二度目の生き方を探してく

嬉野 巧

文字の大きさ
1 / 46
新しい俺は何者なのだろうか

生まれた先から楽はできなかった

しおりを挟む
 ぱちり。

 昨日より明確に“起きた”という感覚が体に走る。

(昨日は、何してたっけ)

 最も手近の記憶を辿り、すぐさまフラッシュバックしたのは、自転車をこいで学校に向かう自分と背中から襲った激しい衝撃だった。それから、生きてきた中で一番小さくなった心臓の感覚。

(俺、轢かれたんじゃね……?)

 思い出した情報から考えられる顛末は、これが最も現実に近く感じられた。現に体はうまく動かず、俺はベットに寝かされているのもこの考えに一役買った。

(と、とりあえず死ななかったっぽいし、目が覚めたなら看護師さんとか呼んだ方がいいのかも)

 体の痛みもなければ、意識も混濁していない。ただうまいこと動けないだけなので、声を出すくらいなら簡単だと思う。

「あうぇあーーーーー!」

 俺がそう叫ぶと、辺りはいたたまれない沈黙につつまれる。周りには誰もいないようなので、すぐ人が来るわけはないのだが、それよりも目を向けるべきことがある。

(あうぇあ、ってなんだああああ!?)

 自分で自分の言葉を聞いて、声も出ないほどあっけに取られた。頭の中では『だれか』と、そう叫んだ、少なくともそのつもりだった。

(まさか、頭がやられたのか!)

 混乱の中、言語能力の低下を疑って頭に手を伸ばす。すると、毛がない。正確に言うと、フワッフワの産毛が申し訳程度に乗っかっているが、俺は坊主ではない。おまけに腕の可動範囲も違和感があり、とにかく狭い。

(俺の体に何かが起きてる?)

 そう考え始めると、とにかくすぐにでも現状を確認したくなる。だるい体を上下左右に強引に動かして、様々な動作を確かめていった。
 夢中でじたばたと動き続けていると、不意に体がふわっと楽になる。そして目の前には、やけに低い床が見えた。

(お、落ちた!?)

 自由がきかないまま空中に身を放り出してしまい、ただただ地面との高低差を目にして肝を冷やす。
 急速に地面との接触が近づく中、何かがぶつかったような音とともに女の人の悲鳴に近い声が耳に刺さった。

「危ない!」

 すると、俺の体は何かに支えられて落下が止まる。何事かと首を下に向けると、バカみたいに大きな指と饅頭のような自分の手が重なっていた。

「少し目を離したばかりに……本当にごめんなさい」

 声に釣られて顔を上にあげると、とても整っていて綺麗な顔つきの女の人が俺を見つめていた。見覚えのないその姿に目が惹き付けられる。

「大人しく眠っていたとはいえ、油断は禁物でしたね。ひとまず、怪我がないかどうか確認しますから暴れるのだけはよして下さい」

 身なりは豪勢ではないが貧しい感じもしない。品もあり小綺麗ではあるが、使い古しているようだ。

(つーか、この人でかくね?)

 つい服装の観察などしてしまったが、自分の体を抱き込んだまま体を隅々までジロジロ見ることが出来ている、それは有り得ない。巨人でもなければ。俺は至って健全な体型なのだから。

「ふぅ……大丈夫なようですね。それにすっかり目が覚めてしまったみたいですし、今日はおんぶして仕事に戻っても大丈夫そうですね」

 俺があーだこーだと混乱している間にも、どんどん体が持ち上げられて女の人に背負われる形になってしまった。だが、先程の経験から暴れることはせずに高くなった目線を存分に活用しておこうと、できる範囲で辺りを見渡す。
 ベッドに窓に、目に入るものは大抵よくある西洋風だ。そんな当たり前の情報でも、今の俺にとってはどれが大切になるのか分からない玉石混交の中の一つ。何でもかんでも仕入れておくに越したことはないと、しっかり記憶にとどめる。
 更なるヒントを求めてまた違った方向へ目を向けると、大きな鏡がありその手前にクシや小瓶などが置かれている。ドレッサーだろうか、きっと鏡に映っているような美しい母親が使うのだろう。そこには、先程目にした眉目秀麗な女性が赤ん坊を背負った姿が映し出されている。

(ん?)

 鏡の女性と自分の体を預けるこの女性は見紛うことなき同一人物だ。つまり、鏡の中で可愛らしく呆けた顔を晒しているあの赤ん坊は俺、ということになる。

(あれが、俺)

 自分=赤ん坊。その解が頭の中に浮かび上がった時、俺の頭は綺麗に真っ白になった。



 鏡の前で気絶して、現在二度目の目覚めを迎えた。俺のニュー母もしくはものすごく若いニュー祖母もしくは親戚の誰かの背中で気を失った俺は、眩しい光で目が覚めた。

(車に轢かれたら、人間って若返るんだ。へぇ~そうなんだ)

 考え事をして現実逃避をしようとするが、変わった臭いが鼻について今ひとつ集中しきれない。ただ、この臭いは覚えがあり、土や肥料といった類の臭いである。一応地方都市に住んでいたので、周りにこういうものは馴染みがなかったからか懐かしく感じた。

(さっきからちょいちょい揺れるな。何してるんだろ)

 いつまでも明後日の思考をしていても仕方がないので、思考を切りかえて見えるものに集中する。恐らくこの女性がやっているのは水やり。ジョウロとかホースとかではありえない量の水が手元から吹き出してはいるが、なにか葉っぱが生えているしそれらは均等に並んでいるから栽培しているのだろう。

(ってことは、農家……なのか?)

 近所の家にも親戚にも農家がいた記憶はないので定かではないが、やっていることはそれらしく見える。
 女性が端から端までおおよそ水やりを終えると、彼女に声をかける人があった。

「お疲れさん。今日はアールも一緒か」

「ええ。あなたもそろそろ終わりでしょう? お疲れ様です」

 現れた人物によってできた影で幾ばくが涼しくなる。若干の威圧感はあるが、笑った顔からは俺たちに対する好意が感じ取れた。

「おう、一緒に戻るか? 散歩するんでもいいが」

「そうですね……今日は日差しが強いですし、早く戻りましょう。家でくつろぐのも良いですよ」

「そうだな、じゃあ行くか」

 話がまとまったようで二人揃って、来た方向へ戻っていく。とても仲良さそうに笑いあってとても微笑ましい。だが、ちょっと待って欲しい。

(今の、日本語じゃねーぞ!?)

 現在、俺の頭の中は理解不能な言葉が支配していた。

 その後も女の人の背中で幾度となく会話を耳にしたが、結局日本語どころか自分の知識にある言語は何一つ出てこなかった。

 俺はまた新たな発見をしたのである。
 赤ん坊になっただけでは飽き足らず、県どころか国まで飛び越え、言葉の通じない見知らぬ土地に来たのだと。
 俺にあった何かを知るためには、まず言語習得から始めなければならないらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流

犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。 しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。 遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。 彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。 転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。 そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。 人は、娯楽で癒されます。 動物や従魔たちには、何もありません。 私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

おいでよ!死にゲーの森~異世界転生したら地獄のような死にゲーファンタジー世界だったが俺のステータスとスキルだけがスローライフゲーム仕様

あけちともあき
ファンタジー
上澄タマルは過労死した。 死に際にスローライフを夢見た彼が目覚めた時、そこはファンタジー世界だった。 「異世界転生……!? 俺のスローライフの夢が叶うのか!」 だが、その世界はダークファンタジーばりばり。 人々が争い、魔が跳梁跋扈し、天はかき曇り地は荒れ果て、死と滅びがすぐ隣りにあるような地獄だった。 こんな世界でタマルが手にしたスキルは、スローライフ。 あらゆる環境でスローライフを敢行するためのスキルである。 ダンジョンを採掘して素材を得、毒沼を干拓して畑にし、モンスターを捕獲して飼いならす。 死にゲー世界よ、これがほんわかスローライフの力だ! タマルを異世界に呼び込んだ謎の神ヌキチータ。 様々な道具を売ってくれ、何でも買い取ってくれる怪しい双子の魔人が経営する店。 世界の異形をコレクションし、タマルのゲットしたモンスターやアイテムたちを寄付できる博物館。 地獄のような世界をスローライフで侵食しながら、タマルのドキドキワクワクの日常が始まる。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...