夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら

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第3章

【3-11】アルス市国の民が重視している「効率」

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 ◆◆◆


 ──春の第二月第一週、三日目。
 隣国のひとつアルス市国から、リツ=レイ=アルスがウィスタリア王城を訪問する日。現在も国交はほぼ断絶中であり、国境の扉が開かれることは殆ど無い。非常に貴重な場に立ち会うということで、キリエは緊張していた。
 アルス市国との国境からウィスタリア王城までは、馬車で三日半ほどかかる。既に四日前にリツが入国しているという伝令は届いており、予定通りであれば本日午後にウィスタリア王城へ到着するはずだ。キリエも昼過ぎに城へ赴き、ジェイデンやジャスミンと共に待機している。現在は、大広間の隣にある控室で茶を飲み交わしていた。

「キリエ、大丈夫? なんだか、とっても緊張しているみたいだけど」
「あっ、はい、大丈夫です。緊張は、していますけど……」
「安心して。わたしも二回くらいしか会ったことはないけど、リツはとても優しい人よ。そうね……、ちょっとリアムに似ているかも」
「リアムに?」

 首を傾げるキリエを見て、ジャスミンは楽しそうに笑う。ライアンが捕らえられた一件以降、どこか気落ちしている様子の彼女だが、こういった公務関係の場では健気に笑顔を見せていた。キリエとしては、ジャスミンのほうが心配なのだが、そう素直に言うのは野暮だろうと思って黙っている。
 ジャスミンは、キリエの横に立つリアムと視線を合わせ、可愛らしく微笑んだ。

「リアムがすっごくふわ~っとした感じが、リツなの」
「……私は、堅物すぎるのでしょうか」

 苦笑するリアムに対し、ジャスミンは首を振る。

「違うわ。だって、リアムはとても格好よくて優しい騎士だもの。ね、キリエ?」
「そうですね、リアムは格好いい騎士です。……それに、とても優しいですよね」

 ふと、二日ほど前の酔った夜のことを思い出し、キリエは微妙な心境になる。
 あのときにリアムへ話した気持ちに嘘や偽りは無いし、あれから彼と気まずい空気になったというわけでもないのだが、藍紫の瞳が何か物言いたげにキリエを見つめてくることが増えた。どこか切なげで物憂げな眼差しを向けられていると分かっていても、キリエは気づかぬフリをして受け流している。リアムはそんなキリエの心情を察しているのだろうが、問い質すこともせずに見守ってくれていた。──ジャスミンが言うように、とても優しい男なのだ。

「リツ殿のお見合いは上手くいくだろうか」

 キリエの若干の憂いを敏感に察知したのか、ジェイデンがさりげなく話題を転換する。

「爵位のある貴族の中で、外面内面どちらも優れていると思われる娘を集めたつもりなんだが……、ジャスミン、どうだろう?」

 ジェイデンから話を振られたジャスミンは、少し考えるように虚空を見つめたあと、ふわりと苦笑した。

「どうかしら……、アルス市国の常識とウィスタリア王国の常識は違うから。結婚するときに重要視することも、こちらとは違うの」
「家柄に問題はないだろうし、令嬢も良い娘ばかりが揃っていると思うんだが……、アルス市国の人へ嫁ぐに相応しい資格などがあるのなら、是非とも教えてほしいのだよ」
「んー……、そうねぇ。アルス市国特有の基準があるというわけではないというか、人それぞれというか。難しいわ。──うぅん、リツだったら、だけど。たぶん彼が一番結婚したいと感じるのはキリエなんじゃないかしら。次点で、リアムね」

 数瞬、奇妙な沈黙が訪れた。
 凍りついた空気を打ち払うように、ジェイデンが小さく咳払いをする。

「……僕自身は偏見を持ちたくはないのだが、一応は唯一神を信仰している国の王として、念のために確かめさせてもらいたい。リツ殿は同性を好む御人なのか?」

 ウィスタリア王国の民が皆で信仰している唯一神は様々な禁則を定めており、同性間の恋愛もそのひとつである。今後、正常国交を目指していくにあたり、こういった文化間の差異が影響を及ぼす可能性もあるだろう。そのあたりを意識しているからこそ、ジェイデンは「偏見を持ちたくはない」とあえて明言したのかもしれない。

「あ、ううん、そういうわけじゃないと思うわ。アルス人だから、そうじゃないとも言えないのだけど……、うーん、説明が難しいなぁ。……でも、国交を回復させようとしているくらいだし、リツも来るんだから、少しくらいアルス市国の文化について話しても問題はないかしら? ここだけのおはなし、ってことで」

 問いかけられた国王は静かに頷き、ジャスミンもこくりと頷き返す。そして彼女は、相変わらずの愛らしい声音でゆっくりと語り始めた。

「アルス市国で何よりも重視されているのは、『効率』よ。アルスの国民は研究熱心な人が多くて、豊かで便利な生活を作るために人生を捧げている人もいっぱいいるわ。ウィスタリアの民がアルス国内の状態を見たら、きっとビックリすると思う。終戦からの百五十年の間に、本当にすごい発展をしてきたのよ。──そんなわけで、国民は研究や開発に集中するために、なるべく負荷が掛からない快適な生活を心がけているの。結婚もそうよ。効率のいい生活のために、結婚するの」
「効率のいい生活のために、結婚……?」

 首を傾げるキリエに対し、ジャスミンは楽しそうに笑って何度かこくこくと頷いた。
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