魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん

羽鳥くらら

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【第2話】焼き立てパンは仲直りの味

【2-1】

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 僕が異世界──ディデーレに転生してから、十五日くらいが経過した。

 穏やかな日々の中、カミュやジルからこの世界のことを色々と教えてもらって、少しずつ地球との違いや共通点などが分かってきている。

 まず、この世界の一日は、約二十六時間らしい。
 これは、僕が地球で死んだときに身に着けていた手巻き式の腕時計(ちなみに中水上なかみかみのおじさんの遺品だ)で計ってみた。そのうち時間が狂ってしまうだろうけど、今のところはまだ正常に動いているはずだし、ほぼ合っていると思う。

 そして、ディデーレにも四季があり、だいたい十二ヶ月あるというのも分かった。とはいえ、この世界では月の満ち欠けを基準に一ヶ月を決めているわけではなく、一年に渡る星座の配置を十二区間に切り分けて考えているようで、現在の星図が次の星図へ完全に切り替わるまでの二十八日間を「一星図期間」と認識しているようだ。
 現在はちょうど第二星図期間に切り替わったばかり、──つまり、地球でいうところの二月にあたる。雪が降る日も多く、城内は常に冷えていた。

 冬ということに加え、前任者が世話をしていた畑が枯れていることもあり、城の周囲で収穫できる物はほぼ無い。ジルの体力が戻って、短時間であれば心配なく魔王の傍を離れられるようになったカミュが、乳や鳥肉・卵なんかを取ってきてくれるけれど、料理できるレパートリーがかなり不足している。

「──パン、作りたいなぁ」

 調理場の窓際で椅子に座って、膝に載せているレシピ本へ視線を落としながら、ついつい溜息をついてしまう。
 粥かおにぎりに、鳥肉や卵を使った料理を添えて、ちょっとずつ変化をつけながら十五日間を乗りきってきたけれど、そろそろ限界だ。
 前任の食事係のマリオさんが手書きでまとめてくれていたレシピ本によると、小麦粉っぽいものに魔法のパン種なるものを混ぜて練って寝かせて焼けばパンが出来上がるらしい。僕の英語力に問題がある可能性もあるけれど、たぶん大体は合っていると思う。

 ただ、この魔法のパン種が問題で、カミュ曰く年に何度か行商に来てくれる食材屋さんから仕入れるしかないとのこと。魔王は手下として魔物を従えてきて各地に配置しているから、魔物に命じて民家等から奪取させることも可能みたいだけど、それはジルが望んでいないから却下らしい。

 カミュの予想としては、大雨で緩んでいた地盤も戻って落ち着きつつあるので、前回の訪問から空いた日数から考えるに近日中に食材屋が来てくれるはずらしい。ただ、食事係の不在期間が続いていたため、カミュに扱えないような類の──つまり、パン種のように調理必須のものを持参してくれるかは微妙だそうだ。

「パン、作ってあげたいなぁ……」

 ついつい同じことをぼやいてしまうし、溜息もついてしまう。そのくらい、僕はパンを作りたかった。

 というのも、ジルが魔王になってすぐに食事係として召喚されたアビーさん(正しくはアビゲイルさんというらしい)も、その次──つまり前任者のマリオさんも、日常的にパンを作っていたようなのだ。つまり、ジルとカミュにとっての主食は、そのパンだ。

 心優しき魔王と温厚な悪魔は、僕が作る淡白な食事にも美味しいと言ってくれるし、前任者たちと同様の食事を作れとも言わない。食材が枯渇している現状を理解してくれているのもあるだろうし、僕に無理をさせまいと気遣ってくれている空気も感じる。カミュがマリオさんのレシピ本を渡してきたときも、参考程度に渡すが真似する必要は無いという旨をしつこいくらいに念押しされた。

 ──そうはいっても、アビーさんやマリオさんの食事が恋しいはずだ。
 マリオさんの手書き本には、アビーさんの走り書きをまとめ直したレシピも載せられていて、とても興味深い。そして、どれも美味しそうだ。
 地球の食材と全く同じものはディデーレには無いけれど、類似したものを見繕って、上手く洋風家庭料理を作っていたらしい。写真代わりに添えられている手描きイラストの料理たちは、どれも温かな雰囲気で、食べてみたくなるものばかりだ。

 つまり、ジルもカミュも、これらの料理を日常的に食べていたというわけで……、どう考えても、今の僕の料理で満足してくれているとは思えない。

 料理以外でも、僕は至らない部分ばかりだ。転生時に既に経験豊かなおばあちゃんだったというアビーさんも、頼りがいのある中年として転生して寿命が尽きるまで明るく生き抜いたというマリオさんも、ジルをしっかりと支え、カミュに多大なる影響を与えたらしい。──でも、僕は逆に、彼らに心配を掛けてしまっている。

 料理のことでも、それ以外でも、出遅れているような気がして、妙に焦ってしまう。別に競っているわけじゃないし、比較されていると感じているわけでもないけれど、自分を必要としてくれている人たちにもっと報いたいと思うし、もっと喜んでほしい。自分が無力なように感じて、もどかしかった。

 何度目になるかも分からない溜息を零したとき、調理場の扉が派手な音を立てて開かれる。ビックリして肩を跳ねさせる僕の目の前へ滑り込むように、ご機嫌な悪魔が飛んできた。足音も聞こえなかったから、此処までずっと飛行してきたんだろう。

「嬉しいお知らせを届けに参りましたよ、ミカさん!」

 カミュは嬉しそうに目を細め、にっこりと微笑んだ。
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