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第一話
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「見てごらんなさい。庶民よ」
「ただ絵が描けるだけで大学へ入っただなんて」
「こんなところへ人が入ってくるようになるだなんて」
大学の中庭のベンチへ座っていたルークの隣で、女生徒たちは真っ白な8号のキャンパスを小脇に抱えて、大股で中庭を横切っていく、小柄な少女を嫌悪の視線で眺めながら口をそろえて、敵対していた。
「そうおもいませんこと?殿下」
そう、さも肯定することが当然であるかのように彼女たちはルークへ笑いかけるのだ。ルークはこういう話題に関して、その人を女性達と同じように否定しなければいけないことを知っている。
「ああ、本当に。大学を分けてほしいぐらいだ」
「殿下も通ってらっしゃるというのに、本当に気配りができておりませんわ」
別に横切っていた少女のことが嫌いなわけでも、庶民が大学へ通ってはいけないなんていう、貴族の傲慢な考え方に同意しているわけではないのだけれども、この場を一番平穏に、なおかつ自らの株を下げない返事というのは、女性らに同意することなのだ。
「じゃあ、僕は用事があるから」
そう言ってさっとルークは立ち上がると、分厚い革の本を片手で持って、女性達から離れた。女性達は名残惜しそうにルークの背中をながめながらも、追いかけることはなかった。
女生徒から解放されたルークは軽やかな足取りで階段を昇って行った。太陽の日が差す踊り場を抜け、クラスのある教室を抜けて、また階段を上り、あまり人が寄り付かない旧校舎の方へとやってくると、一番端っこに、第一図書室と書かれた古びた部屋の扉を開けた。
そこには埃をかぶった本が大勢並んでいる。部屋はそこまで広くなく、ほとんどがもう誰も読まなくなった本や、資料ばかり。生徒達は皆、広くて、清潔で、真新しい第二図書室で本を借りている。ここの本を読んでいるのはルークぐらいだろう。
そんな人気の無いところなのだけれども、どこからともなく、鼻につく油の匂いがしてくる。
持っていた分厚い本を元あったところへ戻すと、ルークは一番窓際の本棚へ近づいた。本棚の陰には古びた扉があり、開けると油の匂いがきつく漂っている。
「また来たの」
先ほどの小柄な少女が、その広くない部屋でキャンバスと向き合って立っていた。部屋には大量の油絵が置かれていて、どれも風景や、小物を描いた者ばかり。でもそれらはとても繊細で素人が見ても上手いと感嘆を漏らすであろう出来だ。
でも部屋のなかはかなり汚く、いたるところに油絵具が飛び散っている。
「ただ本を返しに来たついでだ」
そう言ってルークへ中へ入ると、そこへ置かれていた椅子へと腰を下ろした。
「売れた絵はあるか?」
「また二枚売れた。それもすごく高く」
特別嬉しそうでもなく少女はそういうのだ。
少女はペインティングナイフで硬いクリームのように油絵具をとり、真っ白なキャンバスに、青色を伸ばしていく。少女の上半身よりも高く、大きなキャンバスは、少女には大きすぎるようにも思われるけれども、少女の手に絵画の道具があれば、キャンバスは少女の見える世界を形作っていく。
光加減や、影や、今までの画家たちが考案してきた様々な技法や、画家の描き方が、少女の絵画の中に織り込まれていく。
「そう言えば、姉上がまたアンナとお茶をしたいって」
「ありがたいことだわ」
アンナソバカスの散った、大きな緑色の瞳でルークのことを見た。目が合ったルークは目を細めた。
「本当に、あなたって、瞳が綺麗」
「青いというか、水色に近いから、目力が強くてみんなに怖がれるのに」
「黒い瞳は鏡みたいに色々写すけど、あなたの瞳は何でも吸い込んでしまいそう」
ペインティングナイフでキャンバスを真っ青にしながら、アンナは話すのだ。
それからアンナはずっと手を動かし続ける。汗がにじみ、口の中の水分がなくなってきても、絵を描く集中力を切れる瞬間が訪れるまで、アンナは手を動かし続ける。こんなことが出来る人間と言うのは世界に何人にいるわけではなく、精神をおかしくしてしまう人もいる。
夕方ほどまでルークは本を読みながら、アンナの創作活動を眺めていた。
「僕はそろそろ帰るよ」
声をかけてもアンナは気が付かないので、立ち上がってアンナの頬にキスをした。そうして帰っていった。
汗をかいていたアンナは、何をされたのかわからないまま、ポカンとして、それから
「ただ絵が描けるだけで大学へ入っただなんて」
「こんなところへ人が入ってくるようになるだなんて」
大学の中庭のベンチへ座っていたルークの隣で、女生徒たちは真っ白な8号のキャンパスを小脇に抱えて、大股で中庭を横切っていく、小柄な少女を嫌悪の視線で眺めながら口をそろえて、敵対していた。
「そうおもいませんこと?殿下」
そう、さも肯定することが当然であるかのように彼女たちはルークへ笑いかけるのだ。ルークはこういう話題に関して、その人を女性達と同じように否定しなければいけないことを知っている。
「ああ、本当に。大学を分けてほしいぐらいだ」
「殿下も通ってらっしゃるというのに、本当に気配りができておりませんわ」
別に横切っていた少女のことが嫌いなわけでも、庶民が大学へ通ってはいけないなんていう、貴族の傲慢な考え方に同意しているわけではないのだけれども、この場を一番平穏に、なおかつ自らの株を下げない返事というのは、女性らに同意することなのだ。
「じゃあ、僕は用事があるから」
そう言ってさっとルークは立ち上がると、分厚い革の本を片手で持って、女性達から離れた。女性達は名残惜しそうにルークの背中をながめながらも、追いかけることはなかった。
女生徒から解放されたルークは軽やかな足取りで階段を昇って行った。太陽の日が差す踊り場を抜け、クラスのある教室を抜けて、また階段を上り、あまり人が寄り付かない旧校舎の方へとやってくると、一番端っこに、第一図書室と書かれた古びた部屋の扉を開けた。
そこには埃をかぶった本が大勢並んでいる。部屋はそこまで広くなく、ほとんどがもう誰も読まなくなった本や、資料ばかり。生徒達は皆、広くて、清潔で、真新しい第二図書室で本を借りている。ここの本を読んでいるのはルークぐらいだろう。
そんな人気の無いところなのだけれども、どこからともなく、鼻につく油の匂いがしてくる。
持っていた分厚い本を元あったところへ戻すと、ルークは一番窓際の本棚へ近づいた。本棚の陰には古びた扉があり、開けると油の匂いがきつく漂っている。
「また来たの」
先ほどの小柄な少女が、その広くない部屋でキャンバスと向き合って立っていた。部屋には大量の油絵が置かれていて、どれも風景や、小物を描いた者ばかり。でもそれらはとても繊細で素人が見ても上手いと感嘆を漏らすであろう出来だ。
でも部屋のなかはかなり汚く、いたるところに油絵具が飛び散っている。
「ただ本を返しに来たついでだ」
そう言ってルークへ中へ入ると、そこへ置かれていた椅子へと腰を下ろした。
「売れた絵はあるか?」
「また二枚売れた。それもすごく高く」
特別嬉しそうでもなく少女はそういうのだ。
少女はペインティングナイフで硬いクリームのように油絵具をとり、真っ白なキャンバスに、青色を伸ばしていく。少女の上半身よりも高く、大きなキャンバスは、少女には大きすぎるようにも思われるけれども、少女の手に絵画の道具があれば、キャンバスは少女の見える世界を形作っていく。
光加減や、影や、今までの画家たちが考案してきた様々な技法や、画家の描き方が、少女の絵画の中に織り込まれていく。
「そう言えば、姉上がまたアンナとお茶をしたいって」
「ありがたいことだわ」
アンナソバカスの散った、大きな緑色の瞳でルークのことを見た。目が合ったルークは目を細めた。
「本当に、あなたって、瞳が綺麗」
「青いというか、水色に近いから、目力が強くてみんなに怖がれるのに」
「黒い瞳は鏡みたいに色々写すけど、あなたの瞳は何でも吸い込んでしまいそう」
ペインティングナイフでキャンバスを真っ青にしながら、アンナは話すのだ。
それからアンナはずっと手を動かし続ける。汗がにじみ、口の中の水分がなくなってきても、絵を描く集中力を切れる瞬間が訪れるまで、アンナは手を動かし続ける。こんなことが出来る人間と言うのは世界に何人にいるわけではなく、精神をおかしくしてしまう人もいる。
夕方ほどまでルークは本を読みながら、アンナの創作活動を眺めていた。
「僕はそろそろ帰るよ」
声をかけてもアンナは気が付かないので、立ち上がってアンナの頬にキスをした。そうして帰っていった。
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