転生女神は最愛の竜と甘い日々を過ごしたい

紅乃璃雨-こうの りう-

文字の大きさ
26 / 34

第二十五話 思い出と私

しおりを挟む
 優しくやわらかな笑みを浮かべる男性のもとへ生まれ落ちた思い出。
 穏やかで幸福な日々を過ごした思い出。
 真実を知り、怒りで復讐を行った日々。
 そして、すべてを終わらせるために世界を滅ぼしてしまった、終焉の日。
 いくつもの断片的な映像が泡のように浮かんでは消えていく。その内の一つに触れると、それが流れ込んできた。

「ああ…君に任せることになってしまうね。ごめんね」
「いいえノアド様、まだ平気です。適切な処置を施せば、ノアド様は…マスターは」
「だめだ。それじゃあだめだよ。僕の治療をしていたらあの子を、リリアを止められなくなってしまう。君にもそれはわかっているはずだよね?」

 まだ目覚めたばかりのリリアは、力を蓄えている状態だ。時間が経てば経つほど状況はリリア優勢になってしまう。それはわかっていた。でも、私にとっては。

「――、僕の愛しいもう一人の娘。僕のお願いを、聞いてくれるかい?」

 やわらかな笑みを浮かべるノアド様に頷く。これは大事なお願いで、きっと最後のお願いだから。

「どうかあの子を、リリアを止めてほしい。これ以上、あの子が罪を重ねないように……たとえ」

 たとえ、世界が滅んでしまうことになっても。
 ノアド様のお願いを、私は命令として受け取ることにした。そうしないと、あの人のお願いを叶えられないから。
 そして私は。

 *

 海底遺跡から無事に帰ってきたその日から、私はずっと夢を見ている。泡のように浮かぶそれに触れて、忘れてしまっている記憶を思い出していた。
 それは、私にとって大切な思い出で、でも……。

「あの人への親愛もあるし、大切な思い出ではあるんだけど……やっぱり思い出なんだよね」

 最初は懐かしさのようなものも感じていたけれど、今となっては思い出以上に感じることはない。それは、過去の私であって今の私ではないからだろうと思う。
 今の私にとって大切なのは、グランや友人たちだから。

「よし、とりあえずソーニャちゃんに頼まれた調合薬でも作ろうかな」

 これ以上考えていても仕方ないし、と私は気持ちを切り替えるために調合釜に向かう。
 たしか、ソーニャちゃんに頼まれていたのは鎮痛薬だから……。

「これと、これと……青夢草を入れてっと」

 釜の状態と、調合の方法が書かれている本を見比べ、慎重にかき混ぜていく。鎮痛薬はそれほど難しい調合ではないけれど、愛の秘薬を作った時のような事が起こらないとも限らない。
 しばらくかき混ぜて、本の通りの色になったので、これで完成だろう。

「ん、よし。後は瓶に…」
「ほー、中々さまになってるな」
「ひゃわっ?!」

 急に後ろから声が聞こえて、危うく瓶を落としそうになった。危ない、調合薬を入れる瓶だって安くないのに割ってしまうところだった。

「もー、急に声をかけられたらびっくりするでしょ、ゼン」
「悪い悪い。まさか入ってきたのに気づかないとは思ってなくてな」

 悪かった、と謝罪をするゼンに私もそれ以上のことを言うのをやめる。まあ、気づかなかったにも非はあるし。
 ひとまず調合薬を瓶に入れてから、私は彼が訪ねてきた理由を聞くことにする。

「それで、今日はどうしたの?」
「どうって、お前が見る夢について調査が終わったから来たんだが。すっかり忘れてたな?」
「いや、忘れてはないよ?あんまり気にしなくていいかなぁって思ってて」

 私の言葉を聞いて、ゼンは少し悩むように唸る。私が気にしなくてもいいと言ったから、伝えるかどうかを悩んでいるようだ。
 だが、彼はすぐに首を横に振って、真剣な目を私に向ける。

「この件について、お前は知っておいた方がいいだろう。長くなるから、座って話をしたい」
「ん、分かった」

 話が長くなるならお茶やお菓子が必要だろうと思い、私は常備してあるクッキーやビスケットを器に入れてから、置いてある机の上に置いて、椅子に座る。
 ゼンは私の対面に座り、まずクッキーをいくつか食べてから話を始めた。

「俺が以前、この世界は幾つもの世界が混ざり合っているという話をしたのを覚えているか?」
「うん。この世界が消滅しちゃうと大変なことになるんだよね」
「ああ。俺が今からする話は、その混ざり合っているという部分が関係している」

 用意した紅茶を飲み、ビスケットに手を伸ばして一息入れ、彼は続きを話す。

「結論から言えば、お前が女神として生まれる前の世界がこの世界と混じっている。これが普通の人間であれば影響が出ることもなかっただろうが、お前は女神でそのうえ特殊な生まれだ。本来なら何も起こりえなかったが、うまい具合に作用して夢という形で現れたんだろうな」
「……えっと、でも、私は夢を見るような記憶はないって」
「お前が覚えていなくとも、世界が覚えているんだ。お前という存在の記録を、世界が見せたのだろうな」
「………んん?なんか、よく分からなくなってきた…」

 ゼンの話を分からないなりにまとめてみる。
 この世界は私の前世の世界と混ざっていて、私は前の世界からこの世界に転生したから、混ざっている世界の影響を受けて、前の世界で過ごした世界の記録を夢で見た、ということかな。
 うーん、やっぱりなんかごちゃごちゃしてる……。

「完全に理解できなくとも、ここに生まれる前の記憶を夢で見ると思っておけばいい。そのうち、お前に与える影響も少なくなって、夢を見ることもなくなるだろう」
「…そっか。うん、とりあえずありがとう。ちょっとすっきりした」
「そうか。それならいいが、あれからなにかあったりしたか?」

 ゼンの問いに、私はふと海底遺跡のことが思い浮かんだ。あの時の疑問に対する答えを、彼は示してくれるだろうか。

「何かあったっていうほどじゃないけど、少し前に海底遺跡に行ってね。その遺跡が、なんだか見覚えのあるような外観だったの。中の仕掛けっていうのかな、それにも少し見覚えがあるような気がして…」
「ああ、それも世界が混ざっている影響の一つだ」
「色んな所に影響されてるんだね……。そういうものなの?」
「そういうものだ」

 ゼンが言うのならそういうものなんだろう。それ以上深く聞く気もないし、それでよしとしておこう。
 ひょい、と彼が最後のクッキーを食べ、淹れた紅茶もなくなってしまった。

「さて、菓子もなくなったことだし帰るとするか。もし何かあったのなら、ここに来ると良い」

 立ち上がったゼンが私に差し出してきたのは紙の切れ端と小瓶だ。切れ端を見ればどこかの区画の番号が書いてあり、小瓶には半透明でやや桃色がかった液体が入っている。

「これ、ゼンの住んでるところ?」
「おう。そういえばお前は知らなかったと思ってな。そっちの小瓶は、ちょっと所用で手に入れた媚薬だ」
「ん、え?!び、媚薬って…!」
「友人に貰ったんだが俺は使わないし、それなら使いそうなところにやろうかと。そして、なんとこの媚薬は生命であるのならどんなものでも効く優れものだ」
「…ど、どんなものでも…?」

 頷くゼンに、私はじっと小瓶を見つめる。どんなものでも効くということは、グランにも効くのでは。
 調整しながら私が調合するしかないと思っていたけど……これは……。

「どんな存在でも効くぞ。使うか使わないかは自由だが、俺は責任取らんからな。じゃ」
「あ、えっと、色々と調べてくれてありがとう」

 出ていこうとする背にそう礼を言えば、彼は片手を上げてひらひらと振り、そのまま去っていった。
 ゼンと話したおかげか、なんだか心が軽くなった気がする。気にしていないつもりでも、やっぱり気になっていたのかもしれない。
 器やカップを片付け、私はじっと小瓶を見つめてからいつもの収納空間へと入れる。急に手に入ってしまってもまだ心の準備とかがあるので。


 その夜はいつもと変わらず彼の愛を受け止めて、眠りに落ちるまでゆったりと話をしていた。
 ちょっとうとうとしてきた頃に、グランは私の手をきゅっと優しく握る。

「ん……グラン…?」
「ミーフェ。明日、一緒に来てほしい場所があるんだが…」
「あした…」

 寝落ちしそうな意識で明日のことを考える。誰かが訪ねてくる予定もないし、依頼されて作った調合薬は今日のうちに渡したし、予定はない」

「うん…行く、だいじょうぶだから……」
「そうか。すまない、眠い時に聞いてしまったな。また朝にきちんと話そう」
「……ん」

 ちゅ、と口づけをされ、優しく頭を撫でられる。心地よい感覚のまま沈んでいき、私は眠りへと落ちていった。
 一緒に来てほしい場所ってどこなんだろうなぁ、と考えながら。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...