22 / 246
【第2話】焼き立てパンは仲直りの味
【2-8】
しおりを挟む
「カミュって、火を点けたり調整したりするのがほんとに好きねー。じゃあ、ミカ。カミュに指示を出して火を点けて。ちょっと強めでいいわ」
「分かった。……カミュ、火を点けてくれる? 強火で大丈夫だよ」
「承知しました」
カミュは優雅に指を動かして、魔法の火を生み出す。「強火」と指示しても決して業火にはせず的確な火の大きさにしてくれるのは、アビーさんから散々叱られた末に得た技術の賜物なんだとか。
魔法の炎はけっこう温度が高いのか、鍋の大きさの割に沸騰までの時間はそんなに掛からない。ふつふつとしている気泡の大きさを見ながら、キカさんは次の指示を出した。
「そろそろ火を弱めて。ギリギリ沸騰しない程度の状態で、しばらく煮出すから」
「うん。カミュ、かなり弱めの弱火にしてくれる?」
「はい。とろ火、というやつですね」
「うん、そうだよ。……ありがとう。カミュは本当に火加減が上手だね」
「そんな……お褒めに預かり、光栄です」
マリオさんもカボ茶を毎日淹れていたようだし、それを手伝っていた彼が上手く火の調節を出来るのは当然かもしれないけれど、褒められて幸せそうにしている悪魔がなんだか可愛らしいので、ついつい隙あらば褒めてしまう。
そんな僕たちの様子を見ていたキカさんは、呆れたように溜息をついた。
「まったく……どっちが子どもなんだか分からないわね」
「失敬な。どちらも子どもではありません」
「はいはい。失礼しましたー。それより、ほら、見て、ミカ。鍋の水に色がついてきたでしょ?」
キカさんが指し示すように、茶葉の狭間から覗く水の色はだいぶ濃くなってきている。
「煮出していくうちに、もっと濃くなっていくわ。黒に近い焦茶色になるの。香りも更に強くなるんだよ」
「本当にコーヒーみたい……、あっ、僕もこれと似た香りと色の飲み物をよく飲んでいたんだ。それはちょっと苦味があるんだけど、不思議と美味しく感じるものだったんだよ」
「カボ茶もそうよ! あたしの故郷周辺で飲まれているもので、そんなに一般的なものじゃないんだけど、一度飲んだらハマる大人が多いわ。逆に、子どもにはあまり人気が無いわね」
やっぱり、コーヒーのようなものなんだろうか。段々と強くなっていく匂いは、コーヒー豆を挽いたときの薫りと酷似している。
「ジルもカミュも、初めて飲んだときは微妙そうな顔をしていたっけ。マリオだけは大喜びしていたけどね」
「ええ、懐かしいですね。キカさんが初めて此処にいらしたときのこと、今でもよく覚えています。……キカさんのお祖母様がアビーさんと偶然出会って意気投合したのをきっかけに、色々な食材を届けてくださるようになったんです。アビーさんからマリオさんに代が変わってからもその関係は続いておりまして、キカさんはお祖母様には内緒で馬車の荷台に隠れてついて来られたことがあって、その際にうっかりと森の中で迷子になり、暴走状態の魔物に襲われているところをジル様が助けられたのですよ」
カミュは僕にも分かるように説明を挟んでくれた。それによって、彼らの関係が以前よりも見えてきたような気がする。
「懐かしいね。あたしはジルに連れられてこの城に来て、まさかあたしがついてきてるなんて思っていなかったおばあちゃんは驚いて、すっごく怒ってたっけ」
「ええ。そして、皆で一緒にカボ茶をいただきました」
「しかめっ面のおばあちゃん、泣きべそのあたし、気まずそうなジル、そんなときでもニコニコ顔のカミュと、いつでも陽気なマリオ。そんなちぐはぐな集まりで飲んだカボ茶、子どもには苦かったけど美味しかったなー」
「お祖母様は若かりし頃から随分と長い間、ここへ食材を届けてくださいましたが、カボ茶をお出しになったのはあのときが初めてです。そもそも、納品するためにお持ちになったのではなく、旅の道中にご自分が楽しまれるために少量持っていたものでした。あのときは、幼いキカさんが知らない土地で怖い目に遭われたのを気遣われて、故郷にちなんだ香りで安心させてさしあげたかったのでしょう。だから、あえてカボ茶を淹れられたのだと思いますよ」
「なるほどね……、確かに、そうかも。だって、これはあたしたちの地元以外ではあまり知られていないし、交易品としての需要も無いもの。マリオが気に入ったから、此処への定番の納品物になったけどね」
一段と濃くなっていくコーヒーじみた香りを感じながら、彼らの話に耳を傾け、胸が温かくなってゆく。
あったかい話だな、と思った。彼らにとっては他愛ない昔話かもしれないけれど、人と人との繋がりを感じられる温かな話だと僕は感じた。──僕にはずっと無縁だった類の、あたたかな記憶の話だ。
「ねぇ、ミカ。今日もまた、改めて『初めて』のカボ茶の思い出が出来るわね」
「……えっ?」
不意に話し掛けられて、ずっと鍋に落としていた視線を上げる。カミュもキカさんも、僕へ優しい眼差しを向けてくれていた。
「あたしとミカが初めて出会って、ミカが初めてカボ茶を飲む、初めての組み合わせでのお茶会。素敵な思い出がまた増えるなんて、嬉しいじゃない!」
「ええ、本当に。幸福な思い出が増えるというのは、とても嬉しいことですね」
「うん、ありがとう。僕も嬉しい」
温かな繋がりの中に、僕のことも自然に入れてくれようとしているんだ。それがとても嬉しくて、僕もいつしか素直な笑みを浮かべていた。
「分かった。……カミュ、火を点けてくれる? 強火で大丈夫だよ」
「承知しました」
カミュは優雅に指を動かして、魔法の火を生み出す。「強火」と指示しても決して業火にはせず的確な火の大きさにしてくれるのは、アビーさんから散々叱られた末に得た技術の賜物なんだとか。
魔法の炎はけっこう温度が高いのか、鍋の大きさの割に沸騰までの時間はそんなに掛からない。ふつふつとしている気泡の大きさを見ながら、キカさんは次の指示を出した。
「そろそろ火を弱めて。ギリギリ沸騰しない程度の状態で、しばらく煮出すから」
「うん。カミュ、かなり弱めの弱火にしてくれる?」
「はい。とろ火、というやつですね」
「うん、そうだよ。……ありがとう。カミュは本当に火加減が上手だね」
「そんな……お褒めに預かり、光栄です」
マリオさんもカボ茶を毎日淹れていたようだし、それを手伝っていた彼が上手く火の調節を出来るのは当然かもしれないけれど、褒められて幸せそうにしている悪魔がなんだか可愛らしいので、ついつい隙あらば褒めてしまう。
そんな僕たちの様子を見ていたキカさんは、呆れたように溜息をついた。
「まったく……どっちが子どもなんだか分からないわね」
「失敬な。どちらも子どもではありません」
「はいはい。失礼しましたー。それより、ほら、見て、ミカ。鍋の水に色がついてきたでしょ?」
キカさんが指し示すように、茶葉の狭間から覗く水の色はだいぶ濃くなってきている。
「煮出していくうちに、もっと濃くなっていくわ。黒に近い焦茶色になるの。香りも更に強くなるんだよ」
「本当にコーヒーみたい……、あっ、僕もこれと似た香りと色の飲み物をよく飲んでいたんだ。それはちょっと苦味があるんだけど、不思議と美味しく感じるものだったんだよ」
「カボ茶もそうよ! あたしの故郷周辺で飲まれているもので、そんなに一般的なものじゃないんだけど、一度飲んだらハマる大人が多いわ。逆に、子どもにはあまり人気が無いわね」
やっぱり、コーヒーのようなものなんだろうか。段々と強くなっていく匂いは、コーヒー豆を挽いたときの薫りと酷似している。
「ジルもカミュも、初めて飲んだときは微妙そうな顔をしていたっけ。マリオだけは大喜びしていたけどね」
「ええ、懐かしいですね。キカさんが初めて此処にいらしたときのこと、今でもよく覚えています。……キカさんのお祖母様がアビーさんと偶然出会って意気投合したのをきっかけに、色々な食材を届けてくださるようになったんです。アビーさんからマリオさんに代が変わってからもその関係は続いておりまして、キカさんはお祖母様には内緒で馬車の荷台に隠れてついて来られたことがあって、その際にうっかりと森の中で迷子になり、暴走状態の魔物に襲われているところをジル様が助けられたのですよ」
カミュは僕にも分かるように説明を挟んでくれた。それによって、彼らの関係が以前よりも見えてきたような気がする。
「懐かしいね。あたしはジルに連れられてこの城に来て、まさかあたしがついてきてるなんて思っていなかったおばあちゃんは驚いて、すっごく怒ってたっけ」
「ええ。そして、皆で一緒にカボ茶をいただきました」
「しかめっ面のおばあちゃん、泣きべそのあたし、気まずそうなジル、そんなときでもニコニコ顔のカミュと、いつでも陽気なマリオ。そんなちぐはぐな集まりで飲んだカボ茶、子どもには苦かったけど美味しかったなー」
「お祖母様は若かりし頃から随分と長い間、ここへ食材を届けてくださいましたが、カボ茶をお出しになったのはあのときが初めてです。そもそも、納品するためにお持ちになったのではなく、旅の道中にご自分が楽しまれるために少量持っていたものでした。あのときは、幼いキカさんが知らない土地で怖い目に遭われたのを気遣われて、故郷にちなんだ香りで安心させてさしあげたかったのでしょう。だから、あえてカボ茶を淹れられたのだと思いますよ」
「なるほどね……、確かに、そうかも。だって、これはあたしたちの地元以外ではあまり知られていないし、交易品としての需要も無いもの。マリオが気に入ったから、此処への定番の納品物になったけどね」
一段と濃くなっていくコーヒーじみた香りを感じながら、彼らの話に耳を傾け、胸が温かくなってゆく。
あったかい話だな、と思った。彼らにとっては他愛ない昔話かもしれないけれど、人と人との繋がりを感じられる温かな話だと僕は感じた。──僕にはずっと無縁だった類の、あたたかな記憶の話だ。
「ねぇ、ミカ。今日もまた、改めて『初めて』のカボ茶の思い出が出来るわね」
「……えっ?」
不意に話し掛けられて、ずっと鍋に落としていた視線を上げる。カミュもキカさんも、僕へ優しい眼差しを向けてくれていた。
「あたしとミカが初めて出会って、ミカが初めてカボ茶を飲む、初めての組み合わせでのお茶会。素敵な思い出がまた増えるなんて、嬉しいじゃない!」
「ええ、本当に。幸福な思い出が増えるというのは、とても嬉しいことですね」
「うん、ありがとう。僕も嬉しい」
温かな繋がりの中に、僕のことも自然に入れてくれようとしているんだ。それがとても嬉しくて、僕もいつしか素直な笑みを浮かべていた。
2
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる