魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん

羽鳥くらら

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【第2話】焼き立てパンは仲直りの味

【2-8】

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「カミュって、火を点けたり調整したりするのがほんとに好きねー。じゃあ、ミカ。カミュに指示を出して火を点けて。ちょっと強めでいいわ」
「分かった。……カミュ、火を点けてくれる? 強火で大丈夫だよ」
「承知しました」

 カミュは優雅に指を動かして、魔法の火を生み出す。「強火」と指示しても決して業火にはせず的確な火の大きさにしてくれるのは、アビーさんから散々叱られた末に得た技術の賜物なんだとか。
 魔法の炎はけっこう温度が高いのか、鍋の大きさの割に沸騰までの時間はそんなに掛からない。ふつふつとしている気泡の大きさを見ながら、キカさんは次の指示を出した。

「そろそろ火を弱めて。ギリギリ沸騰しない程度の状態で、しばらく煮出すから」
「うん。カミュ、かなり弱めの弱火にしてくれる?」
「はい。とろ火、というやつですね」
「うん、そうだよ。……ありがとう。カミュは本当に火加減が上手だね」
「そんな……お褒めに預かり、光栄です」

 マリオさんもカボ茶を毎日淹れていたようだし、それを手伝っていた彼が上手く火の調節を出来るのは当然かもしれないけれど、褒められて幸せそうにしている悪魔がなんだか可愛らしいので、ついつい隙あらば褒めてしまう。
 そんな僕たちの様子を見ていたキカさんは、呆れたように溜息をついた。

「まったく……どっちが子どもなんだか分からないわね」
「失敬な。どちらも子どもではありません」
「はいはい。失礼しましたー。それより、ほら、見て、ミカ。鍋の水に色がついてきたでしょ?」

 キカさんが指し示すように、茶葉の狭間から覗く水の色はだいぶ濃くなってきている。

「煮出していくうちに、もっと濃くなっていくわ。黒に近い焦茶色になるの。香りも更に強くなるんだよ」
「本当にコーヒーみたい……、あっ、僕もこれと似た香りと色の飲み物をよく飲んでいたんだ。それはちょっと苦味があるんだけど、不思議と美味しく感じるものだったんだよ」
「カボ茶もそうよ! あたしの故郷周辺で飲まれているもので、そんなに一般的なものじゃないんだけど、一度飲んだらハマる大人が多いわ。逆に、子どもにはあまり人気が無いわね」

 やっぱり、コーヒーのようなものなんだろうか。段々と強くなっていく匂いは、コーヒー豆を挽いたときの薫りと酷似している。

「ジルもカミュも、初めて飲んだときは微妙そうな顔をしていたっけ。マリオだけは大喜びしていたけどね」
「ええ、懐かしいですね。キカさんが初めて此処にいらしたときのこと、今でもよく覚えています。……キカさんのお祖母様がアビーさんと偶然出会って意気投合したのをきっかけに、色々な食材を届けてくださるようになったんです。アビーさんからマリオさんに代が変わってからもその関係は続いておりまして、キカさんはお祖母様には内緒で馬車の荷台に隠れてついて来られたことがあって、その際にうっかりと森の中で迷子になり、暴走状態の魔物に襲われているところをジル様が助けられたのですよ」

 カミュは僕にも分かるように説明を挟んでくれた。それによって、彼らの関係が以前よりも見えてきたような気がする。

「懐かしいね。あたしはジルに連れられてこの城に来て、まさかあたしがついてきてるなんて思っていなかったおばあちゃんは驚いて、すっごく怒ってたっけ」
「ええ。そして、皆で一緒にカボ茶をいただきました」
「しかめっ面のおばあちゃん、泣きべそのあたし、気まずそうなジル、そんなときでもニコニコ顔のカミュと、いつでも陽気なマリオ。そんなちぐはぐな集まりで飲んだカボ茶、子どもには苦かったけど美味しかったなー」
「お祖母様は若かりし頃から随分と長い間、ここへ食材を届けてくださいましたが、カボ茶をお出しになったのはあのときが初めてです。そもそも、納品するためにお持ちになったのではなく、旅の道中にご自分が楽しまれるために少量持っていたものでした。あのときは、幼いキカさんが知らない土地で怖い目に遭われたのを気遣われて、故郷にちなんだ香りで安心させてさしあげたかったのでしょう。だから、あえてカボ茶を淹れられたのだと思いますよ」
「なるほどね……、確かに、そうかも。だって、これはあたしたちの地元以外ではあまり知られていないし、交易品としての需要も無いもの。マリオが気に入ったから、此処への定番の納品物になったけどね」

 一段と濃くなっていくコーヒーじみた香りを感じながら、彼らの話に耳を傾け、胸が温かくなってゆく。
 あったかい話だな、と思った。彼らにとっては他愛ない昔話かもしれないけれど、人と人との繋がりを感じられる温かな話だと僕は感じた。──僕にはずっと無縁だった類の、あたたかな記憶の話だ。

「ねぇ、ミカ。今日もまた、改めて『初めて』のカボ茶の思い出が出来るわね」
「……えっ?」

 不意に話し掛けられて、ずっと鍋に落としていた視線を上げる。カミュもキカさんも、僕へ優しい眼差しを向けてくれていた。

「あたしとミカが初めて出会って、ミカが初めてカボ茶を飲む、初めての組み合わせでのお茶会。素敵な思い出がまた増えるなんて、嬉しいじゃない!」
「ええ、本当に。幸福な思い出が増えるというのは、とても嬉しいことですね」
「うん、ありがとう。僕も嬉しい」

 温かな繋がりの中に、僕のことも自然に入れてくれようとしているんだ。それがとても嬉しくて、僕もいつしか素直な笑みを浮かべていた。
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