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新しい俺は何者なのだろうか
生まれた先から楽はできなかった
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ぱちり。
昨日より明確に“起きた”という感覚が体に走る。
(昨日は、何してたっけ)
最も手近の記憶を辿り、すぐさまフラッシュバックしたのは、自転車をこいで学校に向かう自分と背中から襲った激しい衝撃だった。それから、生きてきた中で一番小さくなった心臓の感覚。
(俺、轢かれたんじゃね……?)
思い出した情報から考えられる顛末は、これが最も現実に近く感じられた。現に体はうまく動かず、俺はベットに寝かされているのもこの考えに一役買った。
(と、とりあえず死ななかったっぽいし、目が覚めたなら看護師さんとか呼んだ方がいいのかも)
体の痛みもなければ、意識も混濁していない。ただうまいこと動けないだけなので、声を出すくらいなら簡単だと思う。
「あうぇあーーーーー!」
俺がそう叫ぶと、辺りはいたたまれない沈黙につつまれる。周りには誰もいないようなので、すぐ人が来るわけはないのだが、それよりも目を向けるべきことがある。
(あうぇあ、ってなんだああああ!?)
自分で自分の言葉を聞いて、声も出ないほどあっけに取られた。頭の中では『だれか』と、そう叫んだ、少なくともそのつもりだった。
(まさか、頭がやられたのか!)
混乱の中、言語能力の低下を疑って頭に手を伸ばす。すると、毛がない。正確に言うと、フワッフワの産毛が申し訳程度に乗っかっているが、俺は坊主ではない。おまけに腕の可動範囲も違和感があり、とにかく狭い。
(俺の体に何かが起きてる?)
そう考え始めると、とにかくすぐにでも現状を確認したくなる。だるい体を上下左右に強引に動かして、様々な動作を確かめていった。
夢中でじたばたと動き続けていると、不意に体がふわっと楽になる。そして目の前には、やけに低い床が見えた。
(お、落ちた!?)
自由がきかないまま空中に身を放り出してしまい、ただただ地面との高低差を目にして肝を冷やす。
急速に地面との接触が近づく中、何かがぶつかったような音とともに女の人の悲鳴に近い声が耳に刺さった。
「危ない!」
すると、俺の体は何かに支えられて落下が止まる。何事かと首を下に向けると、バカみたいに大きな指と饅頭のような自分の手が重なっていた。
「少し目を離したばかりに……本当にごめんなさい」
声に釣られて顔を上にあげると、とても整っていて綺麗な顔つきの女の人が俺を見つめていた。見覚えのないその姿に目が惹き付けられる。
「大人しく眠っていたとはいえ、油断は禁物でしたね。ひとまず、怪我がないかどうか確認しますから暴れるのだけはよして下さい」
身なりは豪勢ではないが貧しい感じもしない。品もあり小綺麗ではあるが、使い古しているようだ。
(つーか、この人でかくね?)
つい服装の観察などしてしまったが、自分の体を抱き込んだまま体を隅々までジロジロ見ることが出来ている、それは有り得ない。巨人でもなければ。俺は至って健全な体型なのだから。
「ふぅ……大丈夫なようですね。それにすっかり目が覚めてしまったみたいですし、今日はおんぶして仕事に戻っても大丈夫そうですね」
俺があーだこーだと混乱している間にも、どんどん体が持ち上げられて女の人に背負われる形になってしまった。だが、先程の経験から暴れることはせずに高くなった目線を存分に活用しておこうと、できる範囲で辺りを見渡す。
ベッドに窓に、目に入るものは大抵よくある西洋風だ。そんな当たり前の情報でも、今の俺にとってはどれが大切になるのか分からない玉石混交の中の一つ。何でもかんでも仕入れておくに越したことはないと、しっかり記憶にとどめる。
更なるヒントを求めてまた違った方向へ目を向けると、大きな鏡がありその手前にクシや小瓶などが置かれている。ドレッサーだろうか、きっと鏡に映っているような美しい母親が使うのだろう。そこには、先程目にした眉目秀麗な女性が赤ん坊を背負った姿が映し出されている。
(ん?)
鏡の女性と自分の体を預けるこの女性は見紛うことなき同一人物だ。つまり、鏡の中で可愛らしく呆けた顔を晒しているあの赤ん坊は俺、ということになる。
(あれが、俺)
自分=赤ん坊。その解が頭の中に浮かび上がった時、俺の頭は綺麗に真っ白になった。
鏡の前で気絶して、現在二度目の目覚めを迎えた。俺のニュー母もしくはものすごく若いニュー祖母もしくは親戚の誰かの背中で気を失った俺は、眩しい光で目が覚めた。
(車に轢かれたら、人間って若返るんだ。へぇ~そうなんだ)
考え事をして現実逃避をしようとするが、変わった臭いが鼻について今ひとつ集中しきれない。ただ、この臭いは覚えがあり、土や肥料といった類の臭いである。一応地方都市に住んでいたので、周りにこういうものは馴染みがなかったからか懐かしく感じた。
(さっきからちょいちょい揺れるな。何してるんだろ)
いつまでも明後日の思考をしていても仕方がないので、思考を切りかえて見えるものに集中する。恐らくこの女性がやっているのは水やり。ジョウロとかホースとかではありえない量の水が手元から吹き出してはいるが、なにか葉っぱが生えているしそれらは均等に並んでいるから栽培しているのだろう。
(ってことは、農家……なのか?)
近所の家にも親戚にも農家がいた記憶はないので定かではないが、やっていることはそれらしく見える。
女性が端から端までおおよそ水やりを終えると、彼女に声をかける人があった。
「お疲れさん。今日はアールも一緒か」
「ええ。あなたもそろそろ終わりでしょう? お疲れ様です」
現れた人物によってできた影で幾ばくが涼しくなる。若干の威圧感はあるが、笑った顔からは俺たちに対する好意が感じ取れた。
「おう、一緒に戻るか? 散歩するんでもいいが」
「そうですね……今日は日差しが強いですし、早く戻りましょう。家でくつろぐのも良いですよ」
「そうだな、じゃあ行くか」
話がまとまったようで二人揃って、来た方向へ戻っていく。とても仲良さそうに笑いあってとても微笑ましい。だが、ちょっと待って欲しい。
(今の、日本語じゃねーぞ!?)
現在、俺の頭の中は理解不能な言葉が支配していた。
その後も女の人の背中で幾度となく会話を耳にしたが、結局日本語どころか自分の知識にある言語は何一つ出てこなかった。
俺はまた新たな発見をしたのである。
赤ん坊になっただけでは飽き足らず、県どころか国まで飛び越え、言葉の通じない見知らぬ土地に来たのだと。
俺にあった何かを知るためには、まず言語習得から始めなければならないらしい。
昨日より明確に“起きた”という感覚が体に走る。
(昨日は、何してたっけ)
最も手近の記憶を辿り、すぐさまフラッシュバックしたのは、自転車をこいで学校に向かう自分と背中から襲った激しい衝撃だった。それから、生きてきた中で一番小さくなった心臓の感覚。
(俺、轢かれたんじゃね……?)
思い出した情報から考えられる顛末は、これが最も現実に近く感じられた。現に体はうまく動かず、俺はベットに寝かされているのもこの考えに一役買った。
(と、とりあえず死ななかったっぽいし、目が覚めたなら看護師さんとか呼んだ方がいいのかも)
体の痛みもなければ、意識も混濁していない。ただうまいこと動けないだけなので、声を出すくらいなら簡単だと思う。
「あうぇあーーーーー!」
俺がそう叫ぶと、辺りはいたたまれない沈黙につつまれる。周りには誰もいないようなので、すぐ人が来るわけはないのだが、それよりも目を向けるべきことがある。
(あうぇあ、ってなんだああああ!?)
自分で自分の言葉を聞いて、声も出ないほどあっけに取られた。頭の中では『だれか』と、そう叫んだ、少なくともそのつもりだった。
(まさか、頭がやられたのか!)
混乱の中、言語能力の低下を疑って頭に手を伸ばす。すると、毛がない。正確に言うと、フワッフワの産毛が申し訳程度に乗っかっているが、俺は坊主ではない。おまけに腕の可動範囲も違和感があり、とにかく狭い。
(俺の体に何かが起きてる?)
そう考え始めると、とにかくすぐにでも現状を確認したくなる。だるい体を上下左右に強引に動かして、様々な動作を確かめていった。
夢中でじたばたと動き続けていると、不意に体がふわっと楽になる。そして目の前には、やけに低い床が見えた。
(お、落ちた!?)
自由がきかないまま空中に身を放り出してしまい、ただただ地面との高低差を目にして肝を冷やす。
急速に地面との接触が近づく中、何かがぶつかったような音とともに女の人の悲鳴に近い声が耳に刺さった。
「危ない!」
すると、俺の体は何かに支えられて落下が止まる。何事かと首を下に向けると、バカみたいに大きな指と饅頭のような自分の手が重なっていた。
「少し目を離したばかりに……本当にごめんなさい」
声に釣られて顔を上にあげると、とても整っていて綺麗な顔つきの女の人が俺を見つめていた。見覚えのないその姿に目が惹き付けられる。
「大人しく眠っていたとはいえ、油断は禁物でしたね。ひとまず、怪我がないかどうか確認しますから暴れるのだけはよして下さい」
身なりは豪勢ではないが貧しい感じもしない。品もあり小綺麗ではあるが、使い古しているようだ。
(つーか、この人でかくね?)
つい服装の観察などしてしまったが、自分の体を抱き込んだまま体を隅々までジロジロ見ることが出来ている、それは有り得ない。巨人でもなければ。俺は至って健全な体型なのだから。
「ふぅ……大丈夫なようですね。それにすっかり目が覚めてしまったみたいですし、今日はおんぶして仕事に戻っても大丈夫そうですね」
俺があーだこーだと混乱している間にも、どんどん体が持ち上げられて女の人に背負われる形になってしまった。だが、先程の経験から暴れることはせずに高くなった目線を存分に活用しておこうと、できる範囲で辺りを見渡す。
ベッドに窓に、目に入るものは大抵よくある西洋風だ。そんな当たり前の情報でも、今の俺にとってはどれが大切になるのか分からない玉石混交の中の一つ。何でもかんでも仕入れておくに越したことはないと、しっかり記憶にとどめる。
更なるヒントを求めてまた違った方向へ目を向けると、大きな鏡がありその手前にクシや小瓶などが置かれている。ドレッサーだろうか、きっと鏡に映っているような美しい母親が使うのだろう。そこには、先程目にした眉目秀麗な女性が赤ん坊を背負った姿が映し出されている。
(ん?)
鏡の女性と自分の体を預けるこの女性は見紛うことなき同一人物だ。つまり、鏡の中で可愛らしく呆けた顔を晒しているあの赤ん坊は俺、ということになる。
(あれが、俺)
自分=赤ん坊。その解が頭の中に浮かび上がった時、俺の頭は綺麗に真っ白になった。
鏡の前で気絶して、現在二度目の目覚めを迎えた。俺のニュー母もしくはものすごく若いニュー祖母もしくは親戚の誰かの背中で気を失った俺は、眩しい光で目が覚めた。
(車に轢かれたら、人間って若返るんだ。へぇ~そうなんだ)
考え事をして現実逃避をしようとするが、変わった臭いが鼻について今ひとつ集中しきれない。ただ、この臭いは覚えがあり、土や肥料といった類の臭いである。一応地方都市に住んでいたので、周りにこういうものは馴染みがなかったからか懐かしく感じた。
(さっきからちょいちょい揺れるな。何してるんだろ)
いつまでも明後日の思考をしていても仕方がないので、思考を切りかえて見えるものに集中する。恐らくこの女性がやっているのは水やり。ジョウロとかホースとかではありえない量の水が手元から吹き出してはいるが、なにか葉っぱが生えているしそれらは均等に並んでいるから栽培しているのだろう。
(ってことは、農家……なのか?)
近所の家にも親戚にも農家がいた記憶はないので定かではないが、やっていることはそれらしく見える。
女性が端から端までおおよそ水やりを終えると、彼女に声をかける人があった。
「お疲れさん。今日はアールも一緒か」
「ええ。あなたもそろそろ終わりでしょう? お疲れ様です」
現れた人物によってできた影で幾ばくが涼しくなる。若干の威圧感はあるが、笑った顔からは俺たちに対する好意が感じ取れた。
「おう、一緒に戻るか? 散歩するんでもいいが」
「そうですね……今日は日差しが強いですし、早く戻りましょう。家でくつろぐのも良いですよ」
「そうだな、じゃあ行くか」
話がまとまったようで二人揃って、来た方向へ戻っていく。とても仲良さそうに笑いあってとても微笑ましい。だが、ちょっと待って欲しい。
(今の、日本語じゃねーぞ!?)
現在、俺の頭の中は理解不能な言葉が支配していた。
その後も女の人の背中で幾度となく会話を耳にしたが、結局日本語どころか自分の知識にある言語は何一つ出てこなかった。
俺はまた新たな発見をしたのである。
赤ん坊になっただけでは飽き足らず、県どころか国まで飛び越え、言葉の通じない見知らぬ土地に来たのだと。
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