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【第9話】父と息子と豚汁と
【9-27】
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ドノヴァンさんの笑顔、初めて見たなぁ。そうしていると、上品で気のいいオジサンって感じがする。僕とジルの視線に気付いたドノヴァンさんは、咳払いと共に表情を引きしめた。
そして、懐から手のひらに乗る程度の布袋を取り出して、僕へ手渡してくる。つい受け取ってしまったそれは、ずっしりと重かった。
「これは……?」
「あの少年に渡してやってほしい。私からではなく、他の誰かからの贈り物という形で、何か適当な理由をつけて渡してもらえるかな? ……いずれ私を倒しに来る男になるというのなら、身なりくらいは整えてもらわないとなるまい」
その言葉で、今手渡されているのはお金なのだと気付く。魔王の城でお金を目にする機会はあまり無いから、この世界の貨幣の価値は僕にはまだ分かっていないけれど、たぶんそれなりの金額をアマネくんに託そうとしているのではないかと予想できた。
「これは……、ご自分で渡されたほうがいいんじゃないかと……」
「私は、父親ではない。手酷い言葉を投げつけた赤の他人からよりも、一晩とはいえ親身に面倒をみてくれた君のような人からのほうが、あの子も受け取りやすかろう」
「でも……」
「とにかく、頼みましたぞ。──それでは魔王閣下、また何か進展がございましたら、ここに参りますゆえ。それでは、失礼」
ジルが何か返事をする前に、ドノヴァンさんはサッと手を振り上げ、同時に彼の姿が一瞬で消えてしまう。たぶん、転移魔法を使ったんだろう。
「行っちゃった……」
「言いたいことだけ言って、さっさと消えてしまったな。──というわけで、そろそろ姿を見せたらどうだ、マティアス」
「えっ?」
ジルが急にマティ様の名前を呼んだから、驚いてしまう。僕の後ろからカツカツと靴音が響いてきたので、余計にビックリした。振り向くと、就寝前だからかラフな出で立ちのマティ様が近付いて来ている。いつもリボンでひとつに結っている長い銀髪も今は下ろしたままで、歩く度にサラリと毛先がなびいていた。
「マティ様、いつの間にいらしていたんですか……?」
「なに、私の元へ挨拶に来たドノヴァンが、その後すぐにジルを伴ってミカの部屋へ向かっているようだったから、気になって後をついてきただけだ。──魔王も賢者も私の存在に気付いていただろうから、まったく尾行になっていないとは思うが」
「はぁ……、そうでしたか……」
魔力も超人的な力も何も無い僕には、彼らの感覚がよく分からないけれど、この世界では地球以上に隠しごとが難しそうだなぁなんてどうでもいいことを、つい考えてしまった。
間抜けな顔をしているだろう僕の頬を、マティ様の指先がするりと撫でてくる。
「ミカ。ドノヴァンの言い分には、納得できたか?」
「……、……いいえ」
マティ様の凛としたアクアマリンのような瞳には全てを見透かされていそうで、嘘をつくことも取り繕うことも出来ない。僕は正直に首を振った。
「ドノヴァンさんにも、言い分があるんだと思います。賢者様という立場は僕なんかには想像もつかないほど大変なものなんだろうなとも思いますし、ドノヴァンさんなりに思うところはあるんだろうなとも、気の毒だなと感じる部分もあります。……でも、だからといって、アマネくんへぶつけた暴言を僕は許せませんし、結局はあの人の独り善がりだとも思ってしまいます。……ただ、それでも、最後に少しだけでもアマネくんを思いやってくれたらしいことだけは、良かったなと思いました。偉そうな言い分ですけど」
「いや、それでいいのだ」
素直な気持ちを吐き出して少しスッキリしたと同時に自己嫌悪も湧き上がった僕の心情を察したのか、マティ様はそっと肩を抱いてきた。慰めるような、優しい仕草だ。
「ミカ。己のその気持ちを、否定してはならぬ。そなたのその気持ちが、アマネの心に寄り添ってくれたからこそ、あの子は今日という日を乗り越えられた。賢者を前にしても折れなかったその気持ちを、大切にするがよい」
「……はい」
「うむ。──あと、そちらは私が預かろう」
ドノヴァンさんから渡された布袋のほうへ、マティ様が手を差し出してくる。ジルがそれを不審そうに見つめると、マティ様は何かを感じ取ったのかムッとした顔になった。
「横取りしようなどとは考えておらんぞ、失敬な」
「俺は何も言っていないだろうが」
「そなたの顔に書いてあるのだ。怪しい、とな。断じて違うぞ、ミカ。私はただ、もっともらしい理由をつけてアマネに手渡してやろうと思っただけだ。無論、中抜きしたりもせぬ」
「ふふっ。マティ様は横取りなんかしないって、僕もジルもちゃんと分かってますよ」
ね? とジルを見るも、魔王はついっと視線を逸らしてしまう。本当はジルだってマティ様を信用しているくせに、この魔王様はこの王子様に対してちょっとツンデレな部分がある。
またもムムッとした顔でジルを睨んでいるマティ様へ、僕はクスクス笑いながら布袋を手渡した。
「マティ様になら、安心してお任せできます。よろしくお願いしますね」
「うむ、任せるがよい。──ジルにも、ミカのほんの一欠片でも素直さがあればよいものを」
「生憎、たかが二十数年しか生きていない人間の王子と馴れ合う趣味は、魔王には無いんでな」
「こんなときばかり魔王ぶりおって……!」
ぐぬぬっと怒っているマティ様を横目で見ながら、ジルはこっそり笑っている。その様子を見て僕が声を上げて笑うと、つられたのかクックとポッポもキュルキュルとご機嫌な鳴き声を上げた。
そして、懐から手のひらに乗る程度の布袋を取り出して、僕へ手渡してくる。つい受け取ってしまったそれは、ずっしりと重かった。
「これは……?」
「あの少年に渡してやってほしい。私からではなく、他の誰かからの贈り物という形で、何か適当な理由をつけて渡してもらえるかな? ……いずれ私を倒しに来る男になるというのなら、身なりくらいは整えてもらわないとなるまい」
その言葉で、今手渡されているのはお金なのだと気付く。魔王の城でお金を目にする機会はあまり無いから、この世界の貨幣の価値は僕にはまだ分かっていないけれど、たぶんそれなりの金額をアマネくんに託そうとしているのではないかと予想できた。
「これは……、ご自分で渡されたほうがいいんじゃないかと……」
「私は、父親ではない。手酷い言葉を投げつけた赤の他人からよりも、一晩とはいえ親身に面倒をみてくれた君のような人からのほうが、あの子も受け取りやすかろう」
「でも……」
「とにかく、頼みましたぞ。──それでは魔王閣下、また何か進展がございましたら、ここに参りますゆえ。それでは、失礼」
ジルが何か返事をする前に、ドノヴァンさんはサッと手を振り上げ、同時に彼の姿が一瞬で消えてしまう。たぶん、転移魔法を使ったんだろう。
「行っちゃった……」
「言いたいことだけ言って、さっさと消えてしまったな。──というわけで、そろそろ姿を見せたらどうだ、マティアス」
「えっ?」
ジルが急にマティ様の名前を呼んだから、驚いてしまう。僕の後ろからカツカツと靴音が響いてきたので、余計にビックリした。振り向くと、就寝前だからかラフな出で立ちのマティ様が近付いて来ている。いつもリボンでひとつに結っている長い銀髪も今は下ろしたままで、歩く度にサラリと毛先がなびいていた。
「マティ様、いつの間にいらしていたんですか……?」
「なに、私の元へ挨拶に来たドノヴァンが、その後すぐにジルを伴ってミカの部屋へ向かっているようだったから、気になって後をついてきただけだ。──魔王も賢者も私の存在に気付いていただろうから、まったく尾行になっていないとは思うが」
「はぁ……、そうでしたか……」
魔力も超人的な力も何も無い僕には、彼らの感覚がよく分からないけれど、この世界では地球以上に隠しごとが難しそうだなぁなんてどうでもいいことを、つい考えてしまった。
間抜けな顔をしているだろう僕の頬を、マティ様の指先がするりと撫でてくる。
「ミカ。ドノヴァンの言い分には、納得できたか?」
「……、……いいえ」
マティ様の凛としたアクアマリンのような瞳には全てを見透かされていそうで、嘘をつくことも取り繕うことも出来ない。僕は正直に首を振った。
「ドノヴァンさんにも、言い分があるんだと思います。賢者様という立場は僕なんかには想像もつかないほど大変なものなんだろうなとも思いますし、ドノヴァンさんなりに思うところはあるんだろうなとも、気の毒だなと感じる部分もあります。……でも、だからといって、アマネくんへぶつけた暴言を僕は許せませんし、結局はあの人の独り善がりだとも思ってしまいます。……ただ、それでも、最後に少しだけでもアマネくんを思いやってくれたらしいことだけは、良かったなと思いました。偉そうな言い分ですけど」
「いや、それでいいのだ」
素直な気持ちを吐き出して少しスッキリしたと同時に自己嫌悪も湧き上がった僕の心情を察したのか、マティ様はそっと肩を抱いてきた。慰めるような、優しい仕草だ。
「ミカ。己のその気持ちを、否定してはならぬ。そなたのその気持ちが、アマネの心に寄り添ってくれたからこそ、あの子は今日という日を乗り越えられた。賢者を前にしても折れなかったその気持ちを、大切にするがよい」
「……はい」
「うむ。──あと、そちらは私が預かろう」
ドノヴァンさんから渡された布袋のほうへ、マティ様が手を差し出してくる。ジルがそれを不審そうに見つめると、マティ様は何かを感じ取ったのかムッとした顔になった。
「横取りしようなどとは考えておらんぞ、失敬な」
「俺は何も言っていないだろうが」
「そなたの顔に書いてあるのだ。怪しい、とな。断じて違うぞ、ミカ。私はただ、もっともらしい理由をつけてアマネに手渡してやろうと思っただけだ。無論、中抜きしたりもせぬ」
「ふふっ。マティ様は横取りなんかしないって、僕もジルもちゃんと分かってますよ」
ね? とジルを見るも、魔王はついっと視線を逸らしてしまう。本当はジルだってマティ様を信用しているくせに、この魔王様はこの王子様に対してちょっとツンデレな部分がある。
またもムムッとした顔でジルを睨んでいるマティ様へ、僕はクスクス笑いながら布袋を手渡した。
「マティ様になら、安心してお任せできます。よろしくお願いしますね」
「うむ、任せるがよい。──ジルにも、ミカのほんの一欠片でも素直さがあればよいものを」
「生憎、たかが二十数年しか生きていない人間の王子と馴れ合う趣味は、魔王には無いんでな」
「こんなときばかり魔王ぶりおって……!」
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