夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら

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第2章

【2-125】消えた王子たち

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 ジェイデンの制止は一瞬遅れを取っており、ドアは既に薄く開かれている。騎士が慌てて閉めようとしたが無駄な足掻きに終わり、扉は大きく開けられてしまった。
 メイド服に身を包んだ女が二人するりと入室してきたかと思いきや、護衛の騎士たちはバタバタと倒れてゆく。開け放たれたドアの向こう側でも、騎士たちが昏倒し、重なり合って倒れていた。
 女の片方が怪しげな瓶を抱えているので、何か薬でも嗅がされたのかもしれない。

「何者だ」

 ジェイデンはキリエを背に庇いつつ、怯んだ様子は見せず強気に問い掛けた。すると、手ぶらのほうの女がクスクスと笑い声を漏らす。──キリエは、その笑い方に覚えがあった。

「そんなに警戒しなくても、王子様たちを殺したりなんかしないから安心してほしいねぇ」
「その声……、月夜の人形会!」

 キリエが微かに震えた声を上げると、ジェイデンは鋭い金眼で女たちを睨みつける。しかし、彼女たちは愉快そうにニヤニヤと笑うばかりだ。

「嬉しいねぇ、キリエ。覚えていてくれているだなんて。お利口さんなキリエのために、自己紹介をしてあげようねぇ。私は、『月夜の人形会』の頭領でルーナという名だよ。よろしくねぇ」

 黒衣を身に纏っているときとは随分と印象が異なるが、確かに見覚えのある顔立ちである黒髪の女──ルーナは、小さく笑いながら王子たちへ近づいてゆく。

「キリエも、そっちの王子様も、そんなに怯えなくていいからねぇ」
「……僕たちをどうするつもりですか? 競売にかけるのですか? それとも、遠くへ連れ去るのですか?」
「いいや、そんなことはしないねぇ。そっちの王子様にはちょっと眠ってもらうだけだし、キリエにはちょっと遊んでもらうだけだねぇ。ちゃんと、あの騎士様のところに帰してあげるよ。約束する」
「賊の言うことなど、信用できるか!」

 そう言って、ジェイデンは隠し持っていたと思われる護身用のナイフを出して身構えた。しかし、明らかに握り慣れていない手つきだ。
 ルーナは小馬鹿にしたように笑い、──宙へ舞った。


 ◇


 不正徴収への対処が主な議題となっている緊急集会は、滞りなく進行していた。
 重大な罪を犯していた領主には厳罰が必要であるというのは全会一致で決定し、その大多数は極刑もやむなしという意見のようだ。今まで苦しめられていた民の溜飲を下げ、反乱等の非常事態を避けるためにも、王家は有力貴族相手でも容赦はしないという姿勢を見せるべきだという考えだ。

 キリエが知れば悲しむだろうが、世の中は彼のように慈悲深い人間ばかりではないとよく知っているリアムは、この会議で出されるであろう結論に異議を唱えるつもりはなかった。
 ここで王家が該当領主へ厳しい処罰を下さなければ国民の不満が募り新国王への不信感を生み出しかねないし、キリエが極刑は望んでいない博愛主義者だという事実は最終討論会の議事録に残っているため問題が無いからだ。
 今は、下手に口を出して集会を長引かせるほうが、リアムにとっては避けたい事態である。

 このまま順調に決議へ進めば、あと三十分程度で閉会するだろう。そうであれば、予定よりも早くキリエの元へ戻ることが出来る。このまま何事もなく終わってほしいとリアムが願ったとき、──大広間の扉が激しく叩かれた。
 瞬時に嫌な予感を察知したリアムは、思わずマクシミリアンと視線を交わす。同じく主と離れている立場であるマクシミリアンの橙の瞳にも、緊張が滲んでいた。

 コンラッドが「通せ!」と指示を出すがいなや、転がるようにして若い騎士が入ってくる。

「失礼いたします! 王子様方が……っ、ジェイデン様とキリエ様の御姿が見えなくなりました!」

 その報告に対してコンラッドが何か反応をするよりも速く、リアムは椅子を蹴倒しながら立ち上がり、全速力で駆け始めた。マクシミリアンも同じように駆け出して、二人で競い合うようにして大広間を飛び出し、控室を目指す。

 すぐに到着した控室は、もぬけの殻だった。いや、慌てた様子の使用人たちが複数人と、まだ運び出されていない気絶状態の騎士が五人ほど入口のドア近辺にいるが、二人の王子の姿はどこにも無い。
 室内に荒らされた形跡は無く、血痕等も無いため、誰かが揉めたり負傷したわけではないようだ。まるでキリエとジェイデンが二人でこっそりとどこかへ行ったようにも見えるが、そうではないことはリアムにもマクシミリアンにも理解できている。

「リアム、……これは、どういうことだと思う?」
「分からない。……どうしたらいいんだ」
「リアム?」
「どこへ行った? 誰が連れて行った? 御無事なのか? どうしたら……どうしたらいいんだ、マックス」

 普段は意地でも愛称を呼ばないリアムが、幼い頃と同じようにマクシミリアンの名を呼んだ。その声は、彼らしくなく冷静さを失ってしまっている。
 リアムの中でキリエがどれだけ大きな存在であるのかを改めて思い知らされたマクシミリアンは、自分の主君も失踪していることへの動揺を何とか抑え込みながら、リアムの肩をそっと叩いた。

「リア、しっかりするんだ。私たちの主を、早く探して差し上げなければ。宰相閣下の指示を仰ごう」

 愛称で呼び返されたことにも気づかず、リアムは虚ろな瞳で頷くのだった。
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