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第1話ー亡国の王妃
しおりを挟む空の玉座に寄り掛かり、ロワナはため息を吐いた。
城門が破られ、騎士たちの怒号や叫び声がここまで届く。
玉座には座らない。ロワナは王ではない。消えゆくこの王国の王妃だ。
王は我先にと逃げた。王の側近も然り。
(こんな国は滅んで当然だわ)
攻め入っているのは帝国アルカダイア。ロワナの祖国だった。
(お兄様が私がいるからと、侵攻を止める訳がない)
アルカダイアの皇帝であるロワナの兄に命じられ、この国に嫁いできて10年。ロワナは愚王である夫に、なんとか誠実に国政に取り組んでもらおうと努力したが駄目だった。頭も悪く、色欲も強く手の施しようがない。
玉座のある謁見の間の目の前まで怒号が迫ってきた。
(城の従者は皆逃がした。私によくしてくれたメイドも、使用人も)
出来る限りのことはした。この国に来て10年。もう疲れてしまった。
(アルカダイアの騎士に討たれるなら、それもいいかもしれない。最期にあの人に会いたかったけれど)
ロワナは目を閉じた。まだ鮮明に思い出せる、暗い赤銅色の髪と瞳。
(駄目ね。あの人が来たら私を殺せないわ)
フッと自虐めいた苦笑をし、前を向いた。
謁見の間の扉が乱暴に開かれ、鎧を来た騎士たちが押し寄せる。
ドスッ!と腹部に痛烈な衝撃が走る。
(まぁ。私は剣ではなく弓矢で死ぬの)
痛みも強烈なものだったが、意外であり頭は冴えていた。
「――姫!!」
よく透る低い声、視界の片隅に、懐かしい赤銅色が見えた気がした。だが腹部の痛みは焼けるようで、ロワナはそのまま後ろに倒れ意識を手放した。
❋❋❋❋❋❋
(姫だなんて。最期に都合のよい空耳を聞いたわ。私をそう呼ぶのは彼しかいないもの)
――そう、ロワナがそう呼ぶように彼に命じた。思えば彼には本当に悪い事をしたと思っている。自分が好意を寄せたばかりに、兄に目をつけられ、良いようにこき使われる事になったのだから。
ロワナは帝国アルカダイアの第二皇女として産まれた。上に兄の皇太子、姉の第一皇女と、弟が1人。姉は身体が弱く、外に出ることがほとんどなかったために、ロワナは将来他国へ嫁ぐことになる唯一の皇女だった。
彼に出会ったのは、ロワナが8歳の時だった。
アルカダイアの筆頭公爵家の3男。将来皇室騎士団に入るであろうノクティス・ヴァルグレイス。
幼いロワナには発音が難しく、彼の名前が呼べなかった。最終的に"ノクス"と呼ぶようになったのだが、自分だけ名前が呼べないのは癪なので、ノクティスには"姫"と呼ぶように命じた。
うんざりした顔で拒否していたノクティスだが、2人で遊んでいる時は姫と呼んでくれた。
(神様はいるのね。最期に幸せだった時の走馬灯を見せてくれるなんて)
ロワナは目を開けた。見覚えのある天井が見える。
ぼんやりしていると、目が開いた事への違和感に気付き飛び起きた。
(えっ、ここは皇城での私の部屋····何が起きたの)
慌てて腹部に手をやると、痛みはない。しかし腫れている···?服をめくり、ぽっこりしたお腹を見つめる。なんだこれは。私は妊娠でもしたのか?
ベッドから降り、姿見の前に立った。
短い手足。ぽっこりとしたお腹。まぎれもなく幼児体型だ。ロワナはしばし立ち尽くした。
「殿下、お目覚めになられましたか」
ドアから声がした。
「その声は、エリシャ?」
ドアが開き、にっこりと入ってきたメイドは言った。
「はい。エリシャですよ。どうされました?今日は早起きですね」
自分の輿入れの際に、最後まで付いて行くと言ってくれたエリシャ。連れて行くことは出来ず、その後の事が気にかかっていた。
「まぁまぁどうされました」
エリシャは驚いてロワナに駆け寄った。ポロポロ泣きながら、ロワナはエリシャに抱きついた。
「神に感謝します」
「怖い夢を見られたのですね。大丈夫ですよ。このお城に殿下に手を出せる者などおりません。皆、陛下が追い払ってくれるでしょう」
「お兄様が?」
そんなはずはないと、すぐに涙は引っ込んだ。
「え?いえ第一皇子殿下ではなく、陛下のことです」
(ああ、子供の頃の夢だから、まだお父様が生きているのだわ)
そう思うと、居ても立ってもいられなくなった。
「エリシャ、私お父様に会いたいわ。駄目かしら?」
「駄目な訳がありません。ただ、寝着は着替えて行きましょう」
❋❋❋❋❋❋
ロワナは廊下を走った。膝下丈のドレスなので、足運びが軽い。子供のロワナが走っても、通り過ぎる使用人たちは微笑ましく見るだけだった。
「お父様!」
ノックもせずに、執務室のドアを開ける。
机で書類を見ていたアルカダイアの皇帝は眉を顰めたが、ロワナの顔を視認するとたちまち顔を緩めた。
「どうしたロワナ?朝から元気だな」
「急にお父様に会いたくなりました」
「そうなのか?こっちに来なさい」
皇帝はロワナを膝に乗せた。ロワナは短い腕で父にしがみつく。
後ろに控えていたエリシャが頭を下げたまま言った。
「怖い夢を見られたそうです」
皇帝はロワナの頭を撫でた。
「そうか。それはいけない。少し早いが、一緒に朝食に行こう」
そう言うと皇帝はロワナを抱き上げて執務室を出た。
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