25 / 34
第二十四話 海底遺跡
しおりを挟む
その海底遺跡は透明な膜のようなものに覆われていて、その内側は水もなく地上と同じように行動が出来るようになっていた。おそらく、なんらかの魔法が施されているのだろう。
私たちまず水着から通常の服装に着替え、準備を整えてから遺跡の中へ入ることにした。
ラースさんとセラフィーヌさんが先頭を務め、真ん中にソーニャちゃんとルーファスくん、後ろに私とグランという並びだ。
入ってすぐに増え始めたという魔物の襲撃もなく、私も彼らに続いて遺跡の内部へと向かう。磨き上げられたように輝く乳白色の石床を踏むと、つきり、と胸の奥が痛んだ。
「ん…?」
ほんの一瞬、なぜか痛みを覚える。なんだろうと思って胸に手を当ててみるが、先ほどのような痛みは感じない。
「ミーフェ?どうした?」
「あ、ううん。何でもない」
「…何でもないのならいいが、もし何かあるのなら言ってくれ」
「うん、ありがとうグラン」
私が立ち止まったことに気づいたグランが心配そうに声をかけてくれた。彼は私の言葉を聞いて少し不満そうだったが、特に追及することもなくそのまま私の手を取って、先に進んでしまっているラースさんたちのもとへ向かう。
「さて、ここから先はソーニャとルーファスの方針に従うことにする」
「私たちの課題ですもんね」
入口から少し進んだ先にある広い空間で立ち止まり、どう課題をこなすかという話し合いをしているようだ。その空間の左右に道があり、片方ずつ進むか二手に分かれて進むかをソーニャちゃんとルーファスくんが話し合っている。
「グラン、ミーフェ。あの二人は危なっかしいところもあるだろうが、なるべく手を出さずに見守っていてくれ。ただ、危険があるときは助けてやってほしい」
「ああ、それはもちろん。成長には試練も必要だからな」
二人の監督役であるラースさんにそう小声で伝えられ、グランはそう口にする。私も同じ思いなので頷くと、ラースさんは助かる、と礼を言う。
「セラフィーヌはこの手の依頼を何度かこなしているから勝手もわかるが、お前らは初めてだからな」
「私はともかくとして、ミーフェは際限なく助言を与えてしまうだろうから、そういう注意はありがたい」
「うん…気を付けます」
私が好んだ人間には甘いことを知っているグランがそう言う。私もそれは自覚しているので、気を付けてはいるのだけれど。なんだかやらかしてしまいそうなので、心に刻んでおこう。
「ノイラート先生、二手に分かれて遺跡を調査することにしました。左右の道は同じ部屋に辿り着きますし、出てくる魔物もそう強くないという話ですし」
「おう。なら、分け方はどうするんだ?」
大体の方針が決まったらしい二人がラースさんに確認を取りに来た。ルーファスくんが代表して話をしているのは、ソーニャちゃんだと上手く伝わらないからだろう。
「俺とグランさんとノイラート先生の組と、ソーニャとセラフィーヌさんとミーフェさんの組にしようかと。これならちょうどいい具合に攻撃役が分かれると思うんですが」
「そうだな。グランとミーフェはそれでいいか?」
「…あまりミーフェと離れたくはないが、仕方ないか」
「私は大丈夫ですよ」
「わかった。お前たちの決めたことに従う」
おそらくセラフィーヌさんはこの分け方に異を唱えないだろうから、私とグランに聞いたのだろう。グランは私と離れることに少し不満そうだったけど、仕方のないことと割り切るようだ。
そんなに心配しなくても、もうほとんど力も戻ってきているし、大丈夫なんだけどなぁ。
「よし、じゃあ私たちは右側の道ですね。ほとんど一本道なので、迷ったりしないのが安心ですね」
「そうだな。だが、魔物が出るのだから十分に気を付けないといけないよ」
「はい!」
セラフィーヌさんの忠告にしっかり頷き、元気よく返事をするソーニャちゃん。
私たちはソーニャちゃんの言葉通り、右の道を進んでいく。先頭は剣を扱えるセラフィーヌさんで、私とソーニャちゃんはほぼ魔法が主体なので、彼女の後ろだ。
戦闘の際の行動を確認し、ルーファスくんたちと別れて、私たちは進むことにした。
*
別れた道の先を進み始めると魔物の襲撃が増えてくるが、セラフィーヌさんが愛剣で切り伏せ私たちが後方で魔法を撃てばすぐに片付いてしまう。まあ、出現頻度もそれなりにあるけれど。
「大した強さではないが、数が多いな」
「そうですね。でも、セラフィーヌさんがほとんど切ってくれるので、私たちは楽です!」
「はは、ソーニャの魔法でも十分に蹴散らせるだろうし、私は少し遠慮するかな」
「ええ?!」
セラフィーヌさんとソーニャちゃんはそんな軽口を言い合いながら、現れる魔物を倒していく。二人が頑張ってくれているおかげで、私はたまに魔法を放つくらいだ。
ほとんど暇といっても差し支えないほどなので、私は遺跡の内部を観察しながら彼女らの後を追う。
「……やっぱり見覚えがある気がする…。どこ、だろう」
記憶にないはずなのに、どこかで見たことがあるような気がする。私も長く生きているから、忘れてしまっていることもあるだろう。
うーん、と唸りながら二人の後を追う私だが、ふと、何かが気になって視線を進行方向からずらす。
「なんだろう……扉?」
行き止まりであることがすぐに分かる場所の手前、淡い光で扉が作られているように見える。
ソーニャちゃんはほとんど一本道だと言っていたから、余計にあの扉が気になってしまう。私は少し悩んでから、前を行く二人に声をかけた。
「ソーニャちゃん、セラフィーヌさん!ちょっと来てもらえますか?」
私が声をかけると、二人はすぐにこちらへ来てくれた。そして、私の前にある扉らしきものを見て驚いている。
「これは……」
「扉、ですか?え、でも、ここは一本道だって……。もしかして、この先に魔物が増えた原因が?」
「わからない。でも、すごく気になる」
どうしてこんなに興味をひかれるのか分からない。この先に『行かなければならない』と、私の奥底にある何かがざわめいている。
セラフィーヌさんとソーニャちゃんも、多少の興味はあるようで、扉の周りを調べ始めた。
「うーん…この扉、取っ手がないですね。どうやって開けるんだろう」
「遺跡には特有の仕掛けがあったりもするが、この手のものは私も見たことがないな」
「扉を開けるためのもの……んー…」
不意に頭の中に映像が浮かぶ。ざらざらとした不明瞭なものだけれど、何もない壁に誰かが手をつくと滑るように扉が開く。
同じように手を伸ばして、扉の横の壁に触れれば……扉は呆気なく開いた。
「わあ、開いた!ミーフェさんいったいどうやって…?」
「適当に壁を触ったら……。えっと、とりあえず開いたし、少し進んでみる?」
ソーニャちゃんの疑問に適当な嘘をついて誤魔化し、扉の先に進むかどうかを聞いてみる。ソーニャちゃんはどうするべきかを悩んで、何かを思い出したのか懐から硝子玉のようなものを取り出した。
手のひらに乗る程度のそれは何度か明滅し、声を届ける。
『ソーニャ?どうしたんだ、何か見つけたのか?』
「見つけたっていうか、なんか扉があるの。進んでも大丈夫かな?」
『扉?……いや、俺たちがそっちに向かうから、それまで待て』
どうやら離れた相手と会話ができる魔法具のようだ。
私はソーニャちゃんとルーファスくんの会話を聞きながら、開いた扉の先を見つめる。点々とか細い明りがついているだけで、特に何かあるようには見えない。
もうちょっと奥が見えないかなぁ、と思って、少し身を乗り出したら、何かに引っ張られるように部屋の中へ足を踏み入れてしまった。
「ミーフェ?!」
「えっ、あ、」
セラフィーヌさんの慌てた声が聞こえたと思ったら、瞬く間に扉が閉まった。
「あー…閉まっちゃった」
外の音が一切聞こえてこないので、セラフィーヌさんとソーニャちゃんの様子はわからないが、かなり慌てていることだろう。うかつに近寄った私が悪いので、戻ったらちゃんと謝罪をしてしっかり叱られよう。
まあ、それはそれとして。入ってしまったものは仕方ないので、少し調べてみるとしよう。
「かろうじて足元が見えるけど、暗いなぁ」
とりあえず、奥に進んでみる。つまずいたりしないように気を付けて歩いていくと、すぐに壁際へとたどり着いた。んー、意外と狭いのかな。
「ええと、さっきみたいに開かないかな。どこか、扉とか……」
壁に手を這わせて探してみると、運良く扉を開けるためのものに当たった。少し離れた壁が開いて、わずかに明かりが差し込んでいるのが見える。わかりやすいところでよかった。
明かりを頼りに進み、扉の先へ向かう。
「……なるほど。これが魔物が増えた原因かな」
小さな部屋の中央に、禍々しく光る魔法陣が描かれている。両の手のひらくらいの大きさだが、これは魔物を生み出す機能を持ったものだ。
私やグランが眠る前は邪神や魔族がよく作っていたものだが、まさかこんなところで見つけるとは。
「どこかの誰かが作ったものかな。んー、でもこんなところに作ってもあんまり意味なさそうなんだけど……」
人間の負の感情を好む彼らにとって、ここはあまりにも人が少なすぎる。何か他の目的でもあるのだろうか、とその魔法陣をじっと見つめれば、また胸の奥が痛む。
「…胸の奥が痛いのは、これが原因?でも、どうして」
こんな魔法陣は過去に何度も見てきた。その時は何もなかったのに、目の前にあるこれを見ていると胸の奥がずきずきと痛む。ならば、この魔法陣は特別なのだろう。
私は深呼吸をして、魔法陣に手を伸ばす。今の私なら、これを作った人物を残っている魔力を頼りに見ることができるはず。
禍々しく光る魔法陣のふちに、
**
ああ、どうして。マスターは死んでしまった。
ああ、どうして。あいつは生きているんだ。
消えゆく魂を繋ぎ合わせて、朽ちゆく体を作り直して、私は叶えなければ。
悲劇を増やさないために。
それがマスターの最期の望み。この身に宿る力を利用して、必ず叶えなければいけない。
―すべての世界を滅ぼしてほしいという、マスターの最期の命令を。
**
「―ミーフェ!!」
後ろから名前を呼ばれて、私ははっと意識が引き戻される。声の主が誰か確認しようと振り向く前に、思いきり抱き締められた。うん、これはグランだ。
「お前らいちゃいちゃするのは後にしろ、後に。子供が見てるんだぞ」
「気持ちが分からないでもないが、もう少し自重した方がいいんじゃないか?」
ラースさんとセラフィーヌさんの声が聞こえてきて、グランは不満そうに私を解放した。動けるようになって視線を巡らせると、ソーニャちゃんは目を輝かせていた。
「情熱的でいいですね!」
「…状況を弁えた方がいいと思うけどな」
ルーファスくんの目がちょっと冷たく感じる。
微妙に緩んだ空気の中、こほん、とラースさんが咳ばらいをして注意を向けさせた。
「まあ、そこの二人は置いておいて、だ。おそらくあの魔法陣が魔物が増加した原因だろう」
「これってなんなんですか?」
「魔物を生む魔法陣だ。こんなところにある理由はわからないが、この規模なら破壊が可能だ」
ソーニャちゃんたちの意識を私たちから海底遺跡に来た目的に向けさせ、ラースさんは私の後ろにある魔法陣を指す。
どうやらラースさんはこれがどういうものかちゃんと分かっているらしい。初めて会った時も五百年だかなんだか言っていたし、意外と長生きなのかもしれない。
「ええ、これ壊せるんですか?どうやって?」
「魔力を注ぎ込めばいい。製作者以外の魔力を一定以上注げば壊れる」
「ノイラート先生、それは俺とソーニャだけでは難しいのでは?」
「そうだな。だが、このまま残しておくわけにもいかない。俺たち全員でやれば、まぁいけるだろ」
行き当たりばったりに近いラースさんの言いように、ルーファスくんとソーニャちゃんは大丈夫か、という視線を向けている。まあ、ここにはグランがいるので、その心配は無用だ。
さっさと壊してしまおう、とラースさんの号令の下、魔法陣に魔力を注いでいく。数秒もしないうちにひびの入るような音がして、硝子を割るような音と共に魔法陣は消えてなくなった。
「よし、これでいいだろう。あとは帰るだけだが、気を抜くなよ」
ひとまず原因と思われるものを排除し、私たちは海底遺跡をあとにする。入るときは特定の時間でしか入れないが、出るときは自由に出られるのでありがたい。まあ、それ故にほとんど調査されていたのだろうけど。
水中で呼吸ができるようにまた魔法をかけ、リートゥスの砂浜へと戻る中、私は海底遺跡を振り返る。
灰色の四角い建物。乳白色の床。知らないはずの扉の開け方。魔法陣に触れて聞こえた、抑揚のない言葉。
浮かんでくる疑問と不安に頭を振り、私は先を行く彼らの後を追った。
私たちまず水着から通常の服装に着替え、準備を整えてから遺跡の中へ入ることにした。
ラースさんとセラフィーヌさんが先頭を務め、真ん中にソーニャちゃんとルーファスくん、後ろに私とグランという並びだ。
入ってすぐに増え始めたという魔物の襲撃もなく、私も彼らに続いて遺跡の内部へと向かう。磨き上げられたように輝く乳白色の石床を踏むと、つきり、と胸の奥が痛んだ。
「ん…?」
ほんの一瞬、なぜか痛みを覚える。なんだろうと思って胸に手を当ててみるが、先ほどのような痛みは感じない。
「ミーフェ?どうした?」
「あ、ううん。何でもない」
「…何でもないのならいいが、もし何かあるのなら言ってくれ」
「うん、ありがとうグラン」
私が立ち止まったことに気づいたグランが心配そうに声をかけてくれた。彼は私の言葉を聞いて少し不満そうだったが、特に追及することもなくそのまま私の手を取って、先に進んでしまっているラースさんたちのもとへ向かう。
「さて、ここから先はソーニャとルーファスの方針に従うことにする」
「私たちの課題ですもんね」
入口から少し進んだ先にある広い空間で立ち止まり、どう課題をこなすかという話し合いをしているようだ。その空間の左右に道があり、片方ずつ進むか二手に分かれて進むかをソーニャちゃんとルーファスくんが話し合っている。
「グラン、ミーフェ。あの二人は危なっかしいところもあるだろうが、なるべく手を出さずに見守っていてくれ。ただ、危険があるときは助けてやってほしい」
「ああ、それはもちろん。成長には試練も必要だからな」
二人の監督役であるラースさんにそう小声で伝えられ、グランはそう口にする。私も同じ思いなので頷くと、ラースさんは助かる、と礼を言う。
「セラフィーヌはこの手の依頼を何度かこなしているから勝手もわかるが、お前らは初めてだからな」
「私はともかくとして、ミーフェは際限なく助言を与えてしまうだろうから、そういう注意はありがたい」
「うん…気を付けます」
私が好んだ人間には甘いことを知っているグランがそう言う。私もそれは自覚しているので、気を付けてはいるのだけれど。なんだかやらかしてしまいそうなので、心に刻んでおこう。
「ノイラート先生、二手に分かれて遺跡を調査することにしました。左右の道は同じ部屋に辿り着きますし、出てくる魔物もそう強くないという話ですし」
「おう。なら、分け方はどうするんだ?」
大体の方針が決まったらしい二人がラースさんに確認を取りに来た。ルーファスくんが代表して話をしているのは、ソーニャちゃんだと上手く伝わらないからだろう。
「俺とグランさんとノイラート先生の組と、ソーニャとセラフィーヌさんとミーフェさんの組にしようかと。これならちょうどいい具合に攻撃役が分かれると思うんですが」
「そうだな。グランとミーフェはそれでいいか?」
「…あまりミーフェと離れたくはないが、仕方ないか」
「私は大丈夫ですよ」
「わかった。お前たちの決めたことに従う」
おそらくセラフィーヌさんはこの分け方に異を唱えないだろうから、私とグランに聞いたのだろう。グランは私と離れることに少し不満そうだったけど、仕方のないことと割り切るようだ。
そんなに心配しなくても、もうほとんど力も戻ってきているし、大丈夫なんだけどなぁ。
「よし、じゃあ私たちは右側の道ですね。ほとんど一本道なので、迷ったりしないのが安心ですね」
「そうだな。だが、魔物が出るのだから十分に気を付けないといけないよ」
「はい!」
セラフィーヌさんの忠告にしっかり頷き、元気よく返事をするソーニャちゃん。
私たちはソーニャちゃんの言葉通り、右の道を進んでいく。先頭は剣を扱えるセラフィーヌさんで、私とソーニャちゃんはほぼ魔法が主体なので、彼女の後ろだ。
戦闘の際の行動を確認し、ルーファスくんたちと別れて、私たちは進むことにした。
*
別れた道の先を進み始めると魔物の襲撃が増えてくるが、セラフィーヌさんが愛剣で切り伏せ私たちが後方で魔法を撃てばすぐに片付いてしまう。まあ、出現頻度もそれなりにあるけれど。
「大した強さではないが、数が多いな」
「そうですね。でも、セラフィーヌさんがほとんど切ってくれるので、私たちは楽です!」
「はは、ソーニャの魔法でも十分に蹴散らせるだろうし、私は少し遠慮するかな」
「ええ?!」
セラフィーヌさんとソーニャちゃんはそんな軽口を言い合いながら、現れる魔物を倒していく。二人が頑張ってくれているおかげで、私はたまに魔法を放つくらいだ。
ほとんど暇といっても差し支えないほどなので、私は遺跡の内部を観察しながら彼女らの後を追う。
「……やっぱり見覚えがある気がする…。どこ、だろう」
記憶にないはずなのに、どこかで見たことがあるような気がする。私も長く生きているから、忘れてしまっていることもあるだろう。
うーん、と唸りながら二人の後を追う私だが、ふと、何かが気になって視線を進行方向からずらす。
「なんだろう……扉?」
行き止まりであることがすぐに分かる場所の手前、淡い光で扉が作られているように見える。
ソーニャちゃんはほとんど一本道だと言っていたから、余計にあの扉が気になってしまう。私は少し悩んでから、前を行く二人に声をかけた。
「ソーニャちゃん、セラフィーヌさん!ちょっと来てもらえますか?」
私が声をかけると、二人はすぐにこちらへ来てくれた。そして、私の前にある扉らしきものを見て驚いている。
「これは……」
「扉、ですか?え、でも、ここは一本道だって……。もしかして、この先に魔物が増えた原因が?」
「わからない。でも、すごく気になる」
どうしてこんなに興味をひかれるのか分からない。この先に『行かなければならない』と、私の奥底にある何かがざわめいている。
セラフィーヌさんとソーニャちゃんも、多少の興味はあるようで、扉の周りを調べ始めた。
「うーん…この扉、取っ手がないですね。どうやって開けるんだろう」
「遺跡には特有の仕掛けがあったりもするが、この手のものは私も見たことがないな」
「扉を開けるためのもの……んー…」
不意に頭の中に映像が浮かぶ。ざらざらとした不明瞭なものだけれど、何もない壁に誰かが手をつくと滑るように扉が開く。
同じように手を伸ばして、扉の横の壁に触れれば……扉は呆気なく開いた。
「わあ、開いた!ミーフェさんいったいどうやって…?」
「適当に壁を触ったら……。えっと、とりあえず開いたし、少し進んでみる?」
ソーニャちゃんの疑問に適当な嘘をついて誤魔化し、扉の先に進むかどうかを聞いてみる。ソーニャちゃんはどうするべきかを悩んで、何かを思い出したのか懐から硝子玉のようなものを取り出した。
手のひらに乗る程度のそれは何度か明滅し、声を届ける。
『ソーニャ?どうしたんだ、何か見つけたのか?』
「見つけたっていうか、なんか扉があるの。進んでも大丈夫かな?」
『扉?……いや、俺たちがそっちに向かうから、それまで待て』
どうやら離れた相手と会話ができる魔法具のようだ。
私はソーニャちゃんとルーファスくんの会話を聞きながら、開いた扉の先を見つめる。点々とか細い明りがついているだけで、特に何かあるようには見えない。
もうちょっと奥が見えないかなぁ、と思って、少し身を乗り出したら、何かに引っ張られるように部屋の中へ足を踏み入れてしまった。
「ミーフェ?!」
「えっ、あ、」
セラフィーヌさんの慌てた声が聞こえたと思ったら、瞬く間に扉が閉まった。
「あー…閉まっちゃった」
外の音が一切聞こえてこないので、セラフィーヌさんとソーニャちゃんの様子はわからないが、かなり慌てていることだろう。うかつに近寄った私が悪いので、戻ったらちゃんと謝罪をしてしっかり叱られよう。
まあ、それはそれとして。入ってしまったものは仕方ないので、少し調べてみるとしよう。
「かろうじて足元が見えるけど、暗いなぁ」
とりあえず、奥に進んでみる。つまずいたりしないように気を付けて歩いていくと、すぐに壁際へとたどり着いた。んー、意外と狭いのかな。
「ええと、さっきみたいに開かないかな。どこか、扉とか……」
壁に手を這わせて探してみると、運良く扉を開けるためのものに当たった。少し離れた壁が開いて、わずかに明かりが差し込んでいるのが見える。わかりやすいところでよかった。
明かりを頼りに進み、扉の先へ向かう。
「……なるほど。これが魔物が増えた原因かな」
小さな部屋の中央に、禍々しく光る魔法陣が描かれている。両の手のひらくらいの大きさだが、これは魔物を生み出す機能を持ったものだ。
私やグランが眠る前は邪神や魔族がよく作っていたものだが、まさかこんなところで見つけるとは。
「どこかの誰かが作ったものかな。んー、でもこんなところに作ってもあんまり意味なさそうなんだけど……」
人間の負の感情を好む彼らにとって、ここはあまりにも人が少なすぎる。何か他の目的でもあるのだろうか、とその魔法陣をじっと見つめれば、また胸の奥が痛む。
「…胸の奥が痛いのは、これが原因?でも、どうして」
こんな魔法陣は過去に何度も見てきた。その時は何もなかったのに、目の前にあるこれを見ていると胸の奥がずきずきと痛む。ならば、この魔法陣は特別なのだろう。
私は深呼吸をして、魔法陣に手を伸ばす。今の私なら、これを作った人物を残っている魔力を頼りに見ることができるはず。
禍々しく光る魔法陣のふちに、
**
ああ、どうして。マスターは死んでしまった。
ああ、どうして。あいつは生きているんだ。
消えゆく魂を繋ぎ合わせて、朽ちゆく体を作り直して、私は叶えなければ。
悲劇を増やさないために。
それがマスターの最期の望み。この身に宿る力を利用して、必ず叶えなければいけない。
―すべての世界を滅ぼしてほしいという、マスターの最期の命令を。
**
「―ミーフェ!!」
後ろから名前を呼ばれて、私ははっと意識が引き戻される。声の主が誰か確認しようと振り向く前に、思いきり抱き締められた。うん、これはグランだ。
「お前らいちゃいちゃするのは後にしろ、後に。子供が見てるんだぞ」
「気持ちが分からないでもないが、もう少し自重した方がいいんじゃないか?」
ラースさんとセラフィーヌさんの声が聞こえてきて、グランは不満そうに私を解放した。動けるようになって視線を巡らせると、ソーニャちゃんは目を輝かせていた。
「情熱的でいいですね!」
「…状況を弁えた方がいいと思うけどな」
ルーファスくんの目がちょっと冷たく感じる。
微妙に緩んだ空気の中、こほん、とラースさんが咳ばらいをして注意を向けさせた。
「まあ、そこの二人は置いておいて、だ。おそらくあの魔法陣が魔物が増加した原因だろう」
「これってなんなんですか?」
「魔物を生む魔法陣だ。こんなところにある理由はわからないが、この規模なら破壊が可能だ」
ソーニャちゃんたちの意識を私たちから海底遺跡に来た目的に向けさせ、ラースさんは私の後ろにある魔法陣を指す。
どうやらラースさんはこれがどういうものかちゃんと分かっているらしい。初めて会った時も五百年だかなんだか言っていたし、意外と長生きなのかもしれない。
「ええ、これ壊せるんですか?どうやって?」
「魔力を注ぎ込めばいい。製作者以外の魔力を一定以上注げば壊れる」
「ノイラート先生、それは俺とソーニャだけでは難しいのでは?」
「そうだな。だが、このまま残しておくわけにもいかない。俺たち全員でやれば、まぁいけるだろ」
行き当たりばったりに近いラースさんの言いように、ルーファスくんとソーニャちゃんは大丈夫か、という視線を向けている。まあ、ここにはグランがいるので、その心配は無用だ。
さっさと壊してしまおう、とラースさんの号令の下、魔法陣に魔力を注いでいく。数秒もしないうちにひびの入るような音がして、硝子を割るような音と共に魔法陣は消えてなくなった。
「よし、これでいいだろう。あとは帰るだけだが、気を抜くなよ」
ひとまず原因と思われるものを排除し、私たちは海底遺跡をあとにする。入るときは特定の時間でしか入れないが、出るときは自由に出られるのでありがたい。まあ、それ故にほとんど調査されていたのだろうけど。
水中で呼吸ができるようにまた魔法をかけ、リートゥスの砂浜へと戻る中、私は海底遺跡を振り返る。
灰色の四角い建物。乳白色の床。知らないはずの扉の開け方。魔法陣に触れて聞こえた、抑揚のない言葉。
浮かんでくる疑問と不安に頭を振り、私は先を行く彼らの後を追った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる