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第3章
【3-10】幸福と願望の交差点
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「キリエが化け物……? 何を言っているんだ、キリエ。誰にそんなことを言われた!?」
「ライアン」
兄弟の一人の名を歌うように呟いたキリエは、小さな笑い声を上げる。それは自嘲しているようにも、冗談を聞いて楽しんでいるようにも、どうとでも捉えられる響きだった。
「僕、あのときのことは殆ど覚えてなくて……、でも、化け物って言われたことだけは、ハッキリと覚えているのです。……化け物、って、怯えた声」
「あのときとは、瞳が紅くなっていたときのことか……?」
「ライアンも、……ルースの街での、あの人たちも、化け物って……僕のことを……」
「ルースの街でのあの人たち」が誰なのかがリアムには分からないが、おそらくキリエの特性を目の当たりにして怯えを見せた人物なのだろうと予想する。
「もし、妖精人がいるのなら、……僕もその血を受け継いでいるのなら、……妖精人がいて森の奥で暮らしているのなら、……僕も森へ行かなくては」
「……何を言っているんだ」
「妖精人は、人間ではない、……化け物と呼ばれても仕方がないのでしょう。……それぞれ、生きる場所が、きっと違うのです。……それに、また君が変な目で見られてしまう。せっかく、戻ってきたのに」
キリエは、己の両肩を掴んでいるリアムの手に触れ、そっと撫でた。その表情はどこまでも穏やかだ。
「リアムは立派な騎士だって、御両親の悲しい事件とは関係無く、リアムはリアムという素晴らしい人だって、せっかく王都の人たちも分かってきてくれているのに……、僕が化け物だったら、化け物が家にいたら、また、君の名誉に傷がついてしまいます……そんなの、……そんなの、悲しいじゃないですか」
「……」
「君は僕を守ってくれると言いますけど、僕だって君を守りたいのです。君の幸せを、君が大切にしている場所や人たちを、守りたいのです。……だって、それは僕にとっても、とても大事なものですから」
ふふ、ふふ、とキリエは小さな笑い声を何度も上げる。無邪気な酔っ払いが零した言葉たちは、きっとただの戯れではなく、彼が抱えている本音なのだろう。
ジェイデンに呼び出され、妖精人が実在する可能性の高さを聞いてからずっと、そんなことを考えていたのだろうか。リアムの心がチクリと痛んだ。
「なぁ、キリエ。……酔いが醒めれば忘れてしまうかもしれないが、聞いてほしい。俺の幸せを願ってくれるというのなら、そんなことを言わないでくれ」
「そんなこと? ……どんなこと?」
「……もし、キリエを化け物だと言う人がいたとして、それでキリエがどこか遠くへ行ってしまうのは、俺にとってはただの不幸だ。……キリエは化け物なんかじゃないと、お前を傍で守りながら証明していく道こそが、俺にとっての幸せだ」
「うーん……、本当ですか?」
どこか舌足らずな口調で、素面のときには口にせずに飲み込んでしまうだろう問いをキリエは素直に吐き出す。リアムは真剣に頷き、真摯に言葉を重ねた。
「もしもキリエがそんな消え方をしたら、俺の心は壊れてしまう。キリエに嫌われたり、不要と判断されたというのなら、悲しいし悔しいが納得はする。だが、俺のために姿を消すというのなら、それはとんだ見当違いの方法だ」
「ん……、でも、リアムが望まなくても、僕は……人間の住処から追い出されてしまうかもしれないので。……やっぱり、君には、ずっと隣にいてくれる人が必要ですよ。僕みたいな曖昧な存在じゃなくて、ちゃんと君の隣にいてくれる人間が。……君は生まれながらの騎士だって、守るものがあるから輝けるって、マックスも言ってました。ふふっ、僕も同感です。リアムは、とても格好いい騎士ですからね」
かっこいい、かっこいい、と呟きながら笑うキリエの表情に、悲哀は無かった。彼は、ただただリアムの幸せを願い、そのために必要な存在を傍に置くべきであると望んでいるだけだ。その純粋な慈しみの心は、逆にリアムの胸を鈍く軋ませる。
「仮に、キリエの居場所が王都から無くなり、どんな地方の街にも無くなってしまったとしたら、俺も共に森へ行こう。森では妖精人しか暮らせなくて俺は共生できないというのなら、毎日通い詰めよう。……オズワルド様がお前の母君に逢うためにそうしたように、俺も同じようにしよう」
「……なぜ?」
「それが、俺にとって最上の喜びであり、幸福だからだ。……俺は、キリエに生涯の忠誠を捧げている。他の主君なんていらない。キリエが向かう先が地の果てだろうが地獄だろうが付いて行く」
まだ酔いが醒める様子の無いキリエは、困ったように眉尻を下げて笑う。
「どうしましょう……、そうだ、僕の我儘ということで、そういった場合には見て見ぬふりをして見送ってくれませんか? ほら、本物の我儘で困らせてほしいって言ってたじゃないですか」
「それは我儘とは言えないから却下だ」
「うーん……、リアムの我儘基準は難しいですね。……でも、それが嫌じゃないというか、嬉しくなってしまうのだから、僕は困った贅沢者です」
キリエの苦笑が、ふわりと幸せそうなものへと変化する。そして、リアムへ背を向けるように寝転がった彼は、ぽつりと呟いた。
「君の幸せと僕の幸せが重なって、ずっと一緒に穏やかに生きていけたらいいのに……」
その願いは頑張れば叶うという類のものではなく、いわば夢幻のようなものであると、キリエの声音は物語っている。どこかせつない響きの言葉を受け止めたリアムは、銀色の髪をそっと撫でた。
「その願いを叶えるために、俺はこうして傍にいるんだ。……だから、どうか、置いて行かないでくれ」
返事はなく、静かな呼吸音が聞こえてくるだけだ。リアムはそれ以上は声を掛けず、本当にキリエが眠ってしまうまで頭を撫で続けたのだった。
「ライアン」
兄弟の一人の名を歌うように呟いたキリエは、小さな笑い声を上げる。それは自嘲しているようにも、冗談を聞いて楽しんでいるようにも、どうとでも捉えられる響きだった。
「僕、あのときのことは殆ど覚えてなくて……、でも、化け物って言われたことだけは、ハッキリと覚えているのです。……化け物、って、怯えた声」
「あのときとは、瞳が紅くなっていたときのことか……?」
「ライアンも、……ルースの街での、あの人たちも、化け物って……僕のことを……」
「ルースの街でのあの人たち」が誰なのかがリアムには分からないが、おそらくキリエの特性を目の当たりにして怯えを見せた人物なのだろうと予想する。
「もし、妖精人がいるのなら、……僕もその血を受け継いでいるのなら、……妖精人がいて森の奥で暮らしているのなら、……僕も森へ行かなくては」
「……何を言っているんだ」
「妖精人は、人間ではない、……化け物と呼ばれても仕方がないのでしょう。……それぞれ、生きる場所が、きっと違うのです。……それに、また君が変な目で見られてしまう。せっかく、戻ってきたのに」
キリエは、己の両肩を掴んでいるリアムの手に触れ、そっと撫でた。その表情はどこまでも穏やかだ。
「リアムは立派な騎士だって、御両親の悲しい事件とは関係無く、リアムはリアムという素晴らしい人だって、せっかく王都の人たちも分かってきてくれているのに……、僕が化け物だったら、化け物が家にいたら、また、君の名誉に傷がついてしまいます……そんなの、……そんなの、悲しいじゃないですか」
「……」
「君は僕を守ってくれると言いますけど、僕だって君を守りたいのです。君の幸せを、君が大切にしている場所や人たちを、守りたいのです。……だって、それは僕にとっても、とても大事なものですから」
ふふ、ふふ、とキリエは小さな笑い声を何度も上げる。無邪気な酔っ払いが零した言葉たちは、きっとただの戯れではなく、彼が抱えている本音なのだろう。
ジェイデンに呼び出され、妖精人が実在する可能性の高さを聞いてからずっと、そんなことを考えていたのだろうか。リアムの心がチクリと痛んだ。
「なぁ、キリエ。……酔いが醒めれば忘れてしまうかもしれないが、聞いてほしい。俺の幸せを願ってくれるというのなら、そんなことを言わないでくれ」
「そんなこと? ……どんなこと?」
「……もし、キリエを化け物だと言う人がいたとして、それでキリエがどこか遠くへ行ってしまうのは、俺にとってはただの不幸だ。……キリエは化け物なんかじゃないと、お前を傍で守りながら証明していく道こそが、俺にとっての幸せだ」
「うーん……、本当ですか?」
どこか舌足らずな口調で、素面のときには口にせずに飲み込んでしまうだろう問いをキリエは素直に吐き出す。リアムは真剣に頷き、真摯に言葉を重ねた。
「もしもキリエがそんな消え方をしたら、俺の心は壊れてしまう。キリエに嫌われたり、不要と判断されたというのなら、悲しいし悔しいが納得はする。だが、俺のために姿を消すというのなら、それはとんだ見当違いの方法だ」
「ん……、でも、リアムが望まなくても、僕は……人間の住処から追い出されてしまうかもしれないので。……やっぱり、君には、ずっと隣にいてくれる人が必要ですよ。僕みたいな曖昧な存在じゃなくて、ちゃんと君の隣にいてくれる人間が。……君は生まれながらの騎士だって、守るものがあるから輝けるって、マックスも言ってました。ふふっ、僕も同感です。リアムは、とても格好いい騎士ですからね」
かっこいい、かっこいい、と呟きながら笑うキリエの表情に、悲哀は無かった。彼は、ただただリアムの幸せを願い、そのために必要な存在を傍に置くべきであると望んでいるだけだ。その純粋な慈しみの心は、逆にリアムの胸を鈍く軋ませる。
「仮に、キリエの居場所が王都から無くなり、どんな地方の街にも無くなってしまったとしたら、俺も共に森へ行こう。森では妖精人しか暮らせなくて俺は共生できないというのなら、毎日通い詰めよう。……オズワルド様がお前の母君に逢うためにそうしたように、俺も同じようにしよう」
「……なぜ?」
「それが、俺にとって最上の喜びであり、幸福だからだ。……俺は、キリエに生涯の忠誠を捧げている。他の主君なんていらない。キリエが向かう先が地の果てだろうが地獄だろうが付いて行く」
まだ酔いが醒める様子の無いキリエは、困ったように眉尻を下げて笑う。
「どうしましょう……、そうだ、僕の我儘ということで、そういった場合には見て見ぬふりをして見送ってくれませんか? ほら、本物の我儘で困らせてほしいって言ってたじゃないですか」
「それは我儘とは言えないから却下だ」
「うーん……、リアムの我儘基準は難しいですね。……でも、それが嫌じゃないというか、嬉しくなってしまうのだから、僕は困った贅沢者です」
キリエの苦笑が、ふわりと幸せそうなものへと変化する。そして、リアムへ背を向けるように寝転がった彼は、ぽつりと呟いた。
「君の幸せと僕の幸せが重なって、ずっと一緒に穏やかに生きていけたらいいのに……」
その願いは頑張れば叶うという類のものではなく、いわば夢幻のようなものであると、キリエの声音は物語っている。どこかせつない響きの言葉を受け止めたリアムは、銀色の髪をそっと撫でた。
「その願いを叶えるために、俺はこうして傍にいるんだ。……だから、どうか、置いて行かないでくれ」
返事はなく、静かな呼吸音が聞こえてくるだけだ。リアムはそれ以上は声を掛けず、本当にキリエが眠ってしまうまで頭を撫で続けたのだった。
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