魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん

羽鳥くらら

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【第3話】親交を深める鍋パーティー

【3-15】

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  ◇


 トレーにお茶のセットとお菓子を載せて調理場を出た僕は、そのまま食堂を目指す。調理場の扉口まで見送ってくれたカミュが心配そうな視線を向けてきているのを背中に感じるけれど、僕は振り向かないし、彼もそれ以上は追ってこない。

 ──いよいよ、一人きりで王子様と対峙することになる。多少は緊張しているけれど、心臓が早鐘を打つこともなく、思考も心情も冷静だ。大丈夫、きっと上手く乗り越えて、聞きたいことを聞けるはず。そう自分を鼓舞し、小さな深呼吸をしてから、僕は食堂の中へ入った。

「失礼します。お待たせいたしました」
「うむ、さほど待ってはおらぬ」

 マティ様は長テーブルの一番上座に着席し、長い脚を優雅に組んでいる。相変わらず硬い表情だけれど、機嫌が悪いわけじゃなさそうだ。

「お茶とお菓子をお持ちしました。お口に合えばよいのですが……」
「ありがたくいただこう。無論、そなたの分もあるのだろうな?」
「はい、持って来ました。僕もご一緒してよろしいですか?」
「当然だ。茶は共に楽しむもの。まして、そなたは私の家臣ではないのだ。給仕ではなく、同席してもらわねばな」
「ありがとうございます、マティ様」
「うむ、だいぶ年下らしさが出てきたではないか。それでよいのだ」

 自身を愛称で呼べと言ったり、敬語も嫌がったり、そうかと思えば年長者であることを指摘されると譲歩してきたり──、そういった様子から、多少無礼でもこちらが甘えた姿勢を見せたほうが喜ぶのではないかと推察したんだけれど、それはどうやら当たっていたらしい。マティ様は表情はあまり変わらないながらも、口元に微かな弧を描いてフッと笑った。

 なんとなく末っ子気質のように感じさせる一方で、兄っぽさも見え隠れしている不思議な人だ。第三王子らしいけど、下にもまだ兄弟がいるのかもしれない。
 そんなことを考えながらお菓子を並べ、マティ様のカップにカボ茶を注ぐ。王子様は礼儀正しく「ありがとう」と言った後、彼に1番近い席──ちょうど斜め隣にあたる椅子を指した。

「ミカも、そこに座るのだ。そなたの茶は、私が注ぐ。なに、遠慮はいらぬ。いいから、早く座れ」
「では、お言葉に甘えて……」
「うむ。……ほぅ、良い香りだ。この芳香は淹れ方が上手い証拠だな」

 無駄に反論せず言われた通りに椅子に座る僕を見ながら、マティ様は上機嫌にカボ茶を注いでくれる。腕を伸ばして僕の前にカップを置きながら、王子様はアイスブルーの瞳を輝かせた。

「香りだけで分かる。このカボ茶は、確実に美味い」
「僕はこの世界の食材に対しての知識がまだ浅いですが、きっと良い茶葉なのではないかと……」
「そうではない。いや、確かに茶葉の品質も関係あるだろう。だが、それ以上に淹れ方が大切なのだ。この芳しさは、マリオが淹れたカボ茶を上回っている。ミカの腕が良いのだろう」
「ありがとうございます。きっと、カミュの火加減が上手いからだと思いますが、お褒めいただき光栄です。どうぞ、冷めないうちにお召し上がりください」

 キカさんの教え方とカミュの火の調整が上手いのはあるだろうけれど、基本的にカボ茶はザッと沸かした湯にザバッと茶葉を入れて煮込むだけなので、王子様が感動するほどの技術力を伴うような工程は無く、なんだかくすぐったい気持ちになる。
 カボ茶を一口飲んだマティ様は満足そうに頷き、口元だけでほんのりと微笑んだ。

「ああ、やはり美味いな。マリオも淹れるのは上手かったが、ミカのほうが更にまろやかで深みのある味わいになっている。このほろ苦さが、たまらないのだ。此処を訪れるとき以外ではなかなか美味いカボ茶が飲めないから、とても嬉しい」
「えっ……、そうなんですか?」

 王子様なのだから好きなものを美味しく自由に飲食できるのではないかと思っていたけれど、そうでもないのかな?
疑問が顔に出てしまっていたのか、マティ様は僕をチラリと見て説明してくれる。

「私が暮らしている王都でもカボ茶の葉自体は入手可能だが、美味い自然水を常備するのが難しい。カボ茶は魔法水ではなく自然水で淹れなくては、旨味が引き出せないのだ」
「まほうすい……?」
「なんだ、魔法水の説明も受けていないのか? あやつらは、そなたに対して説明不足すぎるな。……この城では、近くから採れる湧き水を使っているだろう? 手を加えずともそのまま飲める、綺麗で美味い水だ。だが、王都近くの川や泉の水はそのままでは飲めない。よって、魔法で手を加えて使用する。それが魔法水だ」

 なるほど。ミネラルウォーターと水道水みたいな違いがあるのかな? 確かに、この城の水はとても美味しい。キカさんがカボ茶を持ってきてくれるまではずっと水とミルクしか飲んでいなかったけれど、少しも不満に思わないくらい美味しかったから。

「焼菓子も美味そうだな。素手で失礼するぞ」

 カボ茶からお菓子へ興味が移ったマティ様へ、どうぞどうぞと手の動きで促す。理由はよく分からないけれど、この王子様は手掴みでお菓子を食べるのが好きだと聞いていたから、それに合わせてパウンドケーキとサブレにしたんだ。
 マティ様は嵌めていた白手袋を外し、長く綺麗な指先でサブレを抓む。一口大に焼いてあるそれを口に含んだ彼は、またも瞳を輝かせた。

「うん、美味い……! なんとも素朴で、優しい甘さの中に塩気も感じて味わい深い。食感も素晴らしいな。表面はサクサクしているのに、一口噛めばほろほろと崩れていって……。うん、美味い。──どれ、こちらは……、うん、こちらはまた全く違った食感で、ふわふわと軽い生地が良いな。刻んだ木の実がまた香ばしく……、うん、本当にどちらも美味だ」
「ありがとうございます」

 そんなに絶賛されると、嬉しいと同時に少し気恥ずかしい。照れる僕を見つめて、王子様はわずかながらも寂しさを滲ませたささやかな微笑を浮かべる。

「……これから語る話の供にするは、あまりにも優しく、美味すぎるな」

 その一言に、僕は瞬時に表情を引き締め、背筋を伸ばした。
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