめんなさい、クロ、こうなってから色々と噛んでしまうの…。最初に言っておくべきだったわ…」
「大丈夫、大丈夫。んー、でも、ぐったりしているわりには元気みたいだし……うーん」
グランと結婚したけれど、竜についてそんなに詳しくなかったりする私。全く知らない人に比べたら知っているかもしれないけど、竜がかかる病気とかそういうのは分からないし……。
うんうんと唸って考えている私の耳に、ベルの音が聞こえた。
「―ん、今日はずいぶんと賑やかだな、ミーフェ」
「グランっ、おかえりなさい!」
「ただいま」
ちょうど良いところに帰って来てくれたグラン。私が手招きをすると、少し不思議そうにしながらも奥の部屋へと入って来てくれる。
そして机の上にうずくまる黒竜を見て、眉を寄せた。
「………この黒竜は?」
「この子はクロくんっていって、ずっとこんな風にぐったりしてるみたいなの。でも、その割には元気だし、色んなものを噛んだりするって。グランは、どうしてか分かる?」
「ふむ……そうだな、発情期ではないか?」
クロくんをじっと見つめて、グランはそう口にした。え、発情期って、あの…?
「は、発情期って、いままで一度も見たことないわよ?!」
「竜種の発情期は個体ごとに違う。今までなかったとしても不思議ではない」
ステラちゃんはグランに何かを言い返そうとして上手い言葉が見つからず、ぱくぱくと口を動かすだけになっている。うん、まあ、その気持ちは分かるよ…。
「っ、分かったわよ!発散させれば良いんでしょう?!ソーニャ、今日は帰らないからこれ出しておいて!!」
勢い良く立ち上がったステラちゃんはそう言ってクロくんを抱え、ソーニャちゃんに何かの紙を強引に渡して飛び出していってしまった。
なんともいえない空気の中、こほん、とソーニャちゃんが咳払いをする。
「うん、まあ無事解決ってことで!」
「ええ…大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。ステラとクロは互いを想い合っていますから」
「悪いことにはならないだろう」
どうやらステラちゃんとクロくんは、友人に筒抜けなくらい互いの事が好きであるらしい。うーん、好き同士なら何かあっても大丈夫かな。
ちょっと安心したところで、ソーニャちゃんたちは席を立つ。
「じゃあ、私たちもこれで帰りますね。ステラの外出申請を出さないといけないし」
「うん、じゃあまたね」
にこにこと笑顔でお店を出て行くソーニャちゃんと、前と同じように小さく頭を下げて出て行く少年二人。…あ、あの子達の名前を聞いてなかったな。今度、会った時に聞いてみよう。
さて、残ったのはゼンだけだが、彼も私が用意したちょっとお高いお菓子を食べ終えたようで、すでに帰る支度をしていた。
「じゃあ、俺も帰るぞ。美味い菓子を食ったから、また一仕事できそうだ」
「お菓子だけじゃ栄養が偏るから、ちゃんと食事もしないとだめだよ」
「はは、気が向いたらな。じゃ」
手を振るゼンを見送り、追加した椅子や机を片付け、ほとんど食べられてしまったお高いお菓子を、なんとも言えない気持ちを抱えつつ収納空間へと仕舞った。
*
毎夜と変わらず寝台へ寝転がる私は、今日聞いたとある発言についてグランへ聞くことにした。もんもんと考えてしまいそうだし。
「…ねえ、グランも発情期ってあるの?」
「ああ、まあ、前に一度」
「え、あったの?!私、知らない…」
あるのかどうかを聞こうと思ったら、既にあったらしい。ええ、そんな様子なんて記憶にないんだけど…。
その時がどうだったのか知りたい私は、じっとグランを見つめる。
「……君が知らなくとも無理はない。まだ君と恋人になる前だったからな。私がしばらく姿を見せなかった時を覚えていないか?」
「…あ!そういえば……治まるまでじっとしてたの?」
こくり、とグランは頷く。
あの時は、まだ神界や竜界が出来たころだったはずで、グランと会えないのも竜界のことが忙しいからだと思っていた。でも、まさか発情期だったなんて。
クロくんみたいに、ぐったりして治まるのを待ってたのかな。
「……グラン、もしまた、発情期が来たら……私が、何とかしてあげるから」
「っ、ミーフェ…」
「だから、その時は…何処かに行かずに、私に言ってね」
ぎゅっとグランに抱きついてそう言うと、優しい口付けが降ってきた。ちゅ、ちゅ、と啄ばむような口付けをされ、腰に回った彼の腕がぐっと抱き寄せてくる。
「ん、ん…っ」
「…ん、ミーフェ…その時になれば、君の無理のない範囲で、な」
「う、ん…」
もう一度、口付けを交わす。求めるように舌を絡めれば、もっともっととその先が欲しくなる。
太ももに押し付けられるグランの熱い生殖器を撫で、私はまた彼の愛と欲を受け止めるのだった。
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