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禁域・野鳥の森。千景の『オカ研』調査が招いた異変
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若葉駅前のロータリーは、今日もたいして変わらない。
眠そうなサラリーマン。
部活バッグを抱えた中学生。
いつものコンビニと、いつもの信号待ち。
「夕凪ー、おはよー!」
背中から飛んでくる、いつもの声も。
振り向くと、藤金千景が、リュック片手に全力の笑顔で近づいてきていた。
黒ぶちメガネに三つ編み。トートバッグには“オカ研”の文字がますます主張を強めている。
「それ、やっぱりやめないんだ」
「え、可愛いでしょ? “オカルト研究会・非公式支部 in 鶴ヶ島”」
「校則的にグレーだからね、それ」
呆れながらホームへ向かう。
電車を待つホームの風が、今日は少し湿っていた。
でも空は青い。雨の気配はない。
「そういえばさー」
千景がスマホを取り出して、にやりと笑う。
「昨日の情報、続報きてたよ」
画面を覗き込む。
『野鳥の森の奥、昨日も水の音してた』
『森に川とか沼とかないのに、バシャバシャ音だけしてるの、マジで怖い』
「数々の証言がもたらされる現象の真相や、いかに!!」
千景がまっすぐに私を見る。
「なんでそんな楽しそうなの……」
私はため息をつく。
「『野鳥の森の奥』って、完全にうちの神社の裏だよ?」
「だからこそじゃん。地元のオカルトは地元民が検証しないと!」
「それ、昨日も聞いたセリフ」
電車が滑り込み、ドアが開く。
乗り込んで、ドア横のスペースを確保する。
「でもさ」
千景が、少し声を落とす。
「夕凪んちの裏って、川らしい川ないよね? 用水路くらいでしょ」
「うん。水害とかも聞いたことないし」
「なのに“バシャバシャ音がする”って、普通におかしくない?」
「……そうだね」
昨日、拝殿の石段で聞いた音が、頭の奥で重なる。
あの黒い水がもし、神社の裏の森にも顔を出していたとしたら――。
「明日の放課後、野鳥の森ね?」
千景が、当たり前のように言った。
「謎は謎のままにしておいてはいけません!」
「……考えとく」
「出た、夕凪の“考えとく”。それ、永遠に考え続けるやつね?」
「最近みんな刺してくるな、そのネタ」
軽口を交わしながらも、胸の奥がざわざわしていた。
野鳥の森の奥。
水の音。
黒い手
底の女
――底。
そんな単語が、頭の中に浮かんで離れなかった。
――翌日の放課後。
結局、私は野鳥の森の入口に立っていた。
「さすが我が心の友、夕凪であります」
千景が嬉しそうに笑う。
「『考えとく』は、『行く』の意味だって、だいぶ分かってきたよ」
「……うるさいな、一回考え出したら、やっぱ気になるでしょ」
森に入ると、急に空が狭くなる。
木々が頭上を覆い隠して、ひんやりとした影を落としている。
光徳神社の裏手に広がる「野鳥の森」。
鳥の声。虫の声。
腐葉土の匂いと、少し湿った空気。
子どもの頃は冒険みたいで楽しかった場所だ。
でも今は、足を踏み入れるだけで、背中にうっすら汗がにじむ。
「夕凪、顔こわばってるよ?」
「森、久しぶりだから」
「ふーん?」
ここで怖いなんて言おうものなら、当分ネタにされる。
千景がじっとこちらを見て、にやっとする。
「じゃ、オカ研、会員の三ツ木夕凪くん。
今日は慣らし運転ね。
オカ研フィールドワークコース、第一弾、野鳥の森を現調せよ!だね」
「勝手にカリキュラム組まないでよ、それに私、オカ研入ってませんけど」
そんなことを言いながらも、私は森の奥へと歩き出した。
背後で、誰かの視線を感じる。
振り返ると、木々の隙間から光徳の社叢林が見えた。
拝殿の屋根。鳥居の頂点。
そのどこかで、黒いパーカーの龍蛇が、欠伸でもしている気がした。
(変な水の音がしたら、すぐ呼べ――か)
心の中で、オロチの声をなぞる。
もしものときは、鈴じゃなくてもいい。
声でもいい。祝詞の真似事でもいい。
そう、自分に言い聞かせながら、私は湿った土を踏みしめた。
森の奥で、何かが待っている気配がした。
それが“祟り”なのか、“祈りの残骸”なのかは、まだ分からない。
ただひとつだけ、はっきりしている。
ここに、『例の手』の手がかりがあるということだけは。
「おおー、久しぶりに来たけど、やっぱ雰囲気あるなあ」
千景が、スマホであちこちを撮りながらはしゃいでいる。
「野鳥の森ってさ、なんか“名前負けしてない感”あるよね」
私はどこかで鳴いている鳥を探して、樹上に目を向けた。
「確かに。鳥、多すぎ。名前、ド直球」
千景の返答に私達は笑いながら森の奥へと進んだ
落ち葉を踏みしめながら、獣道みたいな細い道を進む。
見慣れているはずなのに、日が傾き始めると途端に別世界みたいだ。
「で、“水音スポット”ってどの辺?」
「たぶんねー、この先の……あ、誰かいる」
千景が足を止めた。
道の先に腰を曲げた小さな影が見える。
近づいてみると、見覚えのある杖をついた、おじいさんだった。
「あ、柳戸さん」
「おお、三ツ木んちの娘さんか」
町内会でよく見かける、柳戸のおじいちゃんだった。
「柳戸さん、こんにちは。ここ、よく来るんですか?」
「おお、毎日来とるよ。わしの『血圧サロン』だからな。
木を眺めてると、血圧が下がるからのう」
「言い方」
千景が小声で笑う。
「あ、そういえば、おじいさん。この辺……昔、ため池とかありましたか?」
千景がさりげない顔で調査の核心を突く。
「はて?ため池?」
柳戸さんは少し考えていたが、記憶にはないようだった。
「そんなもんが、ここにあったとは聞いた事ないのう」
「そうですか……」
千景は残念そうにしていた。
「鶴ヶ島は『龍蛇さま』のとこで雨乞いしたりと、どちらかと言えば水が足りん地域だったからなぁ。大昔はあったとしても不思議じゃないけどなぁ」
――龍蛇さま。
私の脳裏に真っ先にアイツのダルそうな顔が浮かんだけど、アイツじゃなくて、脚折町の雷電池の神様のことだろう。
「――だとしたら、なんで無くなっちゃったんでしょう?」
「時代が変わって、町も近代的に整備されて『あんな池要らん』ってなったんかもしれんな」
柳戸さんは、少し寂しげに笑いながら続けた。
「どこもそうだが、古いもんが消えて、新しい街並みとなるのが世の流れよ」
古いもんが消えて――。
その言葉が、胸に刺さった。
「ありがと、柳戸さん」
「おう。変な時間まで森にいるなよ。暗くなると、道が分からんくなるからな」
そう言って、おじいさんは杖をつきながら、ゆっくりと帰っていった。
「……ねえ夕凪」
千景が、私の顔を覗き込む。
「池なんてないのに、夜な夜な響く水の音。ますます磨きが掛かったって感じしない?」
「うん。嫌な意味でね」
私たちは、更に森の奥へと歩き出した。
しばらく進むと空気が変わった。
湿り気が、ぐっと濃くなる。
「ここ、なんか……」
千景が小さく呟いた。
「分かる。湿度が一段違う」
周囲を見渡すと、小さな窪地になっている場所に出た。
木々は少し少なくなり、ぽっかりと空が覗いている。
地面は、他よりも黒く、柔らかそうだ。
私は、窪地の真ん中まで歩いてみた。
足元の土は、見た目どおり柔らかい。
踏むと、少し沈む。
「雨も降ってないのに、変に湿ってる……」
ゴクリと喉が鳴った。
なんとなく脳裏に浮かんでしまった。
この雰囲気、池を埋め立てた形状っぽくない?と。
「夕凪、あんまり真ん中まで行かないほうが」
「そうだね、やめとこうか」
戻ろうと踵を返す。
ぐにゃ。
一歩踏み出した足が一気に足首まで土に沈んだ。
その瞬間に私は全てを理解した。
踏み込んではいけない線の内側に入ってしまったことを。
眠そうなサラリーマン。
部活バッグを抱えた中学生。
いつものコンビニと、いつもの信号待ち。
「夕凪ー、おはよー!」
背中から飛んでくる、いつもの声も。
振り向くと、藤金千景が、リュック片手に全力の笑顔で近づいてきていた。
黒ぶちメガネに三つ編み。トートバッグには“オカ研”の文字がますます主張を強めている。
「それ、やっぱりやめないんだ」
「え、可愛いでしょ? “オカルト研究会・非公式支部 in 鶴ヶ島”」
「校則的にグレーだからね、それ」
呆れながらホームへ向かう。
電車を待つホームの風が、今日は少し湿っていた。
でも空は青い。雨の気配はない。
「そういえばさー」
千景がスマホを取り出して、にやりと笑う。
「昨日の情報、続報きてたよ」
画面を覗き込む。
『野鳥の森の奥、昨日も水の音してた』
『森に川とか沼とかないのに、バシャバシャ音だけしてるの、マジで怖い』
「数々の証言がもたらされる現象の真相や、いかに!!」
千景がまっすぐに私を見る。
「なんでそんな楽しそうなの……」
私はため息をつく。
「『野鳥の森の奥』って、完全にうちの神社の裏だよ?」
「だからこそじゃん。地元のオカルトは地元民が検証しないと!」
「それ、昨日も聞いたセリフ」
電車が滑り込み、ドアが開く。
乗り込んで、ドア横のスペースを確保する。
「でもさ」
千景が、少し声を落とす。
「夕凪んちの裏って、川らしい川ないよね? 用水路くらいでしょ」
「うん。水害とかも聞いたことないし」
「なのに“バシャバシャ音がする”って、普通におかしくない?」
「……そうだね」
昨日、拝殿の石段で聞いた音が、頭の奥で重なる。
あの黒い水がもし、神社の裏の森にも顔を出していたとしたら――。
「明日の放課後、野鳥の森ね?」
千景が、当たり前のように言った。
「謎は謎のままにしておいてはいけません!」
「……考えとく」
「出た、夕凪の“考えとく”。それ、永遠に考え続けるやつね?」
「最近みんな刺してくるな、そのネタ」
軽口を交わしながらも、胸の奥がざわざわしていた。
野鳥の森の奥。
水の音。
黒い手
底の女
――底。
そんな単語が、頭の中に浮かんで離れなかった。
――翌日の放課後。
結局、私は野鳥の森の入口に立っていた。
「さすが我が心の友、夕凪であります」
千景が嬉しそうに笑う。
「『考えとく』は、『行く』の意味だって、だいぶ分かってきたよ」
「……うるさいな、一回考え出したら、やっぱ気になるでしょ」
森に入ると、急に空が狭くなる。
木々が頭上を覆い隠して、ひんやりとした影を落としている。
光徳神社の裏手に広がる「野鳥の森」。
鳥の声。虫の声。
腐葉土の匂いと、少し湿った空気。
子どもの頃は冒険みたいで楽しかった場所だ。
でも今は、足を踏み入れるだけで、背中にうっすら汗がにじむ。
「夕凪、顔こわばってるよ?」
「森、久しぶりだから」
「ふーん?」
ここで怖いなんて言おうものなら、当分ネタにされる。
千景がじっとこちらを見て、にやっとする。
「じゃ、オカ研、会員の三ツ木夕凪くん。
今日は慣らし運転ね。
オカ研フィールドワークコース、第一弾、野鳥の森を現調せよ!だね」
「勝手にカリキュラム組まないでよ、それに私、オカ研入ってませんけど」
そんなことを言いながらも、私は森の奥へと歩き出した。
背後で、誰かの視線を感じる。
振り返ると、木々の隙間から光徳の社叢林が見えた。
拝殿の屋根。鳥居の頂点。
そのどこかで、黒いパーカーの龍蛇が、欠伸でもしている気がした。
(変な水の音がしたら、すぐ呼べ――か)
心の中で、オロチの声をなぞる。
もしものときは、鈴じゃなくてもいい。
声でもいい。祝詞の真似事でもいい。
そう、自分に言い聞かせながら、私は湿った土を踏みしめた。
森の奥で、何かが待っている気配がした。
それが“祟り”なのか、“祈りの残骸”なのかは、まだ分からない。
ただひとつだけ、はっきりしている。
ここに、『例の手』の手がかりがあるということだけは。
「おおー、久しぶりに来たけど、やっぱ雰囲気あるなあ」
千景が、スマホであちこちを撮りながらはしゃいでいる。
「野鳥の森ってさ、なんか“名前負けしてない感”あるよね」
私はどこかで鳴いている鳥を探して、樹上に目を向けた。
「確かに。鳥、多すぎ。名前、ド直球」
千景の返答に私達は笑いながら森の奥へと進んだ
落ち葉を踏みしめながら、獣道みたいな細い道を進む。
見慣れているはずなのに、日が傾き始めると途端に別世界みたいだ。
「で、“水音スポット”ってどの辺?」
「たぶんねー、この先の……あ、誰かいる」
千景が足を止めた。
道の先に腰を曲げた小さな影が見える。
近づいてみると、見覚えのある杖をついた、おじいさんだった。
「あ、柳戸さん」
「おお、三ツ木んちの娘さんか」
町内会でよく見かける、柳戸のおじいちゃんだった。
「柳戸さん、こんにちは。ここ、よく来るんですか?」
「おお、毎日来とるよ。わしの『血圧サロン』だからな。
木を眺めてると、血圧が下がるからのう」
「言い方」
千景が小声で笑う。
「あ、そういえば、おじいさん。この辺……昔、ため池とかありましたか?」
千景がさりげない顔で調査の核心を突く。
「はて?ため池?」
柳戸さんは少し考えていたが、記憶にはないようだった。
「そんなもんが、ここにあったとは聞いた事ないのう」
「そうですか……」
千景は残念そうにしていた。
「鶴ヶ島は『龍蛇さま』のとこで雨乞いしたりと、どちらかと言えば水が足りん地域だったからなぁ。大昔はあったとしても不思議じゃないけどなぁ」
――龍蛇さま。
私の脳裏に真っ先にアイツのダルそうな顔が浮かんだけど、アイツじゃなくて、脚折町の雷電池の神様のことだろう。
「――だとしたら、なんで無くなっちゃったんでしょう?」
「時代が変わって、町も近代的に整備されて『あんな池要らん』ってなったんかもしれんな」
柳戸さんは、少し寂しげに笑いながら続けた。
「どこもそうだが、古いもんが消えて、新しい街並みとなるのが世の流れよ」
古いもんが消えて――。
その言葉が、胸に刺さった。
「ありがと、柳戸さん」
「おう。変な時間まで森にいるなよ。暗くなると、道が分からんくなるからな」
そう言って、おじいさんは杖をつきながら、ゆっくりと帰っていった。
「……ねえ夕凪」
千景が、私の顔を覗き込む。
「池なんてないのに、夜な夜な響く水の音。ますます磨きが掛かったって感じしない?」
「うん。嫌な意味でね」
私たちは、更に森の奥へと歩き出した。
しばらく進むと空気が変わった。
湿り気が、ぐっと濃くなる。
「ここ、なんか……」
千景が小さく呟いた。
「分かる。湿度が一段違う」
周囲を見渡すと、小さな窪地になっている場所に出た。
木々は少し少なくなり、ぽっかりと空が覗いている。
地面は、他よりも黒く、柔らかそうだ。
私は、窪地の真ん中まで歩いてみた。
足元の土は、見た目どおり柔らかい。
踏むと、少し沈む。
「雨も降ってないのに、変に湿ってる……」
ゴクリと喉が鳴った。
なんとなく脳裏に浮かんでしまった。
この雰囲気、池を埋め立てた形状っぽくない?と。
「夕凪、あんまり真ん中まで行かないほうが」
「そうだね、やめとこうか」
戻ろうと踵を返す。
ぐにゃ。
一歩踏み出した足が一気に足首まで土に沈んだ。
その瞬間に私は全てを理解した。
踏み込んではいけない線の内側に入ってしまったことを。
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